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日常業務にイノベーションの種が?「普通の社員」が変化の起点になるための戦略とは

アイデア , イノベーション , テクノロジー , ビジネススキル , マーケティング , 事業推進 , 事業立案 , 多様性 , 新規事業 , 日本

文:向 晴香 写真:須古 恵

変化・繁栄を続ける企業に欠かせないのは『リープ(跳躍)』。提唱者であるIMD教授ハワード・ユー氏に、その定義と、鍵となる戦略を訊く

2019年、日本における企業倒産数が11年ぶりに前年を上回った。リーマン・ショックが発生した2008年以来の増加だ。さらに2019年には老舗企業の倒産件数が2000年度以降で最多を更新している。

ビジネス書の見出しを躍る"変化の激しい時代"という言葉。それは生き残る者とそうでない者を容赦なく選別していく時代を意味するのだろうか。日々の業務に追われる私たちはその大きな波と、どう向き合えば良いのだろうか。

そのヒントをくれるのは世界有数のビジネススクールIMDの教授ハワード・ユー氏だ。彼は、新たな知識分野へ絶えず「リープ(跳躍)」し続ける限り、企業や個人は変化を味方にできるのだと語る。来日したユー氏にリープの定義や重要性、いちビジネスパーソンが実践する方法を伺った。

繁栄する企業はリープ(跳躍)し続けている

リープとは企業が一つの知識分野から別の知識分野へ移り、製品やサービス、あるいは製造方法をアップデートしていく営みを指す。著書『LEAP ディスラプションを味方につける絶対王者の5原則(プレジデント社)』のなかでリープは次のように定義されている。

長期にわたって成功するための唯一の方法は「リープ(跳躍)」することだ。先行企業はそれまでとは異なる知識分野に跳躍して、製品の製造やサービスの提供に関して、新たな知識を活用するか、創造しなければならない。

具体的な事例を見てみよう。P&Gは、手工業が一般的だった1800年代に、石鹸やローソクの製造を機械化し、大量生産をいち早く実現した。

大量生産が当たり前になった1930年代には、消費者心理学をベースにマーケティング戦略を展開し、当時の主婦の心を掴んだ。戦後は化学研究への多額の投資によって、競合よりも優れた製品を送り出した。

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「P&Gは、創業者が手作業で窯のなかをかき回していた時代を経て、今や機械工学、消費者心理学、有機化学といった、3つの知識分野に立脚する大企業になりました。

彼らは自社の基盤となっているナレッジを自覚した上で、常に新たな知識分野を開拓してきました。オートメーションやマスメディアの成長など、時代の流れを読み、競合他社よりも、新たな知識分野を素早く吸収し、市場や事業を創造できたから生き残れたのです。

仮にP&Gが機械工学にしがみついて、生産規模だけを拡大していたなら、後発の企業に市場を奪われ、繁栄は長続きしなかったでしょう」

ユー氏は、企業が長期にわたり繁栄する唯一の方法がリープだと断言する。その背景には「競争優位性は一時的なものである」という考え方がある。

「例えば、1930年代に栄華を誇った米国の繊維メーカーは、第二次大戦後に日本のメーカーに、その後は中国や韓国など東南アジア諸国のメーカーに取って代わられました。

繊維業界だけではありません。1950年代、ハードディスクドライブにデータを保存する技術は、IBM研究所のみが保有していました。しかし、今では世界中の企業がHDDの価格や性能を競い合っています。再生エネルギー業界も同じです。風力タービンの多くは、欧米企業によって製造されていましたが、20年たらずで中国の企業にシェアを奪われました。

優位性が揺るがないと思っていても、それは幻想に過ぎません。知的資産やポジショニング、ブランド認知、生産規模、そして流通ネットワークすらも、長期間の競争に耐え得るものではない。それは歴史を見れば明らかです」

競争優位性が一瞬で失われる。その傾向は昨今、より顕著になっている。ユー氏によると、紡績技術が1779年に発明され、新興国でも活用されるまでは100年が必要だったが、携帯電話技術はわずか13年しか要さなかったという。

「テクノロジーの発達によって人や情報の行き来が容易になりました。一つの技術は凄まじい勢いで普及しますし、企業は世界中の競合に晒されています。また、テクノロジーやビジネスだけでなく、政治情勢から消費者の価値観まで、あらゆる変化は加速している。一つの企業が一つの事業で繁栄できる時間はより短くなっていると言えるでしょう」

「創発的戦略」と「意図的戦略」の両輪がリープの鍵

テクノロジーからビジネス、政治に至るまで変化が絶えない時代。どうすれば適切なタイミング、知識分野を見極めてリープできるのか。

ユー氏がその鍵と据えるのが、社員一人ひとりによる「創発的戦略」だ。

「創発的戦略とは、日々の意思決定や投資の意思決定が積み重なり、結果的に生み出される"戦略"を指します。中間管理職やエンジニア、営業担当者、財務スタッフなど職種や立場は問いません。

例えば、インテルは1980年代以降、メモリーチップの会社から、マイクロプロセッサの会社へと姿を変えました。そのきっかけとなったのは、工場の製造ラインで粗利率をもとに日々の製造量を決めていた、中間管理職です。彼らの日常的な意思決定の集積によって、インテルは日本メーカーの参入でメモリーチップの価格が急落した後も、マイクロプロセッサの会社として事業を拡大できたのです。

創発的戦略は未知の領域において特に効果を発揮します。なぜなら小さな意思決定や実験の集積が、時代の流れに合わせて、一つの戦略へと結実していくからです。仮説検証を繰り返すリーンスタートアップの考え方にも近いかもしれません。創発的戦略を起こす環境をつくることは、リープするための第一歩です」

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"第一歩"という言葉が指す通り「創発的戦略」はリープの出発点に過ぎない。創発的戦略によって見出された"種"を開花させるには、もう一つの戦略が欠かせない。

「インテルでは、中間管理職による創発的戦略によって、メモリーチップに見込みがないと明らかになると、経営陣がマイクロプロセッサへの投資計画を始動しました。

こうした、経営陣が市場成長のデータや顧客のニーズ、競合他社などを踏まえて設計し、トップダウンで実行するものは『意図的戦略』といいます。創発的戦略で生まれたアイディアをスケールさせるためには、この意図的戦略が適切に引き継ぐことが不可欠なのです」

リープの種は"日常"に隠れている

リープの第一歩である創発的戦略がいち社員の意思決定から始まるとすれば、新人であろうと経営層であろうと誰もがリープとは無関係ではいられない。

「あらゆる社員の日常業務のなかにヒントが隠れているんです。無理に"Think outside the box(箱の外で考える)"よりも"Think around the box(箱の周りで考える)"ことが必要です。なぜならインテルの例が示す通り、社員はいつだって経営層の知り得ない情報やインサイトを持っているからです」

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社員の気づきが創発的戦略につながる事例として、ユー氏はP&Gの展開するフランチャイズクリーニング店『Tide Dry Cleaners』を挙げる。同店舗はEコマース時代に変化を迫られるP&Gにとってリープの種をもたらした。

「近年、P&Gの商品は従来の小売店だけではなく、Amazonでも購入されるようになっています。Amazonで流通する大量の安い製品との戦いにさらされているともいえる。

仮に経営層が"Think outside the box"したら、AmazonのようにECサイトを自ら立ち上げることも考えられたでしょう。しかし、ECサイトを買収したウォルマートの苦境を見れば、それが勝てる戦いではないのは明らかです。

その代わり、P&Gの新規事業チームは、車に乗ったまま洗濯物を預け、チェックインロッカーから受け取れる便利なクリーニング店を展開しました。なぜなら、彼らは製品のユーザーが洗濯をする暇がないほど忙しいと知っていたからです。恐らく、P&Gほどの巨大企業の経営層では、『顧客はクリーニングサービスを求めている』と発想するのは難しかったでしょう」

『Tide Dry Cleaners』によって、P&Gは初めて小売店を介さず、顧客と接点を持てるようになった。いつ洗濯をするのか、どのような洗剤を好むのか、直接情報を得たり、ユーザーに合わせたクーポンを渡したりできる。ユー氏は「同社が、Eコマースやフランチャイズビジネスという新たな領域にリープする種を得た」と語る。

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Tide Dry Cleaners

好奇心を携えて小さな実験を繰り返す

インテルの中間管理職やP&Gの新規事業チームのように、創発的戦略を生み出すために何が必要なのか。ユー氏はとにかく小さな実験を重ねることを推奨する。

「創発的戦略は小さな実験を繰り返すなかで生まれます。『Tide Dry Cleaners』もシンシナティの小さな店舗でのパイロットプログラムから始まりました。

もし新たな仮説が浮かんだら、モックアップを作り検証してみればいい。例えば、自社サービスの顧客とコミュニケーションをするためにInstagramが最適なのではと考えたとします。であれば、自分で小さなアカウントを運用して仮説を検証してみればいい。そうした小さな実験で成果が出れば、経営層を説得しやすくなるはずですから」

小さな実験を繰り返す姿勢に加え、ユー氏は創発的戦略の担い手には3つの資質を必要だと語る。

「まず、自らのやるべきことを適切にコントロールできること。現代は興味関心が散漫になりやすい時代です。けれど、1日何時間もSNSで過ごしていては、実験の仮説検証や関連する知識やスキルの習得は難しい。マルチタスキングでは発明はできません。

2つ目は顧客や既存の業務への好奇心はもちろん、新たなスキルや知識へも好奇心を持っていること。ひとつの分野に深く潜るだけでなく、多様な領域に触れることで、実験のヒントが浮かぶでしょう。

最後に『自らの立場のなかで何ができるのか』を思考することです。日頃の業務のなかで、あなたが得た気づきにこそ、変革の種が隠れている。全社を巻き込んだ壮大なプランは必要ない。リープの時代は一見些細なことほど重要な意味を持つようになるのです」

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リープは一人のイノベーターではなく、社員による些細な実験の集積から始まる。変化の担い手となるチャンスは、目の前の仕事に懸命に取り組む限り、誰もに拓かれているのだ。

あなたは今日何を実験するだろうか?

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

Howard Yu(はわーど・ゆー)

IMD教授。スイス・ローザンヌのビジネススクールIMD教授。同スクールのエグゼクティブ向けコース、AMP(Advanced Management Program)ディレクター。2011年にハーバード・ビジネススクールにて博士号を取得。専門は戦略とイノベーション。

『LEAP ディスラプションを味方につける絶対王者の5原則(プレジデント社)』

『LEAP ディスラプションを味方につける絶対王者の5原則(プレジデント社)』

ハワード・ユー(著), 東方雅美(翻訳)

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