偶然とタイミングが私をサッカーに導いた――FC東京新社長が歩む偶発的キャリア

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文:森田 大理 写真:須古 恵

インターネットの道を歩んできた一人の会社員が、サッカークラブの新社長に。FC東京 川岸滋也社長の歩みから、変化の激しい時代におけるキャリアの築き方を学ぶ

あの出来事がなければ、いまの自分はなかっただろう──。

人生に大きな影響を与えた「偶然」は、きっと誰にだってあるはずだ。この偶然が、ビジネスパーソンのキャリア形成に大きく関わっていると論じるのが、心理学者のジョン・D・クランボルツ教授が発表した「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」である。

「予期せぬ出来事がキャリアを左右する」「偶然の出来事が起きたとき、行動や努力で新たなキャリアにつながる」「何か起きるのを待つのではなく、意図的に行動することでチャンスが増える」という3つの骨子から成り立つこの理論は、目まぐるしく世界の状況が変化するいまの時代、道標のひとつになるのではないだろうか。

今回話を聞いたのは、2022年2月にプロサッカークラブ「FC東京」の新社長に就任した川岸滋也さん。川岸さんは、NTTドコモ、ミクシィ、リクルートと渡り歩いた後、再びミクシィへ戻ってグループ傘下のスポーツ事業を牽引する立場にある。

一直線にキャリアを進むのではなく、ときにUターンもしているように見える川岸さんは、どんなキャリア観をお持ちなのだろうか。Jリーグ2022シーズン開幕直前の2月14日に、話を聞いた。

「やってみたい」と好奇心で飛び込んだ、インターネットの世界

川岸さんは1976年生まれ。子どもの頃は、「良い大学を出て良い会社に行く」といった親からの期待を漠然と感じていたし、そうすることを疑問にも思っていなかった。ただ、具体的な将来像を描いていたわけではない。大学に進学し経済学を専攻。勉強もサークル活動も遊びもそつなくこなしていたものの、どちらかと言えば社会人になることを嫌がっていたタイプ。タイムリミットを伸ばすために就職浪人すら考えたそうだが、親が許してくれるはずもなく、重い腰を上げて就活をはじめる。

「明確にやりたいことがあった訳ではなかったんです。ただ、私が大学生だった90年代後半はインターネット黎明期で、パソコンでいろんな情報にアクセスできる便利さから、『これからはネットの時代が来るんじゃないか』という予感があった。SF好きなこともあって、映画で観るようなサイバーワールドが現実になったら面白いと、ネットの仕事に興味を持ちました」

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ファーストキャリアに選んだのは、NTTドコモ。通信インフラの会社の面接なのに、「ネットサービスがつくりたい、ECをやりたい」と事業の枠にとどまらない志望動機を語ったことが気に入ってもらえたのではと、川岸さんは振り返る。在籍した9年間ではいくつかの職種を経験したが、中でも思い出深い仕事は、携帯電話を超えたサービス検討をしたことだ。

「2000年代の携帯キャリアは、携帯電話及び、自社の通信回線の中で世の中に価値を提供することが当然でした。しかし、インターネットの世界はモバイルもパソコンも地続きです。だからこそ携帯の中に閉じず、広くインターネットでお客様と接点を持つことが必要だと考えたんです」

まだスマートフォンが登場する前の時代。当時からすると、一見突拍子もない発想だったのかもしれない。しかし、スマートフォン、タブレット、パソコンを使い分け、様々なものがインターネットにつながるIoTも身近な2020年代の私たちは、川岸さんの予測が現実になることを知っている。このように、今のサービスの範囲にこだわらず、時代の先を読んだビジネス検討・サービス開発をしてきたことは、川岸さんのキャリアの原点になった。

また、このスタンスが川岸さんを次のキャリアへ導く。携帯キャリアの枠にとどまらずに、もっと自由にサービスをつくってみたい。そんな気持ちで2008年に飛び込んだのが、ミクシィだったからだ。

「当時、TwitterやFacebookはまだ日本に上陸したばかり。国内で一大SNSプラットフォームとして成長したmixi上で様々なコンテンツやアプリを展開すべく、パートナーとのアライアンスを手掛けました。開発企業向けの説明会を開けば、毎回満員。ネットビジネスの潮目が変わるタイミングで、大きなチャレンジをできた時代でした」

「求められる」ことに応えるうちに拓けてきた、新たな道

NTTドコモへの就職も、ミクシィへの転職も、インターネットビジネスに対する意欲から選んだこと。いわば、「やってみたい」と自らの意思で選び取った一直線のキャリアだ。ところが、ここから先の川岸さんのキャリアは、偶然の積み重ねによって自身も想像していなかった方向に進み始める。最初の転機は、2012年にリクルートへ転職したことだ。

「ミクシィを一度離れる決意をしたとき、次の選択肢は他にもありました。むしろ、当時のリクルートはまだ紙の情報誌の文化が色濃く、ITの会社へとシフトする過渡期。私のこれまでの基準だったら、インターネットの先頭を走っているような他の会社を選んでいたと思います。でも10年以上ネットサービスで培ってきた能力を、たまたま予想もしていない会社が求めてくれた。自分のケイパビリティをどう活かせるのか、新しい道に進んでみたくなったんです」

川岸さんが新天地で最初に担当したのは、結婚準備の総合サイト『ゼクシィnet』。シニアマネジャーとして、サービス開発の各種検討・調整を担った。仕事内容自体はこれまでと大きな違いはないものの、自身の立ち位置がガラリと変わったことを感じたという。

「私はエンジニアではないので、ドコモやミクシィではあくまでもビジネスサイドの“文系人材”として開発と折衝していたんです。それが当時のリクルートにはIT人材が今ほどいなかったこともあり、私はエンジニアリングに詳しい“理系人材”のように重宝された。そうしているうちに、“ビジネスサイドと開発サイドの真ん中に立ち、バランスを取る”ことが自分は得意なんだと気づいたんですよね」

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その後は、リクルート内の開発組織の再編や、新規事業の立ち上げにも参加。“バランサー”としての強みを発揮しながら、ステークホルダーの様々な事情をまとめプロジェクトを進めていく。しかし、その次に川岸さんが担当したのは、事業やサービスには直接関わらないバックオフィスの仕事。望んで進んだ道ではなかったが、これが次のキャリアのきっかけとなる。

「“働き方改革”を推進するチームで、社内のIT投資を担当したんです。多様な働き方を実現するにはどんなITツールが必要なのかを検討すると同時に、プロジェクトを推進する中で、単にツールを提供するだけでなく業務変革が必要なことも分かってきた。今でいうDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性を強く感じ、これは社内だけの話だけでなく世の中全体の問題だと捉えるようになりました」

時代の先を読み、自分の価値が発揮できるタイミングを狙う

DXを社内だけでなく、社会に広げていきたい――。川岸さんは、どうせやるなら最もDXが遅れていそうな分野に関与する方がインパクトは大きいと考えた。そこで辿り着いたキーワードこそ「スポーツ」だった。

「ソフトバンク、楽天、DeNA…。IT大手が続々とスポーツ事業に参入していることからも、この分野にITの知見を投入することで何か大きなシナジーが生まれる可能性があるように感じました。何より業界の外からみると、何もかもアナログな“IT砂漠”のようにも見えた。ここなら自分のやりたいこと、求められていることの両方が実現できそうな気がしたんです」

ここで川岸さんは古巣ミクシィに出戻る決意をする。同社は、B.LEAGUE所属のプロバスケットボールチーム「千葉ジェッツふなばし」とのパートナーシップ契約を皮切りにスポーツ事業に注力しており、Jリーグ「FC東京」ともスポンサー契約(後に子会社化)していた。2020年7月より同社のスポーツ事業部に籍を置いた川岸さんが主に取り組んでいるのは、スポーツ事業そのもののDXだ。

「スポーツクラブ運営の内側を見て分かったのですが、コロナ禍の影響もあって業務のDXは進んでいました。クラウドストレージもオンライン会議も使いこなして、一般企業と比較しても生産性や自由度は遜色ないレベル。その一方、スポーツクラブにおける収入の柱はスタジアムで試合を観戦してもらうことであり、極めてアナログな事業スタイルを続けているという現状があります。

でも、ITの知見を投入すればまだまだ可能性はあると思うんです。例えばメタバースやVRといった技術を使って新たな観戦スタイルを提案するとか。ITによってスポーツの新たな体験価値をつくれたら、これまでよりも多くのファンを獲得することにもつながるはずです」

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こうした構想を練ってきた川岸さんは、傘下のチームに提案するだけでなく自らが実行の陣頭指揮を取るべく、2022年2月にFC東京の新社長に就任した。インターネットの世界に憧れていた青年が、20数年後にまさかサッカークラブの経営者をしているとは、学生時代には想像もしていなかっただろう。

「もちろん、まったく考えもしなかった場所に辿り着いた感覚ですよ。でも、インターネットがキーワードなのは昔から変わっていません。変わったのは、昔はインターネットど真ん中にいたかったけれど、最近は自分のインターネットの知見をどこで活かすべきかと考えるようになったことでしょうか。

その意味では、時代を先読みしてベストなタイミングで新しい場所に飛び込むことを大事にしてきた気がします。今、私がFC東京の経営に参画するチャンスをいただけているのも、スポーツの分野にIT人材がまだまだ足りないから。今の自分にできることと、FC東京のあらゆるステークホルダーから求められることのバランスを取りつつ、個人としてもチームとしても新たな取り組みを続けていくこと。それこそ、今の私がこの場所にいる意義なのだと思っています」

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

川岸 滋也(かわぎし・しげや)

慶應義塾大学経済学部卒業。1999年 株式会社NTTドコモ入社。コンテンツ開拓やポータル運営、Webサービスの立ち上げ等、ネット事業全般に携わる。2008年7月 株式会社ミクシィ入社。mixi Platformを活用したプラットフォーム戦略の検討や各種アライアンスを推進。2012年 株式会社リクルート入社。ネット系開発部門やコーポレート部門で従事後、2020年7月 株式会社ミクシィに復帰。ライブエクスペリエンス事業本部 スポーツ事業部の事業部長を経て、2022年2月 プロサッカークラブ FC東京を運営する東京フットボールクラブ株式会社 代表取締役社長に就任。

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