まだ見ぬ未来ではなく、今やるべきことを。ゲストハウスのオーナーがシェルター、本屋を始めた理由

まだ見ぬ未来ではなく、今やるべきことを。ゲストハウスのオーナーがシェルター、本屋を始めた理由
文:葛原信太郎 写真:ササカカオリ

ゲストハウス、家がない人たちを受け入れるシェルター、本屋。札幌の街なかに、さまざまな人が集い交わる公園のようなスペースを運営する神輝哉さんのキャリアを振り返り見えたこと

将来を想像し、バックキャスティングで考えるべきとよく言われるが、本当にそうだろうか。自然災害が猛威をふるい、新しいウイルスは瞬く間に世界に広がり、社会は変わりつづける。将来を想像することが難しい時代を生きる私たちが耳を傾けるべきはむしろ、社会の変化に柔軟に対応してきた人や組織ではないか。

神輝哉(じん・てるや)さんは、札幌でゲストハウス「UNTAPPED HOSTEL」、書店「Seesaw Books」、家がない人たちを受け入れるシェルターを営んでいる。コロナ禍で大打撃を受けたあと、外に広げるのではなく内に潜ることで見えた挑戦的な選択肢と、それを選ぶことで描けた希望を聞いた。

外の世界に憧れた学生が、札幌に根付くために帰ってきた

── まずは現在のお仕事に至るまでのキャリアについて教えてください。

札幌で生まれ札幌で育ち、高校卒業後に上京しました。「家から出たい」「外に出たい」という思いが強かったんです。大学進学にあたって、まずは上京しようと決めていました。僕が高校生~大学生だった2000年前後は、海外の情報が一気に押し寄せていた時代でした。海外の音楽が流れるMTVやスペースシャワーTV、バックパッカーたちが世界を旅した経験を書き綴った本や雑誌。それらに囲まれて学生時代を過ごしていたので、自然と「外」の概念も「札幌の外」ではなく「海外」へと向いていきました。

僕の周りでは、多くの人が「外」に憧れて、バックパックを背負い東南アジアへ旅をしていました。でもちょっとひねくれていた僕が選んだのはアメリカへの旅。アメリカのヒップホップやバンドのサウンド、ミュージックビデオに出てくる町並みや雰囲気に惹かれたんです。グレイハウンドというアメリカの長距離バスに乗って、観光ビザで居られる3ヶ月間、じっくり周りました。それからはヨーロッパに行ったり、中国に行ったり、それなりに旅をしてきました。

これまでのキャリアを語るUNTAPPED HOSTEL 神輝哉さん

── 大学卒業後のイメージやプランはあったんですか。

いや、あんまりなかったですね。あの頃は「どうにかなるさ」という空気感が世の中に蔓延していたと思うんですよ。「フリーターでもなんとなく食っていける」と思えるくらいには社会が温かったように感じましたし、今の逼迫した雰囲気とは全然違います。とは言え、大学を2年間留年していたので、いい加減働かないとまずいかもな…と。というわけで、興味があったマスコミ系の会社の面接を数社受け、とある出版社の営業として働き始めました。

でも、そこも「あくまでも一時的な居場所である」という気持ちを、働きはじめる前から持っていました。いわゆる「サラリーマン」として誰かに雇われ続けるよりも、自分で商売をしようと思っていたんです。父親が自分で商売をしていたことも影響があるかもしれません。

どんな商売をしようかはいろいろ考えましたが、自分と向き合う中で導き出したのが「ゲストハウス」でした。旅が好きだというのはもちろんですが、ゲストハウスの持つ価値観や雰囲気が自分に合っていたんです。ゲストハウスとは、元来「DIY」「インディペンデント」といった地に足をつけたカルチャーをまとっているもの。「宿泊」という機能があるだけの場所じゃないんです。そういったゲストハウスの「息遣い」が自分にしっくりくるなと感じた。そこで、30歳になる年に仕事を辞めて札幌に戻り、ゲストハウスで地元に根を張ることを決心。2010年に札幌に返ってきて、友達のお店を手伝ったり、温泉のフロントをしたりしながら、準備をして、2014年からUNTAPPED HOSTELをスタートしました。

── はじめてみて、手応えはいかがでしたか?ちょうど訪日観光客も増え始めた時期かなと思います。

「儲かってるんでしょ〜?」なんてよく言われましたけど、実感としては全然そんなことなかったです(笑)。毎年、少しずつ新しいことに挑戦して、そのたびに投資に回していたので。そもそも最初からけっこう無理をしていて、5階建てのビルを一棟まるごと買ってフルリノベーションしたんです。裏の一軒家が空いたから別館として使おうと買ってリノベーションしたり、庭にバーカウンターをつくってイベントができるようにしたり。

それに売上のピークは2018年くらいだったんです。旅行者の数はどんどん増えていたけど、2019年くらいからはそれ以上に宿泊施設が増えていった。札幌だけでなく、いろんな都市で同じような傾向だったと思います。空き地ができれば、全部ホテルになっていく状況に、ちょっと違和感を抱いていました。

吹き抜けの2階から見たUNTAPPED HOSTEL エントランス

シェルター、書店、ギャラリー。人が繋がり支え合う空間

── そこに追い打ちをかけるようにコロナ禍が…。

そうなんです。2020年のさっぽろ雪まつりのあと、お客さんがゼロになってしまいました。このままじゃ完全に倒産してしまうと、本当に困りましたよ。精神的にもひどく落ち込みました。

いろいろ困りすぎてもう記憶もあいまいなのですが、あの頃のことで唯一しっかりと覚えているのは、車で一人旅に出たことです。北海道内を車で走り、宿や店をやっている友人に会いに行きました。何でもいいからヒントを探したかったんだと思います。その時間が具体的に状況を変えたわけではなかったけど、顔を見て、とにかく生きていることを確認しあえたのは、とても大事な経験だったと思います。

── 同業の方やご友人とはどのようなお話をされたのでしょうか?

それぞれがいろんなことを考えて、いろんなことを始めようとしていました。これからはオンラインだ!ってオンラインコンテンツに力を入れたり、野外のプライベート空間なら感染リスクが少ないからとプライベートキャンプ場を始めたり。多くの人が、外側へ・違う場所へと「広げていく」ような対策を取っていたんですが、僕はどうもそういう気にならなかった。

むしろまったく逆の方向で、自分の内側に向かっていったほうがいいんじゃないかという気がしたんです。これまでの経験や持っている場所、住んでいる場所を編集しなおすような手法で、このピンチをどうにか脱したいと思った。

コロナ禍の様子について語るUNTAPPED HOSTEL 神輝哉さん

── 編集しなおすような手法?

あのときニュースになっていた、コロナ禍の休業要請でネットカフェ難民が行き場を失っているという話に「もしかしたらここかもしれない」と思ったんです。目の前にはたくさんの空いているベッドがある。これを別の領域に活かせば、社会の役にも立てるし、宿業としての困難を打破するきっかけになるかもしれない。そこで札幌でホームレス問題に取り組んでいる団体に連絡を取ってみたんです。するとすぐに話が進み始めた。市役所の担当課の方が視察に来て、5月には住まいを無くした人を受け入れる3食付きの「シェルター」を、別館の2Fで始めることになりました。

ひとまず札幌市と直接契約ができたので、ベッドを借り上げてもらえたんです。潤沢な収入になったわけじゃもちろんないんだけど、少なくても収入ゼロ状態から抜け出すことができたのは非常に助かりました。その後、札幌市との契約が終わったあとも、助成金が通ったりしてなんとかやりくりしていたんですが、このまま綱渡りな経営をしていても仕方ない。シェルターを継続していくためにも収益事業をつくらなければと思い、この場所でできる新しいことを考え始めました。

── それが書店「Seesaw Books」だったんですね。

そうですね。別館の1Fが空いていたので、何かを始めるためのスペースはあったんです。とはいえ、2Fがシェルターなのに、1Fで飲み屋をやってバンバン盛り上げるのも違うかな…と。何でも良いわけじゃなく、街を行き交う人達の日常と2Fのシェルターを緩やかにつなげるような「公園」のような業態を選ぶべきだと思いました。そこで公園にちなんで「シーソー」と名付けた本屋をやることにしたんです。「棚オーナー制度」を取り入れていて月額で棚を借りてくれるオーナーさんを募集。そこに好きな本を好きな値段で売ってもらったり、トークセッションやイベントを開催したり、車庫を使ってマイクロギャラリーをはじめたりと、とにかく人が交わっていく場所をつくろうと思っています。僕自身がずっと新しい人と出会うことで、人生が動いてきたという実感があったので。

「今」を生きるということ

── 宿、シェルター、書店、ギャラリーと、多角的に事業を営んでいますが、神さんはそれらを通しどんなことを実現したいのでしょうか。

「共に支え合う」社会のための小さなサンプルを作れたら、と考えています。社会で起きていることに絶望を感じることはたくさんあるけど、きっと同じくらい希望もあるはず。その希望のほうを僕は信じたいんです。信じているからこそ、ここでサンプルをつくりたい。とはいえ、こんなふうに説明できるようになったのはつい最近です。正直、行きあたりばったりですから(笑)。

── 神さんは、事業を詳細に設計して実行するタイプの人ではない?

そうですね。そもそも未来を想像して今の行動を決めたり、詳細に計画を立てたりといったことはできるもんじゃないと思うんです。例えば、若い時に起業した人が、どれだけ年を取っていくことをイメージできるか。結婚したり、子どもが生まれたり、従業員が増えたりして、責任が重くなること。体力がなくなって無理が全然できなくなること。そんなことを考えながら起業なんてできないんですよ。というか、しなくていいんじゃないかな?と僕は思っています。だって、そうじゃなくたって現実は想像もできないほど、変わってしまうんだから。

それに、年齢を重ねたら重ねたなりに、経験値が付いてきます。現実に揉まれたら揉まれた分だけ、若いときにはなかった可能性が広がると思うんです。

UNTAPPED HOSTEL のとなりにある書店「Seesaw Books」
Seesaw Books(筆者撮影)

── 今の自分の目で、目の前をしっかりと見定めないといけないですね。

今の時代は難しいと思いますよ。僕が若い頃とは全然違うので、慎重になってしまう気持ちも分かる。「やってみたらどうにかなるよ」なんて、軽々しいアドバイスはできません。

事実、僕だって今貯金をすり減らしながら生きていますから。またま上京して大学に入れてもらえるような家に生まれて、旅に行ったり、たくさん友達に出会ってきた。心の貯金みたいなものは多いほうだと思うんです。でもそれだって無尽蔵にあるわけじゃない。

心の豊かさを仕事にも求めていたい気持ちはこのような状況でも変わらないからこそ、2023年は自分たちの持っている要素の延長にあるけど、これまでとはぜんぜん違う新しい事業を始める予定ですこれは社会的意義はもちろん、収益性も同時に確保することに決めています。

── UNTAPPED HOSTELの「UNTAPPED」は「未開発の」「まだ見つかっていない」という意味ですよね。未来って、まさしく未開発で、まだ見つかっていないものなのかもしれないですね。

そう。だから「今やりたいこと」を「今」やる。そんなことを大切にしてきました。そうしたらこんな人生になっていた(笑)。20年前に出版社に務めていた自分はまさか本屋のオーナーになっているなんて、想像もしていませんでしたよ。あまりにも特殊すぎて、あまり他の人にオススメできる人生ではありません(笑)。でもなぜだか自分にはしっくり来たんです。道理が通っていると言い換えてもいいかもしれない。自分がやるべきだと「しっくり」くる選択肢を探して選び続けることが大事なのだと思います。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

神 輝哉(じん・てるや)

1980年札幌生まれ。高校卒業後に上京し、出版社の営業職を4年半勤めるなど10年間の東京生活の後、結婚を機にUターン。2014年、UNTAPPED”(=未開発の・まだ見つかっていない)な北海道を満喫する旅人のためのゲストハウス「UNTAPPED HOSTEL」を開業。2020年、コロナ禍で困窮する人の避難施設・シェルターを開設、2021年に別館1Fを改修し「Seesaw books(シーソーブックス)」をオープン。

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