来日23年。ニコライ・バーグマンが日本で学んだ「いい我慢」

来日23年。ニコライ・バーグマンが日本で学んだ「いい我慢」

文:森田 大理 写真:須古 恵

フラワーアーティストとして日本を中心に世界で活躍するデンマーク人、ニコライ・バーグマン。彼の歩みから、ビジネスパーソンのキャリア形成にも通じる考え方やアイデアを学ぶ

シックな黒い箱に花を敷き詰めてアレンジした商品「フラワーボックス」を2000年に考案し、大ヒット。今や国内外の十数ヶ所に自身の名を冠した店舗を展開し、企業とのコラボレーションや寺社仏閣でのイベント・展覧会の開催なども手がけているのが、フラワーアーティストのニコライ・バーグマンさんだ。

デンマーク生まれ、今年で来日23年になるニコライさんだが、日本に出会ったきっかけは、「たまたま卒業旅行先に選んだ」こと。彼の代名詞であるフラワーボックスも、「クライアントのオーダーに応える過程で生まれたアイデア」であり、偶然から自身の人生を大きく変えるようなチャンスを掴んでいる。

そこで今回は、ニコライさんが人生において大切にしてきた考え方を紐解きながら、キャリア形成のヒントを探った。

人が成長するには「いい我慢」をする時期が必要

ニコライさんの日本との出会いは1996年のこと。母国デンマークでフローリストの職業訓練を終え、卒業旅行の行先が日本だった。選んだ理由は、たまたま父親の知り合いが日本にいたから。当時19歳のニコライさんにとってのアジアは、「日本と中国とタイの区別もつかなかったくらいだった」という。

しかし、この卒業旅行をきっかけに、1998年に再来日。埼玉県川越市のフラワーショップに就職し、日本でのキャリアが本格的にスタートする。デンマークにいた時代から花の勉強・修業をしていたニコライさんが、わざわざ日本に来て働こうと考えたのはなぜなのだろうか。

「初めて日本を訪れたときは、何もかもがデンマークと違い過ぎて、まるで宇宙にやって来たようでした。言葉も分からず、食べ物も口に合わず、全てが“ヘン!”でしたね(笑)。でも、同時に日本のスケールの大きさに可能性を感じました。行き交う人の数、建物の高さ、どれもデンマークとは桁が違う。これだけ大きな国でなら、フラワーアーティストとしてのチャンスに満ち溢れているように見えたんです」

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デンマークは人口600万人にも満たず、国土も九州と同程度。同じ仕事をするにしても、日本の方が圧倒的に機会が多そうだと考えて母国を飛び出した。しかし、はじめのうちは環境の違いに苦しんだ。このときに覚えた言葉こそ、“我慢”だという。

「デンマークよりも働く時間は長いし休みも少ない。家族に会いに帰るための長期休暇も取れず、家族で一緒に過ごすのが当たり前だった私にとっては寂しい日々でした。けれど、だからと言ってすぐに諦めてはせっかく日本に来た意味がない。はじめは最低1年間は我慢しようと決めました。1年頑張れたから次は3年、その次は5年と伸ばしていくうちに段々と手応えを感じられるようになったんです」

ニコライさんは自分の夢や目標を実現するための努力を、人が成長するための“いい我慢”と表現する。一方で、世の中では我慢を「かっこ悪い」「無駄」なものだとネガティブに捉える考え方があるのも事実だ。では、“いい我慢”と“悪い我慢”の違いはどこにあるだろう。

「他人のためでなく自分自身がハッピーになれる可能性が見えるなら、一定の期間を決めて我慢してみてもいいんじゃないかと思います。反対に、どんなに考えてもモチベーションが上がる要素が見当たらないものや、上から言われたことに従うだけの“コントロールが効かないもの”は、無理をして我慢し続ける必要はないと思います。でも、諦める前に一度チャレンジしてほしいのは、現状を変えるために周囲や上司に提案してみること。『私はこうしたい!』『こっちの方がみんなにとって良いと思う!』と自分の意見を言わずして、黙って諦めることこそ“悪い我慢”です」

ピンチも逆境も、すべての出来事をチャンスと捉える

ニコライ・バーグマンの名を一躍有名にしたフラワーボックスが誕生したのも、“いい我慢”をしていた時期と重なる。実は、フラワーボックスのはじまりはクライアントの“ありえないオーダー”に応えようとしたこと。パーティーで配る手土産として生花を使ったギフトを依頼されたが、会場に積み重ねて置けるようにしたいと言われ、ニコライさんは困ってしまう。

一般的なアレンジメントやブーケでは形が崩れるため積み重ねることができない。常識では考えられない依頼だったが、そこで断ることはしなかった。試作を繰り返すなかで出てきたのが、花を直接箱に入れてしまうこと。「何が入っているんだろう?」と蓋を開けば箱に敷き詰められた色とりどりの花が視界一杯に広がるという斬新さが人気を呼び、今やフラワーギフトの定番に数えられるヒット商品となった。

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画像提供:Nicolai Bergmann Flowers & Design

このように、花を扱ってきた人たちの常識からすれば頭を抱えてしまうような出来事を、キャリアの一大転機となるような仕事にできたのはなぜなのだろうか。

「すべてをチャンスと考えて動いてみたからかもしれません。もちろん、経験がないことに足を踏み入れるのは不安だし、予想外の出来事に向き合う時期は必ずしも居心地の良いものではありません。失敗も数多くしました。でも、挑戦しなければ失敗することも成功することもありません。私はどんな仕事でも、成功を信じて毎回チャレンジする道を選んできました。一見するとネガティブに思えることをポジティブなエナジーに変えられるのは、他の誰でもなく自分自身にしかできないことだと思います」

チャンスは、必ずしもチャンスの顔をして現れてはくれない。ニコライさんはこのスタンスでキャリアを歩んできたからこそ、2020年に新型コロナウイルスの影響でほとんどの仕事がストップせざるを得なかった時期も、ポジティブに捉え直して過ごしていたそうだ。

「それまでは、常に日本中・世界中を飛び回っていたので、じっくりと会社や自分の人生を見つめ直す余裕がありませんでした。忙しいのは、お店で働くスタッフのみんなも同じ。だからこそ、世界中の動きがストップしたあの時期、私たちはみんなで沢山のコミュニケーションを取りました。これまで忙しくてなかなか作れなかった時間ができたのはチャンスだととらえ、じっくり考えて、議論を重ねて、みんなで一緒に「何が大事か」を見直しました。

『Nicolai Bergmann Flowers & Design』という会社で大切にすべきことは何か。花を通してお客様を幸せにすることはもちろん、働く一人ひとりも幸せになれる、そんな職場をつくっていこうと気持ちを一つにできた。社内の業務プロセスを見直し、より良いやり方へと変えていくこともできた。結果的にコロナの前よりも力強い会社になれたと思っています」

壁を乗り越える瞬間を経験せずに辞めてしまうのはもったいない

ニコライさんが、“いい我慢”を続けられたことや、ピンチをチャンスに変えられたのは、フラワーアーティストとしての成功を夢見てきたからでもあるだろう。一方、世の中には「自分に何ができるか分からない」「やりたいことが見つからない」とキャリアに悩んでいる人も多い。その場合は何からはじめたら良いのだろう。ニコライさんにアドバイスを求めてみると、こう回答してくれた。

「何事もやってみなければ分からないですから、まずはいろんなものを試してみることです。ただし、自分探しで短期間に職を転々とするような動き方は、あまり意味がないと思います。なぜなら、どんな仕事でも慣れていくうちに自分を一段と成長させる壁が待ち受けているものだから。

例えばフラワーショップなら、最初は花の勉強で精一杯だし、花に囲まれて働くだけで楽しいかもしれないけれど、そのうちに“自分がつくりたいものとお客様が求めるもの”の間で葛藤する時期がやってくる。これを乗り越えずに辞めてしまってはもったいない!得られるものが少なく、自分のキャリアの可能性をかえって狭めてしまうのではないでしょうか」

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画像提供:Nicolai Bergmann Flowers & Design

どんな仕事でも3年くらいは“いい我慢”をしてじっくり取り組んだ方が良い。そう語るニコライさんの考え方は、日本のことわざの「石の上にも3年」とも重なる。しかし、ある程度の期間は同じ場所に留まることと、いろんなものを試すことは矛盾しないだろうか。

「全く異なる仕事を転々とするのではなく、今の仕事を中心に色んな方向に派生してみると良いかもしれません。例えば私の会社でも、フラワーショップの仕事からスタートして、セールスを経験したり、併設のカフェで働いたりと同じ会社にいながらキャリアチェンジを経験している人たちがいます。社内の他の仕事を経験した上でやっぱりフラワーデザインの仕事がしたいと原点に戻っても良いです。花を中心にしつつ様々なチャレンジをしてみることがスタッフの成長になると私は考えています」

また、ニコライさんは「“いい我慢”は個人の努力だけで実現できるものではなく、会社や上司のスタンスも問われる」と語り、経営者としての顔ものぞかせる。長い間日本で会社を経営してきたひとりのビジネスパーソンでもあるからこそ、日本の働く価値観に変化を感じるそうだ。

「昔の日本は、仕事は言われたことに黙って従うのが当たり前で、“いい我慢”も“悪い我慢”もたっぷり経験する中で人が育っていました。しかし、もう今はそんな時代ではない。社長や上司が一方的に指示をするだけではスタッフがついていけません。だからこそ私が大切にしているのは、スタッフと共感しあい、一つのチームになること。

そのためにはデジタルのコミュニケーションだけでなく、人の温もりが伝わるようなアナログなやり取りも大切です。なかなか直接会うことがしづらい時代ですが、仲間との繋がりを感じられることも、みんなが“いい我慢”を続けて成長する原動力だと思います」

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プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

ニコライ・バーグマン(Nicolai Bergmann)

デンマーク出身のフラワーアーティスト。北欧のテイストと細部にこだわる日本の感性を融合させた独自のスタイルをコンセプトとし、自身で考案したフラワーボックスは、フラワーギフトの定番として広く認知されている。その活動の幅は広く、ファッションやデザインの分野で世界有数のブランドと共同デザインプロジェクトを手がけるなど、フラワーデザインの可能性を拡大し続けている。現在、国内外に14店舗のフラワーブティック、国内に2つのカフェ、アートギャラリーを展開。ソウル、ロサンゼルス、デンマーク、シンガポールなど、ワールドワイドに活躍の場を広げている。

『いい我慢~日本で見つけた夢を叶える努力の言葉~』(あさ出版)

『いい我慢~日本で見つけた夢を叶える努力の言葉~』(あさ出版)

ニコライ・バーグマン
定価:1,540円(税込)

19歳で単身来日。言葉も通じない日本で学び、世界で活躍するデンマーク人フラワーアーティスト、成功のルール。

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