対談:「日本の魅力」を世界にどう発信するか?~2020年に向けて(第3回)

対談:「日本の魅力」を世界にどう発信するか?~2020年に向けて(第3回)

文:榎並紀行(やじろべえ) 写真:森 カズシゲ

世界最大級の訪日外国人向け日本情報サイト「ジャパンガイド」代表
ステファン・シャウエッカー氏
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リクルートホールディングス常務執行役員 北村吉弘

近年、日本を訪れる外国人観光客の数が急増している。日本政府観光局によれば、2013年には初めて1000万人を突破。以降も過去最多を更新し続けている。2020年には東京オリンピックも控え、今後さらに日本への観光需要は伸びていくだろう。

半世紀ぶりに東京で開かれる五輪は、日本を世界にアピールする大きなチャンス。訪日外国人旅行者に対してだけでなく、世界に向けて日本の価値観や文化を発信し、理解を深めることが重要だ。

そこで今回は、月間150万UU、800万PVを誇る世界最大級の訪日外国人向け日本情報サイト「ジャパンガイド」代表のステファン・シャウエッカー氏を迎え、「世界から見た日本の魅力」と、2020年に向けた展望や課題などを伺った。

聞き手は、自身も元『じゃらん』編集長の経歴を持つ、リクルートホールディングス常務執行役員の北村吉弘。日本をよく知る両者が、「観光」を入り口に異文化コミュニケーションのあり方と、日本の近未来を語った。

対談 第2回までの振り返り

第1回記事では、シャウエッカー氏が「ジャパンガイド」を立ち上げたきっかけと、来日して感じた日本文化の魅力や独自性をご紹介。続く第2回では、12年に及ぶ日本滞在のなかで、シャウエッカー氏が取材してきた日本各地の魅力について伺った。最終回となる今回は、2020年東京オリンピックを最大限に活かすため、日本が取り組むべき課題を、敢えて「日本に暮らす外国人」という目線で語っていただいた。

2020年東京オリンピックに向け、日本がやるべきこととは?

北村: 2020年に東京でオリンピックが開催されます。ステファンさんが最初にその決定を聞いたとき、率直にどうお感じになられましたか?

シャウエッカー: 素直に嬉しかったですね。正直、今回も招致は難しいのではないかと思っていましたから、東京と発表された瞬間はとても感動しました。(開催地である)東京だけでなく、日本全体に世界中が注目する1ヶ月になりますから、日本を広く紹介できる大きなチャンスです。

北村: その2020年に向け、インフラをはじめ様々な環境や設備が整備されているところですが、外国の方々を迎え入れる上で日本がやっておくべきことはなんだと思われますか?

シャウエッカー: 今、政府も企業も計画的に準備を進めていて、非常にいい方向に向かっていると思います。その上で期待したいのは、歴史的な街並みをそのまま保全すること、あるいはもとの美しい姿に戻すことです。たとえば京都を旅するとき、外国人は江戸時代から残る伝統的な街並みを期待しています。しかし、実際に訪ねてみると、昔の綺麗な建物が並ぶ道に電柱や自動販売機が立っていたり、伝統的な料亭の前に工事現場のコーンが置かれていたりして、せっかくの雰囲気が台無しになってしまっていることも多い。

北村: よく分かります。せっかく歴史的な風景を写真におさめようと思っても、空と街並みの間に電柱があるとがっかりする人もいますよね。

シャウエッカー: たとえば、京都の産寧坂(三年坂)では5年前に電線を全て地中化しました。以前の写真と比べると風情がまるで違う。京都市では昔から無電柱化を推進しているようですが、ぜひ今後もその努力を続けてもらいたいですね。

北村: なるほど。ではインフラという面ではいかがでしょうか? たとえば東京の交通ひとつとっても、現状は外国人の方にとって使いづらくはないですか? 電車の種類や数もたくさんありますし、バスも路線が複雑でごちゃごちゃしているように思うのですが。

シャウエッカー: まあ確かに複雑ではありますが、電車に関しては他の国に比べて使いづらいということはないと思います。特に東京は駅に英語、韓国語、中国語の看板も多いですし、乗車中も英語のアナウンスがありますので、慣れてしまえば簡単です。ただ、バスは少し難しいですね。乗るバスによってルールも違いますし、運賃もよく分からないところがある。

北村: 後ろから乗るバスと前から乗るバスがあったり、バラバラですからね(笑)。

シャウエッカー: 難しいですよね。日本人の方でも、知らない土地のバスに乗るときは緊張するんじゃないですか?

東京だけでなく、地方の魅力を世界に発信することが重要

北村: オリンピックの開催によって東京は注目されるでしょうが、同時にその視線を日本全国に広げていくことが重要ともいわれています。ステファンさんはこの点についてどうお考えですか?

シャウエッカー: 東京はすでに世界中に知られていますので、やはり地方の素晴らしい文化をいかに伝えていくかが重要になると思います。日本古来の田舎暮らしの良さをそのままの状態で伝えれば、外国人にとっても非常に魅力的なものに映ります。国や企業が積極的に情報発信をしていくべきではないでしょうか。たとえば、オリンピックの前後に開催される地方のお祭りを紹介したりとか。

北村: お祭りって地方ごとの特色や文化が如実に反映されますからね。

シャウエッカー: はい、外国人にも人気ですね。

北村: ただ、お祭りは年に1度くらいしか開かれないこともあって、外国人向けの言語対応ってすごく遅れているんですよね。外国の方が観に行きたいと思っても、なかなか情報を集めづらいところがあるのではないかと思います。

シャウエッカー: 確かにそうですね。ジャパンガイドの質問コーナー(※編集部註:ジャパンガイドではユーザフォーラムとして、質問のやり取りが出来る掲示板が用意されている)にも、お祭りの時間や場所に関する問い合わせが数多く寄せられます。

北村: 昔からの観光地やメジャーなスポットなどは外国語対応がなされてきているのですが、ローカルなお祭りや地方の朝市などは、たいてい日本語の情報しかないですよね。

シャウエッカー: そうした地方のディープな情報は、一般の観光客だとなかなか拾えません。多くの外国人が"日本ならでは"の文化や醍醐味を味わえるチャンスを逃すことになってしまうのは、すごくもったいないことです。ですから情報発信も大事ですし、同時に地方は地方で外国人を受け入れる環境を少しずつ整えていっていただきたいですね。

「日本のファン」を増やすための鍵は?

北村: 5年後のオリンピックは、今後日本が世界的な観光立国を目指す上でも重要なチャンス。オリンピックのために一回来て終わりではなく、外国人の皆さんに日本のファンになってもらうことが重要だと思います。そのためにはどんな仕掛けが必要になるでしょうか?

シャウエッカー: リピーターを増やすポイントはやはり、いかに「いい経験」をしてもらうかです。ただ、私は今でも日本を訪れる外国人観光客のリピーター率は高いと思います。ですから、現在の魅力をそのまま大事にしていけばいいのではないでしょうか? たとえば人のやさしさ、フレンドリーさ。もはや使い古された言葉かもしれませんが、やはり日本で受ける「おもてなし」は外国人にとって一番の「いい経験」になります。

北村: 日本にいるとなかなか気づきませんが、やはり「おもてなし」なんですね。

シャウエッカー: 国によっては観光客が"狙われる"ことも少なくありませんがが、日本でそうした不安を感じることはほとんどありません。たとえばバンクーバーの空港で、到着した観光客が電車の切符を買うと、通常の運賃より2倍以上高くなります。外国人はそのことを知らないので、地元の人より高い運賃で乗車しているんですね。日本では逆に、成田空港でパスポートを見せると外国人は成田エクスプレスの往復切符(有効期間14日間)が3〜5割引になります。そういった点からも、「ああ歓迎されているんだな」と感じられると思います。

北村: じつは僕も今年1月に仕事でラスベガスに行ったんですが、同行者が空港で迎えてくれた女性と写真を撮ったら100ドルを請求されました。

シャウエッカー: フレンドリーなのはお金を払うまでですよ(笑)。でも日本は違う。そういった部分は大事にしてほしいですね。また、日本のユニークな文化もできるだけそのまま残して、外国人も経験できるようにしていただきたいですね。

北村: 日本のユニークな文化というと、例えばどんなものが外国の方には魅力に感じられますかね?

シャウエッカー: たとえば旅館ですね。これは本当に魅力的です。私自身も旅館に泊まるために旅行をしているようなところがあるくらい大好きです。お風呂、食べ物、浴衣、畳の部屋、色んな日本の文化を一泊で経験できます。

北村: 旅館ごとにお作法が違うこともあるじゃないですか。戸惑うことはありませんか?

シャウエッカー: それも逆にアトラクションとして楽しめます。むしろ無理に外国人に合わせず、普段通りのサービスを提供してくれた方が喜ばれると思います。たとえば、温泉は温泉のままでいい。スパに替える必要はないんです。また、外国人なので畳じゃなくてベッドのほうが良いのではないかと気を遣って、洋室の部屋を用意してくれる場合があるのですが、かえってがっかりされてしまうと思います。

北村: 確かにホテルではなく旅館に泊まる外国人の方は、日本の伝統的な文化を求めているわけですもんね。

シャウエッカー: ただ、どうしても旅館のスタイルが合わない外国人もいると思いますので、ベストなのはどちらも選べるオプションがあること。たとえば私が以前、石川県の加賀屋(※編集部註:和倉温泉にある著名な旅館)に泊まったときは和室を予約したのですが、畳の部屋の隣にベッドルームも併設されていました。これなら和室が合わなければベッドも使える。完璧な配慮だと思いました。小さな旅館ではなかなかそこまでの対応は難しいと思いますが、そうしたオプションがあると、なお嬉しいですね。

外国人を迎えるにあたり、メディアが果たすべき役割

北村: 2020年に向けて日本に注目が集まるなか、ジャパンガイドとしても新しい仕掛けを考えたり、情報発信の仕方を変えてみたりなど、何か考えていることはありますか?

シャウエッカー: ジャパンガイド自体はこれまでのスタンスを変える必要はないかと思います。今まで通り、来日する外国人観光客にとって一番分かりやすく、役に立つウェブサイトを目指していきます。そのためにも、これからも更新の頻度とスピードに力を入れていきたい。先日も北陸新幹線が開通したタイミングですぐに取材に行って、情報を掲載しました。大変ですが、そうしたコアの部分は守っていきたいです。

北村: では最後に、日本の企業に期待されることはありますか? たとえば、「じゃらん」などのメディアが果たすべき役割も大きいのではないかと思います。我々のような媒体はこれからどのような情報発信をしていくべきでしょうか?

シャウエッカー: リクルートさんを含め日本の企業には、外国語の使いやすい予約サイトをどんどん開発してほしいと思います。ホテルの予約はもちろん、交通機関やアクティビティの予約など、全てが外国語対応になるといいですね。今や個人旅行者の95%はインターネットを使っているといわれていますから、非常に大きなビジネスチャンスだと思います。また、東京だけに偏らず、企業が積極的に地方の街や旅館などと協力して、外国人の観光客を受け入れる環境を整えていく動きが出てくるといいですね。(終)

プロフィール/敬称略

ステファン・シャウエッカー
ジャパンガイド株式会社代表取締役社長

1974年、スイス・チューリヒ生まれ。2008年より国土交通省が主導する「ビジット・ジャパン大使」を務める。1995年に初めて日本を旅行。1996年、カナダでインターネットの日本観光サイト「ジャパンガイド」を開設。日本人の妻とともに2003年から群馬県藤岡市に移り住む。著書に『外国人が選んだ日本百景』(講談社+α新書)、『外国人だけが知っている美しい日本』(大和書房)などがある。

北村 吉弘
株式会社リクルートホールディングス 常務執行役員

1997年 株式会社リクルート(現 株式会社リクルートホールディングス)に入社。マーケティング局にて書店チェーンの渉外担当、結婚情報事業の営業を経験したのち、国内旅行情報事業のじゃらん編集部に異動。『じゃらん』副編集長や『じゃらんnet』の企画マネージャー等を経て、2008年に結婚情報事業へ。2009年にはMP(メディアプロデュース)部のカンパニオフィサーに就任。中長期戦略の立案などに従事する。その後、2010年からは美容情報事業のカンパニー長やポンパレ事業推進室長など日常消費領域において事業責任者を務める。2012年の分社化のタイミングで、株式会社リクルートライフスタイルの執行役員に就任。2013年4月より株式会社リクルートホールディングス 執行役員、株式会社リクルートライフスタイル 代表取締役社長に就任。2015年4月より現職。

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