Goodpatch ボリス・ミルコヴスキー氏に聞くグローバルカンパニーの作り方

文:佐藤ゆき 写真:Shinji Minegishi
「グローバル人材」の必要性が日本国内で叫ばれているが、グローバルに働くというのは具体的にどのような働き方、姿勢を指すのだろう。個別例を見ていくと、その在り方は実にさまざまでパーソナルなものだ。シリーズ「海外から学ぶ日本」では、日本に縛られることなくグローバルな視点をもって仕事をしている人々を紹介していく。
日本企業のグローバル化については、東京に本社を置くデザイン会社Goodpatch(以下、グッドパッチ)が一つのケースとして挙げられるだろう。2011年に創業した同社は、まだUIデザインのノウハウが日本に普及していなかったタイミングで日本の主要アプリのUIデザインなどを手がけて事業を急成長させていった。
グッドパッチの代表取締役社長である土屋尚史氏は、起業が盛んなサンフランシスコでの滞在経験を通じて、創業当初からグローバルな会社をつくることにこだわっていた。創業から4年後、実際に2015年にはベルリンに同社初の海外オフィスを設立するに至ったという。その立役者の一人が、2013年にグッドパッチに加わり、現在は同社の取締役兼グッドパッチ・ベルリンのマネージングディレクターを務めるボリス・ミルコヴスキーさんだ。
面接の際に創業者の土屋尚史氏と意気投合したことがきっかけでグッドパッチに参加することになったボリスさん。彼は、社内で日常的に英語を使うことで社員の英語への恐怖感を取り除いたり、インターナショナルな人材を紹介で増やしたり、海外の案件を取ってくるなどして、創業2年後という早い段階でグッドパッチの「グローバル化」を推し進めていった。
ボリスさんをはじめ、彼が入社後に巻き込んでいったインターナショナルな人材をうまく活用することによって、社内と事業のグローバル化を推し進めることに成功したグッドパッチ。今回は、ボリスさんの視点からその経緯について語っていただいた。
「グッドパッチをグローバルな会社にしてほしい」入社を決めた創業者の一言

そもそも、ボリスさんが数ある選択肢の中からグッドパッチに入社を決めた理由はなんだろうか?
ボリス・ミルコヴスキー (以下・ボリス) 「 KMD(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)の修士課程に在学していたとき、大学で勉強をしながらコンサルティングの仕事もしていました。その時、クライアントのためにエージェンシーを探していた過程でグッドパッチを見つけたのです。すぐに応募することはなかったのですが、グッドパッチのサービスのことがすごく印象に残っていて、その後デザイナーとしての仕事を探そうとなったときに、グッドパッチに応募することにしました。
KMDを卒業する1年前から仕事を探し始めたのですが、在学中から参加できて、卒業後もそのまま働ける場所、そして自分のもたらす価値が本当に会社のために役立つかという視点で探していました。
まず、自分のどこがユニークなのか、その時に考えました。私は外国人で日本語は流暢じゃないが、デザインとビジネスの両方のバックグランドがある。さらに実際にいくつかの企業で働いた経験や自分で会社を立ち上げた経験もある。そういった点が自分のユニークなポイントだと分析し、こうした自分だからこそもたらすことのできる価値を活かせる場所という視点で考えました」
決め手になったのは、グッドパッチの創業者が面接の際に述べたグローバル化への意欲、そしてそれを自分に任せたいという一言だった。
ボリス 「土屋は、当時からグッドパッチをグローバルな会社にしたいと真剣に考えていたようです。面接の際彼に『この会社は5年後どんな風になっていると思いますか』と聞いたところ、『世界中にオフィスがあって、海外にも100名ぐらいの社員がいるでしょう』と。
それを聞いて、誰がどうやってグローバル展開を推し進めるんだと疑問を呈したところ、『You!』と返ってきた。つまり君がやるんだと言われて、この時、お互いにとってチャンスだと気づいたんです。それがきっかけでグッドパッチにジョインすることを決めました」
ボリスさんは日本語がネイティブではなく、日本のクライアントと日本語だけでやり取りするのが難しいこともあったが、それ故に、グローバル化を目指す会社の中に英語を根付かせ、海外のクライアントを増やすチャンスに繋がった。
一方、土屋氏も会社を立ち上げる前にシリコンバレーに数ヶ月滞在した経験があり、現地のスタートアップが最初からグローバルな人材を揃えているという状況を目の当たりにしていた。その時に、土屋氏はグローバルなチームを作ることの強みを理解し、日本で会社を立ち上げるときにはそれを真似したいと思っていたという。まさにお互いの期待と関心が一致した出会いだった。
英語を話さなければならない状況をつくりだし、英語への抵抗を取り除く。

日本の会社をグローバル化する方法はさまざまだが、まずボリスさんは東京本社内で英語を浸透させることからスタートした。そして、海外の案件を積極的に取り、英語を話さなければならない状況を作りだしていった。こうして、当初社内にあった英語に対する抵抗感や恐怖心も徐々に取り除かれていったという。
ボリス 「まずはメンバーの英語に対する抵抗意識や恐怖感を取り除くべく、英語だけでコミュニケーションを取るようにしました。そのプロセスをできるだけ自然に行いたかったので、自分は英語を話すけれどもそれを相手に強制することはせずに、無理のない範囲でやっていきました。あと、私が海外のクライアントに電話をする時は英語を使いますから、私の話す英語がオフィス中に響き渡るわけです。こうやって、周囲のメンバーは自然と英語に触れる機会が増えていきました。
それから、海外の案件も取ってきて、こういう仕事のチャンスもあるんだということを社内に示すようにしました。KMD在学中にグッドパッチにパートタイムでジョインした時から、フィンランドやドイツの案件をとってきました。海外クライアントの案件をとれば、他のメンバーも英語を話さなければならない機会が増えていきますからね」
ボリスさんは、英語がそこまで得意ではなくても日本市場のことはよく理解している、というメンバーの強みを生かせるように、主に日本向けのローカライゼーションの仕事を海外クライアントから取ってきた。こうして、海外のスタートアップのサイトのローカライゼーションをいくつか手がけたことで、当初は英語に自信がなかったメンバーも徐々に自信をつけていくことができた。
同時に外国人社員をグッドパッチに紹介し、社内にも優秀なインターナショナル人材が増えていった。市場がそうした人材を欲していたとも彼はいう。自ら案件を取り、市場のニーズをつかむことでインターナショナルな人材が活躍できる場を作りだしていった。
こうして、海外クライアントがいくつかできてきたところで、海外へのオフィス展開のプランが立ち上がり始めた。
グローバルに成功するというのは、ローカルそれぞれが成功している「グローカル」な状態を指す

こうした流れにのって、2015年の5月に初となる海外オフィスをオープン。いくつかの候補のなかから、最終的にはリビングコストが安く、スタートアップシーンが熱いベルリンに拠点を構えた。
創業から3年経った今では、ボリスさんが率いるグッドパッチ・ベルリンはメンバーが22名にまでになった。ゼロからチームを作る過程で学んだこと、それは「メンバーに大きな信頼を与えること」だという。
ボリス 「人が成功するには、大きな信頼を与えられることが重要だと思います。自分に対してもよく問いかけることがあります。どうして自分はこのプロジェクトに全力を注ぎたいと思っているのか、モチベーションはどこから生まれるのかと。最終的には、代表の土屋から得られる信頼がベースになっていることが分かります。なので、自分もまた周囲のメンバーを強く信頼しようと思っています。
朝起きたときに、自分のベストが尽くせるような仕事をするために会社に行きたい。そんな強いモチベーションがメンバーそれぞれにもあると信じていますし、自分の仕事に全力を尽くしてもらいたいと思っています」
エンジニアやデザイナーが多く集まるベルリンでは、有名なデザインエージェンシーも多く集まり人材獲得競争が激しいが、東京にオフィスがあるということが、グッドパッチ・ベルリンの強みの一つになっているという。
チームも大きくなり、信頼をベースに強くつながる文化が築かれつつある今、改めてグローバルに成功するとは何を指すのか、聞いてみた。
ボリス 「グローバルに成功するというのは、結局ローカルそれぞれが成功している状態を指すのだと思います。東京、ベルリン、台湾の世界中のオフィスがそれぞれ自立して成功して、はじめてグローバルに成功していると言えるのかなと。グローバルかつローカル、"グローカル"な状態がベストなのかもしれません。
そういう意味で、グッドパッチが本当の意味でグローバルになってきたなと感じたのは、日本に一度も行ったことのない人がベルリンオフィスに加わった時のことです。それまでは、インターナショナルな人材の多くが東京で採用されていました。彼・彼女らは多かれ少なかれ日本文化を理解し、日本語も話しましたから、東京オフィスに馴染むのもさほど苦労しませんでした。
ですが、東京オフィスと日本文化をほとんど知らないメンバーがオンラインコミュニケーションすると、伝わらない部分が出てくるわけです。『このアイコンは何を意味しているの?』とか。そうなって初めて、今度はコミュニケーションをグローバル化しなければならないというチャレンジに直面します。
こうした状況に対応するべく、管理職のプレゼンテーションは英語になり、英語のコミュニケーションが全体的に増えていきました。毎月ベルリンと東京をつないだビデオカンファレンスもより頻繁に行われるようになりました」
ベルリンと東京のオフィス間での人材交流も盛んに行われているという。
ボリス 「プロジェクトのために、東京のメンバーがベルリンのオフィスに来てしばらく滞在することや、その逆もあります。ベルリンのメンバーは全員、東京オフィスを訪れたことがあります。やはり一度顔を合わせるとメンバー同士のコミュニケーションは格段にスムーズになりますから。
日本のメンバーがベルリンに来て、カルチャーショックを受けることもあります。逆もまた然りですが。結局のところ、別の国に来たからといって、自分自身が変わるわけではありません。むしろ、自分の強みや弱みがよりクリアになり、それに向き合う必要が出てきます。海外で暮らし始めれば、誰もがそうしたアップダウンのあるプロセスを経験します。ジェットコースターのような経験です」
企業のグローバル化は、社員個人のグローバル化、つまり置かれた場所で自分の強みを発見するプロセス、そして異なるカルチャーや言語を受け入れる姿勢を伴うことが多い。
グッドパッチの場合は、ボリスさんはじめ自分の強みに向き合いながら自立的に動くメンバーを多く有し、そうしたメンバーに信頼を与える寛容なリーダーシップがあったことが、グローバル化が成功した一因だといえるだろう。
こうしたグッドパッチ流のグローバルカンパニーの作り方は、社員個人の強みを元に、内部からグローバルな組織へと生まれ変わることを模索する会社にとって良いヒントになるのではないだろうか。
プロフィール/敬称略
- ボリス・ミルコヴスキー(Boris Friedrich Milkowski)
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スイスとドイツで働いたあと、日本で慶應義塾大学大学院を経てGoodpatchにジョイン。
2015年にベルリンオフィスを立ち上げ、現在デザイン・マネージングディレクターとしてGoodpatch Berlinで働く傍ら、Goodpatchの取締役を務める。