何事も永遠には続かない。夢を叶えた音楽家が気づいた不安の正体

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文:葛原 信太郎 写真:須古 恵

やりたいことを仕事にする。そんな憧れが「叶ってしまった」ら、その先に何があるか。17年の会社員生活の後にグラミー賞にノミネートされた音楽プロデューサーstarRoから柔軟に生きる術を学ぶ。

世界で最も権威ある音楽賞のひとつ「グラミー賞」。2017年、このリミックス部門にノミネートされた日本人として、マスメディアからも注目を集めたのが、音楽プロデューサーstarRo(スターロー)さんだ。実は音楽家として注目を浴びるようになったのは30代後半。それまでは17年間の会社員生活、副業としての起業などさまざまな職歴を経ている。

憧れだった「音楽で生計を立てる」ことを叶えたが、その後体調を崩してしまった。現在は創造性も経済性も体と心の健康も両立できる新しい生き方を模索中だ。starRoさんは夢を叶えたあと、どんな状況に陥ったのか。そこから何を手がかかりに柔軟に生きる方法を探したのか。試行錯誤の道筋から、現代社会をしなやかに生きるためのヒントを探る。

「ゴールしてしまった」ことで見失った人生の意味

── starRoさんの経歴を教えてください。

父も母も音楽をやっていたので、小さい頃から「音楽を聞くこと」も「奏でること」も身近なものでした。しかし、父には「音楽を仕事にしないほうがいい」と言われて育ちましたし、音楽で生計を立てることには、ネガティブなイメージと憧れと両方を持っていました。

学生時代も音楽を続けていましたが、大学を卒業したあと就職したのは、ゴム製品の会社でした。得意の英語を活かして海外に行けそうだというだけで飛び込んだんです。当時はずいぶんと調子に乗っていたので(笑)、「俺ならどんな仕事だってクリエイティブにできる!」と考えていた。音楽とは言わずとも、なにかクリエイティブな仕事がしたかったんです。

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でも、6〜7年勤めたら、すっかり「会社員の自分」に慣れきってしまいました。その状態に焦って、もっとクリエイティブな業界で働こうとゲーム会社に転職。しかし、配属されたのは経営企画室のような部署で、当初の狙いと違ってしまった。

このまま終わるわけにはいかないと、次は一念発起して渡米。30人くらいのIT企業に入りました。ゲーム会社は大企業だったので、スタートアップに行ったら違うかもと思ったんです。でも、やはりなにか物足りなかった。

── 会社の規模や仕事内容を変えることでは、漠然とした違和感は解消できなかった、と。

だったら自分が自分のボスになり自由に働いたらどうかと、副業という形で自分でビジネスをスタートしました。ライブ音源をその場でUSBメモリに収録して販売するサービスを立ち上げたんです。加えて、音楽家のマネージャーやバンドのツアーマネージャーなど音楽業界の裏方仕事も経験。社会人になってからも音楽制作やDJは続けていましたが、音楽に関係したことが本格的に「仕事」になったのはこのときが初めてでした。

その頃、音楽ファイルを自由にアップロードし、世界に向けて音楽を発表できる『SoundCloud』というサービスがリリースされました。そこにアップした僕の音源をとあるレーベルの担当者が見つけてくれたことで、レーベルへの所属が決まり、リミックスや制作仕事が増えていきました。

自分の音楽が多くの人に届き、とうとうツアーマネージャーから自分がツアーする立場になりましたが、ギリギリまで会社には所属していたんです。経済的な安定はありがたいものでしたから。最終的には辞めましたが、長い時間をかけて、恐る恐るここまで来ました。かなり慎重な足取りだったと思います。

── そうして、グラミー賞のリミックス部門にノミネートされるまでになったわけですね。

受賞こそできませんでしたが、音楽活動としては非常に大きなタイトルです。もちろん嬉しかったのですが、あまりにも大きなタイトルが突然目の前に現れたので、音楽活動のゴールを迎えてしまったような感覚でした。以降、自然と「このあと何をしたらいいんだろう」と考えるようになりました。さらには、商業的で大衆的なグローバルメジャーな音楽業界とは肌が合わなかったこともあり、次第にメンタルを崩してしまいました。

その後、かなり重いうつを経験。一時は家賃が払えずホームレス状態になるなど、相当つらい時期を過ごしました。心療内科に通ったり、瞑想やヨガを始めてみたり。哲学を学んでちょっとだけ救われたりして。

天国のような時も地獄だと感じた時もありましたが、今となっては辛かった経験も含めて、全部良かったと思っています。

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生き方もリリースと検証を繰り返す

── なぜ「全部良かった」と思えるのでしょうか。

いろんなことを経験したからこそ、自分が本当に大切にしたいことがわかったからです。仕事や進路を選んだり変えたりする時、多くの場合は、その仕事や進路を体験していません。おそらく、それまで自分が見聞きしたことを元に、自分なりに想像しているのだと思います。

これは「自分」についても同じではないでしょうか。自分が認識する自分をつくっているのは、誰かからの評価だったり、自分の希望的観測だったりしますから。では、どうしたら自分を理解できるようになるか。僕の場合、いろんな仕事や社会での役割を経験し、何かを得たり失ったりしたことで、少しずつ本当の自分がわかってきました。

── どんなことがわかってきましたか。

自分が幸せに生きるためには、気持ちよく暮らしていくための収入に加えて、自発性を大切にしながら音楽を続けることが必要だということです。しかし、仕事として音楽に関わっていると、どうしても両者が干渉してしまう。だから、音楽家という仕事に「自分の好きな音楽をつくり続けること」と「生活に必要な資金を稼ぐこと」のふたつの機能を負わせないことにしました。

今は音楽以外の仕事をいくつか掛け持ちしています。そこではドライにストイックに、お金を稼ぐことを追求している。一方、音楽の方では「お金を稼がなくては」という強迫観念がないことで存分に楽しみ没頭できています。

でも、自分の好きな音楽をつくることでお金もついてくるようになったら、その時は音楽の比重をふやせばいいと思っています。その逆もしかりですね。

何事も、ひとつに頼るのは不安定の素だと思うんです。それでもひとつに頼ってしまうのは、いまの状態が一生続くだろうという希望的な観測があるのではないでしょうか。だからいまのポストや所属、立ち位置にしがみつきたくなってしまう。不思議なもので、うまくいっているときこそ執着が捨てられないんですよね。

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── 生き方をひとつに決めて執着しないことが大事であると。

そうですね。これまでは「好きなことで飯を食う」や「成功するまでやり続ければ失敗はない」といった、ひとつの道にこだわり続ける姿が良しとされてきた。

しかし、僕がいまここにいるのは、道をひとつに定めることなく、柔軟にキャリアを築いてきたからこそ。走りながら考え、ときにいろんな仕事や役割を同時進行でこなして、自分にあった道を調整してきたんです。

すでにソフトウェアやプロダクトの開発では、リリースと検証を繰り返し、作り続ける方法が一般的になっていますよね。同じように仕事や人生を考えてみたらいいと思うんです。

筋トレではなく、ストレッチやヨガ。力を抜くことで見えること

──執着から抜け出して柔軟に生きるために、どんなことが最初に一歩になると思いますか。

一旦、張り詰めている身体や心からスッと力を抜いてみたらどうでしょうか。執着しているときって、その執着する対象を手放すまいと体に力が入っていると思うんです。だから、力を開放することは執着を手放すと言う意味でも大事かなと。力を抜いている状態が普通になるといいですよね。スポーツでも、普通の状態は力を抜いておき、必要なときに力を入れますよね。仕事だって同じだと思うんです。

ビジネスパーソンはジムに行って「力をつける」方向に努力しているのをよく見ますが、ヨガやストレッチなど「力を抜く」ことのほうが必要なのではないかと感じます。

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── サウナが流行っているのも、無意識に身体を緩めること求めているのかもしれませんね。

そうだと思います。みんな、力を入れすぎているんじゃないかと。先日、20代の若者の討論会に呼んでもらったんですが、そこにいた若者は「安心するのが怖い」と言っていました。要するに、安心しちゃうと張り詰めて頑張ってきたものが崩れ去ってしまうのでは?ということでした。常に頑張っていないと不安なのでしょう。

若いころはとくに「夢」「憧れ」「ロールモデル」を追いかけることが目的になってしまう。SNSや広告がそれを煽るように四六時中展開されていますし。でも、燃料をくべ続けるような人生ではいつかすり減ってしまうかもしれない。

逆説的ですが、若い時はとにかく一生懸命やってみて、一回夢を叶えてしまえばいいと思います。そのときに「何のために頑張っていたのか?」と我に返ったら、そこからが本当のスタート。ぼくは気づけたので、のんびり生きます。いま、とても楽しいですよ。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

starRo(スターロー)

横浜市出身、東京を拠点に活動する音楽プロデューサー。 2013年、ビートシーンを代表するレーベル「Soulection」に所属し、オリジナル楽曲から、フランク・オーシャンやリアーナなどのリミックスワーク、アーティストへの楽曲提供なども行なう。2016年に1stフルアルバム『Monday』をリリースし、The Silver Lake Chorus「Heavy Star Movin’」のリミックスがグラミー賞のベスト・リミックス・レコーディング部門にノミネートされるなど、オルタナティヴR&B、フューチャーソウルなどのシーンを中心に注目を集める。13年間のアメリカ生活を経て2019年に日本帰国。音楽活動の傍ら、自身の活動経験、海外経験を活かし、インディーズ支援団体「SustAim」を立ち上げ、執筆やワークショップを通して日本のインディーズアーティストの活性化のための活動にも従事している。UPROXX誌いわく、「恐らく本当の意味でグラミーにノミネートされた最初のSoundCloud発プロデューサー」。

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