SNS時代につながらない選択肢を。『muute』が映し出す、現代の適切な距離感

SNS時代につながらない選択肢を。『muute』が映し出す、現代の適切な距離感
文:森田 大理 画像提供:ミッドナイトブレックファスト

他人には言いづらい話もAIが受け止める。AIジャーナリングアプリ『muute』が提供する体験価値から、現代に求められる「人と人」「人とテクノロジー」の心地よい距離感を考える

現代の社会における「ほどよい距離感」とはなんだろうか。

デジタルテクノロジーの進化により物理的に離れた人同士が気軽にコミュニケーションできるようになる一方、リアルな場での対話の大切さも見直されている。スマートフォンやスマートスピーカーに喋りかけることで情報を得たり、ロボットを愛でたりすることが人々に受け入れられ、人と物の距離感も縮まった。「人と人」や「人と物」などさまざまな距離感のこれからについて考えていきたい。

今回取り上げるのは、AIジャーナリングアプリ『muute(ミュート)』。「書く瞑想」とも言われるジャーナリングをスマートフォンでおこなえるmuuteは、綴った文章をAIが分析して今の心の状態をフィードバックするのが特徴。SNSで誰とも気軽に繋がれる時代に、敢えて人ではなくAIに自身の内面を打ち明けるのは、現代ならではの距離感の象徴と言えないだろうか。muuteが生まれた背景やローンチ後の反応について、開発・運営を手掛けるミッドナイトブレックファスト株式会社代表の喜多紀正さんとプロダクトデザイナーの岡橋惇さんに話を聞いた。

自分らしく生きたい。でも、自分のことは良く分からない

ジャーナリングとは、頭に思い浮かぶことをひたすら書き出す、思考や気持ちを整理する手法の一つ。今感じていることを思いつくままに書き綴ることは、マインドフルネスやメンタルヘルスケアの観点からも有用だと言われている。そのサポートをするのが『muute』だ。

ミッドナイトブレックファスト社がジャーナリングをサービスとして提供しようとした背景には、1990年代中盤以降に生まれた「Z世代」特有の動向があった。

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写真左から代表取締役の喜多紀正さんと、プロダクトデザイナーの岡橋惇さん

岡橋 「起点となったのは、Z世代を対象としたリサーチです。真のデジタルネイティブと言われる彼らを60名近くインタビューして見えてきたのは、“個性”に対する捉え方でした。『みんな違って当たり前』という価値観が根付いている一方で、自分自身に個性を求められることにプレッシャーを感じていたんです」

こうしたZ世代のインサイトは「自分らしく生きたいけれど、自分自身については良く分かっていない状態」とも言い換えられる。岡橋さんは、彼らがそんな想いを抱えている要因の一つに、SNSをはじめとしたインターネットリテラシーの高さを挙げる。

岡橋 「Z世代の若者は、SNSを上手く使っているように見えます。SNSの種類によって振る舞いを変えたり、複数のアカウントを使い分けたり。でも、いろんな顔を持つことが当たり前になった結果、本当の自分を見失う『自己の空洞化』に陥っている若者も多いようです。

また、常時誰かとつながっている、見られている状態だからこそ、他者への気遣いに長けているのも彼らの特徴。しかしその一方で、本音を話すことを恐れがちです。あるインタビューでは『“鍵アカ”ですら、他人の目が気になって思ったことが言えない』と話してくれたのが印象的で、“他者ドリブンな気遣い世代”なのだと感じました」

周りから求められていることへの敏感さゆえに、自分自身がどうありたいかをじっくり考える機会を持てずにいるのではないか。この発想が『muute』に結びつく。ジャーナリングによって敢えて人とつながらない時間を提供し、自分を見つめることで自己認知や心のセルフケアをしてもらうことが狙いだ。

喜多 「ジャーナリングはマインドフルネスやメンタルヘルスケアとも関連性があり、この分野の市場成長性も感じてはいました。でも、『muute』はあくまでもユーザー課題を起点にして生まれたサービス。『知らない自分を見つける』という体験を提供したい。リリース後もユーザーの声を聞きながら改善を重ねており、今もマーケットニーズの検証をしている最中でもあります」

人には気軽に話せない。でも、誰かに受け止めてもらいたい

α版、β版での検証を経て、2020年12月に正式リリース。すると、リリース1週間経つ頃にはSNS上で話題になり、約一カ月でAppStoreのヘルスケア/フィットネス領域でランキング1位を獲得。予想以上のニーズを実感した。

喜多 「実際に使っているユーザーは、『知らない自分をみつける』だけでなく、様々な使い方をされていました。日記のように1日の出来事を記録している人、ストレスを発散するために活用している人も。妊娠中や子育て中の人が使っているケースもあり、Z世代が中心ではあるものの、上の世代にも利用いただいています」

『muute』が幅広いユーザーから注目された理由は、ジャーナリングそのものの関心に加えて、書いた内容をAIが分析してフィードバックする機能にもあるだろう。それは、「人には本音を気軽に話せないけれど、AIには自分の内なる声を聞かせても良い」というユーザー心理の表れでもあり、他人と距離は取りながらテクノロジーは身近に置きたいという現代ならではの距離感のように感じられる。

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毎週・毎月届く「インサイト」では、自分が自覚していないような感情の源泉に気づかされることも

喜多 「人々が生身の人との対話を必要としていないわけではないと思います。その一方で、どんなに気軽な雑談であろうと、人に話す以上は相手に理解してもらえるように伝える労力が必要なのも事実。もし理解してもらえなかったらと不安になる気持ちも心理的なハードルになっているかもしれません。だからこそ、自分一人でできるジャーナリングと、どんな言葉もありのままを受け止めてくれるAIに注目いただいているのだと思います」

岡橋 「『自分の内面をみだりに覗かれたくはない。でも、誰かに話は聞いてほしい』というのが、今の人たちの率直な気持ちなのかもしれません。それに応える観点でも、『muute』のAIは、“AIの人格”とも言うべき『ブランドパーソナリティ』を定めています。特にこだわっているのはAIがユーザーをジャッジしないこと。これが良かった、あれが悪かったではなく、聞き手として全て受け止めたうえで、『今週のあなたはこうでしたよね』と軽いレスポンスを返すくらいの温度感を大切にしています。SNS上のコミュニケーションは『いいね』や『シェア』の数など、定量的でデジタルなものになりやすいからこそ、『muute』のAIは誰かが手紙を書いているようなアナログ感を大切にしているんです。それがユーザーとの距離を縮めている一因かもしれません」

人は相反する気持ちが共存するもの。だからこそ距離感にも選択肢を

『muute』を通して今の時代を見てみると、人よりもテクノロジーが身近な時代のように思えて、実は人の温もりを大切にしている点が、人との距離を縮めていることが分かる。また、ユーザーの中には、AIからのフィードバック結果のスクリーンショットをSNSに投稿する人もいるという。一人になりたい気持ちと自己開示欲、相反するニーズが一つのサービスで見られるのも象徴的だ。このように、人と人・人とモノの様々な関係性が混在している状態こそ、ソーシャル時代の距離感なのではないか。

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『muute』では感情のリズムや頻出するキーワードなどをビジュアル化しており、こうした結果をSNS上でシェアしているユーザーもいる

岡橋 「なにごとも0か1かではないと思います。例えば、他のメディアでZ世代向けのサービスの一つに『muute』が取り上げられたとき、同時に紹介されていたのは友達や家族の居場所が分かる地図アプリ『Zenly』でした。僕はこの並びこそ現代的だなと思っていて。

SNSで気軽に人とつながりたいときもあれば、一人静かに自分と向き合いたいときもある。だからこそ『muute』はSNSを否定しているわけではないですし、人とのつながりを減らそうとしているのでもありません。時には人とつながらない時間があっても良いという、選択肢を提示している感覚です」

テクノロジーは、いつでもどこでも誰とでもコミュニケーションが取れることを可能にした。それは世界中の人との心理的な距離を縮めた一方で、匿名性が誹謗中傷を助長したり、FOMO(fear of missing out=見逃すことへの恐れ)と呼ばれる感情を掻き立てたりと、負の側面があるのも事実。『muute』がつながらない選択肢を提供しているのは、距離を縮めることのデメリットにも目を向けているからだといえるだろう。その意味で、喜多さんは「近すぎて見えない」という副作用についても語ってくれた。

喜多 「人が自分自身のことを案外理解していないのは、自分という存在が近すぎるからだとも思うんです。だからこそ、ジャーナリングを通し感情を言葉にしてアウトプットしてみることが有効。一度自分の内側にあったものを外に出すことで、一歩引いた目で自分の心の状態を捉えられる。いわゆるメタ認知です。同様に、自分と周りの人たちとの関係を俯瞰してみつめ直してみる。人間関係って、距離を縮めることが良しとされがちですが、一歩引いた目で見て自分が本当に必要とする関係に気づくことや、適切な距離を保っておくことも大切なのではないでしょうか」

私たちには、近い=好ましい・便利、遠い=好ましくない・不便といった価値観が無意識に根付いている。これまでの時代は、物理的な距離があらゆる物事の関係性に直結していたのだから、ある種当然のことだ。しかし、テクノロジーによって物理的な距離がさほど重要ではなくなった現代、近さは絶対的な正しさではないのかもしれない。人それぞれ・その時々にあわせて距離感を変えて付き合えるような選択肢。その必要性を、『muute』は教えてくれているようだ。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

喜多紀正(きた・のりまさ)

ミッドナイトブレックファスト株式会社 代表取締役。大学院卒業後、日系消費財メーカー、外資系戦略コンサルティングファームを経て現職。

岡橋惇(おかはし・あつし)

ミッドナイトブレックファスト株式会社 プロダクトデザイナー。ロンドン大学(UCL)心理学部卒。⼤学在学中にグローバルメディア企業でキャリアをスタート。卒業後、クリエイティブエージェンシーや外資系コンサルティングファームを経て現職。

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