リーグを1つにし躍進を続けるB.LEAGUE。事務局長から学ぶ、確たる戦略とリーダーシップ

リーグを1つにし躍進を続けるB.LEAGUE。事務局長から学ぶ、確たる戦略とリーダーシップ

写真/佐坂和也 文/稲生遼(lefthands)

2つのバスケットボールリーグがB.LEAGUEとなって以降、ソフトバンクとの放映権契約などでリーグ売上10倍増など、大きく躍進を続けている。その躍進を裏で支えているのが、B.LEAGUE事務局長の葦原一正氏だ。

プロスポーツとしてサッカーや野球の人気の影に隠れがちだった、2つのバスケットボールリーグがB.LEAGUEとなって以降、ソフトバンクとの放映権契約などでリーグ売上10倍増など、大きく躍進を続けている。その躍進を裏で支えているのが、B.LEAGUE事務局長の葦原一正氏だ。

これまでコンサルティングファーム、プロ野球界などで培ってきたデータに基づくデジタルマーケティングのスキルを存分に生かし、その結果として今回の大成功を導いた葦原氏。周囲の協力を集め、戦略的に自身のビジョンを追求する葦原氏に、デジタルマーケティングを入り口に、リーダーシップについて伺った。

他のスポーツでなし得ないリーグ機能の統一が、B.LEAGUEならできる

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ーコンサルティングファーム、プロ野球チームをわたり歩いた後に、バスケットボールへ注目されたきっかけを教えていただけますでしょうか。

葦原一正(以下・葦原) もともと知り合いだったB.LEAGUEのチェアマン、大河正明さん(サッカーJリーグ元常務理事)にお誘いいただいたことがきっかけです。それまではコンサルティングファームにて主に大手製造業会社の事業戦略立案や、R&D(研究開発)戦略立案に携わり、その後オリックス・バッファローズ、後に横浜DeNAベイスターズにて事業戦略や動員イベント立案などに尽力しました。それまでバスケットボールとは縁がなかったのですが、企業戦略の立案やプロ野球界に長らくいた経験や知識、そして若さが生むダイナミックさに期待してくださったのだと思います。

こうして予期せず出会ったバスケットボールですが、内包されたポテンシャルに大きな可能性を感じずにはいられませんでした。世界一競技人口の多いスポーツかつ、その男女比が均等であるという要素は大きなアドバンテージです。しかも、野球やサッカーとはシーズンがずれているので、放映権が売りやすいなどといった、直接ビジネスにつながるような強みもありました。色々な面から見てチャンスがあった、成功させられるに違いないと、喜んで事務局長を引き受けさせていただきました。

ーバスケットボールの持つポテンシャルとは、具体的にどういったことだったのでしょうか?

葦原 プロ野球に従事していた頃から感じていた、日本スポーツビジネスが抱える問題を、バスケットボールから変えられるかもしれないと思ったんです。日本のスポーツビジネスは市場規模がまだまだ小さい。その原因は非常にシンプルで、リーグガバナンスが図れていないという点にあるんです。世界的に人気を集めるスポーツビジネスを見てみると、リーグの機能が非常に強い。

例えばアメリカのプロ野球リーグであるMLBは、あらゆる機能をそれぞれのチームごとではなく、リーグとして統一したことで市場規模を大きく広げました。日本のNPBとアメリカのMLB、両プロ野球リーグにおける市場規模は、20年ほど前までは同様の数字で並んでいました。しかし、NPBが1600〜1800億円であるのに対して、MLBは1兆円に登るほどと、現在その差は大きく開いています。これは野球に限らず、サッカーのJリーグなどにも言えることで、世界に比べ日本の市場規模はまだまだ小さいです。

バスケットボールはB.LEAGUEとして新リーグを発足するにあたり、協会からリーグなど全ての関係組織を一新しました。他のスポーツのリーグではなし得なかったような、リーグ機能の統一という大改革が、B.LEAGUEならできると考えたんです。

統一プラットフォームが強いリーグをつくる

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ー組織を解体して再構築するというのは並大抵のことではないと思うのですが、どのように実現へと導いていったのでしょうか。B.LEAGUEではいかにしてそうした可能性を結果に結びつけているのでしょうか。

葦原 もはや現代のビジネスにおいて一般的なことですが、データを重視しています。データドリブンは世界的にも主流になってきていますからね。プロ野球やJリーグを見ると、データの管理に改善の余地があると思います。バラバラのデータベースはもはや意味をなしません。B.LEAGUEでまとめて一つのプラットフォームをつくり、各チームがそのプラットフォームを使用するという仕組みをつくりました。

例えば、ある人がAチームの試合のチケットを買ったら、翌週その時と同じIDとパスワードで別のチームの試合のチケットを買うことができる。お客さんにとっても使いやすいですし、我々運営者側にとってもデータを集めやすいので、お互いにとって好影響なんです。

こうした統合データベースをつくったことは画期的で、伝統のあるプロ野球やJリーグで同じような仕組みを再構築するのはなかなか難しいことです。それらのリーグでは各チームの力がすごく強いので、リーグ側が統一しようとしても、協力を得ることは困難でしょう。各チームが自分たちで作り上げたプラットフォームを失うことは難しいからです。こうした問題は、一般企業間にも見られますよね。

ー統一プラットフォームの設置には、運営組織に加えて、各チームからの理解を得る必要があったと思います。どのようにして、各方面とのコミュニケーションをとっていったのでしょうか。

葦原 全体の理解を上手く得ることができた要因として、まずあげられるのはタイミングと勢いです。2つのリーグが1つになり、関係組織が刷新された。いろいろなことがまだ定まっていない間に、明確なビジョンを丁寧に提示することで、多くの人から理解をいただくことができたのだと思います。

「将来こういったカタチにまで、B.LEAGUEを盛り上げたい、だから統一のプラットフォームが必要です」と具体的な目標を伝えたことも、多くの同意を得られた要因かもしれません。そうすることで、全体の成功を第一に考えていただくことにつながりました。そもそも、バスケットボール界においては、各チームのトップの方々が個別最適ではなく、全体最適を考えてくださっていましたのでそこが一番のポイントだったと思います。

愚直かつ誠実な姿勢が信頼を築くカギ

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ー組織全体にご自身の考えを理解し、実行してもらうためにリーダーとして心がけていることはあるでしょうか。

葦原 40人ほどいる事務局のメンバーに、私が大事にしている言葉について話したことがあります。「本質において一致、行動において自由、全てにおいて信頼」というアリストテレスの言葉です。

はじめて聞くとわかりにくいですよね(笑)。わかりやすくイメージにすると、手のひらの上で40人の小人たちが走り回っているとします。手のひらという大きな枠組みや目指す方向の中では、各自の行動は自由に任せる。手のひらの上ではみんなそれぞれの思いを持って、それぞれで考えた行動をとる。手のひらという組織の指針からこぼれ落ちてしまいそうな時だけ、落ちてしまわないように誘ってあげる。

色々なアイディアをみんなが提案しますが、私はいつも「なんで?」と質問するようにしています。結論はそれぞれの考えに任せますが、そこに至るロジックが組織の目指すべき方向性とずれていれば訂正します。考えていることが本質において一致していれば、行動においては自由です。つまり、信頼関係を結ぶことが組織で、ある目標を目指し、結果を出す上で重要になるんです。

ーいかにして組織内でそうした信頼を築いていったのでしょうか。

葦原 信頼は双方向のものですよね。信頼する、信頼される。信頼することは難しいことです。結局、先に自分が相手のことを信頼しない限り、信頼は返って来ません。先にgiveしなければいけないんだと思っています。私は"give and take"ではなく、"give and give and take"という精神を心がけています。信頼関係を築く上では、「等価交換」という考え方は間違っているのではないでしょうか。例えば、男女の関係も同じですよね(笑)。与えて、与えて、はじめて返ってくるものがあるじゃないですか。仕事だって同じです。

自分の持つイメージと明らかに異なるアイディアを提案された時に、どうしても否決したくなってしまうと思いますが、そこをぐっとこらえて、そのアイディアの意図を聞くと実は深い考えがあり、自分のイメージを超えるものであったりするのです。もともとコンサルティングファームにおり、プロ野球界に青二才として参入したときに自分がされて嫌だったことが、うっすらと頭の片隅に残っているんです。

「頭ごなしに否決しないでくださいよ」と感じることが多くありましたから。自分の見えないところに何か事情があるのだろうと、裏側を理解することが信頼だと思います。極論ですが、本当に信頼関係があれば本質まで聞かずとも、結果につながるまで自由に任せておけます。マネジメントの方法は世の中にたくさんありますが、そうしたフォロワーシップ的なマネジメントが面白いと私は思っています。

ー局長として事務局内で信頼関係を築いていく一方で、所属チームとの関係性の構築も必要だったと思います。

葦原 「データが示しているから、これをこうしなさい」と各チームに対して我々から押し付けることはしないようにしています。集めたデータはあくまでも、各チーム同士のコミュニケーションのツールとして活用してほしいと考えています。チーム間でデータを共有し、成功事例などを全チームで教え合えばいいんです。我々事務局は、そうしたコミュニケーションを促進する黒子に徹します。我々からデータを見せることで、チーム間での議論が積極的に起こるような構造をつくっていくようにしています。

リーグを統括する事務局長という立場もあって、私の言動が想像を超えた影響力をもってしまうことがあります。ですから、事務局のメンバーや、各チーム関係者とのコミュニケーションに関わらず、意識しているのは、決して偉ぶることなく誠心誠意向き合うように意識しています。プロ野球界でプロスポーツ選手を長らく見てきて、一流と超一流の間には大きな開きがあるのだと気付きました。超一流の選手はものすごく礼儀正しいし、ものすごく腰が低いんです。

それは経営者にも当てはまると思います。人間性が良いからひたむきに努力して、超一流になっているのだと思います。ずば抜けた技術があるから超一流になれるのではなく、人の見えないところでコツコツ努力を重ねている人が超一流に登りつめるんです。大事なのは技術ではなく、心だということです。プロ野球界でそうした情景を目の当たりにしてきました。

BREAK THE BORDERがスポーツ文化を盛り上げる

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ー2シーズン目となる今年のリーグ開幕もまもなくです。今後バスケットボールを盛り上げるためにどのような施策を考えているのでしょうか。

葦原 目標はリーグ全体で250万人集客することです。初年度の集客数220万人を12%アップすると250万人。毎年12%のペースで集客を徐々に増やしていけば、2020年にはB1リーグ全試合で満席を達成することができるんです。大きく成長したいという想いはもちろんありますが、スポンサーや放映権などのBtoBの売り上げと違い、BtoCの集客を10倍、20倍に伸ばすことはそう簡単にいきませんから。12%の伸び率を、地道にどれだけ維持できるかが生命線です。

多くの人たちにどうしたら集客が伸びるのかといった疑問をよく投げかけられますが、金の斧なんてありません。"try and error"で、その都度マーケットの情勢に合わせて行動を起こしていくことが基本ですし、そういった地道なマインドを業界全体が持たなければなりません。トライし続けることが大事です。データも大事なのですが、データに踊らされて失敗した組織をこれまでたくさん見てきました。本当に大事なのはコツコツと"try and error"を重ねることでしょう。また、リーグ発足以来ずっと言い続けていることが、"BREAK THE BORDER"という言葉です。既成概念を壊していくような風土が重要でしょう。

ー既成概念にとらわれないために、どういった施策がありますか。

葦原 B.LEAGUEではバスケットボール協会が持つ、アマチュアを含めた全国の競技者のデータベースと、先述のB.LEAGUE所属各チームのデータベースとを統一し、ひとつのプラットフォームをつくりあげました。バスケットボールを普段からプレーしている人には、ぜひB.LEAGUEを観にきて欲しいですし、B.LEAGUEを観にきてくれている人にはプレーして欲しいですからね。

こうした統一プラットフォームの存在によって、さらに的確なマーケティングが可能になりますので、スポンサーさんからも好評です。BtoC、BtoBどちらの観点でもいい効果を生んでいます。ここまで統一した例は他のスポーツではないでしょうから、まさに"BREAK THE BORDER"ですね。最終的にはバスケットボールに限らず、スポーツ全体のデータベースを統一することで、スポーツ文化を更に盛り上げていきたいと思っています。

何よりもスポーツ文化を促進することが、中学生の頃からの私の夢です。夢や軸さえあれば、仕事で遭遇する面倒なことや嫌なことも、ディテールにすぎないと思えるのではないでしょうか。例えば上司と上手くいかないだとか、部下がついて来てくれないだとか、自分にとって大きな問題に思えることも、今は夢に到達するまでの過程にいるのだ、と考えると、そこに転がる小さな悩みに変わります。

私も日本のスポーツビジネス界を大きく変えていきたいという想いを持って、日々頑張っています。そうした夢や想いがなければ、目の前の些細な問題で目指すべき方向を自分自身が見失ってしまいますし、周囲の人もリーダーとして示している方向に付いてきてくれません。

先ほどはデータドリブンの話をしましたが、データが必ずしも万能というわけではありません。表層的な数字の分析だけが礼賛される時代はもはや終わったともいえるかもしれません。「こんな世界がつくりたい」、「自分はこんなことを実現したいんだ」といった想いの起点を設定することが、リーダーとして組織を率いる際に最も重要だと私は思うんです。その上で、客観的なデータなどを持ち出す。こうした、いわば「想いドリブン」を意識して今後も精進していきたいです。

プロフィール/敬称略

葦原一正(あしはら・かずまさ)

公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ 常務理事・事務局長。1977年生まれ。早稲田大学院理工学研究科卒業後、外資系コンサルティング会社に勤務。2007年に「オリックス・バファローズ」、2012年には「横浜DeNAベイスターズ」に入社し、社長室長として、主に事業戦略立案、プロモーション関連業務を担当。2015年、「公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ」入社。デジタルマーケティングを推進し、男子プロバスケットボール新リーグ(B.LEAGUE)の設立、収益化に取り組む。


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