こだわるが、とらわれない。HARIOが創業100年を経ても変化し続けられる理由

こだわるが、とらわれない。HARIOが創業100年を経ても変化し続けられる理由
文:葛原 信太郎 写真:須古 恵

コーヒー関連器具やキッチンウェア等で知られる耐熱ガラスメーカーHARIO。実は同社、始業は理化学品で、現在はアクセサリーブランドも展開している。創業100年のものづくり企業が、変えること、変えないこととは

今から100年後、現代のビジネスやサービスがどのくらい残っているだろうか。1年後すら予想がしづらい昨今の状況を踏まえれば、100年後なんてまるで想像がつかない。しかし、100年以上事業を続けてきた企業も確かに存在する。

耐熱ガラスの企画・製造・販売を手掛ける「HARIO」もそのひとつだ。創業は1921年。ビーカーやフラスコなど理化学用ガラス器具のメーカーとしてスタートし、コーヒーやお茶などの家庭用のガラス器具にもものづくりの範囲を広げた。2013年にはアクセサリーブランド「HARIOランプワークファクトリー」もスタート。耐熱ガラスを素材に、さまざまなものづくりに取り組む。

2021年に創業100年を迎え、さらに事業を広げていくHARIOは、何に軸足を据え100年間生き抜いてきたのか。広報の辻本真理(つじもと・まり)さんに、同社の歴史を振り返りながら話を聞いた。

耐熱ガラスの特性を時代のニーズを組み合わせる

── 現在はコーヒー関連器具で知られるHARIOですが、もともとは理化学用ガラス器具を作っていたと伺いました。御社が、家庭用のプロダクトを出すようになった経緯を教えてください。

きっかけは、アメリカの進駐軍がコーヒー文化を一般化させたことでした。彼らは日本に持ってきたコーヒーを淹れる器具「コーヒーサイフォン」が割れてしまい、代替品を探していました。また、街の中にも洋食を出す飲食店が増え始め、業務用のコーヒーサイフォンの需要が高まっていた。そこに目をつけたのが、弊社の創業者だったんです。

私たちは、創業から一貫して「耐熱ガラス」を扱ってきました。耐熱ガラスには、いくつかの特徴があります。例えば、ボトルやカップなど一度形作った製品に、取手や管などを付け足す「二次加工」ができる。「直火」に強い。「臭い移りや色移りがしにくい」など。ビーカーやフラスコといった実験用のガラス器具に生かされていたこれらの特徴が、ちょうどコーヒーサイフォンに適していたんです。さらに、耐熱ガラスと金属やプラスチックなどの異素材を組み合わせて製品を作るのが弊社独自の強みでもあります。

── HARIOの強みとコーヒーサイフォンの特性の相性がとてもよかったんですね。

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そうなんです。1950年代には、コーヒー関連のプロダクトを充実させつつ、食パンを焼くトースターなども開発しました。1960年代に大きくヒットしたのは麦茶のポットです。当時の家庭でも麦茶が親しまれていましたが、今のようにお茶のパックではなく、やかんで煮出して作っていました。煮出した麦茶は、冷ましたあとにビール瓶に入れて保存していたそうです。でも、ビール瓶は注ぎ口が狭くて、とても入れにくい。当時の社長が「うちの耐熱ガラスでポットを作れば、熱いまま注げるし、注ぎ口も広くできる」と考えて販売を開始したところ、またたく間にヒット商品になりました。

会社は順調に成長し、それまでの工場では生産が追いつかなくなります。1971年には、茨城県の古河に工場を新設、今なお同じ場所でものづくりをしています。その後も、コーヒーや紅茶などのラインナップを充実させたり、電子レンジ用調理器具やご飯釜など家庭でのニーズに合わせて、さまざまな家庭用プロダクトを開発していきました。

理化学用の製品は今でも作りつづけていますが、売上の規模は家庭用のプロダクトのほうが大きいです。また、ここ数年の特徴として、売上における海外市場の割合が増えています。今では、40%ほどが海外での売上で、そのほとんどがコーヒー関連の商品です。アジア、欧米、中東、アフリカ、南米…。世界中でコーヒーは飲まれています。その中でも、少なくないコーヒー好きの方々がHARIOを支持してくれており、大きく需要が伸びているんです。

最初はサイフォンから始まりましたが、ドリッパー、サーバー、ケトルなど、これだけ多角的にコーヒー関連のプロダクトを作っているメーカーは私たちくらいだと思います。

機械化が進んでも、職人が必要なワケ

── 2013年には「HARIOランプワークファクトリー」がスタートし、耐熱ガラスから生み出したアクセサリーを販売していますね。これはどのような流れで生まれた事業なのでしょうか。

そもそもアクセサリーを作ろうとしていたわけではないんです。始まりは東日本大震災でした。あの日、工場周辺が停電してしまい、溶かした耐熱ガラスを加工できなくなってしまった。かつ、溶けていたガラスは冷えて固まってしまい、使い物にならなくなってしまった。事故的にできてしまった巨大なガラスの塊を目の前に「どうにか無駄にせず何ができないか」と考え、生まれたアイデアが「アクセサリー」だったんです。

というのも、耐熱ガラスからアクセサリーを作る技術は、創業時に職人が理化学品を作っていた技術と同じなんです。アクセサリーは、一本の細い管状のガラスを、バーナーで熱しながら形を作っていきます。今でこそ工場にある炉でガラスを溶かしてものづくりをしていますが、創業時には大きな炉なんて持っていませんでした。当時は管状のガラスを買い、バーナーで溶かして理化学品を作っていたんです。アクセサリーは、技術的には原点回帰の側面もありました。他方で、今までやったことのないものづくりへの挑戦でもありました。

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最初こそ、社内のデザインチームがアクセサリーのデザインを起こし、いつもは理化学品や家庭用のプロダクトを作っている職人がアクセサリーを形作っていましたが、今では「HARIOランプワークファクトリー株式会社」という別会社を設立。ランプファクトリー内にデザイナーも職人も抱えています。

── HARIO本体の職人さんと、ランプワークファクトリーの職人さんは別ということですか。

そうですね。基本的に、耐熱ガラスでのものづくりは力仕事なので男性が多いんです。観光地のガラス工房などでガラスをプーッと膨らませる体験がありますが、耐熱ガラスは簡単には膨らみません。一般的なガラスよりも固いからです。それに息を吹き込む竿もとても重い。重量のある竿を回しながら、強く息を吹き続けるために、長年筋トレを続けている職人さんもいます。

しかし、アクセサリーであれば手元の作業なので、耐熱ガラスを膨らませるほどの体力は求められず、女性も活躍しやすい。東日本大震災の被災地である、福島県、岩手県、茨城県に加えて、北海道、東京都、奈良県に拠点をつくり生産しています。ただ、技術継承の観点から、HARIOの職人がランプワークファクトリーの職人に技術指導をすることも行っています。

もちろん、HARIO本体の中でも技術継承は進めています。若手の教育にも力を入れており、昨年の夏には女性の職人さんも仕事をスタートしました。ベテランの皆さんは若手が技術を継いでくれること喜んでいますね。

── 職人さんを育てる一方で、ものづくりの機械化が進んでいるのではないでしょうか?

もちろんです。古河工場でもコンピュータ制御とオートメーション化が進んでいます。しかし、今でも職人の技術は私たちのものづくりの前提にあります。職人の技術を応用してオリジナルの機械を作るので、彼らの技術がないとそもそも機械が作れないんです。

また、どれだけ機械の性能があがっても、職人の手じゃないとできないこともある。例えば理化学品は、ビーカーやフラスコだけではなく、複雑で大きな実験器具などの発注があります。それらは機械で作ることができず、今でも弊社の職人が手を動かして作っています。技術の進化で多くのことが機械でできるようになりましたし、1960年代に比べれば職人の数こそ減りました。それでも、職人の手仕事は必要不可欠なものです。

製造だけでなく、検査にも同様に人の介在が必要です。HARIOの検査は、機械と人間のダブルチェック。品質に厳しい日本のユーザーのレベルに合わせるには、機械だけでは勝負できませんから。

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耐熱ガラスにこだわるが、とらわれない

── 理化学品、家庭用プロダクト、アクセサリーと、時代に合わせてさまざまなプロダクトを生み出すために変化してきた御社ですが、変えずに守ってきた要素もあるかと思います。変えるべきこと、変えるべきでないことをどう見極めているのでしょうか。

耐熱ガラスを主素材にものづくりをしてきたことはずっと変わりません。ガラスにもいろいろと種類があるんですが、耐熱ガラスという素材を創業者が選び、それにずっとこだわってきました。

ただし、耐熱ガラスにとらわれないものづくりを続けてきているんです。耐熱ガラス“だけ”を作るのではなく、樹脂や金属、木などの異素材を組み合わせて、プロダクトを作る。それによって、皆さんの生活や心が豊かになったり、笑顔を生むようなものを生み出し続けてきたという自負があります。

収益の大きなウェイトを占める家庭用プロダクトは、言ってしまえば生活必需品ではありません。あったらうれしいとか、あったら便利というような、嗜好品に近い商品です。今はコーヒー関連器具が主力ですが、それまではお茶だったり、紅茶だったり、ご飯釜だったり、時代によって受け入れられてもらえるプロダクトを積極的に探して、柔軟に提案も変えてきました。

つまり「耐熱ガラスにこだわるが、とらわれない」ということです。

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例えば最近ですと、カフェ事業にも進出しているんです。HARIOのコーヒー関連器具を使って淹れたコーヒーを飲めるカフェでもあり、ランプワークファクトリーのアクセサリーを中心として、コーヒーなどのプロダクトを並べたショップでもあります。コーヒーが飲みたいと来店された方と、アクセサリーを見たい来店された方、その両者の方にそれぞれ「HARIOって、こんなものも作っているんだ」と知っていただければと思っています。

── こだわるが、とらわれない。そのバランスが大切なのですね。

弊社では、毎年、いくつかの新商品を出します。これらは、部署に限らず社員なら誰でも提案できるコンペによって生まれているんです。私も出したことはありますが、良い提案がたくさんきますので、商品化まで勝ち残るアイデアを出せたことはありません(笑)。耐熱ガラスに囚われていたら、今のようなビジネスの広がりは生まれなかったでしょう。

弊社は昨年、創業100年を迎えました。1921年の創業当初からある「耐熱ガラスにこだわるが、とらわれない」という文化は、この先の100年、200年も続いていくのだろうと思います。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

辻本真理(つじもと・まり)
マーケテイング本部 企画広報部 部長

総務部門をへて、企画広報部へ。PRだけでなく、社内報の編集制作や、HPやSNSの運営から製品PV編集まで担当。

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