クリエイティブな人材育成へ。学校教育に広がるプログラミング授業

クリエイティブな人材育成へ。学校教育に広がるプログラミング授業

文:長倉克枝 写真:佐坂和也

知識を身に付けるだけでなく、それを活用して新たに創造できる人材を育成する――。

創造的な人材育成に向けて、学校教育の現場が変わろうとしている。中でも注目されているのが、プログラミングを取り入れたIT教育だ。国も、プログラミングを全ての生徒が身に付けるべき情報活用能力のひとつと位置づけ、学校教育でのプログラミング授業導入に向けた検討を進めている。

だが、プログラミングは新しい言語が生まれたり使われなくなったりと変化が激しく、学校教育として何をベースに教えるべきか定まっていない。その上、教える教員側のスキルが追い付いていないという課題もある。

そんな中、東京都港区の麻布高等学校では、IT教育ベンチャーの「ライフイズテック」と連携して、今年1月から7回にわたるプログラミング授業を開講した。

iPhoneアプリやステージ演出

プログラミングで、iPhoneアプリやステージ演出を作る

ある土曜日の午前、教室の中では、麻布高校1年生と2年生25人が5つの円形テーブルにそれぞれ5人ずつ分かれて座っている。テーブルの上にはひとり一台のパソコンが並ぶ。ここは、東京都港区にあるIT教育ベンチャーのライフイズテック社内に設けられた教室だ。麻布高校の授業の一貫として、プログラミング講座が行われている。この日のテーマは「メディアアート」。プロのミュージシャンがステージでパフォーマンスをするデータを使い、ステージ演出をプログラミングして作る課題をそれぞれがこなす。

教室正面に映しだされたスクリーンには、講師役のクリエイターが映っている。こちらに向かって手を動かすと、その動きに合わせて白い線が表示された。映像の中のクリエイターが説明する。

「これは、映像の中で動いているものを見つけるプログラムです。今まで習ったプログラミングの応用として紹介します。プログラミングを学んでいくと、画像処理や機械学習などを使って新しい表現ができるようになります。

映像が終わると、正面に立った同社スタッフで講師の西村諭美さんが明るい口調で生徒たちに話しかけた。

「画像処理の技術を使った、今話題のスマホのアプリを紹介しますね。スマホで自撮りをすると、アプリが顔を認識して、画面の中の自分の顔がリアルタイムでバニーガールになります」

西村さんがスマホを片手に実演してみせると、生徒たちはわっと湧いた。続いて西村さんの指示で、それぞれがパソコンに向かって作業に取り組む。授業は、各自パソコンでYouTubeの動画教材を見ながら、1時間の中で自分の作りたいものをプログラミングする、というものだ。生徒たちのテーブルには著名な若手プログラマーらがメンターとしてつき、わからないことは気軽に聞くことができる。黙々とパソコンに向かう生徒もいれば、隣の友達のパソコンを覗き込み、話しながら作業を進める生徒もいる。

それぞれがプログラミングに取り組み、3次元空間に配置されている3人のミュージシャンが立つ円形のステージをデザインしたり、踊っているミュージシャンの演出をしたりした。もともと情報やプログラミングに興味があり参加したという2年生の東野昌伸さんは、3次元空間で遠くから引いた視野からステージをつくった。「3D空間に人や物を配置して、動かしていくのが面白かった」と話す。

参加した生徒たちはほとんどがプログラミング初心者だ。「初心者とはいっても自分の作りたいものにこだわりがあり、メンターに聞いたりネットで調べたりしてどんどん進めていきますね」と西村さんは舌を巻く。

定員25人の講座に150人が集まった

定員25人の講座に150人が集まった

このプログラミング講座は、麻布高校の授業「教養総合」のひとつとして、同校がライフイズテック社と連携してこの1〜2月に全7回開催された。「教養総合」はそれぞれ担当教諭が企画し、生徒が受けたい授業を選べる。この講座ではiPhoneアプリを作ったりデザインを学んだりしてきた。

「自分たちが普段使っているアプリを自分たちで作れるということをまず体験することで、プログラミングの面白さがわかってもらえればと考えています。そのために、まずiPhoneアプリ開発を企画しました。プログラミング初心者にとってiPhoneアプリの開発は適しているんです」と、西村さんは説明する。なかにはプログラミング初心者ながら、ルート計算や階乗計算ができる電卓を作る強者もいたという。そしてこのメディアアートの授業は、最後の応用編として開かれた。

麻布高校には情報の授業はあるが、生徒が集中して本格的なプログラミングを学ぶ機会は十分ではない。また、「教養総合」の他の講座では本格的にプログラミングを学ぶ機会はあるが、数学や物理の観点が重視されたもので、今回のようなiPhoneアプリ開発とは趣旨の異なる講座である。同校で化学を担当する富永正治先生は、自身はプログラミングの経験はないが、プログラミング教室の体験授業を見学して、「自分でプログラミングをしてアプリを作ることは、手の届くことなんだと生徒たちにも知ってほしい」と、教養総合のひとつとして今回初めてアプリ開発のためのプログラミング講座を企画した。

教養総合は選択制で、事前に各講座の説明会が開かれる。このプログラミング講座の説明会には1〜2年生全600人中150人が詰めよせたという。最終的には抽選で25人に絞り込まれたが、プログラミング講座の人気ぶりを印象づけたようだった。「プログラミングをこれまでやったことのない生徒がほとんどですが、1つ技術を教えるとどんどん新しいことをやりたがる生徒が多いですね。楽しんで学んでもらえて企画して良かったです」と富永先生は笑顔で振り返る。

ただ、富永先生は自身でプログラミング教えるスキルはない。他の教諭も同様だ。そこで、今回、プログラミング講座を専門に行っているライフイズテック社と連携し、まずはどのような生徒のリアクションがあるかも含め、実験的に開講することにしたのだ。

学校の授業でプログラミングを

学校の授業でプログラミングを

ライフイズテック社では、2020年までに20万人の子どもたちがIT教育を受けられるようにするという目標を掲げ、2011年から「キャンプ」と呼ばれる集中授業や学校の課外授業として、中・高生を対象にしたプログラミングやデザインなどIT分野の講座を開いてきた。

だが、課題も多い。「これまでは学校教育以外の場でのIT教育の普及に努めてきましたが、今の課題は学校教育の中にIT教育をどのように取り入れていくか、ということです。ITの世界は、動きも早く、今回のようなプログラミングや最新のITを取り入れた授業を先生が1人でしていくのは難しいと思います。」と西村さんは指摘する。

一方、学校の先生もまた、そのことを大きな課題と感じている。「学校教育の中でプログラミングを教える必要性は感じています。でも、プログラミングは言語も内容もどんどん変わっていきます。変わらないところはどこか、何をどのように教えるか、定まっていないのが課題です」と富永先生も語る。

国も推進しているIT教育。文部科学省は2012年に中学校の学習指導要領で、プログラミング言語を必修化した。だが、パソコン設備が十分ではないというハードウェアの問題もさることながら、教える内容が定まっていない、教える教師がいないといった問題もあり、現場はいまだ模索中の段階だ。

麻布高校では今回初めて、外部のプログラミング教室と連携することで学校教育としてのプログラミング授業を試行したが、このあり方は学校教育でのIT教育推進のひとつの解になるかもしれない。ただ、すべての学校が外部のプログラミング教室と連携した授業を行うのは困難だ。こういった課題に対し、ライフイズテック社は動画や教科書、ワークシート、スライド資料といった教師向けのオンライン教材も提供している。学校の教師が専門ではなくても、オンライン教材を活用しながらプログラミング授業を進めていくあり方も、1つの可能性としてあるかもしれない。

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