決め手はデータよりも情熱。テレビ東京プロデューサーが考える良いドラマづくりの条件

決め手はデータよりも情熱。テレビ東京プロデューサーが考える良いドラマづくりの条件
文:森田 大理 写真:須古 恵

ドラマ『だから私はメイクする』『共演NG』『来世ではちゃんとします』などを手掛けるプロデューサー。テレビ東京の祖父江里奈さんに聞く、視聴者から愛される番組制作に必要な視点

現代女性のリアルな生き様を描いた『だから私はメイクする』。アラフォー女性が遅咲きの青春を謳歌する『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』。性をこじらせたイマドキ男女が登場する『来世ではちゃんとします』…。これまでにない題材、時代にマッチした空気感のドラマを世に送り続けているのが、テレビ東京の祖父江里奈プロデューサーだ。

一歩間違えば大きな批判を浴びかねないデリケートな題材も多い祖父江さんの企画が、番組として実現でき、視聴者から共感を得ているのはなぜなのだろうか。広く様々な業種の商品・サービス開発にもつながるヒントとして、祖父江さんのドラマ作りのスタンスや、時代のニーズをキャッチアップする方法、プロデューサーとしての信条などを伺った。

マーケティングは説得材料。作り手の情熱こそ、ものごとが動く決め手

── 単刀直入にお聞きしますが、祖父江さんは「良いドラマ」の条件とは何だと思いますか。

テレビ局社員という立場から言えば、大前提は会社に利益をもたらすことです。その意味で昔から視聴率が取れる番組を求められてはいますが、視聴率だけでなくテレビ放映終了後のDVDやBlu-rayの販売も視野に入っていますね。また、最近はネット配信でヒットすることを狙ったドラマづくりも珍しくなくなりました。テレビとネットでは視聴環境が違うので、配信を意識すればドラマの構成も変わる。サブスクリプション型のサービスだと最終回まで“いっき観”できますよね。その視聴スタイルにあわせて、1話30分程度、全6~8話くらいのコンパクトな作品が増えてきています。

── 時代のニーズにあわせてドラマのつくられ方も変わってきているんですね。番組の中身に関してはいかがでしょうか。祖父江さんが携わっているドラマは、メイク動画やマッチングアプリなど、トレンドを巧みに取り入れているように感じます。

もちろん、そのドラマ枠の中心となる視聴者層を意識した内容にはしています。ただ私、「流行をキャッチアップしよう」とか「トレンドを上手く使おう」というモチベーションがあんまりないんですよ。とはいえ情報収集は必要なので一応チェックしていますが、「流行っているから勉強しておかないとなあ」くらいの気持ちで嫌々観ているのが大半です。こんなスタンスじゃダメなんですけどね。

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── では、どうやってドラマの企画を考えているんですか。

私が観たいものをつくっているだけなんですよ。例えば30代女性向けのドラマをつくるとしたら、「私も30代女性の一人なんだから、私が観たいってことは世の中の何%かは観たい人がいるでしょ?」という根拠のない自信を大事にしています。ただ、自分の興味の中でもできるだけ関心を寄せてもらえそうなものは選んでいますけどね。例えばマッチングアプリもエロも興味がある人は一定数いるだろうけど、自分が積極的にその世界に入っていくのは抵抗があるかもしれない。「ドラマの世界でやってみる、見せてみる」というのは需要があるだろうと思ったんです。

── 綿密なリサーチとかマーケティングをもとにしているというより、作り手の想いが強く影響しているんですね。

私もそうだし、周りのプロデューサーたちも数字やデータより「この企画に情熱を持てるか」が判断基準になって動いている人が多いです。例えば、2020年の4月期に放送された『浦安鉄筋家族』。今ヒットしている漫画が原作ならまだしも、20年も前の漫画が原作では企画を採用しづらいのは当然でした。でも、このドラマが実現したのは、担当プロデューサーが浦安市出身でどうしてもやりたいという熱意が誰よりも強かったから。おかげで、なかなか他では観られないヘンテコな作品が出来上がりましたね。

結局、何が売れるかどうかなんて誰にも分からない。私たちエンタメの仕事では尚更です。時代の空気を読めば、今の王道は「ゆるさ」とか「みんな違ってみんな良い」というトーンなのかもしれないけれど、昨年は「大金を賭けたデスゲーム」とか「ヤンキーのタイムリープもの」とかが大ヒットしましたよね。マーケティングは企画の説得力を高める材料にはなるけど、結果を保証はしてくれない。だったら、私は作り手の熱量に賭けてみる方が面白いはずだと思っています。

「誰も傷つけない」は不可能。「一人でも傷つく人を減らす」努力を

── 祖父江さんは、番組の企画のもととなるネタやヒントをどのように得ていますか。

圧倒的に人から教えてもらった情報ですね。情報収集源にしている特定の雑誌やウェブサイトは一つもないくらいです。でも、別にネタを集めるために人と接している訳ではないですよ。普段から仲の良い人たちが教えてくれる、「これ観た?」「〇〇って知ってます?」といった人づての情報を一番信頼している感覚です。

例えば、広告代理店に務めるAさんは流行全般やフェミニズムについて教えてくれますし、元上司で現在はフリーで活動するテレビプロデューサーの佐久間宣行さんは、「レコメンドエンジンなの?」って思うくらい私にぴったりのエンタメ作品をおすすめしてくれます。実家の母が送ってくる新聞の切り抜きとかも面白いですよ。そこが気になったんだっていう視点が(笑)。

もちろん、全部の情報が役に立つことはありません。ただ、大事にしているのは「ハズレを恐れないこと」。プロデューサーとして一番イタいのは、自分が時代の最先端にいると勘違いすること。「自分はダサいし老害だ」くらいの気持ちで情報に接するようにしています。なので、おすすめされたものはあまり興味がなくても観てみます。もしそれがつまらなかったら、「あれ超駄作だったよ」と別の飲み会のネタにすれば良いんです。でもそれがヒットしたりしたら「私の感覚がズレてんのかな…」と焦ったりもしますけど(笑)。

── 生身の人からの情報を大事にしているんですね。その意味では、祖父江さんがドラマ以前に『モヤモヤさまぁ~ず2』や『YOUは何しに日本へ?』など、一般の方が登場するバラエティ番組を担当していた経験も活かされているのではないですか。

その通りですね。街頭インタビューや密着取材を通して、私の日常ではきっと触れ合うことはなかったであろう人たちにたくさんお会いしました。例えば、深夜2時に東京を出発して東北の漁師さんに会いに行ったり、海外からやってきた人たちの来日目的に密着したり。ときにはコスプレや地下アイドルの現場に同行したこともあります。

そんな風に一般の皆さんを通して自分の関心の範囲を広げることができた。もちろん、それだけですべてを分かった気になるのは違うけれど、少なくとも私の知らない世界がこんなにもあるのだと理解できたことは、ドラマ制作におけるアイデアの幅に確実に影響していると思います。

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── SNSはあまり使わないんですか。

ほとんど見ないんです。ただ、唯一Twitterだけは好きで良く使っています。特にTwitterでチェックしているのは、「今世の中で何が燃えているか(炎上しているか)」。こんな話をすると、性格悪い人だと思いますよね(笑)。でもこれは、ネガティブな意味だけで見ているのではないんですよ。燃えている=みんなが興味のあるテーマだということだから。多くの人に認知されており、人それぞれに考えや言いたいことがあるから燃えている。世間の関心のバロメーターとして参考にしていますし、ドラマづくりにおける「地雷」がどこにあるのかを知るヒントにもしています。

── ネット炎上は、テレビ番組だけでなくあらゆる企業・産業にとって悩ましい問題ですよね。祖父江さんは「自分がつくりたいもの」と炎上リスクとのバランスをどう取っていますか。

これは諦めにも似た覚悟なのですが、私の仕事はマスに向けたものである以上、「誰も傷つけない」は不可能だと思っています。例えば、スポーツ番組でアスリートの雄姿を観て感動する人もいれば、「この人に比べて私はなんてちっぽけなんだろう」と傷つく人もいるかもしれない。どう感じるかは受け手次第です。でも、だからといって開き直るのではなく、ゼロにするのは難しくても「一人でも傷つく人が減らせるように配慮を尽くす」こと。そのために私は「地雷」をチェックして、「こういう考え方をする人もいるんだ」と理解するようにしています。

様々な事情が発生して当然。企画は55%実現できれば上出来のライン

── ドラマ制作は、監督や脚本家のほか大勢のスタッフや役者が携わる、関係者の多い仕事ですよね。その中で、祖父江さんはプロデューサーの役割をどう捉えていますか。

端的にいえば、「予算とスケジュールを管理しながら全体を統括し、期日までに番組を納品する責任を追う人」ですね。監督さんや脚本家さんには全力で中身のクオリティを上げていただきつつ、様々な問題を調整しながら、プロジェクトとして成立させるのが私の役割だと思っています。

── 監督や脚本家、主要キャストに誰をブッキングするかが作品を左右する面もありますよね。

そうですね。自分がやりたい企画を実現するために、適役の人を口説き落とす力もプロデューサーの腕が問われるところなんです。例えば、大物作家の原作や、大御所俳優を口説き落とすのに、長い直筆の手紙を書くプロデューサーがわりとたくさんいます。非常に古典的だけど、相手に熱意を伝えるには意外と有効なんですよね。また、人脈ネットワークを広げ、気軽に声をかけられる人がどれだけいるかも重要。「まだ本決まりじゃないんですけど、企画が採用されたら相談して良いですか?」とお願いできる関係性の人が多ければ、企画の実現性も上がりますから。

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── やはりここでも、熱意や人脈がキーワードなんですね。全体を統括する人ほど、人間力は欠かせない要素なのでしょうか。

その側面はあると思いますよ。ドラマ制作の現場では、関係者のいろんな事情が複雑に絡み合いますから、日々いろんな調整が走っていますし、当初の企画通りに行かないことや、関係者の希望が他の事情で実現できないことなんて、山ほどあります。そんなときに、誠意を持って先頭に立って謝るのもプロデューサーの仕事。「今回はごめんなさい。次回、実現しましょう」と心を尽くして言えるか、も大事ですよね。

プロデューサーって、自分一人では何にも作れないですから。関係者のみなさんがいてはじめてドラマがつくれる。だからこそ、みんなの願いができるだけ実現できるように、誰よりも走り回って一番汗をかくのが私の仕事だと思っています。ただし、誠心誠意動いてそれでもダメだったときは「ごめん!無理だった!」と潔く気持ちを切り替えるのも大事ですけどね。

── 実際のドラマ制作で、当初の理想通りには行かないことってどれくらいあるんですか。

結構多いですよ。オファーした役者さんに断られることや、さまざまな事情で脚本や演出の変更が必要になることも珍しいことではありません。肌感覚では45%くらい。逆に残りの55%を実現できたなら上出来のラインだと思うようにしています。ただ、これは私が会社員だからかもしれません。仮にコケても来月いきなり給料がゼロになることはないですからね。自分の名前を看板にしてやっているフリーランスのクリエイターさんは、常に100%を目指して全力で向かってきます。

一方で、どんなに理想が実現しなくても、作品そのもののクオリティが55点ではだめですよ。例え天変地異のような自分たちに責任のないことが起きたとしても、視聴者の皆さんに観ていただく以上は最低75点以上の作品に仕上げること。それがプロデューサーとしての責任だと思っています。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

祖父江 里奈(そぶえ・りな)

2008年、テレビ東京入社。制作局CP制作チームに配属。バラエティ番組制作を担当した後、2018年に制作局ドラマ制作部(現:制作局ドラマ室)に異動。『来世ではちゃんとします』『だから私はメイクする』『共演NG』『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』プロデューサー。チーフプロデューサーとして携わるドラマ24枠(毎週金曜24:12〜)では4月から『しろめし修行僧』がスタート。

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