イメージを言語化し多様な企画を実現する 日本科学未来館 内田まほろ

イメージを言語化し多様な企画を実現する 日本科学未来館 内田まほろ

文:葛原 信太郎 写真:木暮 哲也

先鋭的な企画展やイベントで話題を呼ぶ日本科学未来館。アイデアを適切に言語化してチームを動かし、多面的に企画を設計することで、多くの来館者を誘導する。同館のキュレーターで展示企画開発課・課長の内田さんに話を聞いた。

ミュージアムでビョークの音楽?恋愛をテーマにした企画展?ディズニー・アニメーションの展示?これらは東京・お台場にある国立の施設、日本科学未来館で実際に行われたイベントや展覧会だ。従来の科学館の持つイメージとのギャップに驚くかもしれない。この斬新な企画の立役者は、同館のキュレーターで展示企画開発課・課長の内田まほろさんだ。一見すると、科学やテクノロジーとは結びつかないテーマを掲げて企画展で新規の来館者を獲得しつつ、常設展では、地球で100億人が生き続けていくためにどうしたらいいか?などの本質的な問いを来館者に投げかける。今回はそんな独創的な企画を生み出すクリエイティビティの源泉と、それを多くの人に届ける手法に迫った。

キュレーターの役割は"宝探しと自慢"

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日本科学未来館 シンボル展示「ジオ・コスモス」

2001年に開館した日本科学未来館は、宇宙飛行士の毛利衛さんが館長をつとめる国立の科学館だ。2017年に発表された国連の世界人口推計によると、2055年には世界人口は100億人を突破するという。その人口が地球で生き続けるためには、気候変動やエネルギー、生物多様性、食糧問題など、さまざまな地球規模の課題とむき合わなければならない。課題の解決に向けて、展示などを通して科学的な視点を伝えながら、あらゆる立場の人々が対話、協業することを促し、サポートしていくのが未来館の役割だ。

開館から15年となる2016年には、常設の大規模なリニューアルが行われたが、来館者に持続可能な地球環境について考え、議論し、それぞれがアクションを起こしてもらえるような「経験型・思考型」の展示に変更した。同館のキュレーターで展示企画開発課・課長の内田さんは、2002年から日本科学未来館でアートやデザインと科学をつなげるイベントや展覧会を担当。2005〜2006年には文化庁在外研修員として、米ニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤務した経験も持つ。現在は、未来館の常設展・企画展・展示関連イベントを担当するチームを束ねている。

世界的なアーティスト ビョークの音楽とVRを組み合わせて音楽体験を拡張した『Björk Digital』や、『どうして一人ではいられないの?』というサブタイトルをつけた企画展『恋愛物語展』、チームラボのデジタルアートの世界を紹介し企画展『チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地』など、ユニークな企画を世に送り出してきたのが内田さんだ。

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「キュレーターは元々、教会の宝物である本や資料を守る人を意味していました。保護や管理を意味する言葉が語源です。私はキュレーターとしての自分の役割を "宝探しと自慢" と説明しています。今の時代に価値がある "宝物" を見つけ出し "こういう価値のあるものがありますよ" と社会へ "自慢" する仕事です 」

これからの社会に必要な "宝探しと自慢" を行うために、具体的に企画を立て、予算を通し、チームをつくり、広報を動かしてお客さんを呼び、現場を指揮して場を組み立て、運営し、成果をまとめる。展示制作をメインとしつつも、企画成功のためにはじめから終わりまでマネジメントするのがキュレーターだ。

「当館では幅広いテーマ、サイエンスを扱うので、館内のメンバーも多様です。何億光年という単位を扱う天文学の研究をしていた者から、極小の世界を見つめる化学を専門とする者。映像や情報系、アートを扱う人もいます。ジャンルも規模もさまざまなプロジェクトを同時進行しており、とても騒がしい職場です(笑)」

国際色も豊かなメンバーで構成されており、日本人スタッフも海外経験者が多いとのこと。 同館の常設展が目指すのは、小学校の理科を補完するものだけではなく、今の科学が社会や未来とどう関わっているかを学びつつ、未来にどうありたいかを共に考えていくことだ。子どもも十分に考えながら楽しめる、館のミッションを体現した常設展があるからこそ、企画展でチャレンジングなことができる。

「企画展は、いつもは科学館に足を運ばないような、科学からは遠くにいる人にアクセスしようとしています。科学館は"子どもが行くところ" というイメージは多くの人が持っていると思いますし、我々が背負っているアイデンティティでもあります。企画展では、企画の発想をどれだけ遠くに飛ばしても、このアイデンティティに引き寄せられてしまうので、思い切ってかなり遠くまで飛ばします」

内田さんは、同館での勤務がはじまった当初から、意欲的に固定観念を覆すような企画を立案している。

「2005年に開催した『恋愛物語展』はまさに、発想を飛ばすことから生まれました。お子さんがいるファミリー層ではない、20〜30代の女性に科学のことを届けるには、思い切って全く違うアプローチが必要だと考えたんです。そこで、恋愛をテーマにしつつも、科学的なコンテンツを届ける意図で企画しました」

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企画展「『恋愛物語展』―どうして一人ではいられないの?」2005

『恋愛物語展』の制作は、会場デザインを「ザ・ペニンシュラ東京」の内装を手掛けた橋本夕紀夫さん、照明ディレクションを「星のや」の照明デザインを手掛けた武石正宣さんなど、第一線で活躍するクリエイターたちが担当した。

恋愛をテーマにしたロマンティックな会場で、原子と分子の話、カタツムリが両性を持っている話、オスからメスになる魚など生物の話、人間のコミュニケーションとしての言語や、オンラインの恋愛、子どもの生まれ方の変化などを展示した。十数年前の企画展だが、企画自体の面白さや会場デザインのレベルの高さは、今開催してもかなり話題になるだろう。実際、企画メンバー内では「今、第二弾をやったら大きな話題を集められそう」など、またチャレンジしたいという声が頻繁にあがっているそうだ。

「2009年には、クラブミュージックの国内トップクリエイターたちが出演した音楽イベント『cosmos』をエイベックスと一緒に開催しました。DJやライブだけでなく、振動電力を用いた発電や、当施設のシンボル展示である地球ディズプレイ「Geo-Cosmos(ジオ・コスモス)」をつかった映像作品など、音楽とテクノロジーをかけ合わせたコンテンツを多くの人に見ていただきました。その後も、コンピューターやネットワークと人間が融合していく社会を鋭く描いたアニメ映画『攻殻機動隊』をテーマにした音楽イベント(2014年)や、モントリオールから生まれた電子音楽とデジタルアートの祭典『MUTEK』(2017年)などを開催しています」

"より遠くの人" をターゲットに始まった日本科学未来館のと内田さんの挑戦は、今ではさらにアップデートされた観点を持っている。

多面的な魅力のある企画で、子どもも大人も呼び込む

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常設展示3階「技術革新の原動力」

「コミュニティーがより細かく分断され、多様な価値観が生まれていると感じています。たとえばファッションであれば、 東京ガールズコレクションも、パリコレ も同じファッションですが、全く別物です。コンテンツを企画する上では "こういう人たちには、こういう風に楽しい" けど "こんな見方もありますよ" とか "こんな捉え方もあります" というように、ひとつのターゲットに届けるのではなく、ひとつの企画を多面的に考えて、いろんな人が参加できることを重要視しています」

2017年の春から秋にかけて企画展『ディズニー・アート展』が開催された。ミッキーマウスの誕生作となった初期の作品から、長編アニメーションの最新作にいたるまで、約1世紀の歴史を紐解いた展覧会だった。

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企画展「ディズニー・アート展 いのちを吹き込む魔法」2017
《ミッキーのハワイ旅行》より 1937年
©Disney Enterprises, Inc.

「ディズニーの企画を開催すれば、ディズニーファンには必ず届きます。でも、それだけでは未来館でやる意味がない。この企画展のコンセプトは『いのちが吹き込まれた瞬間』としました。ディズニーアニメーションの生き生きとした描写は、当時の最新テクノロジーがあってこそ実現しています。原画やスケッチ、コンセプトアートなどと一緒に、そこで使われたテクノロジーを紹介し、魔法のような手法を解剖していくことで、ディズニーファンに限らず、アニメーションのファンやアートのファンにも興味を持ってもらうことができました。さらに、世界中の人が知っている超巨大企業であるという、ビジネスとしてのディズニーという面にも着目しました。ウォルト・ディズニーの精神が、100年経った今も脈々と受け継がれている。そういった企業の生存・成長戦略も分かるようにして、ビジネスパーソンにも得るものがある展示にしました」

内田さんはプロモーションの視点で展示を作成する試みもおこなっている。

「『ディズニー・アート展』では、著作権の問題で会場内の撮影が禁止だったため、当初はSNSでの拡散が少なく集客に不利でした。その対策として、夏休み公開として予定されていたチームラボ作品を、撮影可能ないわゆる "インスタ映え" する展示としてプロモーションしたのです。『塔の上のラプンツェル』には無数のランタンが湖の上に浮かぶ美しいシーンがあります。そのシーンを再現して、誰がどこでシャッターを切っても、映画の中に入りこんだような写真になるインスタレーションとなり、大ブームになりました」

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企画展「ディズニー・アート展 いのちを吹き込む魔法」2017
「塔の上のラプンツェル」

この展示が起爆剤として機能し、より多くの人に届くきっかけとなった。最終的な『ディズニー・アート展』の総入場者は、47万人だったそうだ。

「2014年の秋から2015年の春に開催した『チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地』では46万人を動員しました。それまでの未来館の展覧会の最高動員が25万人ですから、ボーダーを大きく超えたという実感がありました。一度ボーダーを超えると、超えられることが分かる。 "ここまでいける!" というマインドが生まれ、ボーダーを超える前には満足していたレベルでは満足できなくなります。そういう意味で、メンバーの意識が変わり、状況が好転してきたといえます」

アイデアを言語化し、曖昧なイメージを明確にして、メンバーに伝える

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魅力的な企画を生み出すために、内田さんはどのようなことを大切にしているのだろうか。

「"人に感動を与えるものを見極める視点"を、あの手この手で説明し、関係者全員に丁寧に伝えることが大切です。何をやりたいのか、何が欲しいのか、ということを尖らせて、言語化する。そういった努力の結果、優秀な人材が集まり、良いチームが生まれるのだと思っています」

曖昧なことを言語化し、明確にする。誰にでも分かる言葉に翻訳することで、共通認識を持っていないスタッフやクライアントとイメージを共有することができる。プロジェクトを実現に導く上で、必要不可欠な要素だ。

関わる人全員の満足度を上げるような視点が必要だと、内田さんは話す。

「クリエイターの立場になって新しい経験が提供できているか、ものづくりとしてチャレンジングか、研究者にとっても新しい発見があるか、いろんな立場の関係者にひらめきがあって気持ちが"上がる"プロジェクトになっているかどうかを考えます」

これはチームのモチベーションを引き上げられているか、という問いでもあるだろう。来館者を含む、関係者すべての立場に立ち、その温度をあげていく。プロジェクトマネジメント的な視点を持つことで、チームの可能性を最大にしていく努力がキュレーターには求められる。

コミュニケーションデザインを手抜きしない

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常設展示3階「未来をつくる」

同館では2016年に大規模なリニューアルが実施され、内田さんはここでも中心的な役割を果たした。このときにポイントになったのは「体験型」から「経験型・思考型」の展示への変更だ。

何を伝えたいのか、何を伝えるべきなのか、本質を突き詰める。来館者が自ら考え、行動に移すことを促すことに重きを置く。「コミュニケーションデザインを手抜きしない」という言葉には、リニューアルに込めた内田さんの意思を感じる。

同館では、オープン当初から右肩上がりを続けており、震災の影響で一時は落ち込んだが、その後は年間100万人以上を保っている。集客面で、忘れてはいけないのがインバウンドだ。

「オープン当初は、1割もいなかった外国人来館者が、今では3割を超えています。これには未来館の立地も一役買っていると考えています。未来館へのアクセス手段のひとつである、ゆりかもめからの景色や夜の東京の情景は『攻殻機動隊』や、 SF映画の流れを変えたと言われる『ブレードランナー』の世界そのもの。お台場には等身大のガンダムもいますし、科学技術とマッチした観光資源をもっています。東京に来たら伝統的な浅草も観たいけど、科学技術や未来の情景がある未来館も観たいという人は世界に確実にいる。東京の他の観光地からは少しアクセスが悪いですが、その分、別世界に来たような気分になるメリットもあります」

さまざまな企画で、人々を楽しませると同時に、科学技術や未来を伝える同館。アート性の高い企画を、分かりやすくプロジェクトチームに伝えることで関係者が高い意識で仕事に取り組むことができる。また、価値観が多様化する社会において、多面的に企画を組み立てるという手法で集客を増やしていた。こういった企画実行のキモは民間企業にも十分応用できるものだろう。

常設展も企画展も、多角的な視点から考えられてつくられている。同館に足を運んだ際には、完成したもの裏側にある成り立ちやプロセスを思い出しながら、ビジネスに活かせるヒントを見つけ出してほしい。

プロフィール/敬称略

内田 まほろ(うちだ・まほろ)

日本科学未来館 展示企画開発課課長 キュレーター
2002年より未来館勤務、文化庁在外研修員として、米ニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤務する。アート、テクノロジー、デザインの融合領域を専門として、アート&サイエンスのプロジェクトを推進する。また、ロボットや情報分野の常設展示開発および、技術革新、ロボットを通して、日本文化の紹介にも力を注ぐ。

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