名刺管理を起点としたプラットフォームを展開する「Sansan」に学ぶ、DXの進め方

名刺管理を起点としたプラットフォームを展開する「Sansan」に学ぶ、DXの進め方
文:森田 大理 写真:須古 恵

機運が高まるデジタルトランスフォーメーション。成功への鍵はどこにあるのか。クラウド名刺管理サービスの雄、Sansanからヒントを探る

ここ数年の働き方改革に加えて、新型コロナウイルス感染対策としての非対面・非接触ニーズも重なり、社会全体で一気に加速しているデジタルトランスフォーメーション(DX)。至るところで導入・検討が進んでいるが、いかに優れたテクノロジーやプロダクトあっても、それだけで人々の習慣を変革するのは容易ではないだろう。

そこで注目したいのが、クラウド名刺管理サービスで知られるSansan株式会社。市場シェアの実に82.8%を占める同社は、自社のプロダクトを通じて様々な企業のDX戦略に関わる立場でもある。Sansan社はどのようにアナログからデジタルへの変革を実現してきたのだろうか。今回は、同社デジタル戦略室 室長の柿崎充さんにインタビュー。日本およびグローバルでDXに関する調査・支援を行う団体、一般社団法人CDO Club Japanの事務局マネージャーでもある柿崎さんに、DXの秘訣を訊いた。

アナログを否定するのではなく、デジタルにどう橋渡しをするか

――まずはSansanのサービス戦略について教えてください。

私たちは、クラウド名刺管理サービス「Sansan」および名刺アプリ「Eight」を展開しており、単に名刺管理をデジタルで効率化するだけでなく、社員がばらばらに持っていた名刺の情報(取引先情報)を会社の共有資産として活用することを支援しています。

また、私たちのサービス自体も名刺データを軸にビジネスプラットフォームへと機能を拡張していますね。たとえば、名刺をスキャンするだけで、取引リスクの可能性がある企業の自動スクリーニングが可能になる機能や、名刺データと各社で締結している契約書情報を連携することでその企業との関係性を可視化する機能など。他社のプロダクトとも連携をしながら、企業のあらゆる部門・業務で活用いただくことを目指しています。

――デジタル化された情報によって様々なビジネスシーンでの活用を目指している反面、データの元となる名刺交換自体は"紙の受け渡し"ですよね。アナログな慣習を真っ向から否定するのではなく、Sansanはまるでアナログとデジタルの間で橋渡しをしているような立ち位置だと感じました。

名刺交換そのものをデジタル化する発想がない訳ではありません。オンラインの名刺交換機能をリリースしていますし、オンライン会議の普及によって紙の名刺を使うケースが減っている時代の流れもあります。しかし、それでも一気に紙がなくなることはないでしょう。デジタル化はユーザーの温度感を正しく読み解きながら進めていく必要があると、私は思います。たとえば、よくグローバルでは名刺交換がないと言われますが、デジタル化が急激に進んでいる中国でも名刺交換はなくなっていません。あまり名刺交換をしないアメリカでも、「また連絡を取りたい相手」にはカードを渡します。アナログな形式が全く必要ないと思っている訳ではないんです。

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法人向け名刺管理サービスの市場規模は、2010年から2018年にかけて18倍にも拡大。「Sansan」は同市場のマーケットリーダーであると共に、国内発クラウドサービスの先駆者としてSaaS市場を牽引する存在でもある。

――アナログの価値を認めつつ、どうユーザーに寄り添うかが大切ということでしょうか。

そうですね。この意味で象徴的なのが、Sansanが自社の名刺スキャン技術をどうアピールしてきたか。2007年の創業当時から自動で文字情報を認識する技術を導入しており、AIをブーム以前から活用し99.9%の精度を実現していました。しかしながら、数年前までは敢えてAIの実力を前面に出さずに「専門のオペレーターが人の目で間違いがないかチェックしている」と語っていました。

なぜなら、当時の世の中はまだAIに半信半疑で、アナログなプロセスを残していることが安心材料になったから。それが、近年ではAIへの信頼度が高まったことに加え、コンプライアンス意識の高まりもあって人を介さない方が安心だと感じる人も増えてきた。こうした時代の価値観を捉えながら、私たちも「AI名刺管理」をアピールするようになりました。

ただツールを導入するだけでは、DXは上手くいかない

――Sansanのサービスを上手く活用している企業に特徴はありますか。

名刺管理業務に限らず、業務のDXに成功している企業は、DXによって実現したい目的が明確な印象です。逆に言えば、苦戦している企業はツールを入れることがゴールになってしまっている。せっかく導入しても社内で使われない、推進されないといったことが起こりがちですね。

成功企業は、自社にとってのDXの目的がしっかりと議論されているからこそ、ときにツールを提供する側の私たちも想定外の用途で活用されます。たとえば、ある大手企業はM&Aによって事業拡張をしてきた歴史があり、各社がバラバラに持っていた情報を統合する一環としてSansanを導入しました。同じように、事業ごとの"縦割り意識"が強かった会社が、その風土を変える目的で名刺情報の社内オープン化に踏み切ったケースもあります。

初期の当社サービスは、日常的に多くの名刺を交換する営業部門にフォーカスしていました。現在のように全社の情報管理ツールとして発展したのは、「購買部門や開発部門とも連携して情報資産を活用したい」とお客様からご要望いただいたからこそです。このような発想は、単に「デジタル化をしよう」では出てきません。自社の経営課題や進むべき方向性を丁寧に議論したうえで、その一手としてDXを掲げることが大切だと感じています。

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――ここ数年は働き方改革の一環としてDXを語る企業も多かったように感じます。これは柿崎さんの言う「目的」にあたりますか。

たしかに、日本企業はDXの目的を生産性向上と置くケースが多いですが、それが正しいかは企業の状況によります。漠然と働き方改革を進めるよりも企業が優先すべきは経営や事業の健全性ではないでしょうか。

事業そのものが赤字だったり、経営が機能不全に陥ってガバナンスが効かない状態の方が問題。労働生産性向上だけを目指しても根本的な解決にはなりませんよね。だからこそ、自社の経営課題を正しく捉え、その解決のためのDXを進めることが必要でしょう。

DX成功企業の共通点は、 "多様性"と"協創"

――柿崎さんは、DXを推進するグローバル団体「CDO Club Japan」の事務局マネージャーでもいらっしゃいます。海外と日本でDXの進め方に違いはありますか。

私は各社でDXを推進するCDO(Chief Digital Officer/ Chief Data Officer)たちと集まる機会が多いのですが、海外と日本の明らかな違いは、CDOの顔ぶれです。たとえばサンフランシスコやニューヨーク、トロントでは、10代の若者や女性が抜擢されてCDOを務めているケースも多いですが、日本の場合は中高年の男性が務めていることがほとんど。この差が生まれているのは、企業がCDOを任命する基準が異なるからです。

海外の場合は、キャリアや役職を問わずDXの知見・ノウハウに長けた人を抜擢しているし、社内にいなければ外からヘッドハンティングして連れてきます。それに対して、日本は既存の役員や責任者の中から選ぶ場合が多い。フラットに適任者を探して任命しているかどうかの違いが、リーダーの多様性となって表れているように感じます。

――リーダーの選び方が、DXの進め方にも影響するということでしょうか。

たとえば、歴史のある企業の場合、ひと昔前の日本が成功してきた"自前主義"から脱却できていないことがあります。そのため、この考え方が癖づいている人がCDOを務めると、DXに必要なシステムやツールも自社内で一からつくろうとしてしまう。これではコストも時間もかかり、上手くいきません。

良いものがすでに外にあるのなら、それを使った方が開発コストも抑えられるし、断然早い。今は、自前主義ではなく他社と協創する"マッシュアップ"の時代です。旧来型のシステム開発で起こりがちだった"ベンダー丸投げ"はもう通用しません。自社の事業優位性にも関わるようなコアな部分を除いては、積極的に外の力を借り、ともに作り上げる意識が欠かせません。ただ、その場合深いデジタルや業務へ知見を携えて意思決定していくことが必要になりますから、誰がCDOを務めるかで進め方はまるで変わってくるでしょうね。

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――旗振り役であるリーダーが結果を大きく左右するのはその通りかもしれません。一方で、いくら素晴らしいリーダーがいても、社内にデジタル化に抵抗感を覚える人が多い場合はどうすべきでしょうか。

DXは、ただ単にアナログを排除してデジタル化を進めることではありません。むしろ、アナログにも新たな役割や価値が生まれるものだと私は思います。従来はこれが上手く伝わらないために誤解されていた側面もあったかもしれませんが、新型コロナウィルスの影響によって多くの人がDXの本当の価値に気づきはじめているタイミングなのではないでしょうか。

たとえばオフィスで働く意味。これまでのオフィスは、仕事をするための作業場でした。コロナ禍でのリモートワークによって業務のDXが進み、どこでも仕事ができる日常を手に入れた人たちは、オフィスに人との交流や出会いを求めはじめている。"作業場"から"集う場"へと意味合いが変わりつつあるように思います。

当社が扱っている名刺も、かつては個人に帰属するモノという意識が強く、社内であっても他人や他部署に共有することは抵抗があるものでした。しかし、「Sansan」をはじめとした名刺管理サービスの登場により、新人の営業がイチから顧客の名刺を集めて関係をつくるよりも、上司や他部署の名刺データをもとにした方がはるかにスムーズだと、みんなが気づきはじめた。

私たちが名刺を個人のものから会社の情報資産、つまり持続的成長にとって重要な無形資産へと転換したように、モノや業務の意味付けを変えたり、新たな価値を創出したりすることが、DXを力強く推進するポイントになるのではないでしょうか。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

柿崎 充(かきざき・まこと)
Sansan株式会社 デジタル戦略統括室 室長/一般社団法人CDO Club Japan 事務局マネージャー

慶應義塾大学在学中の2000年に共同創業メンバーとして起業に参画、その後2003年に自ら経営者として起業し中国瀋陽にも進出。2006年外資系コンサルティングファームのプライスウォーターハウスクーパース(旧ベリングポイント)入社。グローバル経営戦略やグループ経営管理態勢の調査・立案、金融機関のシステム・セキュリティ監査、内部統制強化支援、IR・統合報告支援などに幅広く従事。2013年よりSansanに入社し、2016年6月より現職。2018年より一般社団法人CDO Club Japanにも参画し、日本およびグローバルでデジタルトランスフォーメーションに関する調査・支援に取り組んでいる。

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