ホームレスとは究極の孤立。ビッグイシューに学ぶ、人と人、社会課題と私たちの距離感

ホームレスとは究極の孤立。ビッグイシューに学ぶ、人と人、社会課題と私たちの距離感

文:葛原 信太郎 写真:須古 恵

ホームレス状態の人が販売者となり、路上で売られている英国発祥の雑誌『ビッグイシュー』。当初は「日本ではうまくいかないだろう」と批評された活動は約20年続いている。その試行錯誤から見える距離感とは。

現代の社会における「ほどよい距離感」とはなんだろうか。

デジタルテクノロジーの進化により物理的に離れた人同士が気軽にコミュニケーションできるようになる一方、リアルな場での対話の大切さも見直されている。スマートフォンやスマートスピーカーに喋りかけることで情報を得たり、ロボットを愛でたりすることが人々に受け入れられ、人と物の距離感も縮まった。「人と人」や「人と物」などさまざまな距離感のこれからについて考えていきたい。

今回話を聞いたのは、 有限会社ビッグイシュー日本東京事務所の佐野未来(さの・みく)さんだ。雑誌『ビッグイシュー日本版』を通じてホームレスの人の仕事をつくり、自立を支援するためにビジネスの手法を取っている。法人内に編集部を持ち、雑誌を制作。ホームレスの人が販売者として路上に立ち、自らが仕入れた雑誌を販売する。販売価格から仕入れ値を引いた金額が、販売者の利益となり、それを元手に生活を建て直す仕組みだ。

1991年にロンドンで生まれたこの仕組みは、2003年に佐野さんらが日本で展開をスタート。2021年2月には400号を迎え、これまで販売登録者数は延べ1,957人。そのうち、生活再建の目処が立ち販売を辞めた「卒業者」は205人(2021年3月末現在)になる。ビジネス的な成功と社会課題の解決を同時に目指すビッグイシューの取り組みから、人と人とのほどよい距離感と、社会課題への向き合い方を聞いた。

ホームレスの人々の仕事づくりと売れる雑誌づくりの両立

── はじめに、ビッグイシューの事業内容を教えてください。

ビッグイシューは、ホームレス状態の人が路上で売る雑誌「ビッグイシュー」の制作、販売をしています。一冊450円で販売している雑誌を最初の10冊は無料で提供。販売者は、そこで得た売り上げ全額(450円×10冊=4,500円)を元手に、その後は1冊220円で仕入れ、販売し収入を得ていくという仕組みです。質の高い雑誌を作り、ホームレスの人に販売というすぐにできる仕事を提供することに挑戦しています。私たちが大切にしているのは「市民が自分で仕事をつくり課題解決に挑戦する」こと。単に働いて収入を得られる状態をつくるだけでなく、ホームレス問題を解決するまでを目指して活動しています。

── 表紙には世界中の著名人やアーティスト、人気キャラクターなどが並びますが、どのように作られているのでしょうか。

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こちらからオファーをする場合もあれば、ビッグイシューの趣旨に賛同してくださり自らインタビュー企画や作品提供を持ち込んでくれる方もいます。海外の著名人の表紙やインタビューは「International Network of Street Paper」というネットーワークの記事を利用していることも多いですね。

これは世界中にある「ホームレスの人々が雑誌を売って収入を得る支援」に取り組む団体のネットワーク。加盟団体が作った記事が共有され、転載できる仕組みになっているんです。なので、日本の取材記事が世界のどこかで使われていることもあります。自分たちだけでは得られないような、世界のニュース、社会課題の最前線をお伝えできるのはそのおかげで、私たちならではの強みですね。

── 海外でも多くの団体が活動されているんですね。それにもかかわらず、日本での展開当初は多くの人から「うまくいかないのでは」と心配されたと伺いました。なぜでしょうか?

理由は本当に様々でした。イギリスと違って路上で雑誌を買う文化がない日本で、ホームレスの人から買い物をする人がいるのか。自らホームレス状態であることをカミングアウトして販売する人がいるだろうか。そもそも雑誌の販売が低迷する中、事業として成立するのか、など…。失敗する要素なら、「トラック一杯分でもあげられる」と言われたほどです。

これらの意見はもっともではありますが、私は「今まで日本で誰もやったことがないから、誰もイメージが持てないだけでは」と思いました。たしかに、ホームレスの人々の仕事をつくることと、売れる雑誌をつくること、その両方を同時に進めるのは難易度がとても高い。ですが、私はイギリスでビッグイシューの事業を視察し、日本でもできるイメージを持てた。ですから、「きっと大丈夫だ」と思い今日まで続けてきました。

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世界各地で販売されているストリートペーパー

販売者はビジネスパートナー。ただ、時には踏み込んでコミュニケーションすることも

── 今回、取材にあたり「距離感というテーマでお話を伺いたい」とご連絡した時、「いつも考えています」と返信をくださいました。距離感についていつもどのようなことを考えているのでしょうか。

私たちの場合は、人と人の距離感を特に考えています。程よい距離感って難しいですよね。その人の性格やタイミングによって変わってくる。だからこそ、常にどんな距離感を保つべきかを考え続けているんです。

── ビッグイシューにおいて、大事なのは誰と誰の距離感なのでしょうか。

一番は、販売者とお客さまとの距離感です。もちろん、共通の“ルール”としては本国イギリスで作られた販売者向けの「行動規範」があります。「IDをつける」「攻撃的または脅迫的な態度や言葉を使わない」、「酒や薬物の影響を受けたまま販売をしない」など基本的なことですが、日本でもこれは必ず守ってもらっています。そして販売者の多くは、そんなことを伝えずとも、高い意識でお客さまと接してくれています。私たちが学ぶことのほうが多いくらいですね。

8つの行動規約

  1. 割り当てられた場所で販売します。
  2. ビッグイシューのIDカードを提示して販売します。
  3. ビッグイシューの販売者として働いている期間中、攻撃的または脅迫的な態度や言葉は使いません。
  4. 酒や薬物の影響を受けたまま、『ビッグイシュー日本版』を売りません。
  5. 他の市民の邪魔や通行を妨害しません。 このため、特に道路上では割り当て場所の周辺を随時移動し販売します。
  6. 街頭で生活費を稼ぐほかの人々と売り場について争いません。
  7. ビッグイシューのIDカードをつけて『ビッグイシュー日本版』の販売中に金品などの無心をしません。
  8. どのような状況であろうと、 ビッグイシューとその販売者の信頼を落とすような行為はしません。

例えば、忙しいビジネスパーソンが多い街の朝は、雑誌とお釣りをすぐに出せるように工夫する。会社で用意するポップやディスプレイも、お客さまにあわせて工夫を加えている人も多いです。他にも、お便りを書いて雑誌と一緒に渡す人。特集について図書館で調べて副読本を自分でつくる人。自分で小説を書いて、一章ごと毎号雑誌に挟む人もいました。いいところで「次に続く」ようになっているんです(笑)。

── 販売者のみなさんとはどのようにコミュニケーションをとっているのでしょうか。

販売者は、定期的に仕入れのために事務所を訪れます。ここで、自然とコミュニケーションが生まれます。意図的に“距離を近づけよう”とするわけではありませんが、いつもと変わったことはないか声をかけたり、見るようにはしていますね。実際に、本人が気づかない顔色の悪さにスタッフが気づき、一命をとりとめたこともありました。

また月に一度、販売者向けに自由参加の定例会を開いています。書き初め大会や花見などの交流の場であり、販売に関するノウハウのシェアの場であり、私たちスタッフと販売者とのコミュニケーションの場でもある。ここでは、しっかりとコミュニケーションを取ります。今でこそ、ビッグイシューを知っている人は増えてきましたが、昔は販売しているだけで心ない言葉をかけられたり、ささいなトラブルに巻き込まれることもありました。路上で課題が発生した際には、その都度販売者と一緒に乗り越えてきたんです。

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ときには運営方針を真剣に話し合うこともあります。最近大きく議論を呼んだのは、350円から450円への雑誌の値上げでした。

現状、一人あたりの平均販売数は各号平均150〜200冊、月に2回発行するので1カ月で300〜400冊を販売する計算です。100円の値上げにより、販売者の利益は180円から230円になるのですが、仮に350冊売るとすると、180円だと63,000円だった利益が、230円で80,500円になる。地域やその人の置かれている状況によって変動はあるのですが、例えば東京都23区内で単身の人が生活保護の生活扶助費として受け取る額よりも多い収入になるんです。加えて、私たちの会社は赤字を抱えています。事業の継続性、販売者の生活向上の両面から、なんとか値上げを実現したかった。

しかし、販売者は「今の350円だって心苦しいのに、450円なんて想像できない」と、大激論に。販売数の低下を心配する人も多く、「会社が赤字なら、値段はそのままで会社の取り分を増やせばいい」という意見もありました。

しかし、私たちは「会社も儲かる、販売者さんも儲かる」という両輪を維持しながら持続的に発展しなくてはいけない。粘り強く議論を続け、最終的には値上げを実現しました。コロナ禍と重なってしまったのですが、値上げをしていたおかげで販売数の落ち込みほどに収入が落ちなかったという声もあります。

── ビッグイシューの運営メンバーと販売者はどんな関係であるのが理想だと思いますか。

私たちと販売者はビジネスパートナー。販売者が売れるようにサポートするのが私たちの役目です。なので、近すぎず、遠すぎず、適切な距離感を保たねばなりません。しかし、必要なときには距離をぐっと詰めることもあります。

例えば、販売者がトラブルを抱えているとき。人によって売上は違いますが、一年間での売上の推移が大きく変わることはありません。例えば、寒さの厳しい2月や梅雨の6月、暑い8月は、売上が落ちる。その通常の変化から大きく外れて売上が減っている人は、売り場での問題や健康状況など、なにかしら個人的なトラブルを抱えていることが多い。こういったときは距離を詰めてサポートに回ります。とは言え、強く拒否されてしまったり、すぐには解決が難しいことだったりと、思うようにサポートできないこともある。人と人との距離感は、とても難しいです。

── そのとき、適切な距離感を見つけるためにどのような努力をされているのでしょうか?

大切にしているのは、価値観を押し付けないことです。自分が良いと思っていても、他の人も同様とは限らない。例えばホームレス状態の人に対し、と「路上生活をする前に、自分の努力でできることがあったんじゃないか」「それでもダメなら生活保護を使えばいいじゃないか」といった意見をおっしゃる方がいます。ですが、実際はそんなに簡単ではありません。その人の背景事情や健康状態、トラウマなどによって、その方法が現実的かどうか変わるからです。

距離感も同様で、どんどん詰めるべき時や人もいれば、少し引いて待つことが大事なこともある。誰とも会わずに、引きこもりたいときだってあると思うんです。命に関わる事態でなければ、その人が必要とする距離を置くことも必要でしょう。そのかわり、自ら「こうしたい」という意思を見せてくれたときには、全力でそれをサポートします。

気にするけど、無理強いはしない。でも、気にかけているということは伝え続けたい。たとえ販売者がだめだと諦めても、私たちは諦めません。販売者の中にある能力や可能性を信じ続ける。ちょっとしたサポートで、人生が大きく上向くことだってありますから。

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事務所においてある鏡。雑誌を仕入れに来た販売者はここで身だしなみを整えて自分の担当する売り場へ向かう。

着実に変化しつつある社会課題との距離感

── ホームレス問題のような社会課題と、私たちはどのような距離感であってほしいと思いますか。

距離感は近いほうが良いですし、何より自分にも身近な話だと理解していただきたいですね。コロナ禍で、生活があっという間に変わっていくことを多くの人が実感したと思います。私たちも、コロナ禍の影響で街に人が減った状況に対し「コロナ緊急3カ月通信販売」を実施し、販売者に利益を配分できるような仕組みを急遽導入するなど、日々対応策を考え続けています。

ただこの20年弱を振り返ると、リーマンショックのときも同じような変化が起こっていました。当時も、ある日突然生活が大きく変わってしまった方が、少なくない数いらっしゃいました。昨日まで働いていて、当たり前に家賃を払っていた人でも、一度でもホームレス状態になってしまえば元の状態に復帰するのはとても大変です。住所や携帯番号が履歴書に書けなければ、次の働き口も簡単には見つかりません。

さらに、家がない状態で働くのは、体力的にも精神的にもつらい。休む場所がないので、体力が回復せず、健康を害し、心も病んでしまう。そうなってしまえば、ますます元に戻るのは難しくなる。

そしてこうした話は、その“当人”だけの課題ではなく、社会的損失の話でもあります。働き盛りで、社会で活躍している年代がホームレス状態に陥るということは、税金を払い社会を前進させていく屋台骨が欠けていくということですから。

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── 確かに、その意味でも社会課題との「距離感」はもっと近くならなければいけないように思います。

ただ、近年は前向きな変化も感じています。今、“持続可能性”がキーワードのひとつになっていますよね。これは、今のままでは社会全体が持続可能ではないと気づき始めているから、話題になっている。特に若い人たちはその感度が高く、社会課題の解決をビジネスと結びつけて、どんどん新しいビジネス潮流をつくっていると感じています。私たち自身も、そうした変化には大きく影響を受けています。

2003年にビッグイシューを立ち上げた時のゴールは、ビッグイシューがなくなることでした。ホームレスの人にしか売れない雑誌がその役割を持ち続けるということは、ホームレス問題が解決していないということですから。いま路上生活者が創刊当初にくらべ8割ほど減りました。しかし、これからの時代を考えると、私たちは一般の人ができる仕事を生み出し続ける必要があるかもしれないと感じているんです。

販売者の存在自体が社会課題との距離を縮める

── 仕事を生み出し続ける必要があるかもしれない、と感じるのはなぜでしょうか?

仕事も社会参加、その多様性を作るべきではないか、と考えるからです。テクノロジーの発展とともに「誰でもできる仕事」や「単純作業」はなくなっていくと言われています。しかし、誰もが器用に創造的に生きられるわけではありません。ビッグイシューの販売の仕事はもちろん楽ではないし、創意工夫やコミュニケーションが必要ですが、それでも始めるハードルは低い。

さらにビッグイシューだけで生計が立てられ、最終的には年金も税金も払い、社会参加していると胸を張れる。そんな仕事の場を提供する役割を、担うべきなのではないか、と。

── 社会参加へのファーストステップではなく、継続的につながり続けられる場になっていくイメージですね。

現状では、販売の仕事を終えて次のステップに向かう“自立”した人を、“卒業”という言葉を使って送り出しています。しかしここでいう“自立”という状態も考え直さなければいけないと感じています。

私たちは、創刊当初から「ビッグイシューを卒業し、自分ひとりの力で稼ぎ生きられること」を自立だとしていきました。ですが、ビッグイシューを続けてきて感じたのは、そもそも、人はひとりで生きているわけではないということでした。

ホームレス状態は、社会という大きな「人と人との関係性」からこぼれ落ちてしまった状態を指すのではないか。言わば、究極の孤立。ビッグイシューが担うべき役割は、それを含めたさまざまな孤立状態からの脱却が容易にできる社会を作っていくことではないかと考えているんです。社会課題としての“孤立”を考えると、家があっても、仕事があっても、孤立している人はいる。解決すべきは「ホームレス問題」だけではないかもしれません。

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── 引きこもり、高齢化、少子化、マイノリティの問題など、さまざまな孤立にかかわる問題がありますね。

そうです。たとえホームレス問題と自分は無関係だと感じても、孤立の問題にまで視野を拡げると関わる人はぐっと増える。販売者は、進んで路上に立つことで「孤立」という社会課題と人々の距離を近づけるきっかけ作りも担っているんです。

そこで手渡される誌面に、私たちは希望を込めています。ビッグイシュー日本版は、創刊当初から20〜30代のこれからの未来を作っていく人たちをターゲットに作ってきました。自分が大変な状況にいたとしても、社会に絶望していても、絶望を見つめ続けるビッグイシューの記事を通して、もしかしたら希望が見え「何かを変えられるかもしれない」と感じてもらいたい。

また、誌面では純粋な社会課題はもちろん、それ以外にも「人間が生きていくために必要なこと」「知っていればいつか役に立つ」テーマも伝えていくようにしています。暮らしを自分の手に取り戻しシンプルに楽しく生きる方法、自分らしい人生を生きる術、心に響くアート…。そういった多様なテーマから、自分や社会が変わる可能性とそのヒントを見つけてほしいと思っています。

日本中の街のどこかで、販売者がビッグイシューを手に立っています。販売者を見かけたらぜひ一度声をかけ、雑誌を手にとってみてください。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

佐野 未来(さの・みく)

大阪生まれ。高校卒業後渡米し、ウェスタン・ミシガン大学で英文科・ジャーナリズムを専攻。卒業後帰国し、英語講師、翻訳・通訳などを経験。2002年に「質の高い雑誌を発行し、ホームレ状態にある人の独占販売とすることで、すぐにできる仕事をつくる」というビッグイシューUKの仕組みに出会い、日本一路上生活者の多かった大阪での創刊を仲間とともに検討。2003年にビッグイシュー日本を3人で創業。2008年まで雑誌『ビッグイシュー日本版』編集部で副編集長・国際担当。2009年から東京事務所に移動し、社会的排除・孤立の最たる状態であるホームレス問題から、個人が孤立せずに生きられる社会を考えるため、様々なセクターの人たちとの協働を進めている。

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