トイレの課題解決から、より安心できる社会を目指す。21歳・社会起業家のビジョン

トイレの課題解決から、より安心できる社会を目指す。21歳・社会起業家のビジョン
文:栗村智弘 写真:須古 恵

高校生で“トイレ研究”のためにアメリカへ留学。現在はトイレのマップアプリ開発も進める21歳・原田怜歩さんの、変わらない原動力とは?

自らの意思でキャリアを切り拓き、社会で活躍する現代の若者は、どのような出来事に影響を受け、どのような価値観を持っているのだろうか。今回登場するのは、東京大学経済学部の3年生で株式会社UN&Co.代表取締役の原田怜歩(はらだ・らむ)さん。2003年生まれの21歳だ。

親友との出来事をきっかけに、“誰もが安心して使えるトイレ”への関心を深めた原田さん。中学生の頃から自ら各地に足を運び、日本やアメリカのトイレを数多く調査し続けてきた。現在は大学で「トイレと経済性」について学ぶとともに、立ち上げた会社でトイレに関するさまざまなデータの収集・可視化のための事業に取り組んでいる。

「誰もが身近な人と安心して出かけられる」社会を目指し挑戦を続ける原田さんは、どのような人生観・ビジョンの持ち主なのだろうか。

もっと「トイレ」を知りたくなった

― はじめに、原田さんは現在どのようなことに取り組まれているのか、活動内容について教えてください。

大きくわけて二つの肩書があります。一つは、東京大学の経済学部に在籍している学生です。主に「トイレと経済性」というテーマについて研究するために進学し、入学後もそのための学びを続けてきました。

もう一つは、株式会社UN&Co.の代表です。UN&Co.は商業施設を中心に、トイレに関するデータの調査や分析などを事業として行っています。また、実際に調査したデータを活用したサービス開発にも取り組んでいます。現在開発中の「トイレのマップアプリ」では、現在地から近いトイレを探せる機能に加え、たとえばバリアフリーやおむつ替えベッドなど、利用者が必要とする設備があるかどうかを、事前に把握できる機能が実装される予定です。

― 「トイレ」に注目し活動を続けている原田さんにとって、関心を持つきっかけになった出来事はありますか?

きっかけの一つは、小学生の頃に親友から自身の性自認についてカミングアウトを受けた経験です。一緒に遊ぶたびに、世の中にはその親友が安心して使えるトイレが限られているという状況に気づかされました。結果的に、一緒に遊びに行ける場所も限定されてきてしまう。そのことに、いつもモヤモヤを感じていました。そして「いつかこの課題をなんとかしたい」と、考えるようになっていきました。

もう一つの転機は中学2年生で2週間、語学研修で行ったアメリカでの経験です。ある時ちょっと一人になりたいなと思って、とある施設のトイレに入ったのですが、その時に初めて、いわゆるホームシックを感じたんです。というのも、アメリカのトイレは防犯面の理由でドアを閉めても足元が空いていたり、常に便座が冷たかったりする。思っていたような“安心”が得られなかったんです。その時初めて「日本のトイレってこんなに機能的で、安心して使えるものだったんだ」と気づかされました。

その話をホストファザーにしたら、「アメリカにも良いトイレがある。だからぜひ見ておいで」と言われて。教えてもらったのが、地元の大学に設置されていたトイレでした。

そこは男性でも女性でも使える、いわゆる「オールジェンダートイレ」でした。そういったトイレを見たのが初めてだったこともあり、すごく驚かされたのを覚えています。「これがあれば、あの親友の悩みも少しは解消できるかもしれない」。そう思うと同時に、何か自分で行動したいと感じた瞬間でした。

― 留学から帰国後はどのような取り組みをされていたのですか?

「まずは日本のトイレについて知りたい」と思い、都内の駅や空港を中心に、公共のトイレを一人で見て回ることにしました。

どこのトイレにどんな機能が備わっているのか、バリアフリーの設備はどの程度ついているのか……自分にとっての“研究”と位置づけて、一つひとつわかったことや気づいたことをノートにまとめていきました。

中学時代に原田怜歩さんがまとめた研究ノートの一部。このページには山手線の上野駅と御徒町駅のトイレの様子が写真付きでびっしりと記録されている
原田さんが中学時代にさまざまなトイレを巡りまとめたノート(提供写真)

― 印象的なきっかけがあったとはいえ、中学生でそこまでの行動量はすごいですね。いま振り返って、何がそこまでの原動力になっていたと思いますか?

親友とより楽しく、より気軽に遊びに行きたい。本当にシンプルですが、その想いだけだったかもしれません。まだ中学生だったこともあり、当時は社会全体の問題を解決したいといった大きなビジョンは特にありませんでした。それ以上に、身近な人との時間を充実させたいという一心だったと思います。

そして20歳を過ぎた今も、そうした自分の経験から湧き上がってくる気持ちが、一番の原動力です。「身近な人との時間を充実させたい」という想いは、この先も変わらないだろうと感じます。

トイレットペーパーを“メディア”にして、社会課題を知ってもらう

― 高校へ進学してからは、どのようなことに取り組まれていたのでしょうか?

その頃は、より長い時間をかけて海外のトイレについても学びたいという気持ちがありました。そこで、高校1年生の時にアメリカのアラバマ州へ1年間留学に行き、現地で生活しながら自分なりに研究を進める道を選びました。

中学生の時に滞在したフロリダ州は、比較的リベラルとされている地域。だからこそ、オールジェンダートイレのような設備がいくつもありました。一方で、高校生で留学したアラバマ州は、どちらかというと保守的とされている地域です。ちょうど渡航直前に、出生証明書と同じ性別のトイレを使うよう求める州の法律が成立しそうなタイミングでもありました。

同じ国でも、州によって法律や文化が大きく異なる。それまでの私にとっては馴染の薄い感覚でした。でもそのおかげで、滞在中はそれ以前に過ごしたフロリダ州との違いも感じながら、実地で比較調査して、色々な学びを得ることができた。これはすごく貴重な経験でした。

高校時代の留学先のアメリカでの体験を話す原田怜歩さん。現地で自分なりにトイレの研究を進めていた

― 具体的に、アメリカではどのような1年間を過ごしたのでしょうか?

現地の高校に通いながら、空いた時間で研究を進めていました。具体的に取り組んだのは、たとえば自分で各地のトイレを回って調査すること。学校の中だけでなく、大学や公共施設のトイレを見て回るなど、“足で稼ぐ”ことを意識してリサーチしていました。

また高校にLGBTフレンドリーなグループがあり、そこでのヒアリングも行っていました。当事者からリアルな声を聞けただけでなく、自分自身もさまざまなコミュニティに参加させてもらうことで、得られた学びや発見がたくさんあったと感じます。

ただ2020年当時は、ちょうどコロナ禍に入ってしまった時期でもあって。結局1年間は滞在できず、予定より早く帰国することになってしまいました。

― 帰国されてからは、日本の高校へ通いながら過ごしていたのでしょうか。

そうです。アメリカにいた時から、帰国後は集めたデータを日本で還元するための活動がしたいと思っていました。そこでトイレにおけるジェンダー課題を解決する「Plunger」という団体を立ち上げ、活動をスタートさせました。

団体を立ち上げたあとは、日本の商業施設に対して、オールジェンダートイレやバリアフリートイレを新たにつくる提案に取り組んでいました。実際にいくつか通っていた企画もあったのですが、それらもコロナ禍の影響ですべて白紙になってしまって……とても残念でしたし、今までで一番辛い経験の一つでした。

― 仕方ないとはいえ、取り組んでいたことが白紙になってしまうのは悔しいですよね……

そうですね。ただ、そこで方針を切り替えたからこそ、その後生まれたプロダクトがあります。それが「SDGsを漫画で学べるトイレットペーパー」でした。

SDGsの17個のゴールには、「5. ジェンダー平等を実現しよう」「6. 安全な水とトイレを世界中に」が含まれています。まずは、こうした社会課題の存在をより広く知ってもらいたい。そう考え、誰もが毎日使うトイレットペーパーを“メディア”として、漫画で学べるプロダクトをつくることにしました。

クラウドファンディングで必要な資金を集め、プロダクトは無事に完成。全国の小中学校や公共施設などへの寄付によって、多くの人に届けられました。

原田怜歩さんが手がけた「SDGsを漫画で学べるトイレットペーパー」
「SDGsを漫画で学べる」をコンセプトとしたオリジナルのトイレットペーパー(提供写真)

― まさに、原田さんと仲間の皆さんだからこそのアイデアや行動力が感じられるエピソードですね。ほかにもPlungerで取り組んだ活動はありましたか?

高校3年生になる頃にはコロナも少し落ち着き始め、改めて実際にトイレをつくりたいと思い、企業への提案を再開させました。そこでよく聞かれたのが「経済効果はどれくらいか」「収益面でプラスになるのか」といった、経済的なメリットに関する質問でした。当時は、その疑問に説得力をもって答えるだけの経験やデータが十分になくて。そこが壁となって、なかなか話を進められない経験をしました。

「もし経済的なメリットがあるなら証明すべきだし、ないなら政策などでどうカバーするかを検証しなければならない」。そんな問題意識が芽生えたことが、「トイレと経済性」について大学で学びたいという想いにつながっていきました。

― それがきっかけで、進学されたのですね。今は3年生とのことですが、入学してよかったと感じることはありますか?

まず何より、トイレの研究に専念できるさまざまな環境があること。これが本当にありがたいです。特に、もともと指導を仰ぎたかった教授から、入学してすぐの段階からいくつもフィードバックをいただけていることが、自分にとってはすごく大きいです。

私は学業と並行してUN&Co.で事業活動もしていますが、学術的な裏付けがあるからこそ、事業において経済的な効果を語れる場面も少なくありません。その点、大学での学びを直接的に事業へつなげられているのには、とても充実感があります。

また、同期にはそれぞれ専門的な活動をしている学生も多くいます。私が何かで困った時すぐに相談できたり、アドバイスをもらえたりするのも助かっています。

自分が架け橋となり、世界に「自分ごと」を増やしていく

― 今後は、どんなことに特に注力していきたいと考えていますか?

まずは先ほども触れた「トイレのマップアプリ」の開発に力を注ぎたいです。

これは簡単にいうと、利用者とトイレとをマッチングできるアプリです。たとえば車椅子で移動している方が出先で使えるトイレを探したいと思ったとき、アプリ内の地図から該当する施設をすぐに見つけられる。加えて、「このトイレは壊れている」「車椅子での利用は難しかった」といったコメントを利用者が残せる機能もあります。このアプリを通して、トイレに関するさまざまなデータを“可視化”し、“共有”できる仕組みを提供していきたいです。

このアプリで扱うようなデータはこれまで、行政が人を派遣して現地調査をするなどして収集する場合がほとんどでした。そうなると、どうしても情報が偏ってしまったり、収集できる量に限界があったりする。一方で今私たちが開発しているアプリを使えば、利用者のリアルな声が自動的にデータとして蓄積されていくため、行政の方も各地のトイレの現状を把握しやすく、より早く対策を検討できるようになるはずです。

― データを集めるだけでなく、可視化までしていくのが重要なのですね。

はい。たとえば公共のトイレの破損情報は、どうしても行政の担当者の方が現地へ足を運び、そこで見ることでしか把握できない状況です。しかし、アプリを通してデータが常に更新、可視化されることで、「実際にどこで何が壊れているのか」を担当者の方がより簡単に把握できる。それが結果的に、「ここに新しい設備が必要」と行政の方が具体的に検討するための下地になっていくはずです。

― 原田さんご自身が目指している未来、実現したい世界とはどのようなものでしょうか?

誰もが「ここなら安心して使える」というトイレを、より簡単に探せるような世界にしていきたいです。そのために収集・可視化したデータを活かし、行政とも連携しながら、トイレの数や設備そのものを増やしていく。あるいは修理や改善を一つでも多く行っていく。そうやって、目指す世界の実現のための土台を整えていきたいと考えています。

さらには、「誰もが外出先で、必要以上に気を使わず過ごせる環境」をつくりたいと思っています。私自身、親友と出かけるときには、どうしてもあれこれ先回りして考えたり、お互いに気を使ったりしながら行動せざるを得ない状況がありました。それはトイレだけに限らない話です。

同じような問題を感じている人たちが、少しでも思いきり過ごせるような世界にしたい。そのために、まずは最も身近でわかりやすいトイレの課題にフォーカスして、解決に向けた取り組みを続けていきたいです。

― ご自身のかつての経験が、そうしたビジョンへとつながっているのですね。

そうですね。根底にあるのは、親友と気兼ねなく遊びに行きたいと感じたかつての経験であり、そこから生まれた想いです。その想いこそ、この先も大事にしていきたいと感じています。

そのうえで、実際に理想を実現していこうと思うと、トイレを含む社会インフラそのものを変えていく必要がある。つまり、大きくいえば「社会を変える」ためのアクションも必然的に必要になってきます。だからこそ、そのための行動も一つずつ積み重ねていきたいと思っています。

― ビジョンを形にしていくためには、さまざまな人の協力が必要になってきそうです。今日お話いただいたような問題意識やビジョンを一人でも多くと共有するために、どんなことが必要だと思いますか?

最も必要な変化は、一人でも多くの方に私が抱えているような問題意識を「ジブンゴト化」してもらうことだと考えています。ともすれば遠く感じられる「社会課題」として捉えるのではなく、「自分や身近な人にとって関係する問題」として、一人ひとりが捉えていく。そうした小さな変化の蓄積が、やがて大きな変化を起こしていくうえでは鍵になるはずです。

たとえばバリアフリーのトイレについて、自分がそれを必要とする当事者でなかったとしても、身近に必要としている人がいれば、自ずと「ジブンゴト」になると思います。そして、誰もが少し周りを見渡せば、そうして自分ごと化できるような環境に身を置いているはずです。

私自身も、周囲のさまざまな人と話すなかで「そんな苦労があるんだ」「そんなニーズがあるんだ」と、新しく気づかされることがたくさんあります。そうやって、色々なことが少しずつ自分ごとになっていく。だからこそ、立場や役割などの違いを超えて、色々な人が共に考え、話を交わしていく機会をつくることにも、取り組んでいきたいです。そして最終的には、さまざまな人を自分なりの形でつないでいく、架け橋のような存在になりたいと思っています。

さまざまな人を自分なりの形でつないでいく、架け橋のような存在になりたいと話す、原田怜歩さん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

原田怜歩(はらだ・らむ)

2003年生。中学生で訪れたアメリカでオールジェンダートイレを知りトイレの研究をはじめる。16歳でトイレにおけるジェンダー課題を解決する「Plunger」を立ち上げ。「SDGsを漫画で学べるトイレットペーパー」を開発。その後東京大学入学、経済学部で「トイレと経済性」について学ぶほか、2024年には株式会社UN&Co.を設立。

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