水質汚染の問題から世界を救いたい。排水処理設備の開発に取り組む、起業家の原動力

水質汚染の問題から世界を救いたい。排水処理設備の開発に取り組む、起業家の原動力
文:藤田マリ子 写真:須古恵

「浄化槽の異常を検知するIoTセンサー」の開発を足がかりに、衛生環境の改善に挑む。より安全で暮らしやすい社会の実現を目指す、大森美紀さんの活動を支えるのは「失敗を許された経験」だった。

微生物などを利用し汚水を浄化する「浄化槽」は、私たちが安全で清潔な暮らしを送るための設備の一つだ。しかし、国や地域によっては、浄化槽そのものが設置されていない、もしくは設置されていても適切に機能していないことがある。それが原因の一つとなり、汚水が川や海へ垂れ流され、そこに暮らす人々の生活と健康が脅かされている。

そうした現状を変えたいと、浄化槽用IoTセンサーの開発に挑戦しているのが、株式会社Nocnum CEO・大森美紀(おおもり・みき)さんだ。複雑だが重要な社会課題の解決に挑む同氏は、取り組みの日々を「しんどいけれど、それ以上に楽しい」と表現する。未知の領域を力強く前進する大森さんの原動力に迫った。

浄化槽のさまざまな課題を解決するIoTセンサー&AI

── まずは、大森さんが開発を進める「浄化槽遠隔監視ソリューション」について、概要を教えていただけますか。

浄化槽とは、微生物の働きによって排水を浄化する設備のうち、比較的小規模なもののことを指します。下水道の整備されていない山間部や、人口密度の低いエリアの住宅等に導入されています。私たちが取り組んでいるのは、この浄化槽の異常を検知するIoTセンサーおよび遠隔監視システムの開発です。

一般的に、浄化槽は使っているうちに汚れが溜まり、浄化機能が落ちてしまう傾向があります。そのため、たとえば日本国内では、年1回の清掃と法定検査、年3~4回の保守点検が法律で義務付けられているんです。

しかし、国内の約3割の浄化槽が、清掃や点検がされないまま放置されているとも言われています。また、きちんと点検を行っている場合でも、点検の直後に異常が起きた場合、長い間異常が放置されてしまうリスクがある。保守点検業者の人材不足や、高齢化という課題も存在しています。

私たちの開発しているIoTセンサーは、浄化槽の状態をモニタリングし、異常を自動で検知することで、人がより効率的に保守点検や修理、清掃を行えるようにするプロダクトなんです。

Nocnumが開発を進める浄化槽用遠隔監視IoTセンサー
Nocnumが開発を進める浄化槽用遠隔監視IoTセンサー

── Nocnumが手がけるこのプロダクトならではの特徴は、どのような点にあるのでしょうか。

最も大きな特徴の一つが、AIアルゴリズムを搭載していることです。先ほどのような説明をすると「センサーを入れればOK」と思われがちなのですが、そもそも浄化槽の中は、実はものすごく過酷な環境で。野菜のくずや化学物質など、色々な物質が色々なタイミングで入ってくるし、家庭の使用状況によって微生物の働き方も違う。塩素消毒をするので、有毒ガスが発生することもあり、虫もたくさん湧いています。そういう場所に精密機器であるセンサーを入れておくと、pH値などの取得できる数値がだんだんずれていってしまうんです。

従来は、そうした数値のズレを人間が判断して補正していたのですが、私たちが開発するプロダクトにおいては、この役割をAIが担います。具体的には、数値を補正した上で、異常があるのかどうかを自動で出せるようにしているんです。加えて、今後は数値の推定値検出についてもAIが担えるよう、現在開発を進めているところです。

Nocnumが開発を手がける浄化槽遠隔監視ソリューションについて話す大森美紀さん

やっているうちに、自然と覚悟が固まっていった

── 大森さんの学生時代の専攻は宗教学や文化人類学。「排水処理」とはあまり関係ないように見えます。どのような経緯で、この事業を始めるに至ったのでしょうか。

大学院生時代に、学部や学年に関係なく受講できるアントレプレナーシップの授業があって。その時たまたま同じチームになったのが、いま一緒に開発を進めているエンジニアでした。当時、彼はベトナムの水衛生環境の研究をしながら、浄化槽の遠隔監視センサーの開発を行っていて。「途上国の抱える水衛生環境の課題を解決したい」と話していたんです。

一方の私も、宗教学や文化人類学のフィールドワークを進める中で、途上国が抱える水衛生の問題に強い課題意識を感じていました。せっかく井戸をつくっても、きちんと管理できないために結局川へ水を汲みに行っている。綺麗な水が手に入らないために、子供たちが健やかに育たない……そうした途上国の状況に、悔しさや憤りを感じていたんです。

ただ、自分自身には何の技術もなければ、当時は現地に行って生活するほどの勇気もなくて。モヤモヤしていたところ、近しい課題意識とその解決に必要な技術を持つ彼と出会って意気投合。一緒にプロジェクトを始めることになったんです。

── では大森さんご自身は、排水処理やIoTセンサー、AI技術という領域に関しては、まったくゼロからのスタートだったのですね。

そうです。まずは、エンジニアがすでに開発していた浄化槽向けのセンサーと水質分析の技術を、日本で社会実装するための取り組みから着手しました。その後2022年8月に補助金に採択いただいてから、本格的な事業化に向けて動き出しました。活動が2年目に入った2023年11月のタイミングで、途上国をはじめとした海外向けの事業も本格的にスタートさせています。

── 活動開始から二年ほどが経ち、現在はどのような状況ですか。

一言で言うと「つらい」です!(笑) 猫の手も借りたいくらい忙しい状態が続いています。この活動を始めた2020年頃に比べると、一緒に活動する仲間は少しずつ増えている。それでも、まだまだ人手は足りていない状態ですし、「これができた!」と思ったら、どんどん次の課題が出てくるんです。

たとえば、ようやく「センサーができた!」と思ったら通信基準が不適格だったり、「通信基準はこれでいけそう!」となって実際に浄化槽に入れてみたら、「サイズが大きすぎるのでもっと小さくしてください」と実証実験のパートナーにご指摘いただいたり……。

そうしたセンサー自体の技術課題に加えて、日本国内の場合は規制の問題もあります。センサーは法定検査や点検の負担を減らすソリューションなので、「年3回以上の法定点検」という規制が緩和されない限り、センサーを導入するメリットが生まれません。なので、規制緩和のためのロビイング活動も進めていく必要があります。また、資金調達のための補助金申請や融資の申し込みも並行して行わなければなりません。

── 技術開発だけでなく、さまざまな要素が必要になってくるのですね。

はい。さらに言えば、私たちが最終的に達成したいのは、「途上国の水衛生問題の解決」なので。どこの国の誰に向けてつくるのか、そのためにはどのような技術が必要なのかを定めるために、国外調査も並行して進めています。

途上国における最大の課題は、処理設備が入っていたとしても維持管理がまったくなされていない現状があることです。日本で使われているような浄化槽を導入しても、途上国の人々が適切に運用できなければ、結局機能しなくなってしまう。その結果、汚水が垂れ流しになり、土壌や地下水が汚染されてしまうんです。

Nocnumが最終的に達成したいのは途上国の水衛生問題の解決だと語る大森美紀さん

こうした途上国特有の課題を解決するために、現地のニーズや現状をしっかりと把握した上で提供する必要があると考えています。現地の人に水や土壌を綺麗に保つことの重要性を理解してもらう必要もあるし、現地の法規制をクリアする必要もある。どこの国の誰向けに展開すれば、こうした壁を乗り越えられるのか。現在リサーチを進めているところです。

ただ、調べれば調べるほど、何から手をつけるべきかわからなくなる。先日も、インドネシアに現地調査に行ったら、描いていた10年後のビジョンがひっくり返ってしまいました。本当に頭が痛くなります(笑)。でも、楽しいんです。

「しんどくても楽しい」の根底にある、失敗を許容された経験

── その「楽しさ」は、どこから来るのでしょうか?

どこから来るんでしょうね……。一つ確かなのは、これが自分の本当にやりたいことだということです。でなければ、楽しさよりもつらさが勝っているはずなので。

そのうえで、私の場合はやっぱり、衛生環境のせいで子どもが健康に育たなかったり、亡くなる人がいたりすることへの悔しさが原動力になっています。自分がやっていることで、もしかするとそれらの課題を解決できるかもしれない。しかも、いま生きている人たちだけでなく、その先の時代を生きていく何億人、何兆人もの人たちが、水の汚染が原因で死なずに住む世界をつくれるかもしれない。

自分がここで悩み抜いた末に答えを見つけられたら、絶対によりよい世界を実現できると思えるからこそ、しんどくても「楽しい」んです。

── 悩みを前向きに捉えることができるのは、なぜだと思いますか?

繰り返しですが、明確に実現したい未来があることは、前向きでいられる要因になっています。合わせて、過去に「失敗を許容された経験」があることも理由の一つだと思います。

小学生のときの理科の授業で、実験の方法をディスカッションする機会があったんです。実験の正しいやり方は教科書に書いてあるのですが、それを見ずにみんなで話し合いましょうと。そのときに、友達と私の意見が真っ二つに割れて、口論になって。結局、友達の主張が正しくて私の主張は間違っていたのですが、そのとき先生に責められるのではなくて、主張という行動をしたこと自体を褒めてもらえたんです。

その経験をしてから、「失敗していてもいいから、まずは行動することが大事なんだ」と思えるようになりました。取り返しはつくから、失敗しても全然いいじゃんと。そういう考え方を常に持って、自分なりに行動を続けられていることが、結果的に楽しめていることに結びついているのだと思います。

── 事業に取り組んでいくなかでも、「失敗してもいいから、まずは行動すること」は意識されていますか?

はい。たとえば、資金調達のための動きを進めるなかで、投資家の方から厳しい指摘やアドバイスをいただくこともあって。もちろん、一つひとつできる限り受け止めて、活動に反映していきたいと思う一方、それらにとらわれすぎてしまうと、自分の意志を尊重した行動が取りづらくなるかもしれない。失敗を気にせず自分の意志を尊重して行動するのも大切にしたいとも思います。

── 「失敗してもいいから、まずは行動しよう」という想いを持ち続けるために、何か欠かせない要素はあるのでしょうか。

ありのままの自分をいつも認めて応援してくれる友人がいるのですが、その存在は欠かせないものになっています。

その友人から「美紀のやりたいようにやればいいじゃん」と言ってもらえると、自然とやる気やエネルギーが湧いてくる。「いまの自分で大丈夫」と思えるんです。

そういう存在がいて、自分の考えや感情を素直に話せること、一緒に遊んで楽しい時間を過ごせることは、前へ進むための原動力にもなっています。

── 大森さんらしく前へ進んでいった先に、実現したいと考えていることはありますか?

事業に関しては先述の通りですが、途上国特有の水衛生問題を解決するために、現地のニーズに合ったプロダクトをいち早く提供していくことです。そのために必要な現地とのコミュニケーションや規制緩和のための働きかけ、リサーチに一層力を注いでいきます。

さらに長い時間軸でいうと、世界中の水がより綺麗なものになることを目指しています。自分が一生を終えるまでに、途上国の路上や街中がより清潔に保たれている世界をつくりたいんです。

そのために、どんな状況も自分なりに楽しみながら、これからも前へ進み続けたいと思います。

どんな状況も自分なりに楽しみながら前へ進み続けたいと話す大森美紀さん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

大森美紀(おおもり・みき)
株式会社Nocnum代表取締役CEO

茨城県生まれ。2022年、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士前期課程在籍中にNocnumを創業。オンサイト排水処理設備の遠隔監視IoTセンサーの実用化に向けて事業を本格始動し、国内外における水問題の解決に邁進している。

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