WIRED編集長 松島倫明が考える、いま求められるフィジカルとテクノロジーのバランス

文:小山和之 写真:須古恵
NHK出版で数多くの翻訳書を手掛けるなかで学んだ、社会の読み解き方と、現代に求められる2つの価値観とは。
『FREE』や『MAKERS』『シンギュラリティは近い』『ZERO to ONE』『限界費用ゼロ社会』など、NHK出版で放送・学芸図書編集部編集長として数多くの翻訳書を手掛けてきた松島倫明氏。
彼の手がけた書籍には、デジタル社会のパラダイムシフトを捉えたベストセラーが名を連ねる。海外のトレンドを読み解き、国内に発信し続けてきた松島氏は、社会の変化をどのように捉え、今の時代に必要な価値観を探ってきたのか。
6月に『WIRED』日本版編集長に就任した今、その視点と、社会に求められる価値観を伺った。
翻訳書を通じ、世の中のコンテクストを伝える
10年以上にわたり北米シリコンバレーの動きを中心とした海外のトレンドを翻訳書を通して伝えてきた松島氏。今年6月にはテックカルチャー系メディア『WIRED』日本版の編集長に就任するなど、テクノロジーに明るい印象が強い。
しかし、そのバックグラウンドは決してテクノロジーへの関心から始まったものではなかった。
「元々ギークだったわけでも、テクノロジーに詳しいわけでもないんです。翻訳書に求められている"半歩先を行く海外の知見やトレンド"を発信するためでした。シリコンバレーの盛り上がりと共に、アメリカから優れた関連書籍が数多く出版されるようになりました。テクノロジーが社会を大きく変えようとするこのムーブメントを国内にも伝えたい。そこから、テクノロジー関連の情報を追い続けるようになったんです」
海外のトレンドを読み解き、適切な時期に適切なテーマを拾い上げ、日本へと発信していく翻訳書の仕事。ただ、松島氏が行っていたのは海外で売れる本を単に翻訳して出すことだけではない。なぜ日本でもこのコンテンツが読まれるべきなのかという文脈やメッセージを、書籍と共に伝えることだった。

適切なタイミングで、社会のコンテクストに則ったコンテンツを出すことが求められる「本」というメディア。一見、社会のニーズを読み解き適切なものを見繕い投入していく「マーケットイン」的なアプローチのようにも思えるが、松島氏はあくまで「プロダクトアウト」なセレクトを重視していたという。
「マーケットが求めているものをプロダクトにするマーケットインのアプローチの方が王道かもしれません。ただ、私の場合はマーケットというより、社会の課題や問いを考えるなかで追いかけてきたコンテクストがあり、それを軸にプロダクトとしての本を作ってきました。自身の課題と、そのときどきの社会がたまたまシンクロしたときはヒット作になる。『FREE』や『MAKERS』はまさにそういったものでした」
テクノロジーの先で出会った、自然回帰の流れ
いくつもの書籍を手掛け、その問いの精度や質を高める中、松島氏が出会ったのは、少々意外なテーマだった。
自然回帰的な暮らしや、ライフスタイルの中でフィジカルを通して心身のバランスを取り戻すことの重要性を説くようなものだ。これまで手がけてきた、テクノロジーが進んだ未来を予見するようなものと比べると、一見相反するテーマのようにみえるが、これも同じコンテクストの先に並列してあったものだった。


「『壊れた世界で"グッドライフ"を探して』は、地球と人間に優しく、戦争や経済格差の助長に加担しないような生活を突き詰めて考えている人たちの生き方を取り上げています。電気やガスも使わない、税金も納めない、資本主義から逸脱した生活を追求する彼らは、人間のフィジカルな実感に根ざしたヒューマンスケールで倫理的な暮らしを実践することによって、世界を救えると考えているのです」
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 松島倫明(まつしま・みちあき)
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『WIRED』日本版 編集長。1972年東京生まれ。一橋大学社会学部卒業後、1995年株式会社NHK出版に入社。村上龍氏のメールマガジンJMMやその単行本化などを手がけたのち、2004年からは翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどに従事。『FREE』『SHARE』『ZERO to ONE』『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』『〈インターネット〉の次に来るもの』『BORN TO RUN』など、数々の話題書を生み出した。2018年6月より現職。