コロナ禍も好調のオフィス事業「point 0」に学ぶ、挑戦や協創が生まれる条件

コロナ禍も好調のオフィス事業「point 0」に学ぶ、挑戦や協創が生まれる条件
文:森田 大理 写真:須古 恵

ダイキン工業発のアイデアを起点に誕生した実証実験型コワーキングスペース「point 0 marunouchi」。大手企業も多数参画するこの取り組みから、業界を越えた協創や失敗を恐れず挑戦するための秘訣を探る

社会の変化スピードが加速度的に上がっている現代。テクノロジーの進化や環境問題の深刻化、少子高齢化など、既存の事業・仕事をただやみくもに続けてはいられない出来事も続々と起きている。時代にあわせて柔軟に変化していくにはどうすれば良いのだろうか。

そのヒントとして紹介したいのが、未来の働き方を創造する実験場としてオフィス事業を展開する株式会社point0(ポイントゼロ)。国内有数の大手企業が業界の垣根を超えて共同設立した同社だが、きっかけは空調機器で有名なダイキン工業株式会社のアイデアだという。

また、事業開始からほどなくしてコロナ禍に突入し、世の中ではオフィスの存在意義が揺らいでいるにもかかわらず、順調に利用者数・会員数を伸ばしている。空調会社のアイデアは、どのようにしてコワーキングスペースの開設に着地したのか、またどのように賛同の和を広げていったのだろうか。point 0のこれまでの道のりから事業開発の秘訣を学ぶべく、同社代表を務める石原隆広さんに話を聞いた。

ヨソモノの視点と社外の意見が、停滞していたプロジェクトを動かした

point 0という事業が誕生した道のりには、石原さんのキャリアも少なからず影響している。石原さんは、point 0の原点とも言える人物だ。ダイキン工業社員としてpoint 0のベースとなる構想に携わり、現在も同社のテクノロジー・イノベーションセンターに籍を置く。ただ、石原さんは生え抜きの社員などではない。

大学を卒業後、入社したのはITベンチャー。その後は自らFinTech関連の会社を起業し、事業譲渡。2017年にダイキン工業へ入社した。つまり、同社のイノベーションには空調機器とはほぼ縁のないキャリアを歩んできた、いわゆる「ヨソモノ」の視点が注がれているのだ。

「経営していた会社を事業譲渡して次の道を考えた際、いくつかの選択肢がありました。その中でダイキンに決めた理由は、イノベーションに対する強い意気込みを感じたから。私が採用されたテクノロジー・イノベーションセンターという部門では、『採用実績なし。具体的な業務は人を見て決める』という応募条件があり、「採用実績ゼロって面白そう!」と思ったのがきっかけです。何のレールも敷かれていないことに魅力を感じました。また、当初提示された条件や働き方などが自分の希望が叶わないものだったのですが、そう伝えると担当の役員が社内にかけあって最大限調整してくれた。ダイキンほど仕組みやルールが整備されている大きな企業で、個別の事情を汲んでくれたことが“粋”に感じられたんです」

写真

イノベーションに本気で挑もうとする企業の熱量を感じたという石原さん。自分の希望する条件とダイキン工業の社内制度を照らし合わせ、敢えて正社員ではなくエキスパート契約社員という形での入社を選択した。

入ってみると、業界No.1のグローバル企業でありながら関西発の企業らしいフランクさも感じた。社内の議事録を見れば「~せなあかんな」「せやな」と臨場感たっぷりに全文がそのまま公開されていることにも驚かされたという。新規事業開発や既存事業へのイノベーションを期待されている石原さんにとっては、フラットな社風がありがたかった。

しかし、そうした環境ながら、石原さんの入社前から検討されていた複数の新規事業検討プロジェクトは、思うように前に進んでいなかった。入社後、石原さんを採用した役員が当時関わっていたすべてのプロジェクトに関与した石原さんは、それぞれの状況を見極めて最終的にひとつのプロジェクトに絞る。それこそ、point 0の起点となるオープンデータ構想『CRESNECT』だ。

「『CRESNECT』は、ダイキンがこれまで故障予知や保守のために記録・保有してきたオフィス空調に関する膨大なデータをオープンソース的に公開し、他社とかけあわせることで新しい価値を生み出すプロジェクト。私が入社する2~3年前から構想があり、概念自体は多くの人が賛同してくれていたものでした。

ただ、どうやって協創すれば良いのか具体的な動き方が見えず、プロジェクトが前進できずにいました。他社に協創を呼びかけたものの、会社間の温度差が生じて上手くいかなかったことも。そこでプロジェクトを立て直すにあたり、自社の中だけで考えては現状を打破できないと考え、社外の人200~300人に会いに行ったんです」

積極的に外からの意見を取り入れようと、様々な企業にコンタクトを取った石原さん。中には協業するメリットを感じないと冷ややかな反応だった企業もある。新規事業以前に既存の空調事業に注力すべきではと厳しい意見を投げかけられたことすらあった。しかし、様々な意見に耳を傾ける中で石原さんが出した結論は、それでも他社と協業していく道だった。

「ダイキンには“空気で答えを出す会社”というブランドメッセージがあります。私はこの意味を空気だけにとどまらず、“TPOに合った空間演出を実現すること”だと考えました。空間全体を演出するには、照明やオフィスのデザインなど私たちだけではできないこと多く、他社と協業するしかない。そのハブとしてデータ活用を据えようと意義を置きなおしたんです」

各社が集まってリソースを持ち寄ると、たくさん失敗ができる

こうしてプロジェクトは前に進み始めた。とはいえ、もともとはオープンデータ構想からはじまったもの。新会社を設立するまでに至ったのはなぜなのだろうか。

コワーキングスペース開設時に名を連ねた企業は、ダイキン工業の他に、オカムラ、パナソニック、ライオン、TOTO、MYCITY、アサヒビール、TOA、ソフトバンク、東京海上日動の10社。「オフィス空間」には必ずしも直結しない会社も多いが、そこにはある共通した想いがあったという。「新規事業・新たなサービスについて自由な発想で考えるチームと、そのチームが集い、アイデアを試すことができる“場”を求めていたこと」だ。

「point 0に参画いただいたみなさんに共通していたのは、思い切り挑戦ができる環境を探していたこと。私が声をかけたのは、各社でイノベーションを起こそうと奮闘していた人たちで、みなさんが限られたリソース・環境の中で結果を求められていました。でも、新しい価値を生み出す0→1のフェーズって、失敗が前提じゃないですか。10回トライして1回成功すれば上出来という世界なのに、リソースが少なければそう何度も失敗はできない厳しい状況に置かれやすい。

であれば、みんなでリソースやノウハウを持ち寄って共有し、たくさん失敗しやすい状況をつくってしまおう!と考えました。たとえば1回1,000万円かかるチャレンジをするとして、1社だけだったら1回の失敗で1,000万円の損失になるけれど、20社でやれば1回の挑戦で負担する1社あたりのコストは50万円で済みます。その分チャンスが増えますよね」

そうした考えのもと2019年7月に誕生したのが、会員型コワーキングスペース『point 0 marunouchi』。単なるオフィス事業ではなく、未来のオフィス空間づくりを目指した実証実験の場としてつくられているのが最大の特徴。各社が開発中の製品・サービスを設置して利用者には積極的に試してもらっている。

オフィス内にセンサーなどを配し製品の利用状況を正確にデータ収集できるのはもちろん、社外の人が同じオフィスに集っているからこそ、客観的な意見を気軽に聞くことも可能。協創や実験の空間としての価値に重きを置いているからこそ、一般のコワーキングスペース運営とは異なり、この空間自体も絶えず変化を続けている。

写真

「一般的なシェアオフィス事業は、初期投資を月々の賃貸料や使用料で回収していくビジネスモデル。一度つくったものをできるだけ長く使い続けられた方が利益率は高まります。しかし、point 0は未来のオフィス空間のあり方を試し続けることに価値を置いているため、追加コストを惜しまず変化を続けているのが特徴です。

例えば、最初にオープンして2週間の利用状況を見て、座席の一部を4名部屋につくり変えるなど、かなり臨機応変に形を変えています。もちろん、その中では小さな失敗はたくさんあるんですよ。あるときは、新しくつくった部屋の音が隣に丸聞こえで使い物にならず、即つくり直したことも(笑)。でも、小さな失敗から『これはやったらアカン』が蓄積される。それによって、次に挑戦する際に素早く・確度高く実行できることにつながっていくんです」

コロナ禍の利用データが物語る、人の活躍を引き出す組織のあり方

失敗も覚悟の上で、臨機応変に形を変えられること。その真価が発揮されたのは、新型コロナウイルスによる移動制限や働き方の変化への対応だろう。point 0に参画している企業の社員は軒並み在宅勤務となり、2020年4~5月の緊急事態宣言下ではpoint 0のある丸の内周辺からは一斉に人が消えたという。

世間ではオフィス不要論も囁かれていた中で、同社はどんな舵取りをしたのだろうか。

「多くの人が在宅勤務を経験し、間違いなく働き方は変わっていくだろうと思いました。個人で完結する仕事は、必ずしもオフィスに行く必要はない、むしろ移動時間を考えたらテレワークの方が生産性が高まるということにみんなが気づいた。オフィスがなくなるとは思いませんが、状況に合わせて柔軟に働く場所を変えるのが、コロナ収束後のスタンダードな働き方になるでしょう。

しかし、例えばカフェではオンライン会議がしづらいように、社会全体ではテレワークに適した環境がまだ十分とは言えません。point 0参画企業各社のソリューションを掛け合わせ、高品質で安心なテレワーク空間を社会に増やしていくことが、今後のニーズにマッチしていると考えました」

写真

そこで、「point 0 marunouchi」では大部屋だった一部の場所をオンライン会議前提の1人用個室へと改修。また、個室型サテライトオフィス「point 0 satellite」を事業パートナーと協業し、東京(新宿・立川)、大阪(千里中央、三宮)に開設した。そうした進化もあってか、point 0全体の利用者数や会員数はコロナ禍でも増加傾向を維持。緊急事態宣言下においては一時的に減少するものの、宣言解除後はコロナ禍前の水準以上の稼働となっているという。

また、在宅勤務が当たり前になったことで、「point 0 marunouchi」の利用傾向にある変化が見られた。毎週水曜になると利用数が急増する現象が起きていたのだ。

「利用するみなさんは、『ずっと自宅で働いていると、人に会いたくなる』と言うんです。平日5日のちょうど真ん中の水曜に、リフレッシュの意味も兼ねて来ている、と。仲間が集う場としてのオフィスの役割はこれからも必要なんだと実感しましたね」

しかし、コミュニケーションを取る場としてのオフィスニーズがある一方で、「会社のオフィスには行きたくないけれど、point 0 には行きたい」という意見も多く寄せられているそうだ。その違いにこそ、人のアイデアやモチベーションを引き出す環境・組織づくりの秘訣が隠されているのではないか。

写真

「point 0が支持されているのは、各社の最新技術・アイデアを掛け合わせ、仕事のシーンにあわせた最適な空間をつくっていることも理由でしょう。アルコールや仮眠スペース、シャワーブースも設置し、部活動など“オフ”の要素を仕事空間に持ち込むことで、“遊ぶ”と“働く”の境目を低くしているのも功を奏しているかもしれません。

でも、point 0に行きたいと言ってもらえる一番の理由は、やはり参加しているみなさんが、立場の異なる人との協創を通じて世の中に新しい価値を生み出したいというビジョンに共鳴しているからだと思います。企業の枠を越えた人と人で想いが通じ合えるか。point 0の枠組みは、“どの会社と組むか”ではなく“誰と一緒にやるか”で広がっている感覚なんですよ」

実は、point 0はオープン以来目立った広告・宣伝をおこなわずに、コワーキングスペースの会員数やプロジェクトの参画社数を増やし続けている。それができるのは、ここに集う仲間が同じ志を持つ新たな仲間を呼び寄せてくれるからだ。会社や組織の枠組みにとらわれず、価値観を共有する仲間と集える環境。それこそが、これからのイノベーションの源泉になりえるのかもしれない。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

石原 隆広(いしはら・たかひろ)

ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター テクノロジー・イノベーション戦略室所属。2010年、同志社大学経済学部卒業後、国内大手ERPベンチャーに入社。HR製品の開発・保守に携わる。2013年にFintechベンチャーを立ち上げ5年間経営。2017年12月、ダイキン工業株式会社に入社し、『CRESNECT』プロジェクトに従事。2019年2月、株式会社point0を設立し、同代表取締役に就任。

関連リンク

最新記事

この記事をシェアする

シェアする

この記事のURLとタイトルをコピーする

コピーする

(c) Recruit Co., Ltd.