神奈川県大和市「おひとりさま政策課」と考える、インクルーシブな環境づくり

神奈川県大和市「おひとりさま政策課」と考える、インクルーシブな環境づくり
文:葛原 信太郎 写真:須古 恵(写真は左から五ノ井博之さん、阿部 亨さん)

「一人になっても ひとりぼっちにさせない まち」を目指す神奈川県大和市。高齢のおひとりさま世帯を手厚くサポートする、おひとりさま政策課課長・終活コンシェルジュと考える、誰もが生きやすい社会に必要なこと

生きていれば、誰もが年をとり高齢者になり得る。人生100年時代と言われて久しいが、社会の仕組みや、身の回りの環境は長い人生に対応しているだろうか。高齢社会への変化は、社会課題も生み出すが、それは新たなニーズが生まれることも意味する。ビジネスパーソンであれば、年齢に限らず目を配っておく必要があるだろう。

今回お話を聞いたのは、大和市役所の「おひとりさま政策課」課長の阿部 亨(あべ・とおる)さんと、終活コンシェルジュの五ノ井博之(ごのい・ひろゆき)さん。神奈川県大和市は現在、高齢者世帯(65歳以上の方を含む世帯)の40%がひとり世帯。これは、2040年に全国の平均値となると推測される割合だ。高齢者が増えていく社会に必要な環境づくりはいかなるものか。2040年を先取りしている大和市の取り組みから考える。

経済レベルや身寄りの有無に関わらず、相談相手のいない高齢者を広くサポート

── はじめに、お二人が「おひとりさま政策課」に携わるまでのキャリアを教えていただけますか。

阿部 私たちは二人とも福祉に関わる部署の経験があります。私が最初に配属されたのは老人福祉課でした。その後、保育園の待機児童問題を担当したり、生涯学習に関する業務に関わったりしたあと、2021年4月からおひとりさま政策課に配属されました。

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おひとりさま政策課課長の阿部亨さん

五ノ井 私は、生活保護のケースワーカー、福祉・健康部門を経て、退職時には健康福祉部長でした。おひとり様などの終活支援事業の前身となる葬儀生前契約支援事業にも関わり、現在は再任用職員となって終活コンシェルジュとして窓口に立っています。

── おひとりさま政策課は、どのように生まれたのでしょうか。

阿部 現市長が、高齢社会を「多死社会」と捉え、さまざまな政策に取り組んできたことが大きいです。はじめに取り掛かったのは終活支援。2016年に「葬儀生前契約支援事業」を経済的弱者を対象に開始しました。

この支援を続ける中で、一人暮らしの高齢者に大きな不安があることがわかってきました。未婚の方はもちろん、パートナーがいてもどちらかは先立たれます。かつ、核家族化が進み、お子さんが近くに住んでいない人も多い。経済的に余裕があったとしても、家族がいても、困っている人はいるんです。

そこで、広く一人で暮らす高齢者や相談相手がいない方を支援する部署をつくろうと、2018年に健康福祉総務課の中で「おひとりさま支援担当」がスタートしました。2021年に担当から課へと格上げされ、この4月からおひとりさま政策課として私が着任しました。

五ノ井 終活コンシェルジュは、課の中にある担当名です。大和市役所には、認知症コンシェルジュ、保育コンシェルジュなど他の課にもさまざまなコンシェルジュがおり、終活コンシェルジュもそのひとつです。

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おひとりさま政策課終活コンシェルジュの五ノ井博之さん

── おひとりさま政策課を立ち上げる、大和市固有の状況があるのでしょうか。

阿部 現在、大和市の人口は約24万人で、65歳以上の高齢者は約5万8000人と24%ほど。日本全体では29%なので、平均よりは若い市です。しかし、65歳以上の方を含む世帯、すなわち高齢者世帯のうち、単身世帯の割合は約40%。この数字は、現状の全国平均34%より高く、高齢化問題を語る上で重要な年となる2040年の全国平均とほぼ同じなのです。

── 人口減少と団塊ジュニア世代が高齢者になることで高齢者人口が最大となる年ですね。

阿部 そうです。つまり、大和市は未来のおひとりさま状況を先取りしているんです。そんな状況を踏まえて、終活支援をはじめとしたおひとりさま施策の推進を目的に、おひとりさま政策課が誕生しました。さまざまな施策の計画・実行や調査などにあたっています。

五ノ井 私の役割は「コンシェルジュ」として、窓口に来られた方、電話をくださった方のさまざまな相談に乗ること。体調や体力的に市役所に来られない事情がある方であれば自宅に出向くこともあります。相談件数は、平均すると1日1〜2件程度ですが、相談時間に制限はないので長い間話し込む場合もあります。

「福祉」の外にいる高齢者の相談に乗る

── おひとりさま政策課が誕生してから、高齢者の方からはどのような声が届いていますか。

五ノ井 とにかく市役所に来れば、困りごとを受け止めてくれている人がいることに安心感を抱いていただけているようです。おひとりさまは、情報を集めることも容易ではありません。スマホの操作を知りたいときも、新しく必要になったものを買うときも、調べる手段が少ない。インターネットを駆使できる人は多くないですし、子どもがいても「ちょっとした困りごとで迷惑をかけたくない」という意識が働きます。

「なるべく自分で解決したいけど、どうしたらいいのか分からない」と、初めの一歩が踏み出せない。かと言って、民間の相談窓口は、お金を取られたり、何かを売りつけらたりするんじゃないかと不安を抱く人も少なくないようです。専門家への相談も、難しいことばかりで理解できなさそうだ、と不安に感じてしまう。市役所の相談窓口はもちろん無料ですし、基本的な信頼があるので相談しやすいのだと思います。

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── 市民のみなさんからはどんな相談が来るのでしょうか。

五ノ井 葬儀や病気、相続などの終活相談は多いですが、もっと漠然とした日々の悩みや人付き合いに関する相談などもあります。おひとりさま政策課のような、福祉領域の外にあることも相談できる部門はこれまで存在しませんでした。

だからこそ、状況を客観視し、市民のみなさんの心に寄り添うことを大切にしています。「その状況に陥っているのは、あなただけじゃない」「いろんな人が困っていて、あなたが悪いわけじゃない」と。その上で、提案できる限りの解決方法も提示する。相談内容によっては市役所の別の課や、専門機関を紹介することもあります。

加えて「本当はこうしたい」と答えを持っている方もいらっしゃるので、話を聞いて、胸のつっかえをとってあげて、少し背中を押してあげることも不可欠。その方が前向きになれるようなサポートをしたいと思っています。

── 一人ひとりに合わせた対応が重要になりそうです。他方で、すべての方の課題を解くには全体へのアプローチも必要ではないでしょうか?

もちろんです。この相談窓口と同じくらい喜ばれているのが、おひとりさまの困りごととその解決方法をまとめた冊子「生活お役立ちガイド」です。終活支援だけでなく、生活の困りごとや、居場所になりうるコミュニティの情報など、さまざまな内容を網羅しました。編集もいろいろと工夫しまして、漫画を多用し、文字は大きく必要最小限。市役所だけでなく、お店やコミュニティスペースなどいろんな場所で配布しています。当初用意した2万冊はすべて捌けて、追加で刷りました。市の広報物としては異例のヒットです。

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阿部 課として大切にしているのは、おひとりさま“だけ”ではなく、おひとりさまも含めた広くさまざまな人をサポートすることです。高齢者の居場所やコミュニティが大事だという話はよく出ますが、市民のみなさんと話しているうちに、誰もが人との深い関わりを求めているわけではないのではないか、ということが見えてきました。

そこで企画した一例が、大和市の市民大学「健康都市大学」です。そこでは専門家をお招きするのではなく市民が自ら講師を務めます。自分の好きなことや経験を、誰かに披露する。その催しに集まった人と、その場でコミュニケーションを取って解散する。そのぐらいの気軽なコミュニティにもニーズがあるんです。これはおひとりさまにとっての人との緩いつながりを生み出す意味もありますが、高齢者か否かを問わず、さまざまな人に必要なものだと痛感しています。

五ノ井 高齢者支援や終活支援に熱心な自治体は多いですが、対象に制限を設けない大和市のようなやり方は珍しいようです。行政はどうしても「福祉」視点になりがちです。そうすると、お金に余裕がある人や家族がいる人は後回しになりやすいんです。しかし、実際に現場に入れば、お金があっても家族がいても、一人で自分の終活に悩んでいる市民は大勢いる。対象に制限をかけないことで、多くの人に喜ばれる市民サービスになりました。

デジタルとアナログの両軸で、環境整備を

── 「おひとりさま政策課」の活動から見た時、人生100年時代に向けた環境づくりには、どのようなことが必要だと思われますか。

五ノ井 要素はさまざまあると思いますが、今後間違いなく重要になるであろうことのひとつには、高齢者のデジタル環境作りがあるでしょう。今、さまざまな要素がデジタル化されていますが、高齢者にはデジタルではなくアナログな対応を残そうとしていることが多いかと思います。

しかし、よくよく考えれば高齢者こそデジタルテクノロジーを使いこなせるべきではないでしょうか。使い方さえ覚えれば、高齢者はデジタルの恩恵を多く受けることができる。スマホが使えればいろいろな情報を自分で調べられるし、デジタル決済が使えれば不自由な手先で小銭を財布から出す必要はない。体が不自由でも、XR技術があれば遠くのどこかへ擬似的に行けるわけですから。

阿部 実は高齢者自身もデジタルへ対応したいという意欲があるのです。本市で今年実施したアンケートを通して、おひとりさま世帯に「どんな催しがあったら参加したいか」という問いを投げかけたところ、答えの上位に「スマホ教室」が入っています。つまり、スマホを使えるようになりたいというモチベーションは多くの方が持っている。市としてもなるべくサポートしたい領域です。

── 定量的にも見えてくる傾向なのですね。

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阿部 そうですね。その一方で、リアルコミュニケーションも大事にしていかなければいけません。東京都健康長寿医療センター研究所の調査によれば「社会的な孤立」および「閉じこもり傾向」にある場合、どちらにも該当しない場合に比べて、6年後の死亡率が2.2倍高まるそうです。デジタルだけでは健康は保てないのだと思います。外に出て、人と話すことを習慣づけなくては。

五ノ井 ビジネスパーソンは、仕事をしているうちはさまざまな人とのつながりがあります。しかし、仕事が人間関係の中心だと、退職後には人とのつながりも同時に絶たれてしまうかもしれない。できるだけ社外に友人・知人・ネットワークを持っておくとよいと思います。私自身、今は再任用職員として働いているので仕事のつながりもありますが、退職前から地域活動にも参加してきたので、ご近所との関係性も大切なネットワークになっています。

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阿部 誰もが年をとるし、誰もがおひとりさまになる可能性があります。パートナーがいても、同時に亡くなることは稀ですから。自分の将来だと思えば、自ずとどんなことが必要になるのか、どんな社会やサービスがあるべきなのか。自分が高齢者になった時をイメージしておくことが大切かも知れません。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

阿部 亨(あべ・とおる)

1996年に大和市役所に入庁。老人福祉課で高齢者の生きがい活動支援に従事したあと、保育園の待機児童問題や、生涯学習のための施設運営を経て。2021年4月より現職。

五ノ井博之(ごのい・ひろゆき)

1980年に大和市役所に入庁。生活保護のケースワーカー、福祉・健康部門を経て、退職時には健康福祉部長。退職後に再任用職員として現職。

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