ベルリン・ロンドン・パリなど... 欧州で注目を集めるスタートアップ都市の最新動向

ベルリン・ロンドン・パリなど... 欧州で注目を集めるスタートアップ都市の最新動向

文:佐藤ゆき イラスト:YUNE

これまで、欧州でスタートアップの成長が著しい都市をいくつか紹介してきた。今回は、欧州で注目される主なスタートアップハブ都市の大きな特徴を改めてまとめてみたい。

ここ数年の欧州のスタートアップシーンを牽引する都市といえば、ベルリン、ロンドン、パリである。2016年の都市ごとの資金調達件数を見ると、トップはパリの300件、そしてロンドンの291件、ベルリンの220件と、この三都市が群を抜いている*1。その他、ストックホルムやアムステルダム、ヘルシンキといった都市でも、スタートアップシーンが盛り上がりつつある。

なぜ、一部の場所でスタートアップシーンが勢いづき、その他の場所ではそうした変化が起こらないのか? なにが変化を生み出しているのか?

スタートアップシーンの成長を後押しする要因はさまざまだ。起業家やエンジニア・デザイナーといった事業やプロダクトをつくる人材だけでなく、彼らを資金の提供や事業戦略のアドバイスという点でサポートする投資家やアクセラレータ、ビザや法人登記などの制度面を整える行政など、さまざまな役割を担う人や組織によって、その「エコシステム」が構成される。

各都市のスタートアップエコシステムがどのように形成されたのか、誰が主導したのか、その背景は都市によって大きく異なる。そうした点に注目しながら、欧州の中でもとりわけ注目を集めるスタートアップハブ都市の特徴を、以前本サイトで紹介した記事とともに以下にご紹介したい。

ベルリン :物価の安さと国際的なカルチャーが、世界中のクリエイティブな人材を惹きつける

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毎年夏に屋外も利用して開催される Tech Open Airの様子(筆者撮影)

活発なアート・クリエイティブシーン、英語中心のコミュニティ、物価の安さといった要因が世界中のファウンダー・エンジニアを惹きつける街、ベルリン。クリエイター向け音楽配信アプリのSoundCloudや写真共有アプリのEyeEmなど、アートとテックがクロスしたコミュニティから誕生したプロダクトも多い。ベルリンを代表する夏のテックフェスティバル「Tech Open Air(TOA)」は「欧州のSouth by Southwest(北米のテキサス州オースティンで開催されるテックフェスティバル)」と称されることも。ファッションeコマースのZalandoや食材定期購入サービスHelloFresh、Delivery Heroなどネット企業インキュベータのRocket Internetが育てたスートアップも目立つ。

(関連記事:スタートアップ都市として成長を続けるベルリンその理由とは

ロンドン:フィンテックが盛り上がる金融都市、トレンドの発信地

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ロンドン市街の様子(筆者撮影)

欧州経済の中心といえばロンドン。最先端のファッションやアート、カルチャーが発信される場所だ。金融機関や投資家が集まっているため、スタートアップの資金調達件数や総額も欧州内では常に上位に位置する。モバイルバンクのMonzoや投資アドバイスプラットフォームのNutmegといったフィンテック系のスタートアップから、ImprobableやSpatialOSといったVRスタートアップ、ARスタートアップのユニコーンBlipparなど、注目が集まる分野で躍進するスタートアップが誕生している。一方、英国のEU離脱が資金調達環境や事業拡大にマイナスの影響を及ぼすのではないかと懸念する声も聞こえおり、今後の動向は要注目だ。

(関連記事:成長を続けるロンドンのスタートアップシーン、ここ数年の盛り上がりの背景とは?

ストックホルム:一人当たりのユニコーン数でシリコンバレーに次ぐ、北欧を代表するスタートアップ都市

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ストックホルム市街の様子(Credit:Eugenijus Radlinskas)

スウェーデンの首都ストックホルムは人口90万人と比較的小さな都市であるが、SkypeやSpotify、Kingなどユニコーン企業を生み出してきた。シリコンバレーに続いて人口一人あたりのユニコーンの数が多いスタートアップ都市である。その基盤を整えたのは、テクノロジーの可能性を初期に見出した政府だ。90年代前半から通信インフラを整えたり、市民が簡単にパソコンを手にできる制度を築いた。ペイメントサービスKlarnaのファウンダーも起業の原体験は、こうした政策のおかげで10歳という早い時期にITに触れられたことだとコメントしている。

(関連記事:北欧のスタートアップ都市ストックホルムー90万人都市から世界的企業が誕生する理由

パリ:政府やベテラン起業家の支援が厚く、国外からの注目度アップ

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パリ市街の様子(筆者撮影)

ロンドンやベルリンに比べるとスタートアップシーンの盛り上がりが後発な印象を与えるパリであるが、現在は国外からの注目度が上昇中だ。 パリはとりわけ政府の支援が厚いことで有名だ。現在も起業環境の整備に邁進するエマニュエル・マクロン現首相は、経済大臣を務めていた2014年の時点でも「古いビジネスに変わる新しいビジネスを創造し、起業する人々を支援したい」と強調。ラスベガスの家電ショーCESでフランス企業のプレゼンスが大きかったのは、政府が主導していた取り組み「La French Tech」の効果でもある。

支援に積極的なのは政府だけではない。連続起業家で現在は事業家投資家としても活躍するザグビエ・ニール氏は、Kima Venturesという自身が設立したVCを通じてスタートアップに積極的に投資をしたり、「42」というコーディングスクールでは人材育成にも積極的だ。ニール氏は、3万4000平方の廃駅を改築した広大なスタートアップキャンパス「Station F」も設立し、起業環境を整える。こうした環境の変化とともに、徐々に国外からの注目も高まり、多様な人材を惹きつけ始めている。

(関連記事:「デジタル経済革命を自分たちの手で起こす」政府やベテラン起業家の支援とともに盛り上がるフランスのスタートアップシーン

ヘルシンキ:テックフェスティバル「Slush」誕生の地、互助精神で世界を目指す

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起業を目指す学生が主体となって運営する、北欧最大のテックフェスティバル「Slush」の様子(筆者撮影)

ノキアやMySQLといった企業を生み出してきた技術先進国フィンランドの首都ヘルシンキでもスタートアップシーンが盛り上がっている。 一つのきっかけとなったのは、皮肉にも90年代後半のノキアの衰退だった。スマートフォンの波に乗れなかった同社から、多くの人材がスタートアップ業界へと流れていったのだ。ノキア社員の経験とノウハウは、立ち上げ時からグローバル展開を目指すスタートアップにとっても大きなサポートとなったようだ。

グローバルに勝つことを目標に、年齢やバックグラウンドに関わらずお互いを支援するカルチャーが根付いていることも特徴的だ。アールト大学の学生が主体となって、経験豊富な起業家の支援を受けながらスタートアップコミュニティを育て、のちの数万人もの参加者を惹きつけるようになったテックフェスティバル「Slush」は世界的にも有名だ。株式を一切取らずに起業家を支援するアクセラレータ「Startup Sauna」にも、こうした支援のカルチャーが表れている。こうして成長していったコミュニティは、SupercellやRovioといった世界的に成功した企業も生み出していった。

(関連記事:起業ブームに沸くフィンランドで何が起きている? 学生、元ノキア社員、政府が盛り上げるスタートアップシーン

各都市のスタートアップシーンは、政策やその国・都市の経済状況を受けて常に変化しているが、一方でその場所で長年育てられてきたコミュニティや歴史の影響も大きく受けて形づくられている

今後、これらの都市のスタートアップエコシステムはどのように変化していくだろうか。今後を予測することは決して容易ではないが、ブレグジットや大手企業のイノベーションへの試みなど、大きな時代の変化とともに、これからも各都市のスタートアップシーンは刻々と変化していくはずだ。

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