死や老いを考えるメディア「igoku」から学ぶ、距離を縮めるコミュニケーション

死や老いを考えるメディア「igoku」から学ぶ、距離を縮めるコミュニケーション
文:葛原 信太郎 写真:須古 恵 (写真は左から猪狩僚さん、高木市之助さん)

地域や福祉、暮らしをテーマにしたウェブマガジンとフリーペーパー「igoku」は、考えなければいけないがタブー視しがちな死や老いの話題をどのように扱っているのか。編集長とアートディレクターから、地域の人々とのコミュニケーションで見えてきた距離の縮め方を学ぶ

現代の社会における「ほどよい距離感」とはなんだろうか。

デジタルテクノロジーの進化により物理的に離れた人同士が気軽にコミュニケーションできるようになる一方、リアルな場での対話の大切さも見直されている。スマートフォンやスマートスピーカーに喋りかけることで情報を得たり、ロボットを愛でたりすることが人々に受け入れられ、人と物の距離感も縮まった。「人と人」や「人と物」などさまざまな距離感のこれからについて考えていきたい。

今回、話を聞いたのは福島県いわき市の地域包括ケア推進課の職員と、いわき市内のクリエイター、エディター、ライターたちによって構成された官民共創のチームが発行するメディア「igoku」だ。

「いごく」とは、いわきの方言で「動く」の意。地域のさまざまな話題を取り上げる中で、誰もが必ず経験するのに日常と距離がある「死や老い」をテーマに、地域で活躍する福祉や医療の現場の人の声や高齢者の生き様を伝えている。重いテーマではあるが、その伝え方はとてもポジティブでポップ。特徴的なコミュニケーションスタイルが評価され、2019年度のグッドデザイン賞では、金賞・ファイナリスト第5位に選ばれた。

igoku編集チームは、「死や老い」と人々の距離感をどのように捉え、どうやって距離を縮めているのだろうか。igoku編集長でいわき市職員の猪狩僚(いがり・りょう)さんと、igokuアートディレクターの高木市之助(たかぎ・いちのすけ)さんから、日常と離れたものを身近な存在にしていく手法を聞いた。

自分の人生なのに、最期は自分のものになっていない

── はじめに、猪狩さんが担当されていた地域包括ケアとはなにか、教えてください。

猪狩 厚生労働省が推進する高齢社会への対策のひとつです。医療や介護が必要な状態になっても、可能な限り、住み慣れた地域で自立した生活を続けることができるように、地域の医療や介護・人々のつながりをつくっていこうというもの。全国の自治体に担当部署があり、日々活動しています。

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Igoku編集長・いわき市職員 猪狩僚 さん

── 地域包括ケア推進課が、「igoku」というメディアをはじめた経緯を聞かせてください。

猪狩 私が人事異動で地域包括ケア推進課担当になったことがきっかけでした。課の新設と同時に異動してきたので「ここでなにするの?」という状態(笑)。やるべき業務があるというよりも、これからなにをするかを探したり、実際に業務を作っていく段階でした。

最初の1年はとにかく外に出て、市内の関係しそうな場所を観察し、人に会いに行きました。あるとき、医療と介護の専門家が集まる会議に行ったんです。会費の500円を払って入ると、中には30-40人ほどが座っていました。病院や関連施設などから人が集まり、職種も医者、介護士、ケアマネージャーと、さまざま。みなさん仕事を終えて、お金を払って集まっているくらいですから、とてもモチベーションが高いのです。

そこで驚いたのは、自分が受け持ち亡くなった利用者さんについて発表したケアマネージャーさんが、泣きながらも懸命に語っていたこと。「あのとき、こうしていれば、もっと幸せな3ヶ月だったかもしれない...」。現場で働いている人がこんなにも情熱をもって仕事をしているなんて、市の職員としても、ひとりの市民としても知りませんでした。

── 確かに、家族が病気をしたり、介護が必要な状況が身近で起きていなければ、現場のみなさんの情熱を知る機会は少ないですよね。

猪狩 そうなんです。残念なことに、その情熱は地域包括ケア推進課担当の僕でさえ全然伝わっていなかった。市民と現場の人、お互いの距離は遠く、相互に理解する機会もない。とにかく彼らの気持ちを、僕が市民に伝えなければと思ったんです。それともうひとつ、市民にどうしても伝えたいことがあった。実はいわきには、かなりおもしろいジジイとババアがいっぱいいるんですよ。

── え、ジジイとババア...?

猪狩 はい。僕は最大限の愛と尊敬を込めて、日頃からいわきで暮らす高齢のみなさんをジジイとババアと呼んでいます。他の取材でも、誰かにプレゼンするときも、自分で書く原稿でも変えていません。記事もそのまま書いてください(笑)。

── わかりました(笑)。この愛称も、距離感を縮めるひとつの手法かもしれませんね。

猪狩 話を戻すと、いわきには本当に魅力的なジジイとババアがいるんです。一般的には、年を取ることはネガティブなことだとされていると思います。でも、私が出会ったジジイとババアは全くそんなことありません。私たちのような若い世代よりも、人生を楽しんでいるようにすら見えます。

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── 老いていくことにも、一般的なイメージと、いわきで見ている現実の距離を感じたんですね。

猪狩 「死」に関しても距離があると感じました。厚生労働省によれば「あなたはどこで最期を迎えたいですか」という質問に対して、約7割の人が家が良いと答えているそうです。しかし、実際に家で亡くなっている人は約1割。この1割には家で最期を迎えたいと希望していない人も含まれています。

そもそも「どこで死にたいか」なんて、家族に聞いたことがある人はほとんどいないと思います。人生とは本人のものなのに、最期を迎える場所については本人の希望を誰も知らない。死という話題はタブーになっていて、家族ですら真剣に話すことがないんです。

── たしかに、「死」に関する話はよっぽどのことがなければしないかも。日常とは距離があると思います。

死や老いについて、あまりに日常と距離がある現実を目の当たりにして、この距離を埋めていくことが、地域包括ケア推進課にきた自分のミッションだと思いました。ミッションに向けて、はじめにイメージしたのは、ポスターを作ってビジュアルで啓蒙すること。当時、いわきの水産加工品メーカーでデザイナーをしていた高木に相談していくうちに、メディアのほうが良いのではという話になり、ウェブマガジンとフリーペーパーをはじめたんです。

インパクトで線引きを壊す、目線を変えるきっかけを与える

── 日常との距離を縮めるために、アートディレクターの高木さんが気にしていることはどんなことですか?

高木 一つひとつのアウトプットのインパクトはとても大事にしています。距離があるなら、とにかく目にした人の気を引かなければいけない。igokuのアートディレクションでは、視界に入ったら「なんだあれは!?」と思わず身体が動くような強烈さはいつも意識しています。

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igokuアートディレクター 高木市之助さん

── 「やっぱ、家(うぢ)で死にてぇな!」「いごくフェスで死んでみた!」「パパ、死んだらやだよ」と続く、vol.1〜3のキャッチコピーと表紙デザインにはびっくりしました。

猪狩 この3号は通称「死の三部作」と呼ばれています(笑)。死や老いとは誰も逃れることはできません。誰もが考えなければいけないのに距離があるんだから、やりすぎなんじゃないかと思うくらいのインパクトで、少し強引であっても距離を近づける工夫が必要だと思うんです。

── たしかに、インパクトがあります。vol.2は表紙の写真も気になりますね。生きているおばあさんが棺桶に入っています。

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猪狩 これは年に1度開催している「いごくフェス」の企画のひとつ、入棺体験です。igokuの基本は、紙とウェブによる発信ですが、それだけでは死や老いという圧倒的に距離感があるものとの間が埋まりません。フェスという形で、五感をつかって体験してもらい、さらに距離を縮めてもらいたいと開催しています。実際に棺桶に入ってみたら、頭で考える「死」とはまた違う死生観が芽生えたりする。フェスの中では、テーマに沿った演目を提供するステージ、ワークショップ、地域の飲食店による出店、写真家によるシニアポートレートなど、さまざまな企画を用意しています。2020年もオンラインで開催しました。

高木 vol.5の「認知症解放宣言」も反響が大きかった号です。認知症という病気について、名前は知られていますが、実態はよくわからない人が多いと思います。この表紙の写真は、中のページに出てくるおばあさんの写真に曇りフィルターをかけてぼかして見せています。認知症という言葉が独り歩きし、おばあさんを見るときに、おばあさんそのものではなく「認知症というフィルターを通して見ているのではないか」という問題提起なんです。本当は一人ひとりにお名前があり、誰かの親だったり、おじいさん・おばあさんだったりする。でも、私たちは「認知症の人」とひとくくりにしていているんじゃないか、と。

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猪狩 認知症でも、死でも、老いでも、なにかと距離があるとき、その距離は勝手に縮まったりはしないと思うんです。「その距離、もっと縮まるんじゃない?」と誰かが新しい見方や行動を示すことで、少しずつ縮まっていく。表紙ではボヤっとしたイメージしかない認知症についても、読み進めながら知識が深まると、だんだんとはっきりとしてくる。冊子の中ほどには、曇りフィルターを外したババアの写真が見開きで大きく出てくるというしかけがあります。

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高木 優しくて、朗らかで、人の温度が伝わる、といった雰囲気の「福祉っぽい」デザイン」ってありますよね。でもigokuは、あえて独自のデザインを選びます。他と違っていい、型にはまらなくていい。他者との違いを許容しあえることは、自分らしい老いや死を一人ひとりが選び取っていくことにつながっていくと思うんです。周りと違っていい、ということを身を持って表現したいという意思が、igokuのアートディレクションの根底にあります。

見えないものとは距離も縮まらない

猪狩 ひとつ印象的なできごとがありました。とある地域で、いろんなもの盗んでしまう認知症のババアがいたんです。困っていた地域の人に「何曜日に盗むことが多いか」と尋ねると、木曜日に集中している。実は、ババアが施設に通っていたのが毎週木曜日。どうやらババアは、自分が一方的にお世話になるのは悪いからと、物を盗み、職員にプレゼントしていたようなのです。もちろんものを盗むのは悪いことなんですが、同じ事象でも、背景がわかると印象が変わってきますよね。

── 同じ「盗む」でも捉え方も変わりますね。「困ったおばあさんだな」と思っていた人も「何か違う形でその人をサポートできないか」と考えるようになるかも知れません。

猪狩 認知症解放宣言号の結びでは「いわき市民だって、東日本大震災以降 "被災者" という大きなくくりで見られたでしょ」という話をしています。実際、私の被災状況と、高木の被災状況は違います。でも、おしなべて「大変だったよね」と、同じ"被災者"として見られてしまう。

── 「実はあなたも、イメージでひとくくりにされていた。それと同じだ」という気づきを提供したんですね。そうやって認識することで、課題をより身近に感じることができそうです。

猪狩 そうなんですよ。最近、いろんな自治体やメディアからお問い合わせを受けることが増えました。そこでよく聞かれるのが「なぜいわきでigokuのような取り組みができるのか」という質問です。私は、やろうと思えばどこだってできるはずと思っています。

ですが、ひとつだけ人に言われて納得せざるを得なかったことがありました。それは、東日本大震災を僕らが暮らすいわきで経験したこと。被害は人や場所によってマチマチですが、10年前のあの日、たしかに僕らはみんなの目の前に「死」がやってきた。たくさんの人が亡くなり、親しい人を亡くした人もいます。今まで続いた日常が、明日も当たり前に続くわけじゃないことを強烈に叩き込まれた日でもありました。今まで見えていなかった死との距離の近さが見えたことで、igokuがすんなりと市民に受け入れてもらえたのかもしれません。

日頃から頭の片隅にあり、1年に1度は真剣に考える

── 近いけど、遠い。考えなければいけないけど、考えたくない。そんな死や老いと、私たちはどのような距離感でつきあっていけばいいのでしょうか。

猪狩 深刻な話もしてしまいしたが、とはいえ四六時中、死や老いについて考えていたら日常生活を送れないと思うんです。僕たちは、いごくフェスの帰り道に、年に1回だけ、家族で話せればそれでいいんじゃないか、と思っています。いごくフェスは、3世代で遊びに来てくれる人が多いんです。死や老いの話は、どんなふうに伝えたって、重くなってしまう。まさしくお祭りという勢いのある日に、その勢いを利用して聞いてみる。帰り道で孫がジジイやババアに「どこで死にたいの?」と素朴に問いかけて、それを少し後ろを歩きながら僕ら世代が聞く。そのくらいの距離感でいいんじゃないかと思います。

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── 年に1回、さりげなく話す機会をつくるためにも、日常のメディア運営を通じて人の関心を刺激しておくのが大事なのかもしれないですね。

高木 igokuの取材やアートディレクションを通じて、地域医療や介護に関わる大勢の方と出会いました。実は、igokuの仕事中に父が脳卒中で倒れたんです。この仕事をしていたから、慌てずに頼るべき人や場所に問い合わせることができた。自分が住んでいる街がとても安心できる場所だとあらためてわかりました。『地域包括ケア』と言葉だけでは実態が見えづらいですが、身を以て体験したことで、これこそが地域包括ケアなんだ、腑に落ちました。

猪狩 誰もが年を取るし、いつか身近な人を失くします。なのに、死や老いのことをあまり人と話したりしない。全人類が経験するのに誰も共有しないから、社会としてノウハウが蓄積されてない。死や老いと日常との距離は、もっともっと近づいていくべくだと思います。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

猪狩僚(いがり・りょう)
いわき市役所 保健福祉部 介護保険課

1978年いわき市生まれ。大学卒業後に、ブラジル留学したら、ちょっとハチャメチャな感じになっちゃって、いわき市役所に拾ってもらう。水道局(2年でクビ)→市街地整備(1年でクビ)→公園緑地課→財政課→行政経営課を経て、地域包括ケア推進課へ。逆立ちしても、役所の中じゃ出世できないので、勝手に"igoku"を作り、勝手に「編集長」を名乗る。

高木市之助(たかぎ・いちのすけ)
igoku アートディレクター

福島県いわき市小名浜でグラフィックデザイン制作を手掛ける。「地域」+「デザイン」の領域で新しい可能性を探るグラフィックデザイナー/アートディレクター。

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