【中編】直木賞作家・朝井リョウに聞く。会社員と作家を兼業してみえた、自分らしいワークバランス。

【中編】直木賞作家・朝井リョウに聞く。会社員と作家を兼業してみえた、自分らしいワークバランス。

文:鈴木貴視 写真:ripzinger

大学在学中に『桐島、部活やめるってよ』で作家デビュー。その後、会社員と作家を兼業しながら『何者』で第148回直木三十五賞を受賞した朝井リョウ。現在は作家に専念する自身だが就活・会社員・作家の経験で得たワークバランスについて聞いてみた。

1回目では、会社員と作家を兼業した経験をもとに、朝井さんならではの仕事に対するバランスやスタンスについてお聞きした。2回目となる中編では、『何者』でも描かれているSNSや就活の面接などを通じて垣間見える、今現在のコミュニケーションの在り方について語っていただいた。

― 直木賞作品の『何者』では、登場人物たちの鬱屈したSNSのやり取りなど、コミュニケーション表現がとても面白く描写されていますよね。若い世代における強烈な承認欲求など、「認められたい」という感覚に関してどのように感じていますか?

『何者』を執筆していたのは約3年前ですが、当時はそれほど若者の承認欲求については考えていませんでした。ただ、私たちの親世代がフェイスブックなどを使うようになり、友達のお母さんがオリジナルのポエムを書いていたりする。そういうものを見たりすると、年齢関係なく、みんな自分の人生を発信してみたいんだなと。昔はそれができるようなツールすらありませんでしたが、今の若者はツールも揃っていればその使い方も熟知している。時々、高校生がアップしている動画を延々と観てしまうんですが、自分の感情を形にして披露するのが上手ですよね。きっと人類均一に承認欲求はあるんですが、その中で技術を駆使できているのが若い人たちじゃないかなと。

― 朝井さんの場合は、それが小説だったということになるんでしょうか。

もしも今、自分が小学生だったとしたらツイッターやフェイスブックが最初の表現ツールになると思うんです。もしも小説と出会っていなかったら、きっと自分の日常を表現している女子アナウンサーが書いているようなブログを私自身もやっていたと思いますね。個人的には、作家が書く小説と女子アナウンサーのブログって、根底の部分では変わらないと思っていますから。

あさい・りょう

― とはいえ、小説は社会的地位が高いような認識がありますよね。

個人的には、小説と例えばエロゲームを作ることって、クリエイティブ、という意味では同じような価値基準だと思うんですよね。過去に教師であった夏目漱石や太宰治などが評価されたことで小説の社会的地位が確立されましたが、もしも初めてエロゲームを作った人が社会的に高名な方だったとしたら、もっといろいろな意味合いを裏付けされて小説と同じような受け取られ方をしたかもしれない。つまり、価値基準が高くなったのも低くなったのも、どちらも偶然のような気がするんです。

― 今でいえば、多くの人がSNSに価値を見出していますよね。SNSに関してはどう捉えていますか?

ちょうど『何者』を執筆している時に就職のための面接を受けていたのですが、人の一部分だけを見てその人全体が判断されがちという部分が、面接とSNSでは似ているなと。それで、作品の題材として取り上げることにしたんです。

― 面接やSNSにおけるコミュニケーションに対して、何か疑問を感じたというか。

作品でも描いていますが、文字でも会話でも表面に出ているものは、あくまでもその人の一部分だと思うんですよね。だからこそ、ちゃんと想像力を持って人間というものはやっぱり立体であるんだ、ということを忘れないように心掛けないとダメなんじゃないかと。

― あまり知らない人のことを想像することって、決して簡単な作業ではないですよね。

自分の場合は、面接の時もずっと面接官の私生活を想像していたんです。例えば、自分が傷つくようなことを言われたとします。でもそこで「この人はきっと、最近失恋したからこういうことを言っちゃったんだ」みたいな(笑)。そんな風に、自分自身を守るための想像もあるんですが。

― とはいえ、その人に対しての情報が無い状態ですよね。

勝手に想像しています(笑)。例えば、私は高級なホテルのホテルマンから丁寧に接していただくことが苦手なんです。ホテルマンが良心的な対応をしてくれるのは、たまたまその日にシフトが入っていて、たまたま客である私に出会ったからであって。つまり、階級制度もないこの国でなぜそこまで優しくしてくれるのか、と複雑な気持ちになってしまう。なので、その人がホテルマンではない時の姿を想像するんです。というのも、私はやっぱり、一対一、人間対人間、として人と接したいからなんですよね。面接に関しても面接官対学生ではなくて、人間対人間として向き合いたいと思っていました。そういう姿勢で臨んでいたせいか、実際、面接はほぼ落ちなかったんですよ。自分としても、そのやり方が正しかったんじゃないかって思うくらい。そういう想像を、今もありとあらゆる場面で実践していますね。

― 例えば、想像力を持って人と接すことで、実際のコミュニケーションに何か変化が生まれたりするものなのでしょうか?

やっぱり、肩書きありきではなくて対人間としてコミュニケーションができた感覚になります。そのことで発する言葉も変わってきますし、相手の言葉の受け止め方も違ってくる。個人的には、コミュニケーションの在り方としてはいい方法だと思いますね。

あさい・りょう

― 現代人は想像力が足りない、なんてことを耳にすることもありますね。

私の世代でいえば「ゆとり世代」とか「草食系男子」などの名前が生まれましたが、なぜ名前を付けられるかというと、きっと名づける側がよくわからない層をラクに認識したいからだと思うんです。よく分からないから、なんとなくわかりやすく括って入れておく。たぶん分からないものにおびやかされたくないんだと思います。

私自身は、常にいろいろなことにおびやかされていたいと思っているんです。そのことで脳が動いて知能が働きますから。例えば、Apple Watchのような新しいものに対して、瞬時に手を出せる人に対して、まず手にとって使ってみて理解しようとする好奇心や行動力がすごく尊敬できるんです。自分の中では新しいものって、今までの自分をおびやかしているような気がして。

― ちなみに今現在、おびやかされているものはありますか?

未だにLINEをやっていないのですが、LINEは自分の何かをおびやかすのではないかと思ってます。未読とか既読がひと目で分かるというのは、地球上の歴史を振り返ってみても無かった新しい感情ですよね。だからこそ、そろそろ実際にやった方がいいんじゃないかとは思っています。

あさい・りょう

― おそらく、朝井さんが小説家としてデビューした時も、おびやかされると思った作家の方もいたと思うんですが。

地の文が話し言葉で進んでいったり、文章の途中で会話に移行したり、それまでの小説には無かった手法を試みた部分もあったので、そういう面を新しいと評価して頂いたところはありました。だけど、守るべきものがある立場の人にとって、変化って怖いんですよね。やっぱり、おびやかされるから。ただ、あと1~2年すると、私自身も理解できないような青春小説が出てくるはずで、その時に「おびやかされる!」と思いながらも、ちゃんと許容して読んで理解しようとできるかどうかが鍵になってくるでしょうね。私がかつて言われた「こんなの小説じゃない!」みたいなことを、これから出てくる新しい小説に対して言わないようにしないと。

― それが、あと1~2年ですか。

一緒に並べさせてもらうのは大変おこがましいのですが、綿矢りささんが史上最年少で芥川賞(2003年)を受賞され、その数年後に私の『桐島、部活やめるってよ』(2009年)が評価を得ることができました。その周期を考えると、そこから更に1周してできた新しい感覚の青春小説が、そろそろ生まれるはずなんです。それが登場した時に、拒否せずにいられるかどうかが自分にとって重要になってくるのかなと。

― どこかで、おびやかされることを心待ちにしている部分もあるという。

そうかもしれません。時間に余裕があると何もやらなくなるのに、切羽詰まってくると動き出す。それと同じように、おびやかされることで初めて働く思考があるんですよね。学生の頃にバレーボールをやっていたのですが、コーチから絶対にレシーブできない場所にボールを投げられたりするんです。心の中では「取れるわけないじゃん!」と思いながら、それでも飛び込んでいく。それが気持ち良かったりするんですよね。そういう感覚が子供の頃からあって、大人になった今でも続いている気がします。

 

プロフィール/敬称略

あさい・りょう

1989年生まれ、岐阜県出身。2009年に『桐島、部活やめるってよ』(集英社)で、第22回小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。同作の実写映画は、第36回日本アカデミー賞で、最優秀作品賞を含む3部門で最優秀賞を受賞。その後、『星やどりの声』(角川書店)、『もういちど生まれる』(幻冬舎)、『少女は卒業しない』(集英社)などを発表。2013年には『何者』(新潮社)で、平成生まれでは初となる第148回直木三十五賞を受賞。2014年の『世界地図の下書き』で、第29回坪田譲治文学賞を受賞。その他、『スペードの3』(講談社)、エッセイ集『時をかけるゆとり』(文藝文庫)など。2015年は、『武道館』(文藝春秋)、文庫版『何者』(新潮文庫)を発売。11月に新作を発売予定。

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