リクルートは、2015年より多摩少年院において『WORK FIT』のプログラムを定期的に開催しています。『WORK FIT』とは、全ての人が自分らしい“WORK”を見つけることを目的とした就労支援プログラム。少年院向けに内容を整理し、「ストレングス・スピーチワークショップ」として提供しています。このワークショップを少年院で行うことにはどのような意義があるのでしょうか。実施の背景や少年院担当者の声を紹介するとともに、2022年9月に実施されたワークショップの様子をお届けします。
始まりは若者向けの就労支援。誰もが活躍できる社会を目指し、支援の対象を拡大
リクルートが『WORK FIT』のプログラムを開発したきっかけは、就職したくても就職できない若者たちの就労問題が社会問題化したことにあります。2008年に起きたリーマンショックの際、社会全体で雇用が不安定になったしわ寄せが、若者に向かった時期がありました。新しい仕事に始めの一歩を踏み出す勇気のない若者が、「自分に合った仕事が分からない」「うまく自己PRができない」といった悩みを抱えている声が多かったことから、リクルートが人材事業で培ってきたノウハウを活用して、まずは大学生向けの就労支援プログラムを開発。自分自身の強みに気付き、自信をもって就職活動できるようにすることで、自分らしい就職の実現を応援する『WORK FIT』がスタートしています。
大学生を対象にスタートした『WORK FIT』ですが、現在では地域若者サポートステーションや就労支援団体などでも活用いただいており、累計3万4,000人がこのプログラムを受講。今では幅広い世代で自分らしく働く自信をつけるワークショップとして展開していますが、誕生のきっかけである若者の支援には特に力を入れています。例えば、就職活動が本格化する前の段階の学生に向けたキャリア教育の一環として提供したり、児童養護施設の児童を対象に実施したり。こうした広がりの中の一つが、少年院との連携でした。
「不安定な就労が再犯のリスクになっている」。そんなデータ上の裏付けから、再犯防止推進計画(平成29年12月15日閣議決定)においては、少年院でも就労支援の充実が求められています。リクルートでも以前から課題感を持っていたため、あらゆる若者が活躍できる社会の実現を目指して少年院向けにプログラムを改良し、2015年から提供をスタートしています。
チームの仲間からの客観的な意見をヒントに、自身に眠る強みを発見する
実際のワークショップは、少年院からの出院を控えている人たちを対象に実施。2022年9月は6名が受講しました。少年院向けに実施している「ストレングス・スピーチワークショップ」は、数名ずつでチームになり、「少年院での生活を通して身に付けた(発見した)自身の強み」について1分間スピーチをするという仕立て。受講前にとったアンケートでは、「自分の強みは分からない」「人前で自分のことを話すなんて恥ずかしい」「人と話すのが嫌い」といった意見もあり、前向きに参加してくれる少年ばかりではありません。
そのため、ワークショップ冒頭で1回目の1分間スピーチに挑戦してもらった際には、何を話してよいのか分からず、「1分が長すぎて続けられない」「話したいことがまとまらずタイムオーバー」といったケースも。また、強みよりも弱みの克服に言及してしまい、強みのアピールに苦戦したスピーチもありました。
少年たちはスピーチをすることの難しさを感じた一方、同じチームのメンバーのスピーチを聞くことがヒントにもなっています。スピーチ後に感想を尋ねると、「他のスピーチが自分よりうまく聞こえたのはなぜだろう?」「人それぞれいろんな強み・個性があることが分かった」といった声も。1回目のスピーチの感想を伝え合った後に実施するのは、他者の力を借りて自分の強みに気付く、「強み発見ワーク」です。
「強み発見ワーク」では、まず個人でワークシートに従って自分に身に付いたと思う力を整理。その内容をチームのみんなに発表した上で、「あなたにはこんな強みもあるよ」と周りから意見をもらいます。この日のチームは、同じ寮で生活するメンバーでチームが組まれたため、普段の様子を知る者同士活発に意見が出ていた様子。「いつも5分前行動を徹底しているのが偉い。“計画する力”が強いと思う」、「集会でよく意見を出してくれるよね。その“提案力”を尊敬している」といったコメントが続々と寄せられていました。
こうした仲間からの客観的な意見をヒントに自分の強みを再整理し、もう一度スピーチにチャレンジ。「①自分の強みは何か」「②そう考える理由」「③少年院を出た後に自分の強みをどう生かすか」という構成で一人ずつ発表しました。アドバイスを受けたことで、2回目の発表は初回よりもスピーチが上達していた様子。「みんなに言われて気付いたけど、自分は少年院で率先して人が困っていることを察知し、助けていることが多い。そうした “思いやり”の心を社会に出てからも忘れないようにしたい」といったように、仲間からの意見を取り入れたスピーチをしている人も多くいました。
ワークショップの締めくくりには、当日の感想を発表。「始まる前は、自分の強みを否定されるのが嫌で、話したくなかった。でも、みんなの発表を聞いていると強みに正解はなく人それぞれだと分かり、少しは自分の強みに自信を持ってもよいと思えた」「みんなが自分の良いところを次々と指摘してくれたのがうれしかった。自分一人だったら自分と向き合うのが嫌で分からないままにしていたと思う」といった意見が寄せられ、自信の芽生えが感じられました。
スピーチのブラッシュアップで「小さな成功体験」を積むことが少年たちの自信に ~少年院担当者の声~
多摩少年院教育部門で在院者の教育を担当する伊藤統括専門官(第二教務担当)
「多摩少年院では、『ストレングス・スピーチワークショップ』を社会復帰に向けた出院準備講座の一環と位置付けて実施しています。少年たちはまだ社会で働いた経験がない者も多く、職業選択の指針となるような自分の長所・短所を考える機会に恵まれていないことが多い。そのため、仕事探しや面接指導のような直接的な就労支援だけでなく、まず自分自身のことを知る機会が必要だと捉えています。」
「特に、彼らは少年院での生活を通して自分自身の過去の非行を反省し、矯正教育を受けているため、自分の短所には日々向き合っているのに比べて、長所に気付いて伸長していくようなきっかけが多くありません。また、漠然とは自分の長所を掴んでいても、言葉にして他者へ伝えることが苦手な者も多い。だからこそ、このワークショップは少年たちがお互いの長所を褒め合い、自己肯定感を養っていく貴重な機会となっています。」
多摩少年院教育部門で集団寮担任として勤務する市川専門官
「ワークショップの参加者にポジティブに作用していると感じるのは、スピーチを2回実施する仕立て。初回のスピーチではうまくいかなくても、他者の意見をヒントにしたり、ワークシートに沿って自分の考えや経験を整理したりすることで、2回目のスピーチでは1回目より着実に改善されている様子です。そうした小さな成功体験が、自信を育むことにつながっているように感じます。」
「その一方、少年たちの再非行を防ぐためには、少年院を出てからの安定した就労が欠かせません。せっかく在院中に就職先を見つけることができたとしても、『想像していた仕事・待遇・職場環境ではなかった』、『仕事中に直面した困難にうまく対応できなかった』とすぐに仕事を辞めてしまっては、生活の基盤が崩れ再非行のリスクが高まってしまいます。こうした我々だけでは手が届きにくい問題にも、ぜひリクルートが培ってきたノウハウに期待したいです。」
『WORK FIT』のプログラムでの少年たちの小さな成功体験が、自信や自己肯定感を育むことにつながり、少年たちの社会復帰や再非行防止に少しでも寄与したいと考えています。 『WORK FIT』はこれからも、社会でさまざまな就労の課題を抱える人たちの支援を続けていきます。