ハーバード大学 経営大学院教授 ランジェイ・グラティさんのリクルート考
リクルートに見る、フレームワークのなかの自由
リクルートグループは社会からどう見えているのか。私たちへの期待や要望をありのままに語っていただきました。
リクルートグループ報『かもめ』2022年7月号からの転載記事です
自由に決め、インパクトを実感 コミットメントを引き出す方法
私がリクルートグループに興味を持ったのは、ベンチャー企業のスケール方法を研究している時です。リクルートマーケティングパートナーズ(現まなび 教育支援Div.)の山口文洋さん(現OB)は、『受験サプリ』(現『スタディサプリ』)という教育関連サービスを立ち上げ、当初3名だったメンバーを数年で1000名規模にまで増やし、しかも一人ひとりに強い目的意識を持たせていることを知りました。
私は東京を訪れ、リクルートグループの経営者たちにインタビューを行いました。そして、リクルートには新しいビジネスを生み出すためのユニークな方法があること、加えて、そのアイデアをビジネスとして成立させ、利益を上げるだけでなく、社会をより良くするレベルまでスケールアップさせることに一貫して成功している、ということを見出したのです。
起業家精神を育むフレームワーク
1960年創業のリクルートには、企業、行政、教育、マスコミなど、さまざまな分野で活躍するOBOGがいます。採用された従業員には、経歴や経験に関係なく、早い段階からビジネス創出の機会が与えられます。日々の仕事のなかで「何がしたいのか」「なぜここにいるのか」と頻繁に問われ、自ら考え、判断する力を養うのです。
リクルートには、従業員が自分のアイデアを実際のビジネスにつなぐための具体的な道筋が用意されています。社内の新規事業提案制度「Ring」や、KPIの活用、「Will-Can-Must」と呼ばれるマネジメントシステムによる従業員の志の明確化などです。
例えばWill-Can-Mustの“Can”は現在の能力、“Will”は野心的な目標、“Must”はその差をどう埋めるか、の意。リクルートの従業員は、会社が用意したフレームワークのなかで、起業家のように自由に考え行動することができる。そのフレームワークがあるからこそ、社内から多くの起業家が生まれ、成功しているのです。
企業利益と社会的価値を接合するフレームワーク
しかし、このようなやり方には、常に危険が伴うのも事実です。従業員に自由を与えすぎると、混乱が生じやすくなる。だからこそ、組織全体の目的意識が重要なのです。
リクルートグループでは目的(パーパス)をビジョン・ミッション・バリューズという形で表現されていますが、そのなかの重要な要素として、社会的価値を優先することが挙げられます。
『スタディサプリ』を調べていて驚いたのは、事業が黒字化しないうちから、リクルートグループの経営トップが数年間も投資の支援を続け、英・ロンドンの教育技術系スタートアップQuipperの仲間入りのための追加投資を許容したことです。
これは、リクルートグループの経営が、『スタディサプリ』が社会的価値のあるパーパスの達成に向けて実証的に進んでいる限り支援することを約束したからだと解釈します。
従業員たちは、仲間や経営陣が志をひとつにしてパーパスを追求する姿を見て、その輪に加わっていきました。これは一見簡単そうに見えますが、多くの企業では難しいことなのです。
フレームワークの背景や歴史をグローバルに共有できるか
グローバルに展開すればするほど、パーパスを持ち続けるための方法は複雑になっていきます。リクルートの次なるチャレンジは、規模も事業領域も拡大していくなかで、いかにして起業家精神を維持していくかということになるでしょう。
1988年のリクルート事件以降、より高い企業倫理を獲得するために行ってきた協調的な努力は、現在の企業文化に深く浸透しているため、ほとんど語られることがありません。しかし、このような歴史や暗黙の了解を、世界中の異なる背景を持つ従業員たちと共有することは、非常に複雑で難しいことなのです。
従って、リクルートは自分たちの戦略をもう一段進化させる必要が出てくるかもしれません。とはいえ、リクルートがこれまで行ってきた起業家的行動を促す施策の成功や、スケールアップの各フェーズで過去の困難を乗り越えてきたことを踏まえれば、今回も必ず道は開けると信じています。
リクルートグループのパーパスに対するコミットメントは非常に強いので、この環境のなかから社会的価値の高いベンチャービジネスがたくさん出てくることを期待しています。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- Ranjay Gulati(ランジェイ・グラティ)
- ハーバード大学 経営大学院 教授
-
ハーバード大学経営大学院組織行動学ユニットの元ユニット長、経営人材養成プログラムの元チェアマン。1987年MITスローン経営大学院で経営学修士号、93年 ハーバード大学組織行動学博士号を取得。93年から2008年までノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院で、08年からはハーバード大学経営大学院で教鞭をとっている