両立支援 企業視点で考える「男性育休のすすめ」

男性育休積極企業に学ぶ:育休によって「男性の育児」を職場の当たり前にする【株式会社広島銀行(広島県)前編】

男性育休積極企業に学ぶ:育休によって「男性の育児」を職場の当たり前にする【株式会社広島銀行(広島県)前編】

男性育休の取得促進に積極的な企業はどのような取り組みを行っているのでしょうか。
『iction!(イクション)』は、だれもが望む形で育児とキャリアを両立できる社会の実現に向けて、その一歩となる男性の育休取得率向上のためのヒントやアイデアを発信しています。その一環で今回は自治体や企業向けに男性育休に関する研修やコンサルを展開する広中 秀俊さんをインタビュアーに迎え、企業へインタビューを実施しました。今回お話を伺ったのは、株式会社広島銀行。金融業界は比較的女性社員の比率が高い業界ですが、女性だけでなく男性の育休取得を推進していく上では、どのような取り組みが行われているのでしょうか。前編では、広島銀行を含むひろぎんホールディングス全体の人事制度を担当する木下 麻子さんにお話を伺いました。

※この記事の内容は、リリース当時(2024年1月現在)のものです。




男性育休と女性活躍はどちらが欠けても成り立たない車の両輪のようなもの。「男性は仕事、女性は家庭」という考え方からの脱却を

広島銀行 人事総務部 担当課長木下 麻子さん(広島銀行 人事総務部 担当課長)

広中さん:始めに、広島銀行が男性育休の取得促進に取り組む背景を教えてください。

木下さん:広島銀行を含むひろぎんホールディングスは、広島県を中心とした法人・個人のお客さまにあらゆるソリューションのご提供を行っている地域総合サービスグループです。現在、約5,000名の従事者がさまざまな事業を担っていますが、お客さまの多様なニーズに応えていくためには、多様な人々が活躍できる組織に進化していくことが必要だと考えています。DE&I(Diversity, Equity & Inclusion)を推進してきた中で、近年強化してきたことが障がい者の雇用と男性育休です。

広中さん: DE&Iの活動は、女性、シニア、外国籍、LGBTQ+などさまざまな対象が考えられる中で、取り分け男性育休にフォーカスしたのはなぜですか。

木下さん:起点は「女性活躍」なんです。政府が示している女性管理職・役員比率の目標に沿って、私たちも女性を積極的に抜てきしようとしてきたのですが、能力のある女性に打診をしても昇進を望まない人も少なくない。なぜなら、それが女性にとって“普通”じゃなかったからです。女性は仕事よりも家庭・子育てを優先するのが“普通”、だから昇進しないのが“普通”…。そうした共通認識が組織に漂っていたからこそ、女性たちは普通じゃない道を示されても「なぜ私がいばらの道を進まなきゃいけないのか」と不安でいっぱいになっていることが見えてきました。
一方で、男性の“普通”はその真逆。経験を積んで昇進していくのが“普通”、単身赴任をしてでも転勤を受け入れるのが“普通”…。その価値観を象徴するように、転勤のない働き方ができる地域限定コースを選ぶ社員に男性はたった3%しかいませんでした。つまり、女性が仕事・キャリアを犠牲にしていることと、男性が家庭を犠牲にしていることは、相互依存関係にあるんです。それならば、この相互依存の構造から切り崩さないと抜本的な変化は起きないのではないか。女性にだけ仕事と家庭の両立を頑張ってもらうのはフェアじゃないし、男性が育児にもっと参加するようになれば、女性ももっと前向きに働けるのではないかと考えました。

広中さん:近年の共働き家庭の増加を考えれば、職場での女性の活躍と男性の家庭との距離感の相関関係は納得がいきます。でも、男性にも仕事と家庭の両立支援が必要だとして、なぜ「育休」なのでしょうか。

木下さん:男性が子育てとは無縁の存在かのような社内の空気を変えたかったからです。女性の場合は妊娠・出産がありますのでその人に子どもがいることを、周囲の人は自然と意識できます。しかし、男性の場合は子どもがいてもいなくても、職場ではその違いが見えにくい。そもそも育児は女性がするものというアンコンシャスバイアスがある上に、見えないからこそ、ますます男性と子育てが結び付かない空気になっているのではないかと考えたんです。そこで男性の育休取得を当たり前にすることで、子どもが生まれた男性本人を支援するのはもちろん、一緒に働く同僚たちにもその男性が父親になったことや、育児に向き合っていることを認知してもらえる状態を目指しました。



男性育休取得率100%の成功の秘訣は!?子育て世代や若手社員の声に基づく独自の育休制度とトップからの現場への周知

(図表1)ひろぎんホールディングスの男性育休の推奨取得パターンひろぎんホールディングスの男性育休制度方針

広中さん:男性の育休取得促進のために、具体的にはどのような施策に取り組んでいるのですか。

木下さん:2022年4月に育休に関する独自の推奨取得パターンを提示し、具体的には「①1カ月以上の育児休業取得(分割可)」または「②5日以上の育児休業取得+1カ月以上の短時間勤務制度利用」のどちらかを、それぞれの家庭・仕事の事情を考慮しながら選択できるようにしました。

広中さん:2022年は育休に関する法改正のタイミングですね。同タイミングで広島銀行(ひろぎんホールディングス)も独自の推奨取得パターンを展開することで変化はありましたか。

木下さん:むしろこのタイミングだからこそ、やろうと思ったんです。世の中が変わるタイミングは、チャンスですから。結果、もともと男性育休取得率は20%前後を行き来していたのですが、2022年度は取得率が100%になり、がらりと状況が変わっています。

広中さん:いきなり全員が取得するようになったのですね。ここまでの変化をもたらしたのは何がよかったのでしょうか。

木下さん:推奨取得パターンとしては➀の1カ月以上の育休取得も提示していますが、実際には②の短時間勤務と組み合わせた育休取得を選ぶ人が9割以上です。男性の育休はまだ始まったばかりであるという現状も踏まえ、現実的に取得しやすい選択肢を準備したことが功を奏した側面はあると思いますね。もちろん①のように一定期間育児に集中して取り組んでほしい気持ちもあるのですが、休むために育休前後に長時間労働をするような無理が生じてしまっては本末転倒です。また、育休を1カ月~1年取ったとしても、実際の子育ては成人するまでの長期戦ですから、働きながら子育てをするリズムに慣れる意味でも、短時間勤務の期間を設けるのは有効だと考えています。

広中さん:確かに取得率100%は、制度の使いやすさも重要ですよね。ただ、それともう一つ、グループ全体で制度が十分に認知されることも必要だと思います。有効なパターンの提示と職場への浸透はそれぞれどうやって実現したんですか。

木下さん:推奨取得パターンを検討する際、プロセスにはかなりこだわりました。人事が単独で進めたのではなく、社内にDE&Iのワーキンググループを設け、ホールディングス全体で検討。子育ての当事者に話を聞くとともに、入社3年以内の若手男性社員にも育休に関するアンケートを取って、現場の声を基にした納得感の高いものを目指しました。
また、周知という意味では、制度の導入に当たり管理職全員に社長からの手紙を届けました。「今後も優秀な人材を獲得していくには、誰もが犠牲なく働ける環境に進化していくことが必要。多様な人が活躍できる会社にこそ、イノベーションは生まれる」といった趣旨で、男性育休に関するトップメッセージを発信しています。全社員向けにも説明動画を作成し、「子どもがいる男性のためだけでなく、みんなが我慢しなくていい会社を目指すために」とメッセージしています。



男性育休の取得促進には管理職の意識改革が欠かせない

広島銀行

広中さん:管理職の意識改革も重要ですよね。これは男性に限ったことではないですが、育休や育児と仕事の両立を左右する要素として上司の存在もその一つだと言われます。本人がどんなに育休取得に前向きでも、上司が消極的で希望がかなわなかったり、過度な配慮をして逆効果になったりするケースも多く聞かれます。特に男性は断られることや人事評価に影響することを恐れて、本当は育休を取りたいのに相談をちゅうちょしたというのはよく聞く話ですが、皆さんの場合はどうですか。

木下さん:上司への相談・報告という点については、男女問わず、子どもが生まれる前には「出産予定報告申請」をするルールを設けていて、申請後に必ず上司と面談を行うことになっています。人事から上司の皆さんに対し、面談の場では育休に関する本人の希望を聞き、それを尊重しながら最適な形を一緒に検討するようお願いしています。実際、この面談がきっかけで、当初の希望よりも長い期間育休を取ることにしたというケースもあるんですよ。職場への遠慮から5日の育休+短時間勤務を予定していた人が、「せっかくの機会なんだから、1カ月育休を取って家族との時間を取ってはどうか」と上司に促してもらえたというポジティブなエピソードも人事に届いています。
また、男性が育休に感じている不安の多くは収入が減ること(給与・賞与への影響)なので、上司がなるべく収入影響が少なくて済むように調整をしてくれたケースも見られますね。例えば、私たちの制度では、育休期間が1カ月以内であれば給与への影響はほぼないので、1カ月の短時間勤務(1日6~7時間)よりも給与が多くなるんです。上司がそうした仕組みを理解した上で取得を促した結果、人事の想定よりも1カ月の育休取得実績が高めに推移しているんですよ。


新卒採用への効果を実感、男性の育休取得が企業へもたらすメリット

広中さん:男性の育休取得が企業へもたらすメリットはいろいろありますが、ひろぎんホールディングス・広島銀行としてもいい影響はありましたか。

木下さん:人事部門の私たちが如実に感じたのは、新卒採用の好影響です。制度改定後に実施したインターンシップでは、参加した学生から男性育休の狙いや状況に関する質問が寄せられており、若い世代が好意的に関心を示してくれていると感じました。制度を決める際の若手へのアンケートでも9割の男性社員が育休を取りたいと回答し、うち7割が1カ月以上の取得を希望しているという結果からも言えることですが、もはやこれからの子育て世代にとって、男性の育休取得は当たり前の意識になっており、いち早く取り組むことが優秀な人材の獲得につながりそうだと実感しています。

広中さん:最後に、木下さん自身はどのような思いで男性育休の促進に取り組んでいるのですか。同じように促進に取り組む立場である企業の経営者や人事担当者に向けた考え方のヒントとして教えてください。

木下さん:広島県のような転出超過地域の企業にとっては、人手不足は今後一層深刻なものになっていくのではないでしょうか。男性の育休取得は、その解消の一手になるものだと思っています。というのも、私自身はパートナーが広島出身という縁で東京から移住してきたのですが、「なんて暮らしやすい街なんだ」と思ったのと同時に、働き方における性別役割分担が色濃く、男女共に「そういうものだ」と我慢している人が多いことが残念だと思っていたんです。男性が家庭を犠牲にしない働き方が実現できれば、地域の女性たちも仕事やキャリアを諦めずに済む。そうやって多様な人たちが集まる組織にはイノベーションが生まれ、より魅力的な仕事が創造される。地方企業であっても、そんな好循環を生むきっかけの一つを男性育休は担えると思います。

人事総務部で男性の育休取得促進に取り組む木下 麻子さん(右)と花村 茜さん(左) 人事総務部で男性の育休取得促進に取り組む木下 麻子さん(右)と花村 茜さん(左)

ここまで株式会社ひろぎんホールディングス・広島銀行の男性育休の取得率向上への取り組みについて、人事担当者にインタビューしてきました。男性育休の促進に取り組むきっかけや狙い、そして独自の制度を設け、社内に浸透させることで一気に取得率100%を達成した一連の施策は、男性の育休取得対象者が一定数いる企業にとって参考になる点も多いのではないでしょうか。
後編では、実際に育休を取得した広島銀行の男性従業員にインタビュー。取得者目線からの育休制度への思いや仕事や家庭との関わり方などについて語っていただきました。ぜひ後編もお読みください。

「男性育休積極企業に学ぶ:会社の本気度が何よりの育休取得の後押しに【株式会社広島銀行 (広島県)後編】」はこちら

【インタビュアー紹介】

育Qドットコム広中秀俊さん

育Qドットコム株式会社代表取締役社長
広中 秀俊さん

東京都パパ育業事業 アドバイザー兼セミナー講師(令和4年度)
大学卒業後、ミサワホーム入社。2児の父親であり、厚生労働省から「イクメンの星」に認定される。2019年に独立。「育休で日本を元気に、世界を平和にする」をミッションに、男性育休が当たり前になる世の中を目指し、自治体や企業向けに研修やコンサルを展開。ファイナンシャルプランナーとしてお金に関するアドバイスも実施。



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