野心溢れる後継ぎが日本を救う?「アトツギベンチャー」に学ぶ、事業継続の極意

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文:森田 大理 写真提供:一般社団法人ベンチャー型事業承継

ファミリービジネスの後継者たちは、いかにして先代の壁を乗り越えているのか。同族企業の世代交代を成功させるポイントから、企業が長く存続していくための秘訣を学ぶ

国税庁の会社標本調査(2018年度)によると、日本の会社に占める同族企業の割合は実に96.4%。日本経済になくてはならないファミリービジネスだが、こうした企業を今悩ませているのが後継者問題だ。2020年には後継者難を起因とする倒産が過去最高を記録(東京商工リサーチ調べ)。代替わりをしながら事業を継続していくことが難しくなっており、非同族企業も他人事とは言えないだろう。

この状況に対し、「ベンチャー型事業承継」という新たなアプローチで野心溢れる“後継ぎ”(ファミリービジネス/同族企業の承継予定者。以下、アトツギ)たちを支援しているのが、一般社団法人ベンチャー型事業承継 代表理事の山野千枝さんだ。家業の経営資源を活用し、新しいビジネスに挑戦することを提唱する山野さんの活動は、同族企業のみならず、あらゆる企業の事業継続性を高めるヒントになりえるのではないだろうか。

「事業を存続させる」とは、そっくりそのまま続けることにあらず

はじめに、山野さんがアトツギに特化した新規事業開発支援を専門にしている理由について紹介したい。山野さんは、ベンチャー企業やコンサルティング会社を経て、2000年より大阪市経済戦略局の中小企業支援拠点である「大阪産業創造館」に在籍。ここで発行するビジネス情報誌「Bplatz」の編集長として、関西を中心に約3,000社の経営者にインタビューをおこなってきた。活動を通してアトツギにたくさん出会ったのだという。

「私が20代の頃は、ちょうどベンチャー起業家たちが注目されはじめた時代。私自身もゼロから会社やサービスを立ち上げるようなベンチャー志向が強く、後継ぎなんて親や親族が敷いたレールを進むだけだと、ステレオタイプなイメージを抱いていました。ところが、関西を中心に面白い取り組みをしている社長を探しては取材をしてみると、創業オーナーだと思っていた人が、実際は2代目・3代目のアトツギ社長だったことが多くあったんです。

一口に後継ぎといっても、親の仕事をそのままの形で続けている人ばかりではなく、新しい価値を生み出している人もたくさんいる。創業者以上の強い想いでイノベーションを起こした会社もある。野心的なアトツギのみなさんがいることを知り、家業を継ぐ生き方のイメージが変わりました」

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新型コロナウイルス感染防止のため、インタビューはオンラインで実施した

後継ぎという存在をポジティブに捉えるようになった山野さんだが、社会では2010年代に入った頃から後継者問題が表面化しはじめる。長引く景気の低迷に加え、リーマンショックや震災などの混乱を経験している現役の経営者たち(親世代)が、自分のような苦労をさせたくないからと、子どもに跡を継がせることに消極的になっていたのだった。

一方で、アトツギ候補である若い世代はどう思っているのだろう。そんな好奇心も手伝って、山野さんは大学で親が商売を営む学生向けに「ガチンコ後継者ゼミ」を主宰した。

「参加してくれた学生たちは、私がかつて抱いていたようなステレオタイプで見られることに憤慨していました。周囲からは親と比較されて“ボンクラ”扱いをされたり、“親の七光り”と揶揄されたり。友達には自分の悩みを理解してもらえないから、実家の商売のことは話したくない。跡を継ぐ気はあるけど、親を変に期待させても困るから面と向かっては言わない…。アトツギたち自身もポジティブになりづらい状態に陥っており、何もしなければ後継者不足は深刻化していくだけだと感じました」

そこで山野さんは、自身が仕事で出会った社長たちを挙げながら、「一見するとベンチャー起業家のようなアトツギ事例」を学生たちに紹介していく。すると、3ヶ月も経つと学生たちのマインドが変わっていくのを感じたという。

「私がそうだったように、学生たちも“跡を継ぐ”ことは親の事業をそのままの形で守り続けることだと思い込んでいました。自分は父親と同じ電気工事の仕事がしたい訳じゃない、親のように料理人にはなれない。家業を継ぐ=ダサいと感じていたんです。だからこそ、先輩アトツギたちのやり方を知ることで固定概念から解放され、アトツギ=挑戦的で面白いというマインドに変わっていったのだと思います」

野心的なチャレンジは、既存事業が安泰なうちにすべし

こうした道のりを経て山野さんが2018年に立ち上げた組織が、一般社団法人ベンチャー型事業承継だ。株式会社マクアケの中山亮太郎さんをはじめ、著名な起業家や先輩アトツギたちが参画。ただの事業承継・新規事業開発支援ではなく、「ベンチャー型」と名乗っているのは『アトツギ』という新たなジャンルを確立したかったからだという。

「多くの人が“承継”や“後継ぎ”という言葉に引っ張られている気がしたんです。漢字の“承”も“継”も“後”もぜんぶ後ろ向き。受け身な響きがして、“仕方なくやるもの”のように感じてしまう。だからこそ、スタートアップのような野心的なチャレンジをしていく事業承継を広げ、“アトツギベンチャー”というカルチャーを世の中に定着させたかったんです」

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後継ぎが主体的に挑戦する環境を全国各地に広げるべく、様々な支援メニュ―を提供している。(画像提供:一般社団法人ベンチャー型事業承継)

しかし、同族企業のアトツギとスタートアップでは置かれている環境が異なる。スタートアップの社長は、ゼロから事業を立ち上げる分、自分の意思で力強く推進していけるものだが、アトツギは社長に就任するまで最終の意思決定者ではない。親や祖先が築いてきた会社の歴史もある。こうしたしがらみが前提となるアトツギたちに山野さんが推奨しているのは、若いうちに家業の中で新たな挑戦をはじめること。ベンチャー型事業承継では入会時点の年齢を34歳未満と明確に定義しているほどだ。

「同族企業が多少の失敗も飲み込んでアトツギに挑戦をさせるには、親も子も若い方が良いんです。アトツギが20~30代前半なら、親である社長は50代~60代でまだまだ元気。親が既存ビジネスを始めとした社長業を引き受けている『今』しか、10年後の新規事業の種を蒔くことができません。ところが、アトツギが40代を過ぎてからでは世代交代が進み、新しいことを仕掛けようにも、経営の仕事で手一杯になってしまう。既存事業を疎かにしてまで新規事業に挑戦するのもリスクが高い。『若いうちにたくさんチャレンジしておくこと』は先輩アトツギたちの多くが口にする、後輩たちへのアドバイスでもあります」

粗削りで未熟なところがあっても、若いうちなら周りから応援してもらいやすいと山野さんは語る。しかし、それでも諸手を挙げて賛同してもらえる訳では決してない。「30歳で家業に入ると自分が最年少で、一番歳が近い従業員は一回り以上年上だった」という環境も珍しくないのが現実。社内に自分のアイデアを理解してくれる人がおらず、「協力してくれる味方がひとりもいない」状況に置かれる場合が多いという。

「アトツギは、自分と同じ境遇の知り合いがほとんどおらず、肩書も実績もまだないからこそ経営者よりも孤独なんです。だからこそ、積極的に社外と接点を持ち、関係人口を増やすことが大切。私たちがアトツギベンチャーのコミュニティ活動を大切にしているのは、アトツギ同士のつながりをつくることや、事業開発・推進のメンターをつとめる先輩アトツギ・起業家との接点を通して、自分の仲間・理解者を増やし、挑戦を続ける原動力にしてもらう意味があります」

先代が健全な危機感を持ち、アトツギの挑戦を応援できるか

若いうちにたくさんチャレンジしておくこと。社内に閉じず社外との接点を増やすこと。山野さんのこのようなアトツギたちへのアドバイスは、一般のビジネスパーソンにも通じるものだろう。しかし、いくら本人が主体的に新たな事業・サービスをつくろうとしても、上司や経営者にその気がなければ実現は難しい。

それは先代や古参の従業員が壁となって立ちはだかっているアトツギたちも同じだ。ならば、世代交代のタイミングで新規事業や事業転換、新市場参入などに成功した同族企業の経営者は、どのように次世代の挑戦を促しているのだろう。

「上手くいっている企業は、社長(親)とアトツギ(子)とで今後の事業構想をしっかりディスカッションできています。逆に言えば、同族企業は親子や親族という関係が邪魔をして、それができていない場合が多い。『きっと親父は反対するだろう』『息子には失敗して辛い想いはさせられない』とお互いに遠慮して忖度しあっているんです。もっと社長がアトツギに期待をして任せていかないと。“引き際”が分からないままトップの立場で口出しを続ければ、アトツギは意思決定の機会を奪われます。その状態で世代交代を迎える方がよっぽど事業存続の危機ですよね」

山野さんは数多くの同族企業を見てきた経験から、社会全体で叫ばれている後継者難は、「継がせる側」の問題も大きいと語る。そのため、イベントや講演などで親世代の経営者を前に話す際は、彼らが胸に秘めているはずの“危機感”に意識を向けてもらえるようにしているという。

「『今のやり方で、あなたの会社は10年後もやっていけると思いますか』と問いかけるようにしています。近年のテクノロジーの急激な進化をはじめとした社会変化は、これまでの時代とはけた違い。私も親世代とほぼ近いので想像できるのですが、社長たちも心のどこかで自分ひとりではこのスピードについていけないと危機感を持っているはずなんです。でも経営者として、自分の能力が不足しているとは大きな声で言えない。危機感を胸にしまってこのまま騙し騙しで行くのか、潔く今の状況を認めて自分にはない能力や感覚を持つ子世代を支援するのか。“おじさんたち”のマインドが変わることも大切ではないでしょうか」

ホームランを狙うより、“地味な送りバント”を続けること

先代のマインドが変わり、野心的なアトツギが既存事業とは異なるチャレンジをする。そうした条件が揃ったとしても、新しい試みに失敗はつきもの。むしろ失敗する場合が圧倒的に多いのが世の常だ。だからこそ同族経営の中小企業は、失敗しても失うものが少ないスタートアップやリソースが潤沢な大企業よりも、新たなチャレンジをためらってしまうのではないか。アトツギたちは、失敗への不安とどう向き合いながら一歩踏み出しているのだろう。

「たしかに、アトツギは先代から受け継いだ会社を自分の代で潰してはならないという強いプレッシャーを抱えています。先代から受け取ったバトンを更に次の世代へと渡す使命感を持っている人が多いですね。それだけ失敗できない気持ちは強いですが、家業を存続させることに真剣だからこそ、何もしなければいずれ時代の変化についていけずに潰れてしまうことも分かっている。今変わらなければという覚悟が彼らを前進させているように感じます」

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画像提供:一般社団法人ベンチャー型事業承継

また、一見すると華々しい成功をしている先輩後継ぎたちも、はじめの一歩は手堅いところからスタートしていると山野さんは語る。自社の経営資源を棚卸しして強みや弱みを把握し、既存事業から半歩だけずらした挑戦を積み重ねるような、「地続きの関連多角化」がアトツギベンチャーの正攻法だという。

「メンターをしている先輩たちも、最初の挑戦は“手づくりのチラシをつくって営業してみた”とか“終業後の工場で試作品をつくった”とか、“地味”で“小さい”ところからのスタートだったと言っています。野球に例えるなら、最初からホームランを狙ってフルスイングする必要はないんです。ヒットを打つどころか、バントでボールが前に転がっていけばそれで良い。手堅く少しずつ得点を重ねることで、気づいたら勝利していたという場合が多いんですよ」

このように、革新的な新規事業やサービスはすべてが非連続なアイデアから生まれているわけではない。既存の延長線からも生み出すことはできるのだろう。にもかかわらず時代に淘汰されていく企業が少なくないのは、「挑戦を続けること」自体が難しいからだと山野さんは教えてくれた。

「多くの人は目の前の仕事をやり切るだけでも十分忙しいですから、日々の業務とは異なるイレギュラーな挑戦を続けるのは、気力も体力も必要。だからこそ、自分の得意なことや好きなことと家業を掛け算するような発想も大切にしてほしいですね。既存の延長線を模索しつつ、自分の興味からもアプローチする。その両方を意識しながら行動を起こし続けることが何より重要だと思います」

また、アトツギと一緒に社内で事業開発や変革を推進してくれる、“参謀役”を仲間に加えることも、チャレンジを成功させるポイントだと山野さんは語る。しかし、こうしたミッションに前向きな人材は同族企業よりもスタートアップ志向が強く、なかなか振り向いてくれないイメージもある。そこで山野さんは、世の中にアトツギ参謀を志す人が増えることを願って、同族企業の変革に携わる醍醐味を語り締めくくってくれた。

「同族経営の多くは地域に深く根差したものであり、自社がひたすら拡大することよりも、地域との関係性を前提にともに成長していくことを重視しています。つまり、同族企業の事業承継を成功させることは、地域の経済を支えることにもつながる。だからこそ私たちは、頑張っている後継ぎを応援し、スポットをあて、リスペクトされるような存在にしていきたいですね」

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

山野千枝(やまの・ちえ)

1969年生まれ、岡山県出身。専門はファミリービジネスの事業承継、広報ブランディング。関西学院大学卒業後、ベンチャー企業、コンサルティング会社を経て、大阪市経済戦略局の中小企業支援拠点「大阪産業創造館」の創業メンバーとして2000年より参画。また、2001年創刊のビジネス情報誌「Bplatz」の編集長として多くの経営者取材に携わる。これら活動を通じて、家業で新たなビジネスに挑戦する「ベンチャー型事業承継」を提唱。活動を全国に広げるべく、2018年に若手アトツギ特化型ベンチャー支援団体「一般社団法人ベンチャー型事業承継」を設立、代表理事に就任する。

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