道民に愛されるセコマは、グローバル展開より、地域の深掘りが「当たり前」

道民に愛されるセコマは、グローバル展開より、地域の深掘りが「当たり前」

文:葛原 信太郎 写真:ササカカオリ

人口540万人の北海道は、実は20億人規模のマーケット?北海道に愛され、北海道に貢献する企業から、私たちの「当たり前」を考え直す

「北海道は、東京よりも早く高齢化、過疎化、人口減少の問題に直面している。こういった状況に向き合い、拡大よりもサステナブルを目指し、グローバルよりもローカルに根ざします」

北海道内に約1,100店の店舗を持ち、北海道の人口カバー率99.8%を超えるコンビニエンスストア「セイコーマート」。同店を展開する株式会社セコマの代表取締役社長 丸谷智保さんは「後ろ向きに聞こえるかもしれませんが、これでも相当、前向きなつもりなんですよ」と笑う。

「企業活動としての常識」から見ると、「拡大よりもサステナブル」「グローバルよりもローカル」という考え方はたしかに後ろ向きかもしれない。しかし、常識や当たり前に囚われることで大事な何かが見えなくなってしまう可能性がある。丸谷さんが話す言葉は、私たちが持つ「当たり前」を一つひとつ覆してくれた。

北海道を立体的に見れば超大国並み。のべ20億人分の可能性を秘めたローカル

北海道で最初にできたコンビニ。それが、セイコーマートだ。1号店がオープンしたのは、1971年。酒の卸売会社に勤めていた創業者は、小さな酒屋はこれから生き残れないだろうと考え、当時アメリカで成長していたコンビニ業に挑戦。取引先の酒屋を一軒ずつ回り、地道にコンビニへの業態変更を説得し、10年かけて100店舗まで拡大させた。今では、約1,100店舗がオープンし、北海道の人々の生活を支える。

セイコーマートは茨城県、埼玉県の約100店舗を除き、ほぼすべての店舗が北海道内にある。大手のコンビニと比較すれば、全国的な知名度は低いだろう。しかし、セコマのプライベードブランドの商品やホットシェフ(各店で作られる弁当などの惣菜)は道民にとって故郷の味と言っても過言ではない。北海道出身者に話を聞けば、きっと「セコマ愛」を語ってくれるはずだ。(※"セコマ"は、現在の社名であるとともにセイコーマートの愛称でもある)

サービス産業生産性協議会がまとめる「日本版顧客満足度指数」のコンビニ部門においてセイコーマートは2016年度以降4年連続1位。北海道に根ざした出店を続けたことで、北海道の人々に愛されていることは、数字からも立証されている。

さらに「北海道ブランド」を国内外に広めるべく「原料生産・製造」「物流・サービス」「小売」の3つの事業を展開し、2019年現在のグループ企業は31社。アメリカに現地法人も持ち、プライベートブランド商品は国内のみならず世界の小売に輸出されている。

ビジネスにおいて、より大きなマーケットへの挑戦は「当たり前」とされている。その背景には、現在のマーケットに留まっていてはビジネス規模を大きくできるはずがないという「当たり前」が存在する。しかし本当にそうだろうかと、丸谷さんは問う。

「『ローカルでやるだけでなく、成長のためにグローバル戦略が必要ではないか?』とよく聞かれます。『ローカル』という言葉自体に、地域に閉じこもるようなイメージがあるのでしょう。しかし『ローカル』を真剣に突き詰めれば、そんなことはないんです」

人口統計や就業人口からはじき出されたマーケット規模を、丸谷さんは「平面的」であると表現した。セコマにとってのローカルである北海道の真の可能性を知るには「立体的」に考察する必要がある。

「セイコーマートの来店客は年間で2億4,000万人。道民1人当たりで割ると年間44回、つまりほぼ毎週来店しているんです。一番多い人は1年間に970回、1日3回です。北海道の人口を平面的に見ると540万人なのですが、道民全員が毎日来店してくれると仮定すると、のべ19.7億人にものぼる。これは中国の人口13億人よりも遥かに大きい数字です。平面的な数字を立体的に見たとき、北海道のマーケットはとても大きいのです」

さらに、北海道にはインバウンドの追い風が吹く。国内外から訪れる観光客は、人口統計からは見えない。しかし彼らは、確実に北海道のマーケットを豊かにしている。例えば、北海道の北にある利尻島・礼文島は手つかずの自然が残る人気の観光エリア。数字上の住民は6,000人強だが、ハイシーズンの夏場には2倍ほどの人口になるそうだ。実質的には、6,000人ではなく、12,000人を相手にできる。

「はたして北海道のマーケットは本当に小さいのか。立体構造でマーケットを考え『深化』を追求することも『進化』であるはずと私は捉えているんです」

北海道の地図や人口統計の資料といった平面で見るのではなく、一人の人間を掘り下げ、立体として見る。そうすることによって、超大国に匹敵するような顧客接点を北海道に見出すことができる。だからこそ、同社では、一つひとつの顧客接点を大切にする。

「私は従業員に『1人のお客さまを失ったら、365人のお客さまを失ったのと同じだ』と伝えています。実際、従業員はとても丁寧に接客をしてくれている。今日見に行った店舗では、スタッフが盲目の方の手を引いて、商品を説明していました。おばあさんが入店しようとするときは、入口まで行って扉を開けるとか、お客さまが困っているときには助ける、こういったことを普通にやってくれているんです」

「立体的」な経営は、地域の制約へ適応した結果

この「立体的」な事業展開は、コンビニだけにとどまらない。2016年には、それまでコンビニ業を営む「株式会社セイコーマート」から「原料生産・製造」「物流・サービス」「小売」の3つの事業展開する「総合流通企画会社」としてホールディングス化し社名を「株式会社セコマ」に変更。この変化には、事業拡大的観点だけでなく、高齢化や過疎化に対応し、地域に貢献し続けている方針が根底にあるという。

「ローカルで持続的なビジネスを続けるには、新しいものを生み出す・革新を起こすというような『自ら働きかけ、現状に変化を与える』ことよりも、適応する・共感するというような『変化する現状に自らを合わせていく』ことが、必要だと考えているんです」

変化する現状に自らを合わせていく例として、丸谷さんは2つの切り口から話してくれた。ひとつは「ローカルの制約への適応」だ。

「5年ほど前から、地方における物流は厳しい状況にあります。商品の届く頻度が減ってしまったり、届けてもらうには高額の運賃がかかったりして、閉店する店舗が増えている。我々は、こういった兆しが見える前から、自社による物流にかなり力を入れていました。

店舗は点に過ぎません。物流によってつながるから、商品を並べられる。特に我々が扱うのは、生ものやチルド食品のように毎日配送する『日配品』が多い。安定的につながる物流を外部で確保するのは容易ではありません。であれば、自分たちでやるしかない。ローカルの制約に自らが順応していくのです」

セイコーマートの人気コーナー「HOT CHEF」の商品は、店内キッチンで調理されている。お米を炊いて握る大きなおにぎりや、低価格ながらとてもボリューミーでジューシーなカツ丼など、さまざまな人気商品がある

製造も同様だ。新規に工場をつくるにも、制約に合わせる必要がある。一昔前であれば、不便な場所でも、工業団地を用意すれば働く人が集まった。しかし、今はそう簡単に人は集まらない。現状の中で工場を建てるなら、まず働く人を確保できる場所でなければならない。

「今の考えは、そこに工場を建てたら物流がつながるのか、働いてくれる人は集まるのかなど、さまざまな課題を前提に組み立てなければなりません。セコマはこうした変化に経営自体を適応させていこうとしています」

「共感」を大事にし、ローカルに根付くのは自然のこと

もうひとつの、切り口は「ローカルの人々への共感」だ。事業を展開するうえでは、どうしても提供者側の視点が強くなりやすい。セコマはそれを避ける上で"共感"という言葉を大切にしている。

「例えば人口が900人しかいないような小さな町にあるセイコーマートは、もはやそのエリアのライフラインなんです。実店舗はオンラインショップに淘汰されるなんて言われていますが、北海道の小さな町に暮らす人の場合、オンラインで注文をすると送料が高くなってしまいますし、届くまでに時間もかかるのが現状です。日々の生活のためには、やはり実店舗が必要です。そういう地域のお店は絶対に潰してはいけません。まだオープンしていないエリアでも、出店してほしいというリクエストは受け付けています。こういった地域の人々の思いに共感し、店舗を営業しつづけることが大切です」

人口が少ない店舗でどうやって営業を続けるか。セコマでは、自治体や地域の住民と話し合いながら、営業が継続できる形を模索するという。

「とある過疎地域の直営店では、営業時間を6:30〜21:00としています。14.5時間しかオープンしていませんが、地域住民と話し合って決めました。営業時間を長くすると、経費もかさむので、なんとか続けられるのがこの時間。営業時間が長いほうが便利でしょうが、続けるために住民にも協力をお願いしました。取り扱う商品も、リクエストを聞きながら仕入れて、その店舗ならではの品揃えを実現しています。すると、地域の人も喜んでくれるし、応援もしてくれる。このように、地域の人々の声や想いに共感し、それに自分たちを合わせていくことも我々のやるべきことだと考えています」

同社のフランチャイズ契約は非常にフレキシブルだ。営業時間は16時間以上で、店舗ごとに本部と協議のうえ決めている。ロイヤリティは10%。店舗ごとに品揃えも変更でき、売れ残りそうになった場合の値引きもできる。

「我々とフランチャイズのオーナーさんは、主従関係ではありません。大切なのは共存共栄。店舗ごとに適切な判断ができるように、なるべく多くの裁量権を保証しています。フランチャイズ・グループ会社の直営店問わず、オーナーもアルバイトやパートも、店舗の周りに住む人々です。ローカルの人々の気持ちに共感し、ルールや制度を合わせていくのはとても自然なことです」

右肩上がりよりも、持続可能性を求めて。当たり前を外した、ローカル経営術

「こういうことを話すと『経営というよりも、福祉のようですね』と言われます。でも、人々の要望に答えながら、会社が継続しているならば、それでいいじゃないかと思うんです。プラスマイナスゼロでもいい。10年で償却が終わる店舗なら、店を10年間維持できれば、損はしない。こう考えていけば、何とかなるケースはたくさんあります。まぁ、上場していたらここまで勝手なことは言えないかもしれませんね(笑)」

丸谷さんは、とてもフレキシブルだ。私たちが囚われている「当たり前」を脱ぎ捨て、軽やかに人々の必要に応じていく。こういった考え方の背景には自身のキャリアが大きく影響しているという。

「大学卒業後、北海道拓殖銀行に入行し、そこで破綻を経験しました。地域に重要な金融機関だったし、よい貸し出しができていた。地域のみなさんに好かれていた部分もあったと思います。しかし、なくなってしまえばすべて終わり、という現実を目の当たりにした。企業は『存続し続ける』ことが何よりも大事だと学びました。右肩上がりを狙うよりも、どうやれば持続可能な企業になれるか。つまり、企業が存続できる分だけの利益を来年も維持するためにはどうするかを常に考えているんです」

丸谷さんは、存続するための投資を惜しまない。例えば、2万人のアルバイト・パートの確保。今年採用できたスタッフと同じ数を来年も採用できなければ、店舗を閉めなくてはいけない。どうやってスタッフを減らさないか、減った分をどうやって採用するか。こうしたことに、思考のかなりの割合を割いているという。

「職場環境が良くないと、スタッフは辞めてしまいます。例えば、厨房の冷房。北海道でも夏は暑い日が続きます。今年は特に暑さが厳しくて、厨房で調理している人々はかなり暑い環境で働いていた。室温40℃くらいになってしまう店もあったので、工事をして冷房が適切に効くようにしました。設備投資の削減や電気代を節約するよりもスタッフの働きやすさのほうが大事なんです。

同じく、教育も重要ですね。OJTはもちろん実施していますが、アルバイト・パート向けに接客のワークショップも年間900回以上開催しています。店舗のスタッフにこれだけ力を入れてトレーニングをしているコンビニチェーンは他にないでしょう。こういうことが、持続可能な経営に必要な投資なのです」

人以外で、最近同社が力を入れているのは、自社製品の道外販売だ。道産食材をつかった食品を本州やいくつかの外国で販売する。乳製品は特に好評で、自社で生産する牛乳は1/2以上を、またアイスは1/3を本州で販売しているそうだ。本州での売上は総売上の1割弱に達しようとしており、地元北海道の産業に貢献しながら、同社の持続可能性を下支えする。

豊富な種類の自社製牛乳。一部商品は北海道以外の地域でも販売されている。

「私は、経営を継続する上で最低限の投資ができる収益があれば、それで十分ではないかと考えています。維持していくためには、補修も改善も必要ですし、何年か経てば工場は新しくしなくてはいけない。物流設備もさらに整えていきます。当然、利益をあげることは必要ですが、規模の拡大はマストではない。住民に必要とされ続ければ、生き続けられると思うからです」

セコマといえば、2018年の北海道胆振東部地震の「神対応」が話題となった。北海道全域が停電し、多くの店がシャッターを下ろす中、セコマは95%以上の店舗が営業を続けた。店舗に配備していた非常用電源キットを活用して自動車のシガーソケットからの電源を供給。自社で整備した物流網を活かし日常品を途切れることなく供給し続けた。

「地震の際には、メディアの人たちにずいぶんと不思議がられました。『スタッフも被害にあっているのに、どうして店舗をオープンできたんですか』と。インタビューに応じたスタッフは『当たり前じゃないですか、お客さまが困っているんだから』と答えていました。なぜ、セコマが地域の皆さんから愛されているのか、この答えにすべてが凝縮されているように思います」

北海道地震で大きな被害を受けた厚真産ハスカップをつかったアイス。被災地復興支援の願いを込めて積極的に地域産品を活用している。

丸谷さんが語る経営には、いわゆる「当たり前」の考え方や手法はあまりないかもしれない。しかし、そもそも、多様な情報が日々飛び交い、人々の価値観が常に変化する社会においては、過去の「当たり前」や「常識」がどれだけ正しいと言い切れるのだろうか。

更新され続ける時代に、常に適応・共感していく。自らを変化させつづける姿勢こそが、これから求められる「当たり前」なのではないだろうか。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

丸谷智保(まるたに・ともやす)
セコマ代表取締役社長

1954生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。1979年北海道拓殖銀行入行。1998年シティバンク、エヌ・エイ(Citibank, N.A.)入行。2007年セイコーマート(現 セコマ)入社、専務取締役、取締役副社長を経て、2009年3月より現職。2014年、内閣府経済財政諮問会議 政策コメンテーターに就任。

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