夢は大きく、歩みは手堅く――Z世代起業家 MizLinx野城菜帆は、水産業から宇宙を目指す

夢は大きく、歩みは手堅く――Z世代起業家 MizLinx野城菜帆は、水産業から宇宙を目指す
文:森田 大理 写真:須古 恵

大学院在籍時に起業。日本の水産業を再興するための海洋観測システム開発を手掛けるMizLinx野城菜帆さんの生き方から、Z世代の価値観を紐解く

1990年代中盤以降生まれの「Z世代」が、いよいよ社会で活躍をはじめている。彼らはどんな社会背景を持って育ち、どのような価値観を持っているのだろうか。今回話を聞いたのは、株式会社MizLinx 代表取締役CEOの野城菜帆(やしろ・なほ)さん。1996年生まれの野城さんは、慶應義塾大学大学院在学中の2021年に同社を設立。大学院では月面探査車の研究をしてきたが、海洋×IoTという分野で起業し、日本の水産業を支援するための海洋観測機器を開発している。

初期投資が少なくて済むテック業界ならば、現代の若者にとって、起業はそこまで珍しいことではないだろう。しかし、MizLinxはハードウェアの会社であるためそれなりの設備投資も必要。金銭面でも責任の面でも高いハードルがあるはずだ。それでも起業家として歩む野城さんは、どんな価値観を持っているのだろうか。これまでの道筋とともに話を聞いた。

“静かな応援”のおかげで、やりたいことに素直でいられた

―― はじめに、野城さんの考え方や価値観のバックグラウンドを知りたいです。どのような幼少期を過ごしていますか。

もともとは、とても内気な子どもだったんです。同世代の遊びの輪に入るのも苦手で、人のいない時間帯を見計らって公園で遊んでいたくらい。でも、4歳のときに父がオランダに赴任することになり、小学2年生の終わりまで過ごしたのが転機になりました。はっきりと自分の意思を主張しないと伝わらない文化の中で、否応なしにコミュニケーションを取る必要があった。慣れない英語に苦労しながらも、インターナショナルスクールで多様なバックグラウンドを持つ子どもたちと交わり、徐々に活発な性格になっていきました。それが成功体験となって、未知のものに飛び込むことが好きになった気がします。

―― 子どものころに好きだったものは何ですか。

オランダでは男の子たちに交じってサッカーをしていました。言葉が拙くてもプレーを通してコミュニケーションが取れるところが当時の私には心地良かったのだと思います。また、読書が好きで、発明家のエジソンや看護師のナイチンゲールなどの伝記に熱中していましたね。あとは、ドラえもん。お話に出てくるひみつ道具に毎回ワクワクして、いつか自分でつくってみたいと空想するような子どもだったんです。

自信の考え方や価値観のバックグラウンドについて語るZ世代の起業家 野城菜帆さん

―― 発明、ロボットなど、現在の野城さんの事業にも関連が深いキーワードですね。幼いころからモノづくりに惹かれているのはなぜでしょう。

「人類未踏の場所に行ってみたい」というのが原点です。きっかけは覚えていないんですが、物心つく前から「宇宙飛行士になりたい」と言っていたくらい、宇宙への憧れがあります。あとは、ジュール・ヴェルヌの小説「海底2万マイル」を読んでからは深海を探検するのも夢の一つになりました。でも、成長するにつれていきなり生身の人間が行くのは現実的に難しいことも分かってきて。それで、まずは人の替わりに挑戦してくれるロボットや機械をつくりたいと思うようになり。理系の道に進むことは割と早い段階で決めていました。

―― 子どもの頃の夢が、現在まで一貫しているのがすごいですね。自らの情熱のままに突き進む野城さんの生き方は、リクルートが目指す世界観「Follow Your Heart」とも共通点を感じます。でも、なぜモチベーションを失うことなくチャレンジを続けられたのでしょうか。

今になって思うのは、親の教育方針も大きかったと感じます。両親は、どんなチャレンジも頭ごなしに否定せず、私を信じて任せてくれました。「勉強しろ」なんて言われた記憶もありません。起業するときだって、「会社員で夢を実現する道もあるけどね」とは言われましたが、やりたいなら頑張りなさいと私の決断を尊重してくれました。ほかの選択肢もあることは教えてくれたけど、最終的には私を信じてくれた。否定するでもなく、過度に期待をかけるでもなく、“静かに応援”してくれたからこそ、私は伸び伸びとチャレンジできた気がします。

身の丈に合わない大きすぎる目標は、嘘っぽくて居心地が悪い

―― 野城さんが学生起業をしたのは、「人類未踏の挑戦をしたい」という夢にどうつながっているのですか。

実は最初はつながっておらず、別だったんです。起業は、学部生時代にある友人が実際に起業したことでその選択肢に憧れるようになりました。何より自分で決断し、責任を負いながら仲間と一緒に事業を動かす様子が、青春っぽくて純粋に楽しそうだった。そこで私も起業に興味を持ち、そのために学生起業家に多いITビジネスのプランでビジネスコンテストなどに出てみたものの、なんだか夢中になりきれない自分もいて。やっぱり私は私のやりたいことを事業にしたいと思うようになり、ハードウェアの分野で起業する道を模索しはじめました。

―― MizLinxでは水産業を支援する海洋観測システムを手掛けています。宇宙や海底に行きたい野城さんが、なぜ水産業に関わることになったのでしょうか。

もちろん、最初は子どもの頃からの目標である宇宙関連の事業をやりたい気持ちもあったんですけど、事業として成果が出るまでにそれなりの時間と費用が必要。じゃあ宇宙よりも先にもう少し身近な海をやろうと、海底資源探査の事業に可能性を感じたんです。

ただ、深海で資源を掘削する技術を実現するのも、10年くらいはかかりそうで。いきなりここを目指すのは現実的ではないから、もう少し浅い海からはじめられないかと考えました。

また、せっかくものづくりをするのであれば、すぐに誰かの役に立つものを作りたいという気持ちが強くありました。宇宙や海底を最初から目指すのももちろん素晴らしいのですが、それよりも私はそこに到達するための道のりの途中でも、今この地球で生活している誰かの役に立ちたいと思う気持ちがあり。そんなことを考えながら、事業アイデアを模索する中で出会ったのが水産業でした。この分野なら、今困っている誰かの役に立つことができ、その対価として利益を得るという会社経営の基本も実践できて、次の挑戦への投資もできる。今の私が仲間と頑張ってジャンプすれば手が届く姿が想像できたから、まずはここから始めようと起業に踏み切れました。

Mizlinx社が開発した海洋観測システム「MizLinx Monitor」と、給餌中の様子
左:Mizlinx社が開発した海洋観測システム「MizLinx Monitor」。搭載のカメラやセンサーで漁場・養殖場の状態を把握し、給餌の効率化や魚病の判定などを支援している/右:給餌中の様子

―― 起業と聞くと、リスク覚悟の大きなチャレンジをしているように感じられますが、野城さんのお話からは現実的な選択というか、一種の“手堅さ”が感じられますね。

私、割と堅実なタイプなんですよ。チャレンジは好きなんですけど、登山初心者がいきなりエベレストを目指すような無茶はしないです。例えば、私たちはハードウェアのスタートアップなので、それなりに初期投資がかかる事業。ですが、それでもいきなり大きな投資をいただくことはしていなくて。最初は学内のアントレプレナー講座でいただいた予算15万円で海洋観測システムのプロトタイプをつくって、それを持って起業家向けの助成金プログラムに応募して100万円ほどの支援をいただき、その費用で事業アイデアをさらに磨いて1,000万円の支援をいただきました。

そんな風に、ちょっと頑張れば達成できる目標を一つずつクリアしながら進んでいくのが好きなんです。逆に、自分の身の丈に合っていない大きすぎる目標を掲げるのは、居心地が悪いと感じてしまいますね。現実離れしすぎていて、ちょっと嘘っぽくなるというか。資金のこともそうです。もし、今の私が10億円の投資をいただいても、うまく使いこなせずお金に振り回されてしまうと思います。まずは数千万~1億円くらいの予算でできるチャレンジからはじめて、徐々にスケールを広げていくような道のりの方が、私は楽しいですね。

社会への貢献も、無邪気にロマンを実現することも、どちらも大切

―― では、野城さんの夢を達成するステップとして、MizLinxの当面の目標を教えてください。

MizLinxが現在取り組んでいるのは、日本の水産業を発展させていくための「スマート水産業」の実現です。従来、人の経験と勘に頼っていた部分を、観測システムに蓄積されるデータに基づいて効率化・最適化していくこと。従来の水産業で培われてきた良い部分は残しながら、事業者も消費者も地球環境にも嬉しい産業へと進化する支援をしていきたいですね。

日本の水産業は世界と比較しても特殊で、今進んでいると言われている海外のやり方をそのまま転用しづらいんです。なぜなら、日本では実に多様な魚が食べられるため、多品種少量生産にならざるを得ないから。それだけ多様なプレイヤーがいて、課題も様々です。だからこそ、この分野でIoTなどのテクノロジーを活用することで、産業としてサステナブルな状態を目指したい。生産性を高めることは、人手不足や食料問題といった社会課題の解決にもつながる取り組みだと捉えています。

MizLinxが現在取り組んでいる「スマート水産業」の実現について語る野城菜帆さん

―― 将来的には、どうやって水産業の先のステップに進んでいくのでしょうか。

単純に得た利益で次の挑戦をするというよりは、今の事業で培った技術やノウハウを足掛かりに、新たな事業に進んでいくような姿をイメージしています。例えば、水産業で活用を進めている観測システムは、人工衛星よりも正確に沿岸情報を計測することが可能です。このシステムを多くの水産事業で使ってもらい、日本全域の沿岸情報がモニタリングできれば、そのデータを気象予報、防災などに転用できるのではないかと考えています。

そんな風に自分たちの技術を応用しながら社会の役に立つ事業を積み重ね、いつか海底や宇宙へ到達したいですね。最終的な目標は、木星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラドゥスにあると言われている海に潜ることですが、それは個人的なロマン。MizLinxで培った技術をもとに、社会に貢献することと、自分の夢を叶えることの両方を実現することが、今の私の正直な想いです。

―― 他者への貢献と自己実現のどちらかだけでなく、どちらも諦めずに大事にされているところが野城さんらしさだと感じました。

ビジネスのきっかけこそ自分の無邪気な夢を叶えることでしたけど、実際に事業をやってみると、目の前の人が喜ぶ顔を見るのが好きだって気づいたんですよね。それに、誰かの役に立たなければビジネスとしては成立しませんから、社会に貢献することは経営者として必然だと思います。

でも、その一方で「宇宙事業で社会貢献する」のように自分の夢と重ね合わせた美しいストーリーにすることが、今の私にはどうしてもできなくて。やっぱりそれは、今の私の身の丈に合っていないんだと思います。この先、自分が経験を積んだ未来にはどうなるか分からないけれど、少なくとも今は「いつか宇宙へ」というロマンを抱きながら地球で暮らす人の役に立つ仕事をするのが、私にフィットしている道なんだと感じますね。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

野城 菜帆(やしろ・なほ)

慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。大学院ではシミュレーションによる月面探査車の運動解析の研究に従事。在学中に長期インターンにてIoT製品の試作業務に従事。2021年8月、大学院在学中に株式会社MizLinxを設立、代表取締役に就任。(独)情報処理推進機構 2021 年度未踏アドバンスト事業採択者。(株)リバネス主催マリンテックグランプリにてスポンサー賞、内閣府主催S-Booster2021にてスポンサー賞、(公財)みんなの夢をかなえる会主催みんなの夢AWARD12にて準グランプリ受賞。

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