リクルートの「人的資本開示」は何のため?新規事業起案件数、独立・起業比率も

リクルートの「人的資本開示」は何のため?新規事業起案件数、独立・起業比率も

2023年3月期決算以降、対象企業に義務化された「人的資本開示」。リクルートでは、親会社・株式会社リクルートホールディングスの有価証券報告書と並行して、株式会社リクルートとしての開示を自主的に行っている。その狙いについて、人事・松田今日平に聞いた。

会社を「一人ひとりの好奇心を起点に共創が生まれる場」にしたい

ー株式会社リクルートでは、「人的資本開示」が国内で義務化される前の2022年4月から自主的な開示を行っていると聞きました。どんな意図から始めたのでしょうか?

松田:これまでリクルートが大事に取り組んできたことについて、可視化してお伝えし、そしてフィードバックをいただく機会になると思い、23年6月までに94項目の開示に踏み切りました。

ー「大事に取り組んできたこと」というと?

松田:リクルートでは創業以来「価値の源泉は人」と考え、一人ひとりが意思を持ち、可能な限り自己決定できる制度・環境づくりに努めてきました。

それから60年余経ち、一人ひとりを応援することはもちろん、個人の好奇心が起点となって協働・協創が生まれる場でもありたい、誰もが出入り自由に共創ができる「公園(通称:CO-EN)」のような場に進化させたいと、2021年4月に会社統合した際、人事制度をアップデートしたんです。

このように「一人ひとりの好奇心を起点に共創が生まれる場」を目指して、まずは現在地を可視化したものがリクルートの人的資本開示です。

ーとなると、魅力的な情報しか載せていないのでは?

松田:その点については、良くも悪くも、出せる情報はできる限り出しちゃってます(笑)。

むしろ一人ひとりがイキイキと活躍できているのかという「個の活躍の可視化」に拘って開示内容を独自に考えたので、社外の方から見ると魅力的かどうか以前に「これはどう評価すれば良いのか?」と判断に迷われる情報もあるかもしれません。

それも含め、世の中からいただいたフィードバックをもとに自社の現在地を自覚し、今後の進化につなげたいと考えています。

ー「個の活躍の可視化」というテーマはどのような背景から導かれたのでしょうか。

松田:リクルートの人事の役割が、従業員一人ひとりの好奇心や熱量を、顧客・カスタマーの価値に昇華させること、だからです。

それに私個人としても、これまでのキャリアを通じて、「企業価値を高めるのは人」だと確信していたので、一人ひとりのポテンシャルが引き出されて活躍する仕組みの創り方を解き明かしたいと思ったんです。

ー「企業価値を高めるのは人」だと確信するって凄いですね。なぜそう考えるんですか?

松田:前職で経営コンサルティングに従事し、さまざまな企業に経営戦略を提案していた頃のことです。結局のところ、経営戦略を立てても、本当にその成果が出るかどうかは、実行・推進を担う現場の人材の力によるものが大きいと気づいた時がありました。

そこで「人材のポテンシャルを最大化するにはどうしたら良いか?」という問いを解明することが自分のテーマになり、2015年にリクルートに転職しました。最初の3年は人事の立場から組織変革に関わり、その次にコーポレートベンチャーキャピタルとして、HR Tech領域への投資業務を経験しました。

社内外からHR機能を俯瞰する経験を通して、やはり内側から組織変革に携わるほうが「人材のポテンシャルを最大化」できる気がしました。ですがその手法については、例えばリクルートであれば60年以上積み上げてきた人材マネジメントの考え方や実績はあれど、それが本当にベストなのかどうかは分からない。

未来へ向けた進化を志向するならば、改めて自分たちを客観視したうえで検討するべきではないか。まずは実態をデータで可視化し、経営判断に活かしてもらったり、社会に開示して議論が生まれたりすることも、価値になるのではないか? そんなことを考えていたところに、人的資本開示の潮流がきた、という実感です。

人的資本プロジェクトをリードするリクルート 人事 松田今日平

リクルートが独自で設定した開示項目とは

ーでは、実際の開示内容について教えてください。

松田:社外の方に対して、どうすればリクルートの「一人ひとりが好奇心を活かして働ける場」というテーマを分かりやすく伝えられるか? という観点からストーリーを練っていきました。そして生まれたのが、この「価値の源泉は人」というページです。

リクルートの人的資本について紹介するページ「価値の源泉は人」

テーマに込めた考え方を「期待と約束」、それらを実現する仕組みについては「具体的な取り組み」のページで紹介しています。

そして、現状の実態を可視化するために、できる限りの情報を集めて開示したのが、「数字で見るリクルート」というデータブックです。冒頭の図では、左端の「従業員数」から反時計回りに、入社から退職までのエンプロイージャーニーになぞらえて、関連数値を紹介しています。

数字で見るリクルート

ーこの図にはそんな意図があるんですね。特にリクルートらしさが表れている数字があれば教えてください。

松田:3つ挙げられると思います。人材育成への投資を示す情報として、管理職が人材育成にかける時間「組織長1人あたりの育成PDS投下時間」約300時間(推計値)、「新規事業・アップデート起案件数」905件はイノベーションを促進する文化の表れになりますし、退職時の「独立・起業比率」13%は自律的なキャリア選択を尊重するリクルートらしい数字と言えます。

他にも、リクルートの企業規模でも30代の執行役員やエグゼクティブがいること、採用活動にそうした執行役員を含む約2,100名の従業員が積極的に関わっていることなど、開示項目にもリクルートの特徴が出ています。ぜひ多くの方にご覧いただき、感想をいただけると嬉しいですね。

ー早速、なんだか気になる数値を見つけました。「一人当たりの教育研修費用」は17万5,000円…。初見だとなんとも評価しづらいですが、リクルートとしてはどう捉えていますか?

松田:たしかに、研修費用の額そのものは相場と比較して目立った金額ではありません。ですが、リクルートはOJTの文化。まず普段の仕事で、つま先立ちしてようやく届くぐらいの仕事を任されるので、様々な挑戦ができます。

加えて、実務上の支援として全社横断でナレッジを共有するイベント「FORUM」があったり、新規事業提案制度「Ring」では事業立案に挑戦しフィードバックを受ける機会がふんだんにあったりします。

先ほどお伝えした「組織長1人あたりの育成PDS投下時間 300時間」も、金額では表せませんがリクルートが人材育成にかける本気度を表す数字です。これらを一般的な「研修費」の項目で表現できないのが惜しいですね…。

人的資本開示を続けた先に目指すもの

ー今後、人的資本開示をどのように進化させ、活用していくのでしょうか?

松田:今後もリクルートを、働く方にとって挑戦機会があふれた会社にし続けていきたいというのが大前提です。

そのためには、会社が機会を用意するのは勿論のこと、一人ひとりが「自分にぴったりの機会」と認識して、内発的動機を原動力に、自己変容を続けられる状態になっていることが大事です。ですがこの点についてはまだ数値で可視化できていません。

現在は、どうすれば “自分たちの周りにある機会” を実感できるか? その状態を可視化できるか? という点について、社内は勿論、社外の方の意見も聞きながら模索中です。ただ、このような議論ができるのも、人的資本開示という基盤があるからこそ。人的資本開示自体が会社の変革プロセスとなっている手ごたえがあります。

ーまさに、開示によって議論が生まれることの価値ですね。その先に、解き明かしたいものはありますか?

松田:人的資本への投資がどれだけ経営に良い影響を与えているか、ということですね。今後、多くの企業で人的資本開示が進むことで、社会全体で、人的資本経営として目指したい水準や相場観が出来上がっていくと思います。働く人にとってよりよい企業経営の在り方に向けて、社会全体で共通の課題を解けるような状態になるといいなと願っています。

人的資本プロジェクトをリードするリクルート 人事 松田今日平

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

松田今日平(まつだ・きょうへい)
株式会社リクルート 人事 人的資本プロジェクト 部長

大学卒業後、大手自動車メーカーに入社。その後、外資系の戦略コンサルティングファームで営業戦略策定支援、金融業界クライアントに対する中長期経営計画の策定、デューデリジェンスの支援などを手掛ける。2015年リクルートホールディングスに中途入社し、採用・組織開発など人事領域にてテクノロジーを活用した施策・変革の推進、コーポレートベンチャーキャピタルでのHR Tech領域を中心とした投資経験を経て、現在は人的資本プロジェクトや人事戦略企画の組織長を務める

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