ポストコロナは「地産地消」の時代?『エリクラ』が考える、企業と人の新たな繋がり方

ポストコロナは「地産地消」の時代?『エリクラ』が考える、企業と人の新たな繋がり方

文:森田 大理 写真:須古 恵(写真は左から中村、今里)

スキマ時間でできるアパート清掃やマンション巡回点検のお仕事に応募が殺到——。固定概念にとらわれない人材活用・働き方の事例から、ポストコロナに求められる新たな常識のつくり方を探る

私たちは今、不確実性の時代に生きている。テクノロジーの急速な進化、気候変動、高齢化など、従来とは世界のあり方が大きく変わろうとしている中で、働き方やサービスのあり方などを見直す動きも加速している。しかし、組織や業界の慣習が邪魔をして「変えたいのに変えられない」「変えるという発想自体が出てこない」といったケースも少なくない。

そんな状況を突破する事例として紹介したいのが、リクルートの新規事業提案制度から誕生した『エリクラ』だ。1件あたり数分程度で済むような単発業務、いわゆるギグワークを紹介するこのサービスは、もともと不動産業界の課題解決を狙ったのが誕生のきっかけ。それがなぜ人材サービスをつくることに発展したのだろうか。アイデアを起案し現在は責任者を務める今里亮介・中村光秀の両名にこれまでの道のりを聞き、既存の枠組みに捉われないアイデアを実現させるヒントを探った。

移動時間も交通費もかからない。近隣住人に仕事をお願いできないか

――2人はもともと住宅情報サービス『SUUMO』の営業で、今里さんが賃貸物件の"管理会社"を新規開拓していたことが『エリクラ』のきっかけになっているそうですね。

今里 はい。『SUUMO』は住まい探しのメディアなので、不動産仲介会社とのお付き合いは多くても不動産管理会社とは接点が少なく、お付き合いを広げられないかと模索していました。そのため、『SUUMO』の提案にこだわらず、あらゆる可能性を視野に企業課題をヒアリングしていた中で、あるクライアントと出会ったのがきっかけです。

その企業はアパート清掃のアルバイトを雇用していたものの、管理物件は各地に点在するため移動に時間がかかり、車のリース代やガソリン代もかかるという"清掃業務の非効率性"に課題意識を感じていらっしゃいました。その中で、「清掃を近所の人にお願いできたらいいのに」と話してくれたんです。

たしかに、物件の近くに住む人にお願いできれば、時間も交通費もかかりません。でも、お客様は約3,000もの物件を管理しており、従来のやり方で1件ずつ固定で担当を付けようとすれば、人材の募集や労務管理などにかえってコストがかかります。

そこで、既存の求人や働き方とは異なる仕組みをつくればコストを抑えた形で実現でき、巡回が必要な仕事のある他の企業にも広く活用いただけるサービスになるのではないかと考えたんです。そのアイデアを、リクルートの新規事業提案制度を使って形にしていったのが『エリクラ』です。

企業は『エリクラ』のプラットフォームを介して1件あたり数百円からの軽作業を個人に委託。仕事の手順を伝える業務マニュアルや作業報告なども全て『エリクラ』上で完結できる手軽さを提供しています。

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『エリクラ』のビジネスモデル:企業(事業者)は、マンションの清掃や点検などの軽作業を『エリクラ』に掲載。ユーザーは『エリクラ』のアプリ上からやりたい業務を選び、24時間以内に完了させて報酬を得る。業務は数分単位のコンパクトなものが中心。好きな場所、好きな時間に作業ができるため、自由度が高い。

――サービスを広げるなかで、企業は個人に業務委託をすることに不安や懸念を感じなかったのでしょうか。

中村 はじめは不安に思う企業も多かったですね。不動産管理会社からすれば、清掃業務は自社で雇用した人に任せるか、業務を丸ごと外部の清掃業者に委託するのが定石。『エリクラ』のようないわゆるクラウドソーシングの仕組み自体に馴染みがない企業が多く、知らないものへの不安は大きかった印象です。「物件を誤って破損させたらどうする?」募集しても応募がなかったら?」とメリットよりもリスクの方が気になるお客様も少なくありませんでした。

それらに対しては、たとえば外部の保険サービスを活用したり、募集した仕事の95%は充足しているという1都3県の実績を提示したりしながら、一つひとつ懸念を払拭。また、先行してご活用いただいた企業に、コスト以外のメリットを見出してもらえたことも活路になりました。

たとえば、従来はひとりで現地を巡回すると2~3週間かかっていた仕事でも、『エリクラ』なら複数の人が作業をすることになるため、3日で約8割が完了となり、業務の進捗が圧倒的に早いんです。このスピード感は、たとえば大雨や台風が過ぎた後のようなできるだけ早く一斉点検をしたい場合に真価を発揮する。修理が必要な場合の手配なども素早く行え、結果的に物件管理の質が高まります。

そうした価値を伝えていくことで、少しずつクライアントの中の"あたり前"を払拭して、新しい仕組みに挑戦いただけるようになっていきました。

「地産地消」「事前予約NG」が働くモチベーションにフィットする

――企業にはコストやスピードという価値や安心材料を提示した一方、個人は『エリクラ』の仕事や働き方をどう受け止めているのでしょうか。

今里 募集をすればすぐに人手が見つかる状況が続いています。たとえば2018年に実証実験を行った東京都狛江市では、1ヶ月計80物件の募集が100%充足し、半年間ずっと継続しました。一般的な清掃のアルバイト募集では時給を上げても人が集まらず苦労されている企業が多いなかで、これは驚異的な数字。既存の雇用では不人気な印象の仕事でも、1回10分単位のギグワークにすれば人気の仕事に変わったんです。

その背景には、全国に約397万人いる(※)といわれている、時間・場所の制約や体力的な不安などを理由に働くことを諦めた"みなし失業者"の存在があります(※リクルートワークス研究所「2025 年の働く」予測プロジェクト「2025年 働くを再発明する時代がやってくる」より)。『エリクラ』は、"好きな時に家の近くでちょっとだけ働ける"のが大きな特徴。主婦やシニア層など従来の雇用条件では働きづらかった人たちにとっての働く機会にもなっているんです。

中村 働くみなさんは真面目で丁寧な仕事ぶりの人が多く、企業からは「今までと遜色ない、ないしはより品質が良い」と言われることもありますね。その理由の一つとして考えられるのは、「家の近くの物件」であること。自分が住む町にある建物はキレイな方が良いというごく自然な気持ちが、仕事の取り組み方に現れているようなんです。私たちは『エリクラ』を"仕事の地産地消"と呼んでいますが、仕事のモチベーションの意味でも、地域で発生する仕事は地域の人にお願いすることが効率的だと気づきました。

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株式会社リクルート 次世代事業開発室 中村光秀

――場所だけでなく、自分が好きなときに働くのも仕事の品質に影響していそうですね。

中村 そうですね。企業に雇用されている訳ではないので "やらされ感"が非常に少ないんです。気分が乗らないときや体調が悪いときは応募しなければ良いですし、一定回数はキャンセルもできる仕様としています。気持ちの余裕があるときに働いている人がほとんどだから、全体的な品質が高いのだととらえています。

今里 こうした傾向をもとに、『エリクラ』はあえて仕事の事前予約ができない仕組みにしています。応募をしたら24時間以内に業務を終了させるのがルール。どんな人・どんな仕事でも働くモチベーションは上下するもの。モチベーションが冷めない距離に仕事があるのが"地産地消"の良さでもあるんです。

「オフラインの仕事は地域の個人に託す」というニューノーマル

――今、社会では新型コロナウィルスによって働き方のかつてない変化が起きています。『エリクラ』にもコロナをきっかけとした変化の兆しはありますか。

中村 主にご利用いただいている不動産管理は、景気の影響を受けにくいストックビジネスなので、実はあまり大きな影響を受けていません。ただ、以前から将来の環境変化に対応していくという意味で『エリクラ』に興味を持っていただくケースは多かったですね。「毎月固定で発生する人件費ではなく、管理物件数に応じて変動する業務委託費にしたい」といったニーズは当初から聞いており、ポストコロナを見据えた動きとして今後も増えていくものと見ています。

今里 一般には、コロナによって在宅勤務が広まるなど "仕事のオンライン化"が進みました。でも、それはあくまでもオフィスワークに限った話。物理的にオンラインにできない仕事は世の中にまだまだ沢山あります。"社員×オフライン"がコロナ前の働き方のスタンダードだとすれば、ポストコロナは、単純にオンライン化が進むだけでなく、仕事の性質にあわせて"誰が"どのように"やるのかを幅広い選択肢の中から検討する時代になるのではないでしょうか。その方法の一つとして、『エリクラ』にも可能性があると感じています。

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株式会社リクルート 次世代事業開発室 今里亮介

――オンライン化できるものは在宅ワークなどに移行すれば良いし、できない仕事は"担当する人を変える"のもニューノーマルの選択肢だと。

今里 出張のように移動を伴う仕事は感染リスクが伴いますし、そもそも生産性が高くありません。でも、なぜ社会がそれを続けてきたのか。もちろん直接伺う価値があることは否定しませんが、"自社の従業員がやるべき"という漠然とした固定概念の中で担当者に縛りを設けていた側面もあるのではないでしょうか。だとすれば、雇用をするという前提を捨てて、一度フラットに地球上の全人類の中で誰が適任かを考えてみても良いはず。清掃や点検等の軽作業なら、『エリクラ』のように地域の個人に委託するのが一番生産性の高い方法だと思います。

中村 業務を分解してそれぞれの仕事を一番ふさわしい人に任せていくと、結果的に社員の役割や働き方も変わっていきます。そう感じるのは、私たちが向き合ってきた不動産業界の営業の常識が変化しつつあるから。

昔は自身で物件のすべてを細かく把握している営業こそ優秀で、現地現物主義が大前提の業界でしたが、最近は"できる営業"ほど社内にいるそうです。「その仕事は本当に今のやり方が正しいのか」と前提を疑い、より適任な人に任せられたら、自分自身は営業活動により専念できる。『エリクラ』が担っている部分は軽作業が中心ですが、安心して業務を任せることができれば業界の慣習にも大きな変化を生むはずです。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

今里亮介(いまざと・りょうすけ)

テレビ局での報道の仕事を経て、2014年にリクルート住まいカンパニーへ入社。『SUUMO』の提案営業として賃貸住宅マーケットに向き合う。2017年、リクルートグループの新規事業コンテスト「Recruit Ventures(現:Ring)」にエントリーした『エリクラ』でグランプリを獲得し、現在は株式会社リクルート 次世代事業開発室で同サービスの事業責任者を務める。

中村光秀(なかむら・みつひで)

ITメーカーのエンジニア経て、2013年にリクルート住まいカンパニーへ入社。営業として『SUUMO』賃貸領域における広告提案の他、集客・企画提案・業務支援などに従事。2017年、今里と共に『エリクラ』を起案し、以降は事業責任者として企業への提案を中心に担当している。

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