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WIRED編集長 松島倫明氏が考える、テクノロジー時代に求められる楽観的思考

アイデア , テクノロジー , メディア

文:小山和之 写真:須古恵

『WIRED』日本版編集長に就任した松島倫明氏が考える、テクノロジーと向き合う上で大切にすべきスタンスを問う。

2018年6月、NHK出版の放送・学芸図書編集部編集長として数多くのベストセラー書籍を手掛けてきた松島倫明氏がテックカルチャーメディア『WIRED』日本版の編集長に就任した。

社会におけるテクノロジーの役割が変化する中、WIRED編集長として松島氏が考える、現代におけるテクノロジーとの向き合い方を伺った。

WIREDが発信するのは、ニュースではなくインサイトである

2000年代前半から、翻訳書籍の編集を通してテクノロジーを追い続けてきた松島氏。

社会の潮流を読み、数多くの翻訳書籍を手掛ける中で、松島氏は前編でも伺ったように「テクノロジー」と「フィジカル」のバランスが重要であることを学んできた。

『WIRED』US版創刊エグゼクティブエディターだったケヴィン・ケリーの著書『〈インターネット〉の次に来るもの』や、刊行当時US版編集長だったクリス・アンダーソンの著書『FREE』『MAKERS』なども松島氏の担当書籍だ。日本版編集長になると思っていなかった前職から、奇しくもWIREDの思想に深くふれてきたのだ。

「『〈インターネット〉の次に来るもの』はとても印象的で多くの学びがあった書籍でしたね。20年、30年という未来を見据えて社会の変化を紐解いている。これを世に出せたら当分テクノロジーに関する書籍はもう出さなくてもいいかもしれないと思いました」

松島氏は、学生時代からの『WIRED』読者であり、US版の歴代編集長だけでなく、日本版編集長だった小林弘人氏や若林恵氏とも共に仕事をした経験もあり、いわば『WIRED』の価値観を自身の立場から常に発信してきた存在だ。その中で、今回の編集長就任の打診を受けたのは2018年の春頃だった。WIREDの編集長としてできることはたくさんあるかもしれない----という気持ちもある一方で、本当にできるのかという思いもあったという。

「僕はもともと本の編集者で、雑誌もオンラインメディアもやったことはありません。同じコンテンツを作る仕事ではあるものの、作り方も届け方も異なる。正直、務まるのかという不安はありました」

松島氏は編集長に就任するとすぐにアメリカ西海岸へと飛び、US版『WIRED』編集部を訪問すると共に、WIREDを作り上げてきたケヴィン・ケリー、クリス・アンダーソンの両者の元へと話を聞きに訪れている。今という時代にWIREDを出すことの意味と共に、書籍編集者というバックグランドについても直接問うてみたところ、不安は払拭されたという。

「ふたりは"そのままでいい"と語りました。WIREDが届けてきたのは、ニュースではなく、インサイトである、と。読まれるからという視点ではなく、社会に伝えなければいけないと思えるテーマや内容を深掘りすることで得られる洞察(インサイト)を発信するのがWIREDであり、それはニュースメディアというよりも、より書籍に近いものなのだと。話を聞く中で、情報に対する向き合い方が自分ととても近いと感じ、安心しましたね」

社会がテクノロジー化している

本国におけるWIREDの創刊は1993年。インターネットの普及にはまだ少し時間がある一方、パーソナルコンピュータは徐々に普及し始め、デジタルテクノロジーが社会に変化を与えることが明確になり始めていた頃だ。

『WIRED』の創刊から変わらないその編集方針は、「テクノロジーが私たちのカルチャーやライフスタイルに及ぼす影響に意味と文脈を与えていくこと」だと松島氏は語る。

パーソナルコンピュータやインターネットがまだカウンターカルチャーだった時代。読者も制作側もよく言えばアーリーアダプター、当時の状況ではギークに限られていました。しかし今や、デジタルテクノロジーは誰もが当たり前に利用するものであり、その領域も広がり続け、もはや「テクノロジー」と言えばそれがデジタルであることが前提になっている。

「WIREDも創刊当初はカウンターカルチャーとしての存在でしたが、いまやデジタルテクノロジーを語ることは、そのまま政治・経済・社会・文化・生活のすべてを扱うことであり、実質的には総合誌として存在しているようなものです」

扱う領域の拡大は、WIREDが担うべき役割が広がることも示している。

「いまやインターネットをはじめとするテクノロジーが、当たり前のように日々の生活にある。言うなれば、1993年の創刊当初にWIREDが描いていた未来が実現しているわけです。そういった社会においてこれからどうテクノロジーと向き合うかは、個人としてはもちろん、メディアとしても考え続けなければいけない大きな問いになるでしょう」

「オプティミズム」と共に、テクノロジーと向き合う

ではこの問いに対し、WIREDはどのようなスタンスを大切にするか。

WIREDは2016年に「WIREDはオプティミズムを支持する」と題した記事をリリースしている。内容は米大統領選に関するオピニオンだが、この中にはWIREDが大切にするスタンスも記されている。

わたしたちがオプティミズムを語るのは、それが、この世界において人がどう行動するのかを決定するからだ。(中略)人々は、ものごとがよくなっていると感じているときのほうがよりよく行動をする。「世の中が悪くなっていると心から感じていたなら、間に合ううちに手に入る限りのもの手に入れようとするだろう。収穫だけで、種は撒かない。けれども、世の中がよくなっていると感じていれば未来に投資するだろう。種を撒き、あとで収穫する」

テクノロジーが日常社会をますます規定する一方で、その負の側面も同じように顕在化している。しかし、そのことで危機感を感じテクノロジーの発達を阻止してしまうことは、可能性の芽を摘むことにもなりかねない。松島氏は"楽観的であること(オプティミズム)"を大切にしたいと考える。

「たとえば、AIをどう捉えるか、という議論があります。"人の仕事を奪う"と悲観的に捉え、その危険性を言及することもできれば、"人のもつ能力をエンパワーする"とその可能性を語ることもできる。テクノロジー自体はいつの時代もプレーンな存在であり、「善い」や「悪い」というものはなくて、あくまでもそれを使う人間や社会の側に結果は委ねられている。だとすれば、どうやれば人類はテクノロジーを良く使うことができるのか、WIREDはそのスタンスから、希望や可能性を伝えていきたいと考えています」

ネガティブな視点ではなくポジティブな視点で未来を見続ける----それがWIREDのDNAだと松島氏は考える。創刊から25年を経て、創刊時に描いていた未来の多くは実現した。だからこそ、いま改めて考えるのはその原点だという。

「創刊当時に描かれた『未来』が実装されたいま、私たちは次の未来を再び考えなければいけません。単なるお花畑を夢想するのではなく、次の一歩をどのように具体的に踏み出すべきか。その道筋をWIRED独自の視点で提示するためには、社会がテクノロジーに悲観的ないまこそ、WIREDの原点の思想へ立ち返ることが必要だと思っています。その軸にあるのがオプティミズムなんです」

書籍を手掛けていた頃から今に至るまで、テクノロジーと向き合い続けてきた松島氏。デジタルテクノロジーはどんどんと身近になり、WIREDが25年前に描いていた未来が現実のものとなった。その"未来"を今生きる我々が求められるスタンスを、書籍編集の経験と『WIRED』日本版編集長としての視点の2軸でうかがってきた。

向き合い方に正解はない、ただその一つの例として、テクノロジーと向き合い続けてきた松島氏のマインドは役立ってくれるはずだ。

WIRED編集長 松島倫明氏が考える、テクノロジー時代に求められる楽観的思考

  1. 前編
  2. 後編

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

松島倫明(まつしま・みちあき)

『WIRED』日本版 編集長。1972年東京生まれ。一橋大学社会学部卒業後、1995年株式会社NHK出版に入社。村上龍氏のメールマガジンJMMやその単行本化などを手がけたのち、2004年からは翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどに従事。『FREE』『SHARE』『ZERO to ONE』『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』『〈インターネット〉の次に来るもの』『BORN TO RUN』など、数々の話題書を生み出した。2018年6月より現職。‎

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