外の視点と柔軟性を大事に。かつてのサッカー少年がホテルオーナーになるまで

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文:葛原 信太郎 写真: keiji tsugita

銀行員、中小企業支援、コワーキングスペースの責任者、ホテル経営。地域を舞台に多様なキャリアを歩んできたANGLEの飯田さんと考える、変化が激しい時代のキャリア論。

あの出来事がなければ、いまの自分はなかっただろう──。

人生に大きな影響を与えた「偶然」は、きっと誰にだってあるはずだ。この偶然が、ビジネスパーソンのキャリア形成に大きく関わっていると論じるのが、心理学者のジョン・D・クランボルツ教授が発表した「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」である。

「予期せぬ出来事がキャリアを左右する」「偶然の出来事が起きたとき、行動や努力で新たなキャリアにつながる」「 何か起きるのを待つのではなく、意図的に行動することでチャンスが増える 」という3つの骨子から成り立つこの理論は、目まぐるしく世界の状況が変化するいまの時代、道標のひとつになるのではないだろうか。

今回話を聞いたのは、愛知県岡崎市で全6室のマイクロホテル「ANGLE」を運営する飯田 圭さん。ささやか日常に焦点を当てる「暮らし感光(観光)」をテーマに日々宿泊客を迎える。さまざまな職種を経験した後ホテル経営に乗り出した飯田さんは、どれほど計画的に、またどれほど偶発的にキャリアを選んできたのか。計画的偶発性理論を切り口に、変化が激しい時代のキャリアを考える。

会社の外へ出て知った、地域の人々の本音

まずは、飯田さんにこれまでのキャリアを振り返ってもらった。保育園から大学までサッカーに情熱を注ぎ続けた飯田さん。大学もスポーツ推薦で入学したこともあり、学部選択にそれほど思い入れがあったわけではなかった。ただ、その学部での学びが後に彼の軸へもつながっていく。

「とりあえず入った学部では、地域の文化をどう残すか、地域を活性化させるかなどを学びました。ただ、これが意外と面白かったんです。僕の出身は山梨。地元が嫌で東京の大学に入学したのですが、学んだことを踏まえて地元を俯瞰すると、これまでには無かった興味が湧いてきたんです。小さい頃に通った映画館やお店が年々廃業していく姿に悲しさを感じていたこともあり、地元に何かできないかという気持ちが徐々に高まっていきました」

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就職を考える時期を前に、ずっと力を入れてきたサッカーを仕事にすることが難しいことも明らかになってきた。そこで飯田さんは、地元に貢献できる仕事を探すことを決めた。

就職先に選んだのは、地元の銀行だった。融資を通じて地域の企業を応援したり、地域のネットワークを活かし新しいことをやりたい企業とそれを支援できる企業のマッチングをしたりできるのではと考えたという。しかし、その想いは早々に打ち砕かれた。

「働き始めて2日目には、もうやめたいと思っていました(笑)。上司には『そんなアツい話はいいから、目の前の業務や目標を頑張れ』と言われ、同期とも話が合わない。銀行に対する夢や希望と現実には大きなギャップがありました」

とはいえ、飯田さんはどうにか爪痕を残せないかともがき続けた。その状況を変えるきっかけになったのは、偶然読んだ本に掲載されていた、甲府の空き家やカフェでアートイベントだ。

「なぜかとても気になり、ボランティアとしてイベントに参加させてもらったんです。それを機に、地域で活躍するおもしろい人たちと一緒に活動し、新しい人や企業との出会いが連鎖的に起きていった。その中で、地域の企業が何に困り、何を考え、何を欲しているのかがリアリティをもってわかるようになったんです。銀行で働くよりも、地域との距離がぐんと近くなりました」

そこから飯田さんは、地域を舞台にさまざまなイベントを企画。さらには、銀行の制度を利用し、地元のしょうゆ屋さんに1年間研修として働く機会も得た。そういった経験から分かったのは、銀行という環境、金融という仕組みの上では、自分が理想とする「応援」が難しいという事実だった。

「地域の事業者が求めているのは、新しいチャレンジを応援するような投資に近い融資でした。しかし、銀行はお預かりしているお金を運用するからこそ、事業の確実性を求めなければいけない。お互いの事情がわかるだけに、現実のもどかしさを痛感しました」

人の縁を起点に、地域で次々と新たな挑戦機会へ

銀行に4年ほど勤めた後、飯田さんは愛知県岡崎市の中小企業支援施設の職員に転職する。山梨出身の飯田さんにとって、愛知県は「面接ではじめて訪れた」というほど、縁もゆかりもない土地。にもかかわらず転職を決意できたのは、人の縁がきっかけだった。

「働き方や仕事に関するワークショプに参加したら、岡崎市の施設の方が講師だったんです。地域の中小企業の売上げアップに特化して支援する施設で、興味をもちました。ちょうど求人募集をしていたので応募し、転職とともにはじめて愛知県に住み始めました」

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中小企業支援施設の仕事は、企業が抱える課題にどんな解決方法があるかを考えサポートすること。銀行員の頃よりも、より強く地域の企業の困りごとにコミットできる仕事だ。飯田さんは、そこにやりがいを感じた一方で、自分自身が事業をやっていないことへの矛盾も感じることになったという。

「あるとき、自分の言葉に説得力がないなと思ったんです。決してそう言われたわけではないのですが、『そんなこと言うけど、あなたは事業をやった経験があるんですか?』と言われてしまったら、返す言葉もない。日々業務をする中、これでいいのかという想いが徐々に強くなっていきました」

飯田さんは自然と「自分が事業を興すなら…」と考え始めるようになった。その折、岡崎を拠点にする「スノーピークビジネスソリューションズ」の社長を知人が紹介してくれたそうだ。同社はアウトドア研修やオフサイトミーティング、アウトドアギアを活用したキャンピングオフィスを提案する、スノーピークのグループ企業だ。

「街の中の公園で、スノーピークビジネスソリューションズがイベントを開催しているときに初めて会って話をして、すぐに意気投合しました。オフィスの1階を使って地域に開かれたコワーキングスペースを始めようとしていたそうで『立ち上げ任せられないか』というオファーをもらったんです。これはチャンスだと思い、挑戦してみることにしました」

当時、飯田さんの周りではコワーキングスペースがどのような場所か認知している人は決して多くなかったという。そこで、単に作業をする場所としてだけではなく、人と出会い、抱えている課題を解決できるような場であると伝えるイベント企画などを積極的に仕掛けていった。

さらにほどなくして、ホテル開業へつながるきっかけも訪れた。

「岡崎のまちづくりの一環で、空き家をリノベーションして新しい事業をつくるワークショップに参加したんです。僕のチームが企画したのはホテルだったんですが、このワークショップは、実際に考案したビジネスを実施することが目的。僕自身、前々から岡崎にホテルがあったほうがいいと考えていたので、自分でやりたいと手をあげてしまったのです(笑)」

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ANGLEの外観。カメラ店をリノベーションしている(写真提供:ANGLE)

センターバックで染み付いた客観的な視点

ここまでさまざまな経験を積んできた飯田さん。一見、次々とあらたな挑戦を続けているようにも見えるが、それらの根底には、地域に眠る資源を掘り起こしたり、マッチングしたりするという共通項がある。

「人や組織をつなげ組み合わせた結果、新しい価値が生まれる。この瞬間が好きなんです。そして、そういうことが得意だとも思っています。銀行時代も中小業支援時代も、地域の企業や人、資源をマッチングさせることで、地域の経済がうまくまわるんじゃないかと考えて働き、イベントを企画していました。これは、現在アドバイザーをしているコワーキングスペースでも、ホテルでも変わりません」

この技術は、飯田さん自身が持ち続けてきた「外からの視点」に起因する。一度東京に出てから帰った山梨。転職先の面接を受けるまで訪れたこともなかった愛知。いずれも、地域を客観的に見ることができる立場ともいえる。そう聞くと、飯田さんは「確かに仕事では、どこか一つの場所や領域にどっぷり浸かったことがない」と頷いた。

「話しながら気づいたのですが、サッカーから受けた影響も大きいかも知れません。僕は全体を客観的に俯瞰して、戦略を考えるセンターバックというポジションを担っていました。サッカープレイヤーとしての思考が、そのままキャリアにも活きているかもしれませんね」

この思考は、当然現在の仕事にも活きている。例えばホテルの場合、部屋で使われているベッドや照明、共用部の家具やインテリア、オリジナルのお土産まで、あらゆるものが地域企業とのコラボレーションで生まれている。これも地域の価値を客観的に見出した結果ともいえる。

「僕はコワーキングスペースのアドバイザーであり、ホテルのオーナーでもありますが、もっと抽象的に捉えると、地域の『コミュニティーマネージャー』だとも思っています。地域の人にとって当たり前に映るものも、客観的に見ると大きな魅力を持っていたりする。僕はそれを発見し、時にはつなげたり、紹介したりする役でありたいんです」

大学まで続けたサッカーから、山梨、愛知での多様な経験まで。一見多様に見えるが、一貫した軸を持つ飯田さんのキャリアは、もしかしたら「近道」も可能だったのではないか。そう問いかけると飯田さんは首を横に振る。

「どの経験も、今につながっているんです。たとえば、銀行では自分が事業計画書を受け取る側だったので、融資をお願いするにも担当者がどう考えるかが想像できました。近道できるシーンがゼロではないかも知れませんが、そのときはどれが近道だとはわかりません。振り返ってみても、全ての経験が無駄ではなかったと感じます」

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計画には「ちょっとの余白」が必要

今回取材のテーマにおいた「計画的偶発性理論」では、好奇心、持続性、楽観性、柔軟性、冒険心の5つを、計画的偶発性を起こす行動特性としている。飯田さんにこれらの特性を伝えると、自分が特に大切にしているのは「柔軟性」だと教えてくれた。

「ANGLEの開業は、2020年の春。コロナ禍でしたから、とにかく柔軟に考える必要がありました。遠くから人がたくさん泊まりに来るなんてありえない状況からスタートです。そこで、物理的に距離の近い人たちに利用してもらうことを考えました。この街の何気ない素顔・ありのままの姿に魅力があることを、近くに住む人に捉え直してもらおうと。

幸いにもその意図を評価いただき、想定より多くの県内の方に泊まりに来ていただけました。一方で、この1年で課題もいろいろと見てきたので、それに対しても柔軟に考えさらにチャレンジしていくつもりです」

ただ、「柔軟性が大事」というのは「行き当たりばったり」という意味ではない。事業を興す上では計画は立て、事業を始めてからも、計画の重要性は日々感じているという。

「きちんと計画は立てますが、状況にあわせて常に更新を続けています。その中でも柔軟性につながる観点があるとすれば、『ちょっと余白を残すこと』かもしれません。これまでを振り返っても、『決めきらない』ことは大切にしてきたように思います。

これもサッカーから得た教訓かもしれません。サッカーでは、うまくいくことを前提にしないんです。手ほどには器用に動かせない足を使うスポーツですし、天候やピッチの状態などの外的要因によって状況はかなり変わります。ミスすることが普通ですし、うまくいかないことにいちいちイライラしても仕方ない。状況を受け入れて、その時々での最善を選ぶことが必要です」

この決めきらない姿勢が、コワーキングスペースに続いてホテルも立ち上げるという、一見無茶な挑戦にもつながっている。

「勢いとノリも大事だと思っているんです(笑)。実は僕自身、サッカーしかやってこなかったことを、ずっとコンプレックスに感じていました。山梨での活動は、自分の価値観を広げてくれましたが、それは同時に『自分にはサッカーの経験しかない』という事実と向き合うことにもなりました。自分の周りにいる魅力的な人ほど、いろんな本を読んで、多様な人と知り合い、深い思考と価値観を身に着けていたからです。

僕がそういう人たちに追いつくには、別の方向で攻めるしかない。だから、自分のできることを決めきらず、必死に攻めてきたんです。2つの事業の立ち上げもその延長上ですね。思えば、サッカーでも“攻めること”が好きなセンターバックでした。今もそのポジショニングは変わっていないんだと思います」

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

飯田圭(いいだ・けい)

平成元年生まれ 山梨出身。大学卒業後、山梨中央銀行にて勤務。同時期に「こうふのまちの芸術祭・ワインツーリズム参画」。空き家を友人と改装し、イベント実施やシェアスペースに。その他地域で多数イベント実施。NHK・Eテレ「U-29人生デザイン」出演。組織と個人の狭間で日々奮闘してきたが、平成29年1月より岡崎市Oka-Bizにて銀行時代の課題を解決するため転職。2017年スノーピークビジネスソリューションズに関わり、osoto立ち上げ。空き家と道路を使った一箱古本市開催。2020年6月に「ぼくらの“アングル”をきっかけに、岡崎のまちを捉えるマイクロホテル」というコンセプトで、まちの日常と訪れる人を繋ぐOkazaki Micro Hotel ANGLEオープン

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