パナソニックとリクルートの新規事業創出スキームから考える、固定概念の外し方

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文:森田 大理 写真:須古 恵(写真は左からリクルート渋谷、パナソニック深田さん)

パナソニック「Game Changer Catapult」とリクルート「Ring」。両社の新規事業創出の取り組みをもとに、組織や事業の固定概念に縛られずイノベーションを生み出す秘訣を探る

どんなに画期的なプロダクト・サービスも、導入期・成長期・成熟期を経て、やがて衰退を迎えるライフサイクルから逃れられない。それゆえ、企業が継続するには未来を見据えて新規事業の創出に取り組むことが求められる。しかし、柔軟な発想で事業・サービスを世に送り出すスタートアップが次々と誕生する一方で、確固たる既存事業を持つ企業では、様々なしがらみや制約が邪魔をする「イノベーションのジレンマ」を抱えやすいと言われるのも事実だ。そうした環境にありながら、新規事業創出へ果敢にチャレンジを続けている企業には、どんな秘訣があるのだろうか。

今回は、創業103年の歴史を持つパナソニック株式会社の新規事業創出の取り組み「Game Changer Catapult」に注目。同プロジェクトで代表を務める深田昌則さんと、リクルートの新規事業提案制度「Ring」の責任者、渋谷昭範で実施した対談の模様をお届けする。

組織文化・マインドの醸成が、新規事業開発の重要な下地になる

── まずは、それぞれの取り組みのご紹介をお願いします。

深田 パナソニックの「Game Changer Catapult(以下、GCカタパルト)」は、2016年に立ち上げた新規事業創出のプラットフォームです。パナソニックは、1918年に松下幸之助が妻と義弟の3人で創業した松下電気器具製作所が起源。もともとはベンチャー企業で、当時の最先端のハイテクであったエレクトロニクスで家庭を便利にする、ひいては社会課題を解決するという想いを原動力に数々の製品を世に送り出してきました。

しかし、100年近く経てば時代も様変わりします。これまでのビジネスのやり方だけでは社会の課題やニーズにフィットしづらい。そんなシーンも散見されるようになっていました。かたや、GAFAに代表されるプラットフォーマーが世の中を席巻している。

このままでいいのかと社内の30~40代が中心に議論する中で、従来のモノづくりの発想にとらわれず、社会課題を解決するような新規事業を新たにつくろうと立ち上げたのが、「GCカタパルト」です。創業当時の松下幸之助のマインドに立ち戻り、上司に言われて何かを企画するのではなく、自らの意思で解決したい課題を設定して取り組むという内発的動機を社内で根付かせたかった意図もあります。

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パナソニック Game Changer Catapult 代表 深田 昌則さん

渋谷 「Ring」は、リクルートグループの全従業員を対象にした新規事業提案制度です。この制度の原型が誕生したのは1982年。ここから『カーセンサー』や『ゼクシィ』や『ホットペッパー』、『スタディサプリ』などが誕生しました。ただ、「Ring」は新規事業の創出という直接的な狙いだけではなく、“企業文化の醸成”という狙いもあり、そして、その風土が「Ring」への挑戦を後押しするという循環的・間接的な狙いもあります。

そもそも、始まった当初は仕事の成果発表会と一緒に開催されていたコンテストでした。リクルートは創業期から“起業家精神”という挑戦するマインドを重視しており、“個の可能性に期待する場”という企業文化を大切にしてきた会社。「Ring」もその文化にもとづいた施策の一つとして運営しているんです。

── 未来のビジネスの種を生み出すことだけでなく、マインドやカルチャーを醸成する意味も大きいと。

深田 もちろん、やるからには内輪のビジネスコンテストで終わらせるつもりはなく、手を挙げた人には本気の覚悟を問いますよ。コンテストを通過した場合、次のフェーズに進むまでは既存の仕事と兼務しながら事業開発を進めていく時期があるので、メンバーは異なる性質の仕事を掛け持ちするような状態。

それでもやり遂げることで難しい局面を乗り切る力を身につけてほしいですし、自分の中に多様性を宿すことで複眼的に物事を見られる力をつけてほしいという意味もあります。既存の部署のメンバーに新規事業に取り組む醍醐味の片鱗を見せてもらうことも狙いの一つですね。

渋谷 文化や風土に関係するので、新規事業提案制度は、やり続けることが大切だと思います。例えるなら良いワインをつくるための条件に似ています。ワインの質は、日照時間と降水量と土壌で決まると言われていますが、日照時間と降水量は天候次第なのでコントロールできません。そのため出来が良くない年だってあります。しかし、土壌を耕し続けることで、将来に素晴らしいぶどうが育つことがある。結果、数年に一度の評価の高いワインが生まれるのです。オンライン学習サービスの『スタディサプリ』も、実は「Ring」に何度も挑戦していて、6回目の提案でグランプリを獲得し、事業化したものなんですよ。

社内の論理で判断をせず、外へ飛び出して客観的な視点を獲得する

── 成功している既存事業がある組織では、過去の経験が邪魔をして新しいアイデアが育ちにくい側面はないでしょうか。

深田 たしかにパナソニックはメーカーとして成長してきた会社ですから、特にキャリアの長い経営陣やマネジメント層は、過去の成功体験からモノづくり的な発想・思考が強い。そのため、「GCカタパルト」ではビジネスアイデアを製品化する前に社外にお披露目し、世の中の皆さんに是非を問うようにしています。

たとえば、2019年までは「SXSW(注:サウス・バイ・サウスウェスト。アメリカテキサス州オースティンで開催される世界最大級のカンファレンス)」に毎年出展していました。2020年は新型コロナウイルスの影響で中止になりましたが、2021年はベルリン発のTechイベントの東京版、「TOAワールド・ショーケース東京」にも参加しています。

渋谷 まだプロトタイプの段階で発表するんですか!? かなり大胆なアプローチをしていることに驚きました。我々もクライアントやカスタマーにサービスをレビューしてもらうなど、世の中の声を聞くプロセスにこだわってはいますが、小さくはじめるのが大前提。試験段階のものを、あえて大々的にお披露目するのはなぜですか。

深田 SXSWのような場所は、新しいものや斬新なアイデアが好きな人や会社が集まるじゃないですか。ですから、社内のしがらみや常識も関係なく純粋に面白がってくれ、建設的なフィードバックをもらいやすいんですよね。また、世の中に自分たちのアイデアを発表することは、社会と約束をするようなもの。事業化への本気度を上げる意味もあります。

渋谷 新規事業もこれと同じ観点が大切ですね。お客様の厳しい目に晒し、その評価をもとに次に進むか潔く撤退するかを判断する。いかに健全な検討環境にできるかが、事業開発のポイントなのだと思います。

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リクルート「Ring」企画・運営責任者 渋谷昭範

── 社内の論理で判断しないということですね。

深田 裏を返せば、世の中に是非を問うからこそ、社内の型や枠組みにはめる必要がないとも言えますよね。パナソニックのこれまでの常識で考えれば、「よく分からないアイデア」なんだけど、面白そうだから検討を進めてみるような判断があってもいいと思っています。

渋谷 同感です。すべてを理屈で考えると、理屈で分かる範囲のアイデアしか実現できないですよね。だから、審査をする際も、審査員全員が理解できるものだけを通すのではなく、「やってみないと分からないもの」も通すようにしています。アイデアの段階では自由な発想で良くて、適切な検証プロセスや柔軟にピボットできる余地などを仕組みとして準備しておくことが重要だと思います。

「少しドアを開けておく」ことが、イノベーティブな協業を加速させる

── 外の意見を取り入れるという意味では、社外との協業をどう位置付けていますか。歴史のある日本企業ほど旧来型の「自前主義」から脱却できず、柔軟な発想を妨げている側面もあるのではないでしょうか。

渋谷 「Ring」では、チーム単位でエントリーするのですが、このチームに社外メンバーを加えても良いルールにしています。異業種の知恵やノウハウがアイデアをブラッシュアップする上での鍵になるケースもあります。実際に、社外の方と共同で新規事業を考えるイベントを開催して、そこから生まれて「Ring」の審査を通過した案件もあります。社外との交流がイノベーション創出の助けになっている側面はあるでしょう。

ただし、社外メンバーの参加はあくまでも任意。必須にすると、協業すること自体が目的化してしまう恐れがある気がします。あくまでも、目的は世の中に新しい価値を提供できるようなイノベーションの創出。社外とのコラボレーションは手段なので、環境は用意するけれど、あとは自然に任せるスタンスです。

深田 「GCカタパルト」の考え方も近いですね。例えるなら「少しだけドアを開けておく」感覚でしょうか。ドアを全開にして出入り自由という訳にはいかないし、協業を強制するのも違う。選択肢の一つとしてメンバー自身の主体性に任せるくらいがちょうど良いと思っています。

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むしろ、「GCカタパルト」の場合は、パナソニックの枠から出て新設した会社で本格的な事業化を進めるスキームを取っているので、必然的に社内に閉じないオープンな環境になりやすいんです。外部のベンチャーキャピタルと立ち上げた合弁会社「BeeEdge」からの出資を受けて会社を設立する形にしており、アイデアの起案者はパナソニックを休職して新会社の代表取締役や役員として活動します。必要なリソースは自分たちの意思決定のもとで調達することになるため、パナソニック以外の人たちとの協業も必要に応じて判断してくださいというスタンスです。

コロナ禍のメリット・デメリットを飲み込んで、どう前進させるか

── 社内の文化醸成や社外接点が新規事業創出において重要になる反面、今は新型コロナウイルスの影響で社外との接点が減り、物理的に集まって議論をする機会も減らさざるを得ません。こうしたコロナ禍のデメリットをどう受け止めていますか。

深田 たしかに、外に出る機会が減り、オンラインのコミュニケーションが前提の環境では集まってワークショップをやることもできず、避けることのできない難しさを感じます。その一方、いつもと違う環境で考える必要があったからなのか、今年のコンテストは家電のようなモノ寄りのアイデアよりも、サービス寄りのアイデアが多かったんです。物理的な接触を制限される中で考えてもらったことが、家電ありきの発想から抜け出すきっかけになったのかもしれません。

渋谷 我々もほとんどの研修講座やワークショップイベントをオンライン化し、オンラインでの実施が難しいものは潔く諦める判断をしました。ただ、「Ring」の表彰式をどう実現するかは悩みました。これまでは、大規模なホールを借りて1000人以上の従業員が集まり、数チームによる最終プレゼンテーションを行って表彰するスタイルでやってきました。これを単に、オンラインでのプレゼンテーションの配信にしてしまうと、日常に行われる会議と変わらなくなってしまう。表彰式を観ている従業員が「来年は自分がその場に立ちたいな」と感じられないと、企業風土として根付いて行かないからです。

そこでオンラインを逆手にとって挑戦したのが、テレビ番組のような演出と映像クオリティでの配信です。実際にテレビ番組を制作している会社にお願いをして社内の会議室にセットを組んでもらい、プロ仕様の機材を入れて本格的なテレビ特番のような演出で表彰式を行いました。

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これを、贅沢な演出や、単なる社内の盛り上げと思われるかもしれませんが、それは違います。「新しい価値の創造」に挑戦する人が褒められる企業風土の継承が重要なんです。オンラインであっても、従業員がそれを実感できる演出にしたのは、リクルートが企業文化の醸成を大切するが故のこだわりです。

深田 なるほど。憧れという意味では、「GCカタパルト」は新聞や雑誌などメディアでの露出獲得にこだわっていますね。担当者の個人名が載るような形で取り上げてもらって、社内外双方からの注目度も上げていこうとしています。メディアに取り上げてもらうと、記事に対する世間の反応も分かるじゃないですか。社外の声を聞き、社内の評判も上げていく両方の効果を狙っていますね。

── 大胆に外へ出て行くパナソニックと表彰式の演出にもこだわり抜くリクルート。アプローチこそ異なりますが、目的が同じなのが興味深いですね。一方で、コロナ禍が新規事業開発の追い風になった側面もありませんか。

深田 世の中が変わる瞬間は新しい課題が発生するタイミングでもあるので、それを解決する事業やサービスも生まれやすい。そもそも、松下幸之助が事業を興した当時も、世界は“スペイン風邪”のパンデミックに見舞われており、人類は大きく生活様式を変化する必要があったんですよ。その課題に対してテクノロジーで向き合ったからこそ、今のパナソニックがある。

同じように、現代の状況を捉えてみると、ステイホームによって在宅時間が伸びたことは、家庭の不便を解決してきたパナソニックにとって大きなチャンスです。他にも、オンラインのコミュニケーションが当たり前になり、遠隔での人間関係の解像度が上がったこと。人の移動が制限された代わりに、かつてない量のデータが動く時代になったこと。こうした変化をチャンスと捉えて向き合えるかが大切だと思います。

渋谷 おっしゃるように、これまでは想像もしていない課題やニーズが発生しましたよね。実は、「Ring」から事業化を検証していた中には、外国人旅行者向けや飲食産業向けのアイデアがありました。期待できるものだったのですが、短期的には事業化検証は困難と評価して、撤退判断をしました。

その一方で、この規模の社会変化は、生きている間に二度とないかもしれないレベルだと思いますし、「当たり前が変わる」瞬間とも言える。これをチャンスと捉えていかにポジティブに向き合えるか。その発想を浸透させていくことも、新規事業開発の制度や施策が担っていくべきことかもしれません。

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プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

深田昌則(ふかた・まさのり)

1989年松下電器産業入社後、米国松下電器およびカナダ松下電器に赴任。帰国後、AV機器国際営業担当、海外宣伝課長を担当、LUMIX等の全世界市場導入、ハリウッド映画連携等による全世界販促を手がけた。オリンピックプロジェクト実務責任者。2010年よりパナソニックカナダ。2015年よりアプライアンス社海外マーケティング本部新規事業開発室長、2016年にデジタル変革時代の社内アクセラレーター「ゲームチェンジャー・カタパルト」を創設し、代表に就任(現任)。2018年、パナソニックが米VCスクラムベンチャーズと合弁事業支援会社「株式会社BeeEdge」を設立、取締役を兼務。神戸大学大学院経営学研究科卒(MBA)。

渋谷昭範(しぶや・あきのり)

大学卒業後の1997年、NTT持株会社の研究所に入社。ベンチャーを経て、2005年にリクルートに入社。WEBマーケを担当後、2010年に上海の現地子会社に赴任。その後、シリコンバレーとインドでベンチャー投資を担当。2014年にソフトバンクに転職し、事業開発を担当。その後、ベンチャー企業1社へ経て、2017年にリクルートに再入社し、買収したベルリンの子会社のCMOとして赴任。2018年に東京に戻り、リクルートの新規事業提案制度「Ring」の企画・運営責任者に就任(現任)。リクルート時代にNew-RINGに入賞、ソフトバンク時代にイノベンチャー最優秀賞を受賞。

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