3度の大学、2度の起業、2度の就職を経験した起業家と考える、計画的偶発性理論

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文:葛原 信太郎 写真:須古 恵

紆余曲折を重ねたキャリアは、どれほど意図され、また偶然に起きたのか。高品質で安価な義足をつくるインスタリムの徳島さんと考える、変化が激しい時代のキャリア論

あの出来事がなければ、いまの自分はなかっただろう──。

人生に大きな影響を与えた「偶然」は、きっと誰にだってあるはずだ。この偶然が、ビジネスパーソンのキャリア形成に大きく関わっていると論じるのが、心理学者のジョン・D・クランボルツ教授が発表した「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」である。

「予期せぬ出来事がキャリアを左右する」「偶然の出来事が起きたとき、行動や努力で新たなキャリアにつながる」「 何か起きるのを待つのではなく、意図的に行動することでチャンスが増える 」という3つの骨子から成り立つこの理論は、目まぐるしく世界の状況が変化するいまの時代に、ビジネスパーソンが頭に入れておくべき道標のひとつではないだろうか。

今回話を聞いた徳島泰(とくしま・ゆたか)さんは、高品質で安価な義足を提供するインスタリム株式会社の創業者だ。徳島さんは、この起業に至るまでさまざまなキャリアを経験している。今回の起業は2回目。その前には大企業もベンチャー企業も経験し、3つの大学・大学院を卒業。また、青年海外協力隊にも従事していた。

徳島さんのように多様なキャリアを歩んだ人は、どれほど計画的に、またどれほど偶発的にキャリアを選んできたのか。計画的偶発性理論を切り口に、変化が激しい時代のキャリアを考える。

青臭い「憧れ」は消え去り、人生をかけた「使命」へ

── インスタリムの事業内容を教えてください。

わたしたちは低価格・高品質な義肢装具をつくり、届ける事業を展開しています。義足を製造するための3Dプリンタ、残っている脚部から一人ひとりに適した義足を設計する3D設計ソフトなどを独自に開発。一般的な義足と比べて、製作時間も原価も設備もすべて1/10以下に抑えられます。

一般的な膝下の義足は30~100万円と高価です。そのため、脚の一部を無くしてしまったけど義足を購入できない人が世界には約6,500万人も存在し、その上、脚の切断手術が必要なのにできない人も数多くいる。そんな現実を、青年海外協力隊員として赴任したフィリピンで知りました。

そういった課題に対して、当社は「必要とするすべての人が、義肢装具を手に入れられる世界をつくる」をビジョンに事業を展開。現在はフィリピンを中心に活動しています。

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左はインドのNGOによる水道管パイプを利用した義足。中央が国際赤十字製作の義足。右がインスタリムの義足。

── なぜこの事業を始めたのでしょうか。

キャリアをさかのぼると、大学時代に父の会社を手伝いはじめたことがきっかけです。

子どものころからアーティストやデザイナーなどクリエイティブな職につきたいと考えていました。漠然と「世の中にないものをつくりたい」と思っていて、それはきっとアートやデザインなのだろうという感覚があったからです。

しかし、大学在学中に父の会社の経営が大きく傾いてしまいました。父は自宅を担保に融資を受けていたので、放っておけば自分の実家がなくなってしまう。大学どころではなく、半ば強制的に家業を手伝わざるを得なくなりました。

父の会社は製造業で、自分がやりたいデザインとは当たらずとも遠からず。ただ、真剣に取り組むにつれて「自分がやりたいことは、ものづくりそのものなのでは」と思うようになりました。ものをつくること自体に、「世の中にないものを生み出しインパクトを与えている」という実感が得られたからです。ただ、そこで衝撃的なことも知ってしまったんです。

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── 衝撃的なこと?

中国の工場へ出張したとき、その工場が排出する公害物質が周辺地域に悪影響を及ぼしていたんです。排水を流している川の水は重金属汚染で真っ白になっていましたが、近隣の農家はその水で農業をしていた。食事にそこで育てられた野菜を出された時、わたしは手を付けることを躊躇してしまいました。

日本に住むわたしたちの暮らしを維持するために、他の国の人々を犠牲にしている。弁明するわけではないですが、調べていくとこれは自分たちだけに限らず、あらゆる産業で起きていることでした。なにかを買うだけで、間接的に人を殺しているかもしれないと愕然としたんです。

そのときに「クリエイティブな仕事」や「ものづくり」に対する“青くさい憧れ”のようなものが吹き飛びました。やるならば、こうした課題を生んでしまう「産業構造そのものを変えるようなものづくり」をしなければと心に決めました。後々、青年海外協力隊に行ったのもこの思いからです。

その後、会社は父の病気もあって畳むことになり、大学はどうにか卒業。会社経営の一端を担っていたことで経営に関する手応えもあり、卒業後は就職ではなく起業を選びました。しかし、このときの起業はスタートアップとしては失敗。純粋に実力が足りなかったんです。

そこから、大学に入り学びを深め、その実践編として大企業へ就職。さらに自分に足りない領域が明確になると、再び大学に入って学ぶ——そんなことを繰り返し、2度目の起業が今の会社です。

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新製品の骨格構造タイプの義足

偶然手元に配られたカードから最善を選び取る

── 3度の大学、2度の起業、大企業への就職、青年海外協力隊と、さまざまなキャリアを経験されています。それぞれのキャリアを選択するときにどんなことを大切にしてきましたか。

大きな方向性は変わらず「世の中にはない価値を生み出したい」という思いです。ただし、自分が選べる選択肢は、無限にあったわけではありません。偶然手元に来たカードから選ぶしかない。

年齢を重ねるごとに「世の中にはないものを生み出したい」から「世の中にはない◯◯を生み出したい」へ。生み出したいものの輪郭がはっきりしてくるにつれて、選択肢を選ぶ精度も上がっていきました。

父の会社に入ったことで、アートではなく「ものづくり」だとわかり、しかも「工業製品」にフォーカスできました。美術大学のプロダクトデザイン科で学び、工業製品の中でも医療分野であればより広く人の役に立つものをつくれると考え、医療機器メーカーへ就職。その後、原体験である「開発途上国」での事業に向けた経験を積むため、青年海外協力隊でも活動をしました。

── 徳島さんのキャリアを聞くと、大学に何度も入り直すのが特徴的だと感じました。

わたし自身も最初の大学ではそうでしたが、いわゆる大学生って、適当に単位を取りに行ってしまいがちだと思うんです。本当に学びたいと思うのは、もう少しあと。往々にして、働きだしてからでしょう。本当に学びたいという気持ちに従い、それを実際にやってみただけです。調べてみると大学に入り直すための補助金や奨学金はいろいろあるので、みなさんが想像するほど高いハードルではないと思いますよ。

── とはいえ、多くの人は想像はしても、実践はしないですよね。

最初の起業経験が大きいですね。実力がないと思い知らされたんです。日銭を稼ぐことはできるけど、公害を出さないようなものづくりを実現するなんて大きいことには、手が届きそうもなかった。その時の自分には、大きな仕事を成し遂げるには、有名大学で学び直し、誰も知るような大企業に入り、そこからスピンアウトして独立するという、よくあるロールモデル的なキャリアアップが必要に思えたんです。今となっては、そのロールモデル的なキャリアップ自体は必ずしも必要なわけではないと理解できましたが、やはり若いころの選択は精度が低いですね(笑)。

── さまざまなキャリアを積んでいますが、好奇心や偶然性のままに選択肢を選んできたわけではないのですね。

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父の会社の手伝いは、まったく予期せぬものでしたが、自分のキャリア選びに大きな影響を与えています。営業、工場の生産管理、製品の設計、特許、事業計画と、行程を一通り経験する中で、ものづくりにはさまざまな専門性が必要だと痛感しました。

しかも、失敗すれば家族が食えなくなり、親戚にも迷惑がかかるという大きなプレッシャーもあった。「できない」が許されない状況で、とにかくできることをやって、成功させないといけない。自分の手元にあるカードから、どうにか最善のものを選び取るというマインドは、ここで育ったのかもしれません。

── これまでのキャリアを振り返ったとき「もっと近道できたのに」と思いますか。

できなかったでしょうね。どの経験もすべて必要なことでした。大学で学びなおしたこと、大企業にいたこと、青年海外協力隊で活動したこと。これまでのさまざまな経験が、いまの事業の説得力になっています。その都度、その立場でしか得られない人とのつながりや経験が、血となり肉となっている。

インスタリムでは、これまでの経験を結集して、できるかできないか、本当にギリギリの課題に取り組んでいます。事業計画や投資家へのプレゼンテーションは、できないことをできると言うわけにはいきません。事業家としては100%実力を出し切って、ようやく実現できるギリギリの領域で勝負することが求められる。150%でもなく、80%でもなく、105%くらいでしょうか。これには、今までの経験をすべて投入して全力で仕事をすることが必要だと思います。

持続性を支える、社会への怒り

── 今回取材のテーマにおいた「計画的偶発性理論」には、計画的偶発性を起こす行動特性があるとされています。それは好奇心、持続性、楽観性、柔軟性、冒険心の5つです。こういった傾向は自身にあると思いますか。

言われてみれば、そう感じる部分もあります。あえて挙げるなら、「持続性」を特に意識しているかもしれません。人生100年時代ですから、いますぐ自分のやりたいことに着手できてなくてもいいと思うんです。何よりも避けなければいけないのは、事業を続けるモチベーションが切れることですから。

── 長い人生だからこそ、最初はみなぎっていたやる気や興味が萎えてしまったりしませんか。

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わたしは、怒りの感情が自分を継続的にブーストさせてくれています。

楽しさや面白さではなく、自分が「おかしいだろう!」と思うことに安易に蓋をしたり、発散させたりしない。「おかしいことなんだから、変えないと」という気持ちは、父の会社での経験、公害の現場を見た時から、ずっと持ち続けています。

自分が怒りを感じる事象の背景にはどんな歴史があり、どんな要素が原因としてあるのか、どうすればそれを解決できるのか。中長期的に考えて、問題を分析する。必要そうなスキルを身につけてみる。今の自分に事業を実現させるスキルがなければ、いったん怒りは置いておいてもいい。でも発散させない。持ち続けるんです。

こういった怒りを持続させ、いつか解決させるということは、裏を返せば、今苦しい立場にいる誰かがいつか喜んでくれるということでもあります。困っている人のためになる仕事をすれば、誰かが涙を流し、ありがとうと言ってくれることがある。給料が高い、社会的な地位を確立するといったことよりも、その感謝の一言が自分を大いに奮い立たせてくれるんです。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

徳島泰(とくしま・ゆたか)

大学入学後すぐにコンピューター部品のハードウエアベンチャー企業に入社し製品開発のノウハウを学ぶ。25歳で独立しウェブシステムとハードウエアを開発する会社を起業。その後、製品開発の上流工程の知見を得るために多摩美術大学に入学し工業デザインのスキルを習得し、大手医療機器メーカーにて工業デザイナーとしてキャリアを積む。34歳にて青年海外協力隊として、フィリピン国貿易産業省に配属。配属中にフィリピン初のデジタルファブリケーションラボの立上げプロジェクトと、その後のアジア広域展開を指揮し、2014年グッドデザイン賞を受賞。帰国後、慶應義塾大学大学院に進学し、2017年修了。最優秀修士論文に送られる相磯賞を受賞。2018年にインスタリムを創業。

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