もっと助けを借りていい――世界を飛び回る治療家が語る「日本に足りないもの」

もっと助けを借りていい――世界を飛び回る治療家が語る「日本に足りないもの」

文:葛原 信太郎 写真:樋口 隆宏

「辛かったら助けてもらえばいいし、辛そうだったら助けてあげればいい」声をかけることをためらう日本人は、自ら挑戦しづらい環境を作っているかもしれない。

あるときは、オランダ・アムステルダムにも治療院を展開する柔道整復師・鍼灸マッサージ師。あるときは、日本最大級のダンスコンテストでファイナリストに残るストリートダンサー。あるときは、ウェルネス領域のWebサービスを手掛ける経営者。この "三足" のわらじを履き、世界で活躍する人物が岩井隆浩さんだ。

この多様な経験のなかで、岩井さんは幾度も海外へ渡り、そこでの仕事や暮らしを通して自らの働き方から生き方までをグローバルで活躍できるスタイルへと変容させていった。今回は、彼の視点からみた「日本」を聞いた。

「手に職」を起点にグローバルへの意識を

いくつもの側面を持つ岩井さんが、なりたい職業として最初に出会ったのは治療家という仕事だった。この道を志したのは幼少期。家族で通っていた治療院の先生に憧れたことがきっかけだった。

「小さい頃からお世話になっていた治療院の先生がとても素敵な人だったんです。真剣に治療をしつつ、ダジャレをいいながら楽しませてくれる。院内の雰囲気がいいだけでなく、街の中でも地域の人と明るくコミュニケーションをしていました。たくさんの人に頼りにされて、商売としても潤っていたはず。こんなふうに仕事ができたらいいなという想いが、今の仕事につながっています」

このときの憧れをもとに、岩井さんは大学卒業後、2006年に東京医療専門学校に進学。鍼灸マッサージ師、柔道整復師の国家資格を免許取得。同時に、2002年頃からは趣味ではじめたストリートダンサーとしても実力もつけていく。筋肉を弾くように体のさまざまな部位を動かす「POP」と呼ばれるスタイルにのめり込み、日本を代表するダンサーのひとりになった。2009年には、日本最大級のストリートダンスコンテスト「JAPAN DANCE DELIGHT」のファイナリストに選ばれ、その後も5回選出された。

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トロントでダンス公演に出演した際の様子

この頃の経験から、単なるボディケアではなく、ダンサーの体を支える存在を目指し、2009年に麻布十番に自身の治療院を開業。ダンサーやアスリートのケアはもちろん、海外から公演で訪れたダンサーのケア、ミュージシャンのツアー同行。さらにはウェルネス領域のマッチングサイトの運営まで、事業領域を広げていった。

「治療を仕事にしつつも、今もダンサーとしてコンテストなどに出場しています。治療も続けつつ、ダンサーとして結果を残し続けることで、ダンサーへの共感や、対応の幅が広がり、信頼につながるからです。もちろん、昔ほど多くの時間をダンスに捻出することは難しいですが、それでも続けることが、仕事にも大きく活きていると実感していますね」

そんな岩井さんは29歳の頃(2012年から2013年まで)ワーキングホリデービザを利用しカナダのトロントに滞在した。この経験をした背景には、日本の治療技術を軸により広い市場へと打って出る必要性を感じていたことがある。

「移動手段が増え、安価になり、コミュニケーションツールも発達した今、手に職を持つ僕たちが価値を提供できる機会は確実に増えています。僕たち治療家も国境を超えて仕事ができるはずですし、将来的には、世界中に治療院やセラピストのネットワークを持ちたいと思い、海外に出ることにしました」

人脈が広がり将来につながりそうな都市の大きさ、英語圏、外国人が治療を仕事にしやすい法制度、を軸に選んだのがトロントだった。

世界のあらゆるところにいる日本人に助けてもらえばいい

トロントは、街中だけで100ヶ国語が使われていると言われるほど、多様な人々が住んでいるそうだ。同じ文化を持つ人が、エリアごとに住んでいるケースも多く、例えば母国語ではない英語が話せなくてもそのエリアにとどまっていればさほど不自由なく生活できるし、崩れた英語を使って日常のコミュニケーションを図っている人もたくさんいるようだ。

トロントでの経験から、海外展開への意思を強めた岩井さん。そこからさまざまな場所の検討を重ね、2019年に店舗進出したのが、オランダのアムステルダムだった。アムステルダムも、トロント同様さまざまな価値観の人々が住み、それを受け入れる懐がある都市。今は日本とアムステルダムを往復する日々を送る岩井さんだが、この経験を通し、さまざまな価値観の変化があった。

岩井さんがとくに感じていたのは言葉の壁だった。多様な文化の人々が住むふたつの街に住んだことで、英語が完璧でなくてもいいと思うようになった。

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アムステルダムで現地のダンサーを治療中

「日本人は英語ができないと海外に行けないという思い込みが強すぎるでは?と感じます。僕の場合、今の仕事だけでなく、小さい頃から続けていたサッカーやダンスを通じて、海外に行く機会が昔からあったのですが、どの年代であっても、つたない英語しか話せなくても、コミュニケーションは取れます。もちろん、僕の英語は完璧ではありません。むしろまだまだ勉強をしていく必要はあると思っています。それでも、コミュニケーションをとる上では致命的な問題を感じていません。自分の英語力不足への不安が、英語への恐怖心や苦手意識になり、国外の可能性を潰してしまうのはもったいないと感じます」

英語はできるに越したことはない。しかし、完璧でなくてもいい。大事なことは、誰かの助けを借りることだと、岩井さんは言う。

「もちろん、英語が流暢に使えないことでの苦労はいろいろありました。物件を借りるとき、治療における細かい要望、電話対応など...。でも、自分ひとりでできないなら、助けてもらえばいいんです。誰かにちょっと助けてもらえれば解決できるケースは多いし、助けてもらうことで、自分も"誰かを助けたい"と思うようになりますから」

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とはいえ、助けを求める相手がいないと思う人もいるだろう。岩井さんにそう問いかけると、「別に知り合いじゃなくてもいい」という。むしろ、その意識こそが海外での生きづらさを生んでいるのではないかというのだ。

「学校によっては、留学生は『英語を習得するために日本人と話すな』と指導されるそうですね。それくらいのストイックさが必要なことも分かります。しかし、それで "生活" していくのは精神的に辛い部分もある。日本人同士で、助け合ったり、高め合ったりしてもいいじゃないですか」

岩井さんは、中国の人々が世界中の都市で華僑のコミュニティを作り、その中で生活できるほど現地に根付いている例を挙げた。現地で支え合える土台があることで、生活のベースや精神面を安定させ、さらに大きな挑戦ができる。中国ほど大きくないにしても、日本人も小さく実践すればより海外でも生きやすくなるはずだ。

「英語が堪能でないからこそ、現地の日本人同士で支え合う。最初はそのコミュニティを通して現地の人々とコミュニケーションとればいい。直接話せないなら、まずは間接的に。慣れてきたら、だんだんとダイレクトにコミュニケーションを図る。段階的に、自分をローカライズさせていってもいいと思います。日本人は案外世界中のどこにだっているものですよ(笑)」

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岩井さんは、海外に行く際、周囲の人や知人、SNSなどで『◯◯に行くんだけど、現地に知り合いはいませんか?』と呼びかけてみることを勧める。彼自身、この経験が今にとても生きているという。

「意外と縁はつながるものです。僕は海外に行くたびに3つの切り口で必ず人と会うようにしています。ひとつは治療家・セラピスト、もうひとつはダンサー、そして経営者。人の繋がり自体が資産です。旅の期間が終わっても、繋がりは続いていきますから」

日常から、小さな「助けて」「助ける」を

「助けてもらい下手」な日本人は、同時に「助け下手」でもある。国内に目を向けたとき、そう感じると岩井さんは言葉を続ける。

「日本人は丁寧で、奥ゆかしい。日本人が世界で評価されているポイントではありますが、裏を返せば『冷たい人たち』という印象を与えているとも思います。駅で外国人が困っていても助けてあげられる人は多くない。それどころか、日本人同士ですら助け合えない場合もたくさんあります。重い荷物を持っているお年寄りやベビーカーを引く人に『手伝いましょうか』と声をかける人は少ないですよね。外国の人が助けてあげている場面すらあります」

けして悪気があるわけではない。むしろ「助けてあげたほうがいいかな」と心のどこかでは思っているはずだ。しかし、自分が出る幕じゃない、忙しい、声をかけるのが恥ずかしい。そんな感情のウェイトのほうが重くなり、結果声をかけられなかった。誰しもこんな経験はあるだろう。

「『大丈夫ですか』と声をかける。問題なければ『大丈夫です』と言えばいいし、辛かったら助けてもらえばいい。小さなヘルプを出すこと・受け入れることにもっと慣れていけば日本はもっと住みやすい社会になると思います」

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助け合えない社会。これは挑戦しづらい社会と表裏一体ではないかと、岩井さんは考える。

「海外では、失敗した人の方が高く評価される場合もあります。『起業しました。潰してしまったけど、そのプロセスでこんな気づきがありました』となれば、その後の可能性は大きく広がると思います。『失敗しても大丈夫。助けをもとめれば誰かが助けてくれる』という安心感は、失敗を恐れず挑戦する人々を増やしていくはずです。まずは、家族や友だち、仕事のチームなど、小さなコミュニティの中から『助けて』と『助ける』の練習ができるといいと思います」

まずは小さなヘルプを出す。誰かのヘルプを受け入れる。こういった小さな助け合いが、挑戦するための安心感を生み出す。生きていく知恵だけでなく、ビジネスシーンにも当てはまるだろう。

リスクをとってビジネスを進めるために必要なのは、ロジカルな戦略やストーリーだけではない。「失敗するかもしれない。それでも進めていくんだ」という "勇気" が必要だ。『助けて』と『助ける』が、その勇気を支える。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

岩井隆浩(いわい・たかひろ)

大学卒業後、東京医療専門学校に進学。鍼灸マッサージ師、柔道整復師の国家資格を免許取得する。整骨院や整形外科などの医療機関にて、臨床現場を経験する。多くの治療院開業やリニューアルに携わり、実績を残す。その後、カナダ・トロントへ留学。現地治療院にて臨床を経験。日本の伝統的な治療技術を伝える。帰国後、麻布十番に治療院を開業。福利厚生マッサージなどのサービス開発を手がける他、舞台公演やライブなど、アーティストを支えるトレーナー事業を展開。2016年株式会社ケアくるを創業。2019年5月アムステルダムに新しく治療院を開業。

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