「会社とのプロ契約」というマインドセット ワイデン+ケネディ鎌田慎也
ワイデン+ケネディのポートランド本社でナイキのグローバル広告を担当されていた鎌田慎也さんから、グローバルな環境で活躍するために必要なことを聞く。
本当の意味で「グローバルな職場」とはどのような環境だろうか。今年、FAST COMPANYが発表した世界で最もイノベーティブな会社ランキングにおいて、「マーケティング・広告」部門であらゆるメーカー、広告会社などを抑え、第1位に選ばれたクリエイティブエージェンシー「ワイデン+ケネディ」。世界中から集まった優秀な人材が切磋琢磨する環境で、優れた広告クリエイティブを生み出し続ける彼らはまさにグローバルな職場といえるだろう。今回、同社のポートランド本社に昨年まで在籍していた鎌田慎也さんにインタビューを行い、グローバルの環境で働く上でのマインドセットを紐解いていった。
同社のナイキグローバル担当チーム、初めての日本人
鎌田さんは、1987年生まれ。大学院時代からワイデン+ケネディ トウキョウでインターンを経験し、修士課程修了後の2011年に同社へ新卒入社。日本のオフィスでナイキジャパンや、Facebookなどのブランド広告、メガネブランドの立ち上げなどを歴任してきた。そんな鎌田さんは入社4年目の2014年、ポートランドにある本社へ移籍。同社にて日本人で初めて、3年にわたりナイキのグローバル広告を担当した。
鎌田さんの仕事の中から、ナイキの広告のひとつを少しご紹介しよう。2016年世界で最も再生されたCMとなった「The Switch」は、サッカー選手のクリスティアーノ・ロナウドとサッカー好きの少年が入れ替わってしまうという6分の長編CM。各国の代表選手、合計17選手が出演し、主役のロナウドの過密なスケジュールを縫うように撮影が許可されたおかげで、計3ヶ月、スペイン・マドリードとイギリスの郊外に滞在しロケをしたそうだ。
毎年のようにクリエイティブエージェンシー・オブ・ザ・イヤーを獲得し、世界中の様々な企業のブランドクリエイティブを手がけるワイデン+ケネディだが、中でもナイキとの関係は有名だ。『Just Do It.』のブランドタグラインは創業者のひとり、ダン・ワイデン氏によるもの。創業当時は街の小さな広告屋さんでしかなかった同社と、同じ町の小さなスポーツシューズ会社だったナイキとの飛躍は、まさに二人三脚の歴史である。そんなワイデン+ケネディ本社でナイキの担当になるということはそのストーリー性からしても特別なことだ。
鎌田さんが世界のトップチームで成果を残してこられた理由はどこにあるのか――。それは仕事との向き合い方にヒントがあった。
whyを常に考え、自分の専門性をアピールする
世界に8つの拠点をおくワイデン+ケネディでは言うまでも無く多様な人が働いている。鎌田さんが在籍していたポートランド本社にも、アメリカ人だけでなく、欧州各国からのヨーロッパ人はもちろん、南米、オセアニアからアジア、アフリカまで、まさに世界中から多様な国籍の社員が所属していた。ただ少なくとも学生時代を英語圏で過ごしている人がほとんどだったようだ。
ポートランド本社時代の鎌田氏
「ポートランドのオフィスにもアジア人はいました。とはいえ、アジアンアメリカンや、アメリカの大学を卒業した人がほとんど。アジアで生まれて、アジアで育った僕みたいな人は稀でした」
多様なバックグラウンドを持つ人たちとの共創において重要だとよく言われるのは「多様性を認めること」だろう。だが、鎌田さんは「それはあくまで大前提ですね」と笑顔を見せた。大切なのはもっと手前の考え方にあるという。
「さまざまな国籍の人がいる環境で、僕が大切にしていたのは"why"を考えることでした。『なぜこのチームメンバーはこんなことを言うのか』や『なぜクライアントはこれをリクエストしてきているのか』を繰り返し考える。お互いに持っているバックグラウンドや前提条件が異なるわけですから、常になぜかを考えなければ、言っていることやリクエストの真意は理解できません。"why" を考え続けられる人には、言語や国、環境の違いを超えて普遍的な価値があると思います」
「"why" を常に考え抜くことは、もしかしたら仕事の全てかもしれない」と鎌田さんは言う。できなければ生き残れない厳しい環境に身をおいているからこそ出てくる言葉だ。
「良い意味で、ポートランドでの仕事は常にちょっとした競争でした。どの企業でもそうだと思いますが、やっぱりみんな注目度の高い仕事をしたいし、そういうプロジェクトに入りたい。その中で「LとRの発音がおかしい」と冷やかされる僕のような人間が、どうすれば良い仕事にアサインされ、なおかつクライアントから信頼を得られるのか、というチャレンジには当然直面しました」
厳しい競争率の中で鎌田さんが実践してきたのは、考え抜くことともう一つ。自分の良さを活かすことだ。
「一般論かもしれないですけど、例えば、日本人はディテールを詰めるのが得意ですが、欧米人は割と苦手な人が多い。得意分野、自分の知識分野やバリューを普段から意識的にアピールするようにしました。英語はネイティブじゃなくても、『あいつはこれができるからチームに入れよう』と持ちつ持たれつの関係を少しずつ築くことで、運にも恵まれながらある程度結果に繋がったのかなと思います」
鎌田さんはこれを「スペシャリティ」を見つけることという。「これなら誰にも負けない」という自分の強みをハッキリさせることが必要なのだ。
「日本の『仕事ができる人』は一般的にマルチタスクができる人です。一方、欧米ではその逆で、特定の職種におけるスペシャリストを雇用していると考えています。働く側も大学で専門分野を学び、その分野のスペシャリティを持って就職する。特定の分野の専門家として雇われているのだから、それ以外はやらなくていいし、雇われた分野で能力が発揮できなければ会社に必要ない人間になってしまいます」
無論、鎌田さん自身この違いには苦労したという。
「どちらが良い・悪いではなく、違いがあることを自覚しなくてはいけません。僕も日本人的なマルチタスカーですが、アメリカに来たばかりのころは、この違いに気づかず苦労しました」
企業で働く会社員はプロ契約を結ぶアスリートと一緒
鎌田さんがポートランドで成果を残せた背景は、現地の考え方の違いや、求めるスキルの違いに気づけた点ももちろんある。しかし、それに加えて鎌田さん自身の仕事との向き合い方も大きく影響しているようだ。3年間のポートランドの経験を伺った後、鎌田さんが日本に戻ってきた今でも働く上で大切にしていることを聞いたところ、スポーツを例にあげ説明をしてくれた。
「会社員であってもプロ契約をしているアスリートと同じ――そう思いながら仕事をしています。アスリートは今年のパフォーマンス次第で、来年の契約がどうなるかが決まります。基本的に、会社員も同じではないでしょうか。企業から見れば、サラリーを払ってプロ契約をしている。会社員もプロアスリートも、雇い主が個人のパフォーマンスにお金を払っているだけに過ぎない。そのシリアスさは常に意識するようにしています」
鎌田さんがこのような姿勢で仕事をする背景には、周辺の環境が大きく影響しているという。
「僕自身がサッカーを長くやってきて、周りにはプロになった友人もいます。彼らは毎年本気で結果を残し翌年の契約をもぎ取っている。それなのに、僕は会社員という立場だからと、のうのうと仕事をしていて良いのか。決してそんなことはありませんよね。僕はプロサッカー選手にはなれませんでしたが、彼らと違うフィールドで彼らと同じように結果を求めていかなければと思い、プロ契約をしている意識で働くようにしています」
いわゆる会社員であれば、来年も、再来年も、当たり前のように企業に所属しているし、仕事があると思うかもしれない。鎌田さんは、自分自身にそうではないスタンスを求め続け、それが結果を呼び寄せていた。
「常に『自分の代わりも、今の自分の仕事をやりたい人もいくらでもいる』と考えています。そんな状況の中で『この仕事をするなら、僕より良い仕事、自分以上のパフォーマンスを出せる人は他に誰かいますか?』と言えるように突き詰めて仕事をする。だから逆に、他にいるなら切られてもしょうがないかなと日々本当に思っています(笑)そういう「価値を生む人」でなければ会社で必要とされる人材ではないという焦燥感は常に持っています」
真のグローバル環境で活躍するには、チーム内で円滑なコミュニケーションが取れる語学力、多様性への寛容、自分のスペシャリティを見つけ活かすといった「スキル」に注目がいきがちだが、鎌田さんの話を聞いていると、「マインドセット」の大事さがわかる。
"会社とのプロ契約"というプロフェッショナルである自覚と、現状に満足しない向上心が、鎌田さんのスキルを下支えしていた。
スキルの上達に時間はかかっても、マインドセットは気持ち次第。グローバルな環境で働く、活躍したい、全ての人にヒントがありそうだ。
プロフィール/敬称略
- 鎌田 慎也(かまた・しんや)
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1987年生まれ。2011年、慶應義塾大学大学院を卒業後、W+K Tokyoに入社。 2014年、Portland本社に移籍。同社で日本人として初めてNike Globalを担当する。 2017年より Tokyoオフィスに復帰、現職。 主な仕事に、2016年世界で最も再生されたCM Nike「The Switch」や「JUST DO IT.」グローバルキャンペーン、資生堂「TSUBAKI」などがある。著書の電子書籍シティガイド「REAL PORTLAND #リアルポートランド」はAmazon.jpで「海外旅行」部門第5位に。2017年版も昨年刊行。