食から見る時代の変化。料理家コウケンテツが気づいた「本当に必要なレシピ」

食から見る時代の変化。料理家コウケンテツが気づいた「本当に必要なレシピ」
文:葛原 信太郎 写真:須古 恵

役立つと信じて伝えてきたものが、実はあまり役に立てていなかった。時代の移り変わりとともに「今、本当に必要とされているもの」を見いだした料理家コウケンテツさんの試行錯誤を聞く

生活が変わると、食に対する考え方も変わります── 。

料理家のコウケンテツさんは、さまざまなレシピを提案してきた。肉々しい「男飯」や「韓流レシピ」から「丁寧な家庭料理」、今は「頑張り過ぎない料理」を提案しつつ「食べるだけの人」に向けたメッセージも発信している。新著のタイトルは『本当はごはんを作るのが好きなのに、しんどくなった人たちへ』。いわゆる料理本ではなくエッセイ集で、この数年でガラッと変わった食を軸にした価値観の変容を伝えている。

これには、トレンドの移り変わりだけでなく、働き方やコミュニケーション、社会情勢の変化なども深く影響している。生きることそのものである「食」から見える人々の価値観の変化を紐解く。

男飯、韓流、丁寧な暮らし、簡単レシピ...食の変化と社会の変化

── まず料理家とはどんな仕事なのか教えてください。

僕は、"家でご飯をつくる人のアシスト役"だと思っています。よく「料理人なんでしょ?お店はどこにあるの?」と聞かれるのですが、シェフや板前さんといったプロの料理人の方々は、自らの作った料理をお客様に提供する料理のスペシャリスト。一方で僕の料理家としての仕事は、家庭料理のレシピを考えて紹介すること。そのレシピをもとに実際に料理をするのは、家でごはんを作るみなさんです。

── シェフや板前になりたいと思ったことはないのですか。

いや、ぜんぜんないんです(笑)。そもそもこの世界に入ってきたのは、偶然なんですよ。僕の母は料理家で、家庭料理は僕にとってとても身近な存在でした。子どもの頃から料理をするのが大好きでしたし、これまで経験したアルバイトもほとんど飲食店です。

20代前半のフリーター時代、休みの日に母の手伝いをするようになり、段々とアルバイトよりも母の手伝いが増えていきました。そのときちょうど、料理雑誌の編集者の方から「男料理」の連載にレギュラーとして大抜擢してもらったんです。料理の仕事をいただけるなんて、まったく想定していませんでした。

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──料理家としてデビューした当時、がっつりとした量の多い、いわゆる「男飯」を提案していましたよね?

そうですね。デビューした2005年ごろはまだ「家庭料理は女性がつくるもの」という固定概念が今よりも根強い時代でした。家庭料理を男性が提案することに違和感を持つ人も多かった。男飯も、男性がつくる男性の料理というよりも、女性向けに「しっかりとした味付けでボリュームのある、男性に喜ばれるレシピ」を男性料理家に紹介してもらうというニュアンスが強かったんです。

── その後、コウさんの提案する料理は手間を掛けた家庭料理へ変わっていきます。どんな背景があったのでしょうか。

仕事にはとてもやりがいを感じていましたし、毎日がエキサイティングでした。ですが、社会はどんどん変わっていきます。結婚しても働く女性が増え、家事は夫婦で分担するものになりました。

僕自身、ご飯に合うがっつりとしたおかずよりもスパイスやハーブをつかったシンプルな料理が好きでしたし、韓国料理がブームになったときも、実は焼肉やプルコギなどのしっかりとした味付けの肉料理以外にも、野菜が活きるヘルシーな韓国料理もたくさんあるのにな、と感じていました。そこで、自分の生活に根ざした、自分が提案したい料理というものを意識し始めるようになりました。

私生活では、結婚し1人目の子どもが生まれるという大きな変化がありました。生活が変われば、食に対する考え方も変わります。子どもには、やはり栄養バランスの良い手料理を一から作って食べさせてあげたいという想いが強くなりました。それにともなって「手料理が、子どもの心と身体をつくる」「お出汁をとりましょう。なるべく手作りのおかずを食卓に並べましょう」といった料理を提案することも増えていきました。でも、ほどなくして「手間を掛けること」自体に僕自身が「しんどさ」を感じるようになったんです。

丁寧な暮らし・丁寧な料理と現実のミスマッチ

── なぜ、しんどさを感じられたのでしょうか。

社会ではいわゆる「丁寧な暮らし」が注目されていたので、僕自身にも「手間を掛けた丁寧な家庭料理」のレシピが求められることが増えました。さらには親子でどんな料理を作っているのか。どんなキッチンなのか。お皿にはどんなこだわりがあるか。使っている調味料や食材は?キッチングッズは?服は?インテリアは?など、「暮らしそのものの提案する」というご依頼も増えていきました。

しかし、僕自身「丁寧な暮らし」をしたいと思いながらも、実際に子どもを育てていればとてもじゃないけど実践できないと気づきました。1人目の子どものときはなんとかがんばれた。でも、2人目で「これは無理かも...」と思い始め、3人目には「もう無理!完全にギブアップ!」と(笑)。ただでさえ子育ては大変なのに、食やライフスタイルにこだわることで、さらにしんどくなっている自分に気が付いたんです。

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── 料理家ではなくひとりの生活者のコウさんとして日々のリアリティに触れて、そこから活動が変わっていったのですね。

そうですね。ひとつ印象的なできごともありました。講演会に来てくれたとある女性に「料理をつくることがつらい」と言われたんです。彼女はその10年ほど前にも僕の講演会に訪れ、僕が提案した丁寧な暮らしや料理をずっと実践してきたそうです。しかし、もう頑張りすぎて疲れてしまった、と。

そのとき「僕はなんてことをしてしまったんだ」と愕然とし、このままではいけないと思いました。その後、とある日の講演会で、子どもと暮らす日常がどれだけ大変か、すべてを丁寧にやるなんて無理だ、料理家の僕でもごはんを作りたくない日がある、といった自分が日々感じていることを正直に話しました。すると、今までに経験がないほどの大盛り上がりで、多くの方が共感してくださったんです。

僕にできることは、レシピをたくさん提案することやライフスタイルを提案することだけではないのではないか。もっとできることがあるのではないか。そう考えるようになってから、講演会や料理教室に意識を向けていくようになりました。

── レシピを紹介する以外にも、人の役に立てることがあるかもしれないと思うようになったのですね。

そうなんです。レシピをたくさん紹介することももちろん必要だとは思うのですが、料理を作る人が抱えているしんどさに身をもって気付いたことで、ごはん作りを取り巻く環境をより良い方向に変えていく必要があるのでは、と考えるようになりました。

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料理家に本当に求められていたこと

── 環境を変えていくとはどういうことでしょうか。

ごはん作りを担当されている方は、やはり家族のために日替わりでいろいろな料理を作りたいという気持ちが強いように思います。料理家も、やはりレシピのバリエーションを求められることが多くなりますので手間をかけたり、味の方向性を変えたり、素材を変えたり、アレンジします。かつ、写真映えするようにと彩りも重要し、いろいろな素材を使って多くのレシピを紹介してきました。

ところが、新型コロナウイルスの感染拡大により、家族が家で過ごす時間が増え、家でご飯を食べることも増えました。すると、ご近所の方や多くの友人・知人から「何を作ればいいかわからない。なにか良いレシピはないか」と聞かれるようになったんです。

僕もこれまでずっといろいろなレシピを紹介してきているし、世の中にはこんなにもレシピがあるのになぜ...とも思いましたが、もしかしたら "本当に必要とされていること"がきちんと伝えられていないのではないかとも考えました。そこで、自分でYouTubeチャンネルを開設し、今必要とされているであろうレシピを動画配信すると、今までにないほど反響があったんです。動画を公開するとすぐに多くのコメントをいただきます。

これまで僕は本当に必要なものを伝えよう、届けようという努力が足りなかったのかなと思います。本当に必要とされていたのは、シンプルで調理法が分かりやすいレシピはもちろんですが、何より料理をすることの楽しさを伝えたり、もっと楽な気持ちでごはん作りに向き合える方法を提案することなのかもしれないと、今は感じています。

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── 家庭で料理をつくる人にダイレクトに情報を届けて、反応をもらう。そのコミュニケーションから本質的なニーズに気づいたんですね。

そうなんです。SNSや講演会にいらっしゃる方たちや、近所の友人・知人と「直接話す」ことで本当の世界が見えてきた。そこには家庭で求められている料理のリアルがありました。料理だけではなく、家事に育児とたくさんのやらなくてはならないことがあり、その負担は家族で上手に分担されていない。

ひとりで抱え込んだり、自分のやりたいことを我慢している人も少なくなく、追い詰められている人もいます。さらには、コロナ禍で家庭で料理をしている人の苦しみはますます大きくなっている部分もある。そんなに大変なら、逃げてもいいはずなのに、「逃げてはいけない」という社会通念みたいなものが、日本にはある気がします。

── 今の環境はどうしたら変わっていくと考えていますか。

この状況を生み出しているのは、料理をする人ではなく「料理を食べるだけの人」だと思うんです。食べるだけの人の意識を変えることが、今もっとも取り組むべきことだと思っています。

家でごはんを食べながら「ちょっと味が薄いね」とか「もう1品ないの?」とか言っていませんか?作る人がその何気ない一言でどれだけ辛い気持ちになっているかを想像して欲しいんです。料理に限らず仕事にも言えると思いますが、自分がやらないこと、やれないことは、その大変さや複雑さはわからない。

だったら、文句だけ言うのはやめて欲しい。料理に限らず、家事というのはさまざまなタスクが同時進行し、それぞれのスキルも必要です。その大変さがわからないのに、感謝を伝えるどころか文句を言うなんて、とんでもないことだ、ともっと伝えていかなければと感じています。

── 料理家が料理をしない人にアプローチする、っていうのが面白いですね。

僕は、みなさんに食卓を楽しんでいただきたいんです。食卓はみんなでつくるもの。だから、料理を作る人にレシピを届けるだけではなくて、しんどい気持ちを取り除いたり、負荷を減らす工夫をしたり、食べる人の意識を変えたり。料理以外の部分でもできることをやりたいんです。

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自分の気持ちに正直に、自分を大切に

── 逃げてもいい。無理しなくていいと思うようになったきっかけはありますか。

テレビの仕事で、海外の家庭を訪問する旅番組に出演した際に出会った人からの影響は大きいと思います。バケットにジャムとバターを塗るだけの朝食、お惣菜などを買ってきて並べるだけの昼食・夕食などで済ませ、そもそも家庭で料理をしない人も多いんです。パリで出会った女性は「家で料理ばかり作っていたら、私のサンシャインが輝かないじゃない」と言っていました。一人ひとりが「自分の幸せ」を追求すれば、自ずと社会全体が幸せになるという価値観を根底に持っているから、料理も無理をしないんです。

でも、これから日本も変わっていくと思っています。特に若い子たちの感性はすばらしい。嫌なことは嫌と言うし、SNSを使いこなし、コミュニケーションもうまい。もっともっと活躍してもらえれば、僕たちの世代では築けない社会をつくれると思います。

── Meet RecruitでもZ世代にインタビューする連載があるんですが、話をきくたびに彼らに希望を感じます。

そうですよね。だから変わっていかなくてはいけないのは、大人の世代。僕は器用な人間ではないので、すぐにキャパオーバーになってしまうんですが、他の人に話を聞くと多くの人が無理をしながら生きていることがわかりました。「自分勝手」という言葉はネガティブに捉えられてしまいますが、本当はもっと自分勝手でいいんじゃないでしょうか。自分を幸せから遠ざけることからもっと自由でいいと思うし、僕はそんなメッセージを伝えていきたい。

今、これまでの料理家人生で、はじめて人の役に立てている実感が持てているんです。僕がやるべきことは、まだまだたくさんあると思っています。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

コウケンテツ

1974年生まれ。大阪府出身。料理研究家である母・李映林主催の「eirin's kitchen」でアシスタントを経験後、2006年に独立。旬の素材を生かした簡単でヘルシーなメニューを提案し、テレビや雑誌、講演会など多方面で活躍中。著書に『本当はごはんを作るのが好きなのに、しんどくなった人たちへ』(ぴあ)『アジアの台所に立つと、すべてがゆるされる気がした』(新泉社)『だけ弁』(扶桑社)など。プライベートでは3児の父親として日々子育てに奮闘中。

『リボンの男』(河出書房新社)

『本当はごはんを作るのが好きなのに、しんどくなった人たちへ』(ぴあ)

コウケンテツ
定価:本体1,400円+税

「料理を作るのが好きだったけど、嫌いになってしまったすべての人へ」向けて書き下ろした、初のエッセイ。読んだあとに料理を作ることに対して少しでも気持ちが軽くなってもらえたら、というコウさんの気持ちがこもった1冊です。

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