段差のある保育施設は安全じゃないからダメ?日比野設計が考える人生100年時代

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人生100年時代

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文:葛原 信太郎 写真:須古 恵

その選択、運営の都合で決めていない?幼児施設と福祉施設を専門とする設計事務所「日比野設計」の日比野拓さんと考える人生100年時代に必要な環境づくり

生きていれば、誰もが年をとり高齢者になる。人生100年時代と言われて久しいが、社会の仕組みや、身の回りの環境は長い人生に対応しているだろうか。高齢社会への変化は、社会課題も生み出すが、それは新たなニーズが生まれることも意味する。ビジネスパーソンであれば、年齢に限らず目を配っておく必要があるだろう。

今回お話を聞いたのは、幼児施設と福祉施設に特化した建築設計事務所「日比野設計」の代表取締役会長である日比野拓(ひびの・たく)さんだ。オフィスが入居するビルには、カフェと保育園を併設。その運営も同社が行い、運営ノウハウも蓄積しながら、より良い施設設計を目指している。幼児施設の運営を通じて日比野さんが考える、人生100年時代に必要な環境づくりを聞いた。

設計技術と運営ノウハウの掛け合わせ

── 日比野設計が、幼児施設と福祉施設に特化したのはなぜなのでしょうか。

背景にあるのは戦後日本の社会の動きです。日比野設計が設立された1970年代は高度経済成長期。ベビーブームがあり、幼稚園や保育園が必要になりました。建てるためには設計が必要ですから、その頃の設計事務所は幼児施設の仕事が多かったはずです。そこから人口構成が変化するに従い、福祉施設や高齢者施設の仕事も徐々に増えていきました。

しかし、バブル崩壊によって、建築需要は激減してしまいます。それを受け、先々代社長は「顧客満足を高める為には設計事務所も専門分野を持つべき」と判断。その時に注力しようとなったのが、幼児施設と福祉施設でした。今では、幼児施設の設計には「Youji no Shiro」、福祉施設の設計には「福祉施設研究所」というブランドで業務展開をしています。

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── 日比野設計ではさらに、保育園やレストランも運営されていますよね。これはどうしてでしょうか。

設計の完成度を高めようとすると、設計だけをやっていては不十分だと思ったからです。施設の運用方法が洗練されていたり、利用者や運営者が求めている要素を的確な言葉にして伝えられれば、私たちも精度の高い設計をしやすくなります。しかし、多くの場合はそうではありません。

どんなに意図を持って設計しても、運用方法とマッチしなければ、的確に機能する施設にはならない。運営と設計がカチッと噛み合わなければ、最終的に不便を被るのは利用者なんです。

── 作り手と運営者がうまくマッチしていないことは、施設の設計に限らず多くの場面で起こっているように思います。

そうなんです。私たちも設計をすればするほど、そのミスマッチが気になるようになってきた。それなら自分たちが運営者になってみればいいという発想で、保育園とカフェの運営を始めました。保育園は「KIDS SMILE LABO」、カフェは「2343 FOODLABO」と名付け、どちらも「ラボ」という言葉を使っています。まさしく私たちのラボ機能として、実践と実験の場を兼ねている。カフェや保育園の運営や施設の運用方法の改善にも使われるし、本業である設計にもフィードバックできるんです。

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事務所を構えるビルの中にある保育園「KIDS SMILE LABO」。室内ながら、段差のある空間を活かすことで子どもたちが思いっきり運動できる環境をつくっている。/撮影:HIBINOSEKKEI

用意するのではなく、経験を通じて獲得する「安全性」

── 「KIDS SMILE LABO」を見学させていただきましたが、フロアに段差があったり、鏡張りの個室があったりと、確かに実験的な設計だと感じました。一見すると、危ないようにも思えます。

世間一般の子どもの安全に対する捉え方から見れば、確かに「危ない」と言われてしまうと思います。多くの幼児施設では、段差は極力なくしますし、角は丸めたりクッションを巻いたりしますから。そうしたくなる気持ちはもちろんわかるのですが、その安全性は「その場しのぎ」だとも思うのです。

子どものころの経験で「高い場所から落ちて背中を打ち、一瞬息ができなくなった」といったことはありませんでしたか? 痛かったり怖かったりという経験をすることが学びになり、次の行動に気をつけるようになる。もちろん、命にかかわるような危険は避けねばなりませんが、多少の痛い思いも含めてたくさんの経験をすることが、将来の安全につながる。そんなことを考えて設計しています。

── 意図的に「安全すぎない空間」を用意しているといったイメージでしょうか。

一言でいうと「あえて、細かいこと気にしない」んです。何歳の子であっても、幼児施設の一歩外に出れば、大人と同じ空間を生きている。それなのに、幼稚園とか保育園だけに特別な配慮がされていることに私たちは疑問を持っています。だから極力、大人と同じような環境をつくることを大切にしています。

これは設計に限らず、運営でも同様です。例えば、KIDS SMILE LABOの食事は、陶磁器やガラスの食器で提供しています。子どもはすぐに落としたり投げたりして危ないだろうとよく言われますが、実際に見ていると割るのはだいたい大人なんですよ(笑)。

子どもは大人になりたいという思いを持っています。大人のマネをしたいし、大人と同じものを使いたい。自然と生まれる背伸びしたい・成長したいという願望に寄り添い、大人が環境を用意することが大切ではないでしょうか。

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同じく事務所と保育園のビルにあるカフェ「2343 FOODLABO」。オーガニックな素材にこだわり提供する食事は、保育園や設計事務所スタッフにも提供される。/撮影:小野田陽一

── なぜそのように考えるようになったのですか。

自分が小さいときの感覚が大きいと思います。怪我をすることも含めて、さまざまな経験をしてきたことが学びにもなったし、何よりも「楽しかった」という思い出があります。これは危ないからダメ、これは安全じゃないからできないということが増えてしまえば、それだけ子どもたちの選択肢を奪うことになる。

私がまだスタッフの一人として仕事をしていたころ、会社では一般的な安全性を基準に設計をしていました。私はその方針が不服で、当時から自分なりの安全性を踏まえて設計していたのですが、上司の承認はおりませんでした。今でも、世間一般の認識や状況は変わっていないと思います。KIDS SMILE LABOが大手のニュースサイトに掲載されたときは、段差や角に対するコメントも頂いたりしました。

だからこそ、ぜひ実際に私たちの保育園を見てほしい。最初は恐る恐る行動していた子どもでも、しだいに空間を認知し、気をつけるべき場所を学び、元気に自由に走り回れるようになっていく。子どもは日々成長するのだな、と実感できます。

KIDS SMILE LABOに通う園児の歩数を調査すると、多い日では1日に2万歩も歩いている子がいることがわかりました。街なかにある室内の保育園だとどうしても運動量は下がってしまいがちですが、室内の段差など子どもが動きたくなるような仕掛けを駆使すれば、運動量を上げることもできると考えています。

── ラボという名の通り、数値を測定して分析されているのですね。

私たちの領域で難しいのは、幼児も高齢者も「感じていることを言葉にするのが苦手」なことです。子どもはまだうまく感情を表現できませんし、高齢者も日常生活における自立度が下がれば下がるほど言葉を扱えなくなります。

ですから、私たちが考える快適性が本当に快適かどうかは入念にかつ客観的に検証すべきだとも思っています。現在、大学と連携して調査研究などを進めており、数値として証明すべく努力している最中です。例えば、アロマを使った空間は睡眠時間や寝付きに良い影響があるのか、食事を改善することは日々の健康につながるか、などを考え検証しています。

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高齢者施設も、幼児施設も「自分だったら?」と問いかける

── では、高齢者施設の設計で大切にしているのはどんな点でしょうか。幼児施設とも通じる側面もあるのでしょうか。

「安全について考える」という点では共通しています。ただし、方向性は真逆。子どもの場合先ほどお話ししたように安全のための経験を用意します。一方の高齢者は、危険だと理解はできますが、体が思うようには動かないため、可能な限り危険となる要素を排除し安全を担保します。
あとは、特に高齢者施設の場合、運営者の方に「それは本当に入居者さんのためになっていますか?」という問いを投げかけます。設計の打ち合わせをすると、お客様は必ず「入居者であるお年寄りのために」と言いますが、実際には運営側の使い勝手が優先されてしまうことがほとんどだからです。

例えば、高齢者施設の床は、テカテカとした病院のような材質が選ばれることが多い。これは運営者が掃除をしやすいからです。照明も蛍光灯にしてオフィスみたいに白く明るくしがち。これも運営者の視認性を高めるため。入居者さんに落ち着いて部屋で過ごしてもらいたいのなら暖色の明かりのほうが良いですよね。こうしたことの積み重ねで快適さとは真逆の空間になってしまいがちなんです。

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大阪府堺市にある地域密着型特別養護老人ホーム、グランドオーク百寿。1階には誰でも利用できるカフェ、マーケット、イベントスペースがあり、利用者だけでなく地域の人々も訪れる。/撮影:Ryuji Inoue(Studio Bauhaus)

── 幼児施設設計の根底には幼少期の感覚があるということですが、高齢者施設となると、なかなか当事者の感覚を持つのは難しいのではないでしょうか?

「入居者のためになっているか?」という問いにピンとこなければ「自分がその空間にいたいか」と問い直してみてもいいかもしれません。当事者じゃなくとも、今の自分がイヤだなと思うものが快適ということは少ないのではないでしょうか。

もし私自身が施設に入るなら、できるだけ「本物」で満たされた空間にいたいと思います。だから私たちは、あまりフェイク素材を使いません。床であれば木に似せたクッションフロアではなく、本物の木のフローリングを。器は本物の陶磁器やガラスを使います。

光も同様で、自然光っぽい照明を用いるのではなく、明るい時間帯は自然光が降り注ぐように設計しています。室内と室外のつながりを生めるような窓の位置・サイズを考え、季節の移り変わりを感じられるようにします。そういった工夫が、日々生きている実感につながるのではないかと考えるからですね。

── できるなら、そんな考慮がされた施設に入りたいです。そういった「自分だったら?」と問い直すのは、現役世代のビジネスパーソンが人生100年時代の環境を考える上でも大切になりそうですね。

今、目の前にあるものだけから考えるのではなく、自分が選びたい選択肢を、自分自身で増やしていくということなのだと思います。自分が子どもだったら「大人と同じ」ことをしたいし、自分が高齢者なら「本物に囲まれた」生活をしたい。だから、そういった選択肢を用意しているんです。

目の前にある当たり前の選択肢が、本当に自分にとってベストとは限りません。高齢者向けでも幼児教育においても、選択肢を広げることはとても重要でしょう。選択肢がなければ、選びようがないですから。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

日比野拓(ひびの・たく)

株式会社日比野設計 代表取締役会長。子ども関連施設設計の第一人者。幼児施設に特化したブランド「Youji no Shiro」を立ち上げ、関わった幼稚園、保育園、こども園、こども関連施設に関する設計は540園を超え、更にヨーロッパやアジアでの計画も進行している。また、デザイン以外にも、ワークショップや講演会、国内外の子どものデザイン視察ツアーの企画などをおこない、子どもを中心としてデザインや環境の大切さを啓蒙し続けている。

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