
日本では、2026年度中に企業における障がい者雇用の法定雇用率が2.5%から2.7%へと引き上げられることが決定しており、企業は障がい者雇用のさらなる推進が求められています。しかし、現状の法定雇用義務目標でさえ未達成の企業が少なくないのが実情。「採用・定着・合理的配慮など、雇用推進における課題が多岐にわたり困っている」という声も聞こえてきます。
こうした意見を踏まえ、株式会社インディードリクルートパートナーズが運営する人材紹介事業の『リクルートエージェント』では、2025年7月15日(火)に『現場の知見から学ぶ!障がい者雇用先進企業の取り組みセミナー』と題したイベントを開催。長年にわたり障がい者雇用について研究されている法政大学 眞保智子教授や、障がい者雇用の先進企業をお招きし、推進のヒントをお話しいただきました。本記事では、当日の様子をダイジェストでご紹介します。
法政大学 眞保智子教授講演│日本社会における障がい者雇用の現状とこれから
本セミナーは『リクルートエージェント』で法人営業組織のマネージャーを担う児玉明日香が司会を務めました。まず最初に登壇したのは 、障がい者雇用の専門家である法政大学の眞保智子教授。眞保教授には、日本における障がい者雇用の現状と展望と、推進していくためのヒントを投げかけていただきました。
冒頭、厚生労働省のデータを用いながら、障がい者の雇用率実績が上昇を続け過去最高を更新していることを示した眞保教授。「特に注目すべきは、2012年以降急速に上がっていること。それ以前の障がい者雇用は身体障がい者が中心だったが、この時期から企業が精神障がい者の雇用を積極的に行っており、多様な障がい者を受け入れるようになった結果、雇用率が上がってきている」と変遷を紹介していただきました。

その上で、現状と展望を(1)法制度(2)労働市場(3)支援機関(4)社会環境の4つの切り口で解説。1つ目の「法制度」については、民間企業の法定雇用率が2.5%から2.7%になり、国や自治体、独立行政法人などではより高い3%が求められることを紹介。「3%という数字は、DEIの基準が高いヨーロッパの実雇用率に匹敵する水準。日本でもヨーロッパ並みのレベルが当たり前に求められる時代になってきている」と語っていました。
2つ目の切り口「労働市場」については、大前提として労働市場全体が活況であることを提示。その上で障がい者の就労意欲も非常に高まっており、動きが活発化していることが語られました。
続いて、3つ目の切り口として提示されたのが「支援機関」。支援機関とは、障がいや疾患などの理由で働くことが困難な人を対象に、就労支援サービスを提供している福祉施設のこと。支援機関では、一般就労への移行(一般企業への就職)をサポートしていますが、社会が障がい者雇用を促進する過程でいくつかの課題も生じていると眞保教授は言います。「支援が不十分なまま一般就労に移行しているケース」や「積極的な移行支援が行われず、支援機関にとどまっているケース」「支援の空白地帯があり、地域格差が生じていること」など、支援機関の現状も語られました。
最後の切り口である「社会環境」については、障がい者雇用に対して社会の期待が年々増しているという実態を紹介。「海外の企業が取引先に対して障がい者雇用に一定以上の水準を求めることはこれまでもあり、従来は大手企業がこの要請に対応していた。しかし近年は直接の取引相手だけでなくサプライヤー全体での基準達成を求めるのがグローバルスタンダードになりつつある。つまり、地方の中小企業でも無関係ではいられない。対応をしないままでは、取引が継続できない可能性もある」と、警鐘を鳴らしました。また、人手不足が進む中で若者の価値観の変化についても言及。誰もが働きやすい環境づくりに努めていることに関して「Z世代にとって、就職先選びの必須条件。障がい者雇用の対応をおろそかにすると、障がいのない若者からも敬遠されかねない時代になってきている」と語っていたのが印象的でした。

現状とこれからの展望について紹介した上で、眞保教授は障がい者雇用推進のヒントとして、経済学者のデヴィッド・リカードが提唱した「比較優位」の理論を紹介しました。これは、簡単に言えば「個人がそれぞれの得意な仕事に集中することで全体の生産量は最も大きくなる」という考え方です。「例えば、看護師は国家資格が必要な仕事だが、実際の業務には資格がなくてもできるタスクも含まれている。そこで、看護師は資格が必要な業務にできるだけ専念し、それ以外の周辺業務は別の人に任せる体制に変更。すると、看護師は看護の質をより高めるとともに、過密な労働環境を改善することで医療ミスを防止することにつながる。こうした分業の担い手として障がいのある人々が活躍できる可能性は大いにあるのではないか」と事例を交えながら紹介していました。
講演の最後に眞保教授は、障がい者雇用の意義を3つのキーワードで説明。「“社会貢献”をして、“法令順守”もして、そして企業の“生産性の向上”も実現できるかもしれない。そうした意識で取り組んでいただくと良いのではないか」といった言葉で、講演は締めくくられました。
企業事例#1 「戦力」としての雇用を追求する(株式会社マイナビパートナーズの場合)
眞保教授の講演に続いては、障がい者雇用の先進企業4社がそれぞれの取り組みを紹介。前半2社は障がい者雇用を目的として設立された特例子会社が登壇しました。
1社目はマイナビグループの特例子会社である株式会社マイナビパートナーズ。登壇した代表取締役 社長執行役員の藤本 雄さんは、「配慮はするけれども遠慮はしない。自社の戦力として障がいのある人たちを迎えている。障がい者雇用はボランティアではなく事業投資」と同社の基本方針を説明しました。

マイナビパートナーズの特徴のひとつは、業務の幅広さ。特例子会社では、一般的に総務や事務などの間接業務を担うケースが多いですが、同社ではそれに限らず「プログラミング」「クリエイティブ」「ライティング」といった、親会社の事業・サービスに直結する専門業務も担っているとのこと。グループ外の制作案件も受託しており、専門性の高い業務を高い品質で担っていることが紹介されました。
また、こうした活躍の基盤となるための体制・組織づくりとしては、雇用形態の工夫も特徴的です。一般的に多い有期雇用からのスタートではなく、無期雇用の正社員からスタートすることで「社員の雇用に対する不安を軽減し、継続的な就業や中長期の育成につなげている」そう。他にも、地方の優秀な人材を発掘するテレワーク採用や、長期有給インターンシップ、短時間勤務からのスタートなど、一人ひとりの特性にあわせて幅広い選択肢を設けている様子でした。
企業事例#2 ケアとフェアの両立(株式会社リクルートオフィスサポートの場合)
2社目に登壇したのは、リクルートグループの特例子会社である株式会社リクルートオフィスサポートです。同社で特徴的なキーワードは、「ケア&フェア」。代表取締役社長の真島 博さんは、「一人ひとりが自分の価値を発揮できるように合理的な配慮(ケア)はするが、評価は成果や実力に応じてフェアにやる。特別扱いはしない」と障がい者雇用の基本方針を語ります。そのため、評価制度なども障がいの有無に関係なく同一の仕組みで運用。何らかの障がい特性を持ちながら管理職を務める人も珍しくなく、現在はマネージャー(課長級)のうち約半数、部長11名のうち4名が該当するとのことです。

同社でこの10年ほど力を入れて取り組んできたのが、地方×在宅勤務の社員。まだ世間ではリモートワークが一般的ではなかった2016年7月に5名でスタートし、2024年6月時点で168名にまで拡大しています。彼らが主に従事しているのが、『ホットペッパービューティー』や『じゃらん』などの口コミ審査。RPAなども活用しながら日々大量に投稿される口コミを確認し、差別表現の是正などを行いながらサービスの安心・安全に貢献しています。
取り組み共有の最後に、真島さんは採用時のポイントを紹介。「特に変わった選考をしていることはないが、注意深く確認しているのは、本人が自分の特性を理解できているか。体調に波があったり、不調になったりすること自体はネガティブに捉えていない。障がいのある人と働く上で大切なのは、『私はこれが苦手です』『こうなると私は調子が悪くなりがちです』とオープンに語れること。自己理解が深い人ほどセルフコントロールが効きやすいし、周囲の私たちも個人の特性にあわせて配慮ができる」と語っていました。
企業事例#3 多様な個性が発揮できる環境をつくる(株式会社SHIFTの場合)
企業事例の後半2社は、事業会社における取り組み事例が発表されました。そのひとつが、株式会社SHIFT。人事本部傘下の障がい者雇用組織「ビジネスサポート部」に所属する北川 愛さん、大泉 将さん、原 沙織さんが登壇しました。

ソフトウェアの品質保証・テスト事業を軸としたIT総合サービス企業である同社ですが、創業当初は社長の前職のノウハウを活かした製造業向けの業務改善コンサルティング事業を主力事業としており、「仕事を“判断”と“作業”に切り分ける」という業務分解と、作業を切り出し標準化する考え方が根付いているそう。これが障がい者雇用の推進にも大いに役立っていると言います。ビジネスサポート部では、社内の各事業部から業務を切り出して請け負うBPO機能を担っており、業務数は854業務。2025年度中には1,000業務にまで拡大する見込みです。
多様な特性を持つメンバーが、幅広い業務に従事していることから、マネジメント上の工夫も重要な要素。業務上の支援を行う縦のマネジメントラインに加え、組織横断でメンタルヘルスをサポートする横のマネジメントラインを走らせ、縦横で補完しあいながら、メンバーが健康的に活躍できる体制を構築しています。また、月1回以上の面談を実施するとともに、「マイカルテ」という独自のアセスメントシートを運用。メンバーの障がい特性・得意/苦手な業務・不調時のサイン・対処法・希望する配慮事項などを可視化することで、適切な業務アサイン・支援をタイムリーに行えるようにしています。
最後に、障がい者雇用における生成AIの活用についても紹介。生産性や品質の向上が実現できているのはもちろん、AIがサポートすることで業務報告などのコミュニケーションが以前よりも円滑になった点などにも触れ、多様なメンバーが集う職場環境におけるAI活用の可能性も示唆いただきました。
企業事例#4 合理的配慮をしながらみんなと同じ部署で働く(株式会社LIXILの場合)
企業事例の最後に登壇したのは、株式会社LIXIL 障がい者雇用推進室 リーダーの三善泰生さん。全世界に5万3000人従業員を擁し、150カ国以上で事業を展開する建築資材・住宅設備メーカーの同社では、「多様性の尊重におけるインクルーシブな文化の醸成」に向けて障がい者雇用を進めているそう。国内では、重い障がいのある人が社内サポート業務を中心に担当する「就労センターNIJI」の開設や、各地域の工場・営業所でも地域の障がい者を雇用していますが、2018年より注力しているのが、障がいの有無にかかわらず同じ職場で働く部署配属です。
例えば、2020年に新卒入社した聴覚障がいのある社員は、一般の新卒と変わらない業務内容と給与体系で採用。学生時代に学んだCADのスキルが活かせる、生産技術の研究開発部門に配属し、現在は、技術のスペシャリストとして事業に貢献しています。部署の同僚や上司と共に働くための合理的配慮としては、事務所の中央に天井からマイクを設置し、社員が首からマイクを装着。話す内容が大型モニターに常に表示される環境を整備したそう。伝わらない場合は筆談ボードでフォローするといった対応により、コミュニケーションのハードルを解消しているそうです。

また、LIXILではインクルーシブな企業文化の醸成を通じて、イノベーティブな商品やサービスの創造を目指しており、障がいのある社員の視点やアイデアも重要な役割を担っていると言います。例えば、AIによる音声認識や文字起こし支援アプリを活用した聴覚障がい者向けのオンラインショールーム接客サービスは、聴覚障がいの当事者である従業員がリーダーシップを取ってサービス化を実現した好事例。三善さんは「障がいのある従業員が当たり前に各部門の戦力として価値を創造できるように会社全体として挑戦を続けたい」と語り、発表を締めくくりました。
トークセッション│障がい者雇用の先進企業に共通するアクション・価値観
休憩を挟んだのち、眞保教授および事例企業の皆さん全員に再び登壇いただきトークセッションを実施。モデレーターをposhulou Lab.(株式会社TMJが運営する障がい者就労支援サービス)の山本 直さんが務め、会場参加者から寄せられた質問を登壇者に投げかけながら、障がい者雇用の推進に役立つ観点を探っていきました。

1)“できない”というバイアスをいかに取り除くか
「障がい者雇用を拡大する上で、仕事やポジションづくりに限界を感じないか」という質問に対して、マイナビパートナーズの藤本さんは、「障がいをお持ちの方と働いたことがない場合、障がいのある人ができることを低く見積もりすぎてしまう傾向がある」と指摘しました。さらに、同社では全盲の社員が営業として活躍しているという具体例を提示。「できないと最初から決めつけるのではなく、トライしてみることが大事ではないか」と無意識のバイアスこそが職域の拡大を阻む主な要因ではないかと語っていました。854もの業務を生み出したSHIFTの北川さんも、「推進する私たち自身がこれは無理だろうと限界を設けないことが重要」と述べ、このバイアスを打破する重要性が共通の認識として示されました。
2)障がい者雇用が、マネージャーのスキルを向上させる
障がいのあるメンバーの育成・キャリアに関連して、LIXILの三善さんは、自社の事例を紹介。聴覚障がいのある新卒社員が配属された部署では、マネージャーの指示が“口頭”から“書面”に変わったそう。これにより、障がいのある社員への個別の配慮だけでなく、「指示の履歴が具体的に残るようなった」「マネージャーの指示が的確になった」といった副次効果も発生。組織全体のマネジメント力向上につながったのだそうです。また、リクルートオフィスサポートの真島さんは、同社が運営する「人材開発会議」を紹介。これはリクルートグループ共通で実施している人材育成支援の仕組みで、メンバー一人ひとりの育成計画を複数のマネージャーが議論するというもの。「複眼で見ることで、直属の上司ひとりでは見えていなかったメンバーの可能性を引き出しやすくなり、マネージャー自身にもヒントが多い」と語られました。
3)お互いさまの精神で、相互理解と自己理解を深める
セッションを通して、障がい者雇用の先進企業では自己理解の深化と相互理解の活性化を重視しているという共通点も浮かび上がってきました。マイナビパートナーズでは、新入社員が自身の障がい特性と必要な配慮を自己紹介するだけでなく、先輩社員も自身の特性や必要な配慮を共有する「自己紹介会」を実施しているそう。これにより「お互いさま」の精神が育まれ、異なる障がいに対する学びの機会にもなっています。また、リクルートオフィスサポート、SHIFT、LIXILでは採用面接において、相互理解の土台となる自己理解の度合い(自身の障がい特性と必要な合理的配慮について)を重視していると語られました。
4)心理的安心がもたらすポジティブな効果
セッションの終盤、モデレーターの山本さんと眞保教授は、障がい者雇用における「心理的安全性」と「働くことのポジティブな影響」について議論を交わしました。眞保教授は、正社員雇用がもたらす「安心感」が勤怠にも影響をもたらすというマイナビパートナーズの話を踏まえ、「企業が本人のスキルや希望といった人材への理解を深められれば、長期育成の観点からも障がい者の正社員雇用を推進する意義は高い」と評価。山本さんも、自身が知る重度の身体障がい者のエピソードを引用しながら、「働くことが生きがいにつながり、元気になっていく」といった効果を提示。また、「体調が悪い時は無理せず休んでも良いという安心感の醸成も重要」と山本さん。「休んでも大丈夫という安心感によって体調が安定してくる場合もある」と事例を挙げ、合理的配慮だけでなく心理的な安心感を伴う環境整備が、障がいのある方の健康と定着に極めて重要であることを強調しました。
他にもさまざまな観点で事例やヒントが語られながら、セッションパートは終了。その後はセミナー第二部の懇親会が東京・大阪の各会場で実施され、第一部では語り切れなかった内容や参加者からの質問にも応えています。会場では、リクルートオフィスサポートのサービスである「AMS Cafe(※)」がコーヒーを提供。香り豊かなコーヒーが参加者同士の交流をより和やかに演出し、障がいのあるメンバーによる心のこもったサービスを体験する機会にもなりました。
※リクルートスタッフィングの特例子会社であるリクルートスタッフィングクラフツの知的障がいのある従業員が焙煎した豆を使用し、リクルートオフィスサポートの知的障がいのある従業員がハンドドリップしたコーヒーを提供
