タワレコ広報がTikTokで自らドラムを叩く動画を上げ続ける理由とは

広報自らがドラムを叩く、タワレコ公式TikTok。ユニークな発信は「“らしさ”を伝え、音楽と人をつなぎたい」という想いから始まった
自らの興味や好奇心を原動力に人生を突き進み社会で活躍をしている人々は、どのような出来事に影響を受け、どのような価値観を持っているのだろうか。今回登場するのはタワーレコード株式会社で広報を担当する寺浦 黎(てらうら・れい)さん。2023年にタワレコ公式 TikTokアカウント「タワレコ寺浦」を立ち上げ、今もその取り組みをリードする人物だ。
同アカウントでは、年代やジャンルを問わず人気曲や隠れた名曲を選び、寺浦さん自らがドラム演奏で紹介する企画が人気を集めている。企業広報におけるSNS公式アカウントは数多くあるが、「タワレコ寺浦」のように個人がバイネームで名物企画を担うという形は、これまでにあまり見ない珍しさが感じられる。このユニークな取り組みの背景には、寺浦さんのどのような想いがあるのだろうか。発信における試行錯誤や、自身の経験からくる原動力について訊いた。
店舗に足を運んだことがない人にも、タワレコの“らしさ”を、届けたい
― まずは、タワーレコード広報としての寺浦さんのお仕事の概要を教えてください。
業務内容としては、まずプレスリリースの作成や取材対応といった一般的な広報としての仕事がベースにあります。それに加えて、TikTokアカウント「タワレコ寺浦」などのSNSを中心とした、さまざまな“発信”についても担当しています。
― TikTokアカウント「タワレコ寺浦」では、寺浦さんご自身がさまざまな曲をドラム演奏して注目を集めています。どのようなきっかけで始めることになったのでしょうか?
まずあったのは、タワーレコードの“らしさ”をより全国の方に知ってほしいという私自身の想いです。私が考えるタワレコの“らしさ”は、店舗でのスタッフとお客様とのコミュニケーションにあります。音楽が大好きなスタッフが、音楽が大好きなお客様に、音楽の魅力を伝えていく。スタッフ一人ひとりの音楽とお客様に対する誠実さが、そのコミュニケーションを生み出していると思っています。
各店舗のスタッフたちが、音楽を届けることに愛情を注ぎながら、「お客様にこの場所を心から楽しんでほしい」という想いを持って働いている。私はその姿勢をすごく尊敬していて、他にはない価値でもあると感じています。
だからこそ、発信を通して“らしさ”を一人でも多くに知ってもらいたい。「タワーレコードってこんな人が働いていて、こんな楽しい場所なんだ」「行ったことなかったけど、今度行ってみたい」と思ってもらうことにも、つながると考えたのです。
@tower_records_jpn おやおや君たち、サイドステップ踏みたくなってきたんじゃない?🕺#サカナクション #新宝島 #タワレコ寺浦の叩いてみた #ドラム #チャレンジ ♬ 新宝島 - サカナクション
― たしかに取材前に店内を歩いてとてもワクワクしましたし、タワレコの店舗で味わえる時間は唯一無二のものだと感じてきました。
ありがとうございます。店舗での体験をそう感じてくださっている方が、少なくないのではないかと自負しています。一方で、会社としての売上を見てみると、実は半分近くをECでの取引が占めているといった事実もあって。店舗だけに限らず、ネット上でのコミュニケーションにも力を入れてきたことで、徐々にタワレコらしさが伝わってきていると感じています。
それでも、発信に関してまだまだやれることがあるはずだと、個人的には感じていました。店舗がない県の方や、遠方で足を運べない方など、まだタワレコのことをよく知らない、利用したことがないという人たちはたくさんいます。そういう方たちに対して、店舗に来てもらうだけではなく、むしろ私たちのほうから“会いにいく”ような取り組みが、まさに発信でできることだと思っています。
― タワレコの“らしさ”を、来店される方以外にも知ってもらいたい。そんな想いからTikTokも始まったのですね。
そうです。先ほども触れたように、タワレコの“らしさ”の源泉は、スタッフ一人ひとりの存在にあると考えています。だからこそ、TikTokでもスタッフたちが自分たちの顔を出しながら、発信していくことが大切だと考えました。
ただ、広報担当としていきなり社内のスタッフに「顔を出して発信してください」と言っても、それは少し抵抗があるという人もいます。そこでまずは私自身がやってみて、少しでも参加しやすい状態をつくろうと考えたのです。
顔出しで発信する企画として何をやっていこうかと考えたときに、パッと思いついたのがドラムでした。自分のできることのなかで唯一自信があったのがドラムだったことと、これなら音楽を絡めた発信ができるだろうというのが大きな理由です。
バンド、ドラム、ライブ...きっかけをくれた「音楽との出会い」
― ドラムはどれくらい続けているのでしょうか?
始めたのは小学校5年生の時です。ある日、音楽室にいきなり立派なドラムセットが現れたんですよ。近所の誰かが使わなくなったドラムを寄贈してくれたそうです。黒いドラムで、それを見てめちゃくちゃかっこいいなと思いました。
当時はちょうど、ポルノグラフィティの「横浜ロマンスポルノ」というライブのDVDを見たばかりの頃で。サポートメンバーの方のドラム演奏を見て、「まるで歌うみたいに叩いてる、かっこいい!」と心を打たれていた時期でした。そんなタイミングで、偶然目の前にドラムが現れた。迷わず、思い切って叩いてみることにしたんです。
いざやってみたら、思いのほか周りが褒めてくれて。それが嬉しくて、一気にハマっていきました(笑)。中学高校でも吹奏楽部や軽音楽部に入って、大学卒業までは続けていましたね。
― ドラムを始める前から音楽は好きだったのでしょうか?
本格的に音楽を好きになったのは、ドラムを始めたことがきっかけだったと思います。それまでもピアノを習っていたり、 姉がお店で借りてくるCDを聴いたりはしていたのですが、夢中になるほどではありませんでした。
ドラムをやるようになってからは、色々な曲を聴くのがすごく楽しくなりました。ドラムの音に集中して聴くようにもなって、それが新鮮でどんどん音楽に夢中になっていきましたね。

― タワーレコードに入社されたのも、やはり音楽好きなことが影響しているのでしょうか?
そうです。さまざまな会社の面接に参加したなかで一番話しやすく、自分に合っていると感じていたのがタワレコでした。それで新卒入社して、4月で9年目になります。
就活中は音楽にかかわる仕事がしたいと考えて、その軸で就職先を探していました。小学生の頃にドラムがきっかけで音楽にハマり、それからは楽しい時もつらい時も、いつも音楽に支えられてきたんです。音楽がきっかけで色々な人と出会い、たくさんの思い出もできました。だからこそ音楽に恩返しがしたい、少しでも音楽を広めるために何か力になりたいと思って、自然とそうした軸ができていました。
― 音楽にかかわる仕事に就きたいと決心するのに、特に影響を受けた出来事はありますか?
「夜の本気ダンス」というバンドとの出会いは、すごく大きな出来事でした。あるサーキットイベントに行き、そこで初めてライブを見たのですが、もう一瞬で心を奪われたんです。小さなライブハウスだったのですが、前から3列目くらいで、たぶんポカーンと口を開けて見ていたと思います(笑)。いま振り返るとその出会いこそが、音楽の仕事をやろうと本気で思えたことにつながっていると感じます。
というのも、その時期は色々な出来事が重なって「音楽業界は向いてないのかな」と自信を失いかけていたタイミングでもあって。そんな時に夜の本気ダンスを生で見て、「このバンドの音楽と、一人でも多くの人が出会ってほしい。そのきっかけをつくるために、やっぱり音楽の世界で働きたい」と思い直すことができたんです。その時に感じたこと、自分のなかで湧き上がってきた気持ちは、今でも忘れないようにしています。
― 「音楽と人が出会うきっかけをつくる」というのは、まさにタワーレコードだからこそできる仕事のようにも感じました。
そうですね。それこそ「タワレコ寺浦」も、誰かが音楽と新たに出会うきっかけになったら良いなという気持ちで続けている取り組みでもあります。
特に若い世代は、TikTokを通してそれまで知らなかった音楽と出会っている人も少なくありません。毎回再生ボタンを押すこともなく、次々に色々な曲が流れてくるというシステム自体、音楽と出会うにはうってつけの仕組みだと思います。
多くの人たちが息をするようにショート動画を見ている時代だからこそ、私たちもそれを活かして、音楽と出会う機会をより多くつくっていきたい。TikTokでの発信が、少しでもそうした機会の創出につながってほしいとも思っています。
― だからこそ、ジャンルを問わずさまざまな楽曲を取り上げているのですね。
はい。一人でも多くの人が、一つでも多くの音楽とつながってほしいという想いは常にあります。その実現のためにも、「タワレコ寺浦」での発信は続けていきたいです。
“反応がない”を経験したから、いま楽しめることがある
― 発信を続けるなかで、壁にぶつかったことはありましたか?
2023年の4月から投稿を開始したのですが、始めたばかりの頃は全然反応をもらえなくて。いま思うと、その時期が一番苦しかったかもしれません。
自分から企画して始めたことではあったものの、いざ壁にぶつかると「やらなきゃよかった…」と思うことも正直ありました。どうやったらもっと見てもらえるのか、いつの間にか数字ばかりに気を取られて、葛藤していましたね。

― その葛藤を乗り越えて軌道に乗せられたのは、なぜなのでしょうか?
周りの方々の支えがあったおかげです。私がうまくいかないと嘆いているときに、「大丈夫」「できるよ」と言ってくれて。そういう言葉に、すごく救われていました。
なかでも真摯にサポートしてくれた部下の子がいたんです。再生回数が伸び悩んでいるなあと落ち込みそうになると、「この動画、前より100回も多く再生されてるじゃないですか!」みたいに、小さな変化をポジティブに褒めてくれたんです。その子のおかげで、「そっか、こうやって少しずつ前進できればいいんだ」と思えるようになって。続けていくエネルギーをもらいましたし、少しずつ自信を持てるようになりました。
あとは、私自身の性格も影響しているのかもしれません。昔から少し頑固というか、「やると決めたら絶対やらなきゃダメ」みたいな考え方が、いつも頭の片隅にあって。行き過ぎると自分を追い込みすぎてしまうのですが、そういう性格があったからこそ、打たれ強く、折れずに続けて来れたのかなと感じます。
― 「タワレコ寺浦」を続けてきて、寺浦さん自身が「この瞬間が一番楽しい」と感じる場面はありますか?
やっぱりいただいたコメントを見ている瞬間が、一番楽しいですね。演奏や曲に対する感想はもちろんですが、たとえば「靴紐がほどけてます」みたいな、すごく些細なことまで気づいてコメントしてくれる方もいて。「え、そんなところまで見てくれてるの!?」と、めちゃくちゃ嬉しいです。
もちろん「下手くそ」みたいなコメントもあるのですが、ネガティブな感想も「もっと頑張る!」みたいに、ポジティブに受け止められるようになりました。見てくれた人と、コミュニケーションを取れていること自体に感謝しているんです。
そうやって素直にコメントを楽しめているのは、きっと誰にも反応をもらえなかった時期を経験しているからだと思います。誰も何も反応してくれないのが、やっぱり一番つらい。そのつらさを自分で味わえたから、今は「見てくれてる!」と純粋に喜べるのだと感じます。
「音楽と人が出会うきっかけ」をつくり続けたい
― 今後寺浦さんが取り組んでみたいこと、挑戦してみたいことがあれば教えてください。
TikTokでの発信は、今後も続けていきたいです。始めた当初から掲げてきた一旦の目標が「フォロワー10万人」なのですが、これがまだ達成できていないので、少なくともそこにたどり着くまでは続けていきたいと思っています。
あとは先ほども少し触れたように、一人でも多くのスタッフの魅力が伝わるような発信にも、より力を注いでいきたいです。XやInstagram以外にYouTubeでの発信を始めている店舗もあったり、名物店長がテレビに出たりといったことはこれまでもあったのですが、もっともっと“らしさ”がきちんと伝わるような発信ができると思います。私がほかのスタッフたちをいかにうまく巻き込んでいけるかが大事だと思うので、これまでの経験も活かしながら頑張っていきたいです。
そしてもう一つやりたいと思っているのは、お店の楽しみ方を解説するためのコンテンツの制作です。どこの階に何が置いてあって、どういう順番で店内を巡るのがおすすめで、曲はこうやって探すと見つけやすい……といった情報を、わかりやすくまとめた何かを作りたいんです。
たとえば、TikTokがきっかけで初めてお店に来てくれたけど、何をどうやって楽しめば良いのかわからない、という人がいるのではないかと思っていて。万が一「せっかくお店に来たけど楽しめなかった」と感じる人がいたら悔しすぎるので、より気軽にタワレコを楽しんでもらえるよう発信をしたいと思っています。そういう試行錯誤の積み重ねが、人が音楽と出会うきっかけをつくることにも、つながっていくはずだと考えています。
― それがあれば、初めて訪れる人がよりタワレコの楽しさを味わえそうですね。
そうなんです。一人でも多くの人にタワレコを知ってもらいたいし、楽しんでもらいたい。そのために「タワレコ寺浦」のような、自分だからこそできる取り組みを一つでも多く、続けていきたいと思います。

プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 寺浦 黎(てらうら・れい)
-
タワーレコード株式会社コーポレート室広報部所属。2017年に新卒で入社し、浦和店の店舗スタッフを経て広報部で広報業務に従事。企画したタワレコ公式 TikTokアカウント「タワレコ寺浦」では、さまざまな曲を自らドラムで演奏し注目を集める。