日立製作所フェロー 矢野和男さんのリクルート考
21世紀“幸せ”は科学可能 ビジネスとハピネスの融合モデルへ 個の活力を企業全体の理念実現に
リクルートグループは社会からどう見えているのか。私たちへの期待や要望をありのままに語っていただきました。
リクルートグループ報『かもめ』2021年12月号からの転載記事です
データは過去の集積 未来を選ぶのは人
社会インフラを支える事業も包含する日立製作所は、2020年に110周年を迎え、約35万人の従業員が働いています(2019年3月末連結従業員数)。
2009年より社会イノベーション事業をコア事業として宣言し、既存事業、新規事業含め、企業全体として、お客様と新たな価値を創造することを志向しています。
私自身は入社以来、半導体事業に関する研究開発に関わっていましたが、事業再編に伴い、18年前からウエアラブル技術とビッグデータを活用した研究開発と事業検討を担当することになりました。
半導体事業を統括したり、新規事業の立ち上げなどを経験し、自身も40代半ばを迎えて、ゼロから新しいビジネスに向かい、「事業のあるべき姿」を改めて深く思考する機会となりました。
新たに人とデータを扱うことにあたり考えたのはデータの3つの価値。
ひとつ目は全体像を俯瞰し、正確につかむための統計情報。
ふたつ目はAIなどを活用した個別化したサービス。この場合、過去の個別データが多ければ多いほど、過去事例から個別情報を評価する精度が高まる機械学習の領域です。例えば、感染症の国内の感染状況を知るための統計情報と、個別のケースが感染するリスクを測るにはさまざまな要因から近似例を割り出し確率を見ることで予測が立ちやすくなります。
そして最後は、未来の行動を決めるためのデータ。過去の集積であるデータだけでは未来予測はできません。あくまで過去の延長線上ではどうなるかが分かるだけです。これと、現実を比較し、「人」自身がその差分から兆しを把握し、未来の行動を決めるのです。明らかになったファクトから、未来の取るべき行動を決めることができるのは人。データ活用で未来を創ることはできるのです。
口当たりの良い言葉は無意味 データに基づく「幸せ」を科学
ビジネス的成長と社会的幸福、個人の幸福が両立できる事業を目指すことを決め、ウエアラブル技術で取得できるデータを個人の幸せと企業の生産性や売上拡大に活かす方法を提案していきました。
口先で従業員の幸せが企業成長につながると唱えているだけでは何も起きません。データやファクトを持って証明し、ビジネスや組織のあり方を含め、働き方の「未来」を創っていく事業を生み出そうと思いました。
「幸福」「幸せ」は、口当たりが良いビジョンを飾る一方、「個人の価値観によって異なる」「人間とはこういうものだ」といった通説が幅をきかせています。またアンケートで知った気になっていることも多い。しかし、大量のデータを解析してみると幸せに関する新たなファクトが次々と明らかになっているのです。
過去の通説がデータで実証されたものもあれば、これまでの思い込みを払拭する新しい事実も浮かび上がっています。組織や企業は新しい事実に基づいた考え方やファクトを活用して、どんどん変わっていかなければいけないと思います
突撃精神と個の力 リクルートの活力
2014年に100万人日のデータ分析を基にした著書『データの見えざる手:ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』を出版しました。その前後から、リクルートの方から同時多発的にさまざまな部署の方からお声がけをいただきました。
意見交換や講演の依頼だけでなく、協働で新規事業を検討しないかなど多種多様。こうした企業は非常に珍しいですね。個が立っていて、突撃精神がすごい。非常に「活力」を感じます。
ENGINE FORUM(リクルートグループ横断でナレッジのシェアを行う社内イベント「FORUM」のテクノロジー部門)の社外審議員も5年間担当させていただいていますが、AIやデータ活用の進化を感じます。
一般的には、社会的責任も大きいビジネス実装においては、実績のある古い技術を使いたがる傾向にあります。しかし、リクルートでは、最新の技術を既にビジネス実装したという案件もしばしば応募されていて、ここでも突撃精神とビジネス展開とのバランスの良さに驚かされています。
リクルートも企業成長に伴い、企業として目指す方向性やガバナンスと、個の力を活かした活力を両立していく局面に直面しているかと思います。21世紀型の企業経営に求められる「個と全体」「ビジネスモデルとハピネスモデル」を両立し、これからも活力ある企業としての成長を目指していって欲しいと思います。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 矢野和男(やの・かずお)
- 株式会社ハピネスプラネット 代表取締役 CEO/株式会社日立製作所 フェロー/工学博士IEEEフェロー
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早稲田大学 理工学術院 物理学修士取得後、1984年に株式会社日立製作所に入社し、中央研究所に配属。1993年に単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功。2004年からウエアラブル技術とビッグデータの収集や活用技術の研究・開発に力を注ぎ、350件を超える特許を出願。企業経営、心理学、人工知能からナノテクまでの専門性の広さと深さで知られる。著書に『データの見えざる手:ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』(草思社 2014年)が、Book Vinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選出。東京工業大学大学院講師も務める