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SPECIAL INTERVIEW

【後編】小林可夢偉に聞く。世界最高峰の舞台から見る日本人がグローバルで活躍する術

グローバル , グローバル人材 , ビジネススキル , 働き方
インタビュー:小林可夢偉

インタビュー:Meet Recruit編集部 文:鈴木貴視 写真:依田純子

日本人唯一のF1ドライバーとして、モータースポーツの頂点で活躍し続ける小林可夢偉が語る、世界で通用する日本の魅力。

2009年からモータースポーツの最高峰であるF1のカテゴリーにおいて、日本人唯一のドライバーとして世界と戦ってきた小林可夢偉。1回目のインタビューでは、グローバルで通用する国際人に必要なことについて"楽しいことをしよう"という想いだと語ってくれた自身。2回目の今回は、世界で活動していく中で見えてきた日本の魅力や、自らの今までとこれからについて聞いてみた。

----2009年にF1デビューを果たし、今までにさまざまなチームでキャリアを積んでこられましたよね。その中で、ファンやスタッフに非常に愛されているという印象があります。ご自身としては、世界で支持を得られるようになった理由をどのように考えていますか?

僕自身は、基本的に"楽しいことだけ"を考えるようにしています。レースが終われば、チームスタッフに声をかけて食事に行ったり。特別なことは何もやっていないですが、もしかしたらそういう部分が好感を持ってもらえている理由のひとつかもしれません。

----2013年はF1のシートを獲得できず、スクーデリア・フェラーリのドライバーとしてGTレース(ツーリングカーを使用したレース)に参戦。2014年には「KAMUI SUPPORT」で募った支援金をもとに、再びF1に戻ってきました。

やはりF1ドライバーは特殊な職業だなと思います。

----その際、スクーデリア・フェラーリとの契約延長の話を断り、無報酬でケータハムと契約しました。つまり、安定より挑戦、という決断をされたわけですよね。

当時は26〜27歳でしたが、仮にその後の数年間お金に困ったとしても、また頑張ればいい、あまり焦らないでいいかなと思いました。そもそもブランドにもこだわりたくない人間なので、とにかく楽しいことをやる。その後のことは、それから考えようという判断でした。簡単に言ってしまえば、夢を追いかけるだけですよね。

小林可夢偉

1%でも可能性があるならば、その1%を取りたい

----自分のキャリアを長いスパンで考えたりはしないのでしょうか。

人生において、明確なプランがあるわけじゃないんです。むしろ、1%でも可能性があるならば、その1%を取りたい。1%を取らなければ0になりますから。ただ、今の状況を考えると、その判断で良かったとは言い難いですが(笑)。

----迷ったり悩んだり葛藤したりしなかったんですか?

ぜんぜん悩みませんでしたよ。悩む時間って無駄な気がするんです。何か欲しいものがあって悩んでいたら、悩んでいるうちに無くなってしまうことってありますよね。僕は経験ないですが、家を買う時にもそういうことがあるらしいですし。悩むことって、もの凄いエネルギー使いますし、時間は確実にカウントされていくので、物事は瞬時に決めなければいけないと思っています。

----確かに、レース中は決断の連続ですよね。

前の車を追い抜く時も、悩むことが一番無駄ですね。悩むから追い抜くタイミングを失うんです。僕の場合は、悩む前に決めてしまっているところがあります。そもそも、悩まない性格なのかもしれませんが(笑)。

----シーズン中は、ほぼ毎週レースになりますよね。何年も世界各国を回っているわけですが、その中で改めて日本はどのように風に映っていますか。

日本は何でも揃っているので、幸せすぎる場所なのかなとも思います。イタリアでいえば、土曜の昼から月曜の昼までお店が閉まっているので、その間は外食できない。日本はそんなこと絶対にないですよね。ヨーロッパは計画性がなかったら生きていけないです。

----もちろん、日本の良さも感じますか?

それこそ、先日、富士山に登ったんですが「日本人で良かった」と実感しましたね。アメリカやフランスは、ジャガイモから飛行機まで作れる国ではあるけど、日本のように大都会から世界遺産、富士山や長野県の分杭峠のようなパワースポットまであるのは世界的に見ても珍しいと思います。

小林可夢偉

日本の技術者や職人、マニアックな人が世界で活躍できる

----そういう意味では、ハングリー精神が欠けてしまっている部分もあるんでしょうか。

簡単に言えばそれもあります。ただ、日本はひとつのことを突き詰めるようなマニアックな人が多いので、グローバルではそういう人達が活躍していくのかもしれません。過去を振り返ってみても、日本の産業がなぜ国際的に発達したかといえば、車やテレビを作る技術者や職人さんがいたから、という部分も強いですよね。歴史の中で、そういった部分を大切にしていかないといけないんじゃないかなと思います。

----F1においても、日本の技術力を感じることはありますか。

ありますね。タイヤホイールにしても、海外のメーカーが日本で作っていたりします。タイヤホイールを作る際に、金属を焼いた後に急激に水で冷やすという行程があるんですが、その水に不純物が入っているとクオリティが落ちてしまう。なので、わざわざ海外のメーカーが日本の奇麗な水と優れた機械を求めて作りにくるんです。

----タイヤにおいても、2010年まではブリヂストンが参戦していましたが、それから現在までイタリアのピレリ社となりました。

当時は、外国人ドライバーも日本の技術力の高さを理解していましたよね。ちなみに、世界各地で行われているレースのほとんどが、1つのメーカーで統一されています。複数のメーカーがタイヤ競争しているのは、日本のレースだけなんです。

----そうなんですね。

世界的に見たら不思議な光景かもしれませんが、ドライバーとしてはそのほうが楽しい。今のF1のタイヤも素晴らしいですが、メーカーも戦う相手がいないから、劇的な変化は生まれづらいですよね。

グローバルで上手くやる秘訣は、楽しそうだと思われる人間になること

----2015年から、HONDAが再びF1に参戦しますね。

僕がF1に参戦してから、しばらく日本人は自分しかいなかったので気持ちがラクになります。つい先日も、「日本のF1はお前に掛かっているんだぞ」と言われましたが、僕一人が頑張るのではなく、モータースポーツに携わる日本の企業がみんなで頑張らなければいけない。HONDAさんが参戦してくれることは心強いです。若い人がスマホにお金を使うのもいいですが、車に乗りたいと思ってもらえるように、日本のモータースポーツ業界を盛り上げたいですよね。

----その他、日本から世界に出ていけばいいなと思うものはありますか?

日本は良い技術がたくさんあると思いますが、プロモーションの仕方が古い気がします。例えばですけど、盆栽は地味だけど、そこにポップスな要素を足してみようとか。そういう発想があれば、きっともっとおもしろくなる。昔の名残りを壊せないことが、グローバルにいけないことに繋がってる部分もあったりして。技術は本当に素晴らしいものがありますから、形に縛られすぎなければ、より発信していけると思います。

----人間性の部分で、世界に通用できる要素があるとすればどんなことでしょう。

僕自身のことで言えば、何があっても寛大な心でといようという気持ちでいます。数年後にF1に乗れているかといえば分からない。だからこそ、今ある人間関係をどうしていくか。もしかしたら、10年後や20年後に、まったく別の仕事で出会うかもしれませんから。そんなこと言っているのは甘い、と思われるかもしれませんが、自分としてはドライバーでなくとも勝負できるかなと思っているので、人とのコミュニケーションを大切にしたいなと思います。

小林可夢偉

----2014年シーズンもあとわずかですが。

今の時点では、レースをしているというよりも、何とか生き延びているという言い方のほうが正しいかもしれません。その中で、いろいろなチャンスや可能性を広げられるように準備はしています。正直、シーズンが始まった当初は、こういう状況になることは予想もしていなかったですが、残りのレースをしっかりやっていきたいですね。

----今後、日本から世界に向かっていく人々にメッセージをお願いします。

やっぱり、楽しいアイデアを持っていること。この人と一緒に仕事をすると楽しそうだなと思われる人間になれることが、グローバルでも上手くやれる秘訣じゃないのかなと思います。

小林可夢偉に聞く。世界最高峰の舞台から見る日本人がグローバルで活躍する術

  1. 前編
  2. 後編

プロフィール/敬称略

小林可夢偉

レーシングドライバー

兵庫県尼崎市出身。9歳の頃にカートを始め、1996年にカートレースにデビュー。2000年には全日本ジュニアカート選手権のシリーズチャンピオンとなり、2001年には全日本カート選手権ICAシリーズチャンピオンを獲得、フォーミュラトヨタレーシングスクールを受講しスカラシップ生に選出。その後、フォーミュラルノーやF3を経て、2008年にGP2に参戦し数多くのタイトル獲得。2009年のブラジルグランプリで、トヨタF1チームからF1デビューを飾る。2010年から2012年まで、BMWザウバーF1チームのドライバーとして活躍。2012年の鈴鹿での日本グランプリでは、自身初の表彰台を獲得。2013年は、アジア人ドライバーとして初めて、イタリアの名門フェラーリ(スクーデリアフェラーリ)の一員としてGTレースに参戦。2014年、ケーターハムF1チームと契約し、再びF1に戻ってきた。

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