自己実現は好奇心から 株式会社MIMIGURI 安斎勇樹さんと考える「健全な大人の自分探し」

自己実現は好奇心から 株式会社MIMIGURI 安斎勇樹さんと考える「健全な大人の自分探し」

自分の好奇心が満たされ、社会への価値提供もできる、そんな自己実現はどうしたらできるのか?『問いのデザイン』の共著者である株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEO/東京大学大学院特任助教 安斎勇樹さんをゲストにお招きし、好奇心を起点にした仕事での自己実現に関する社内向けトークイベントを開催。その内容を抜粋してご紹介します。

「仕事で実現したいことは立派なものであるべき」、は誤解です! 自分の好奇心を起点に考えよう

現在、リクルートは「CO-EN」という人材マネジメントのコンセプトを掲げ、好奇心を起点に協働・協創が生まれる場の実現を目指しています。本日のトークイベントでは特に「好奇心」にスポットを当てながら、従業員から寄せられたキャリアに関するさまざまな疑問や悩みに対して、安斎勇樹さんと堀川拓郎さん(リクルート 人材・組織開発室 室長)にご意見やアドバイスをいただきます。

ーでは、最初のテーマとして「そもそも仕事で実現したいこと(Will)って何ですか?」を取り上げたいと思います。仕事で実現したいこと(Will)の解釈は人によって異なりますが、おふたりはどのようにお考えでしょうか。

堀川:リクルートの人事担当として、まず私からお話しさせていただきます。「Will・Can・Must」は一般的にも幅広く活用されているフレームですが、リクルートではこれを人事制度に組み込み、従業員は定期的に「Will-Can-Mustシート」を用いて目標設定や振り返りを行っています。寄せられた疑問・悩みには、「仕事で実現したいこと」、つまり「Will・Can・Must」でいうところの「Will」に関するものが目立ちました。

私が気になっているのは、「仕事で実現したいこと(Will)は立派なものでなくてはならない」との誤解が多いということです。例えば、元日本代表サッカー選手の本田圭佑さんは小学生の頃に「セリエAの背番号10番になる」という夢を掲げました。そのように自分が成し遂げたい将来的なゴールもひとつのWillの考え方です。

一方、現在持っている好奇心や価値観に基づくもの、例えば「目の前の仕事を通じて同僚の役に立ちたい」といった意志も、立派なWillではないでしょうか。つまり、意志は変化する前提で、その時、その人が「エネルギーを出せるのはコレ」というものがWillなのだと、私自身は捉えています。

では、意志の起点・原点にあるのは何か。それは「好奇心」であるというのがリクルートの考え方です。

リクルートのバリューズ(大切にする価値観)のひとつに「個の尊重」を掲げており、その説明に「すべては好奇心から始まる」という記載があることからも、いかに好奇心を重視しているかが分かるかと思います。

リクルートのバリューズ(大切にする価値観)
リクルートのバリューズ(大切にする価値観)は、新しい価値の創造、個の尊重、社会への貢献

そして、その好奇心を、意志を持って行動に変えていくことが大事です。「やってみたいな」と思っているだけでなく何か行動を起こしてみると、そこに「こうしたい」という意志が働きます。ですから、立派な将来像としての意思(Will)がなかったとしても、目の前の仕事に対して意志を持って取り組むことが、結果として高い目標の実現につながることもあるのではないでしょうか。

好奇心とWill
リクルート従業員向けの絵本COEN-Book(後述)より、好奇心とWillについてのページ

安斎:仕事で実現したいこと(Will)の定義はさまざまで、世の中には「年齢や役職に応じた外発的なもの」という考え方もありますが、リクルートでは年齢や役職によらず「好奇心を起点とした内発的なもの」とし、好奇心が自分の意志になり世の中を変えていく原動力になると明言している。他社ではなかなか見られないユニークな考え方です。好奇心は小さな子どもであれ誰にでもあるものですから、それを起点にすることは非常に重要だと思います。

また、私が注目するのは、好奇心や仕事で実現したいこと(Will)は常に変化するということです。自分自身のキャリアを振り返ってみると、Willをプロトタイピングしてきたような感覚を持っています。大学院時代からのテーマである盛り上がるワークショップの実施に向けて試行錯誤するなかで、「投げる問いによって場が大きく変わるのはどういうことなんだろう?」という素朴な好奇心が生まれ、それが10年後に『問いのデザイン』という本を執筆することにつながりました。

その本がきっかけでさまざまな出会いがあり、「企業の組織に対して自分ができることをしたい」と考えるようにもなりました。そんなふうに、次々と行動するなかで、好奇心も変化してきたのです。ですから、最初から「世の中に対して」「お客様に対して」と考えすぎないことも大事かもしれません。

「求められること」にとらわれず、自己実現の旅を楽しむ

―次に、「仕事で実現したいこと(Will)を考える時、会社に求められている成果や役割を思い描きがちです。自分が心から望むWillを見つけるにはどうしたらいいでしょうか?」という質問に対して、アドバイスをお願いします。

安斎:ひとつは、「余白」を作ることが大事だと思います。会社に求められていることや、やらねばならないこと、惰性でやっていることなどに日々が埋め尽くされると、自分が心から望むことは出てきにくくなります。私自身もつい隙間時間があれば刺激で埋めようとしてしまいますが、あえて何もしない時間が重要かもしれません。私が起業しようと思ったのも、禅寺で座禅を組んで瞑想している時のことでしたから。

外的価値と内的動機

また、「会社から求められること」と「自分が望むこと」の関係性からも、図を用いて考えてみましょう。図では、上に他者から期待されること・喜ばれることである「外的価値」、下に自分がやりたい・興味があるという「内的動機」を置いてみました。この上下のふたつが結びつくことが、いわゆる「自己実現」なのだと思います。

しかしながら自己実現は非常に難易度が高く、このふたつはそう簡単には結びつくものではありません。

例えば、高校生が、野球をもっと続けたいけど保護者からは受験勉強への集中を求められる。ミュージシャンが、作りたい曲は別にあるのに、トレンドに合わせてヒット曲を作る・・・と、両者に距離があることが多々あるでしょう。

そこで大事なのが、「あきらめない」ということ。あきらめずにやり続けていると、外的価値と内的動機のどちらかがもう一方に近付いていき、つながることがあるのです。

すると、例えば、やりたいことを粘り強くやっていたら何かの拍子で評価を得るになるというように、内的動機が外的価値のほうに近付く。あるいは、最初はやりたくなかった仕事でも頑張り続けたら面白くなってくるというふうに、外的価値が内的動機のほうに近付く。そのように両者がつながると、面白いように成果も上がっていくものです。

但し、その状態は長くは続きません。飽きて内的動機が萎えてしまったり、社会トレンドや会社の方針などの外部環境の変化から価値がなくなったりして、ふたつのつながりが切れる時がきます。そうしたら再びつなぎ直し、また切れて、つなぎ直す。これを繰り返すことが、健全な「自己実現の旅」ではないでしょうか。

人間の自己実現探究によるアイデンティティの発達プロセス

そう考えると、この自己実現の旅を楽しむ上では、誰かに期待されている外的価値を仕事で実現したいこと(Will)に設定するのではなく、期待されていることとは少し離れていても内的動機をWillにすると良さそうです。

堀川:なるほど。必ずしも、仕事で実現したいこと(Will)が今の仕事の延長線上になくてもいいということですね。また、Willは一度決めたらそれをずっと持ち続けなければならないということはなく、日々の環境や自分の好奇心が変わるなかでWillも変化するのは自然なことなのだということも、今のお話で改めて納得できました。

「自己実現の旅」で直面する、矛盾した感情への向き合い方

―「『そろそろ新しいチャレンジをしてみたいけど、今の部署でより成果を出すことに注力するのも捨てがたい』。この感情とどうやって向き合うのが良いでしょうか?」という質問が届いています。健全な「自己実現の旅」を進めるなかでは、このような状況に直面することも少なくないかと思います。ご意見いただけますでしょうか。

安斎:これはおそらく現在の仕事に「飽き」を感じ始めているような状況かと思います。そのぐらいの時が一番コストパフォーマンスよく成果を出せるので、現状を捨てがたくなるのが厄介ですよね。

ご相談のように、キャリアにおいて「AしたいけれどBしたい」という矛盾した感情が出てくるのは健全なことです。だって人間なのですから。そこで焦ってどちらかの感情をなかったことにしたり、正解を探したりするのではなく、まずは矛盾した感情を受け入れましょう。

その上での対処法をいくつか挙げてみたいと思います。第一に、AとBの両方を時間差で満たすという戦略はありそうです。例えば、期間を1年間などに区切って今の仕事をして、その後で次にチャレンジする、という具合です。

また、視点を変えてみるのもオススメです。矛盾していると思っていたAとBに「AだからこそBに活きる」「AをやってきたからこそBがある」といった因果関係を見出そうとしてみる。あるいは、AとBの上位にCという別の概念がないだろうかと探ってみる。そうしたなかでの発見が、矛盾を解きほぐすブレイクスルーになる可能性があります。

AかBという悩みの奥底にある感情は何か、自己内省してみるのも手でしょう。「本当はAがしたいのに同僚に対する嫉妬心からBに憧れを抱いていた」のような、自覚していなかった嫉妬や依存、承認欲求などが見えてくるかもしれません。

堀川:自分の感情の矛盾やパラドックスを解剖してみることや、噛みしめる・意味づけるといったプロセスからは、さまざまな気づきが得られそうです。「AorB」の選択自体よりも、むしろそうしたプロセスが大事なのかもしれませんね。

どのような職場でありたいか? 徹底議論から生まれたコンセプト「CO-EN」

―本日のパネルディスカッションでは「好奇心」が大きなキーワードとなりました。最後に、「すべては好奇心から」と謳っているリクルートの人材マネジメントのコンセプトCO-ENについて、コメントをいただきたいと思います。改めてCO-ENとはどのようなものかを堀川さんからお願いします。

堀川:CO-ENというコンセプトは、2021年に7つの事業会社が統合するタイミングで、「リクルートはどのような場でありたいのか」を徹底的に議論して生まれたものです。CO-ENという言葉には、「公園」のような場という意味と、さまざまな人が出会う「Co-Encounter」というふたつの意味が込められています。一人ひとりの好奇心を育みながら、いろんな出会いがあり、そのなかで新しい価値を創っていく場といったイメージです。

―CO-ENの考え方をストーリーで伝えるCO-EN Bookという絵本も作成しましたね。

CO-EN Book
全42ページあるCO-EN Bookの表紙。データはこちらから

堀川:はい。CO-EN Bookは、CO-ENの実現のために従業員に期待する「自律」「チーム」「進化」の考え方をわかりやすく紐解いた絵本です。リクルートで働く皆さんが、CO-ENという場をどう楽しもうかと考えるきっかけになればと考えています。

―CO-EN Bookプロジェクトには安斎さんにもご参加いただきました。安斎さんはこのCO-ENというコンセプトをどのようにご覧になりましたか。

安斎:第一印象では、これまでのリクルートとひと味違うイメージだと感じたのを覚えています。

その後、CO-EN Bookプロジェクト参加にあたって、コンセプトに至るまでの検討の蓄積を共有いただくと、創業当時の心理学的経営に立ち戻って議論されているなど、想像以上に濃密なコンセプトであることを実感しました。

約8カ月にわたるCO-EN Book制作過程では、CO-ENにいろんなパラドックス(矛盾)が詰め込まれているところが、難しくもあり、面白いと感じていました。

例えば、Willを尊重するんだけれど、まだ本人が気づいていない自分への目覚めを重視する。個人で自律するんだけど、チームを尊重する。一丸となるけれど、はみ出す…そんなふうにさまざまなパラドックスが渦巻いてCO-ENというコンセプトに集約されています。これを理解し、自分の好奇心を活かすことが、このリクルートっていう会社で楽しく遊んで学び、その人らしい自己実現をしていくことにつながるのだと思います。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

安斎勇樹(あんざい・ゆうき)
株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEO/東京大学大学院 情報学環 特任助教

1985年生まれ、東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。企業経営と研究活動を往還しながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について探究している。メディア『CULTIBASE』編集長。共著書『問いのデザイン』はHRアワード2021最優秀賞受賞。近著『問いかけの作法』『パラドックス思考』

堀川拓郎(ほりかわ・たくろう)
株式会社リクルート 人材・組織開発室 室長/ヒトラボ ラボ長

大学卒業後、2001年リクルートに入社。住宅領域にて営業、事業開発、商品企画、事業推進、人事などを経て、2021年4月より現職。人材開発、組織開発、リーダーシップ開発、ダイバーシティ、キャリア形成支援、R&Dなど幅広い役割を担っている。

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