人権デューディリジェンスを超えて~クライアントとともに「人権セミナー」を開催して見えたこと

人権デューディリジェンスを超えて~クライアントとともに「人権セミナー」を開催して見えたこと

2020年10月、日本政府が「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を策定しました。国内企業に対して、社内のガバナンスだけでなくバリューチェーンまでを含めた「人権を尊重する責任」を問い、企業活動における人権に対するリスク調査を求める「人権デューディリジェンス」や「救済措置」の策定も推奨されています。

これまで国連で2011年に採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」や欧米各国法に準じなければならないのは、大手のグローバル企業だけであるという意見もありました。しかし現在では、企業規模・業界問わず、多くの企業が人権対応を検討し始めています。

その一方で、どのように対応をすれば良いのか、そもそも何から始めれば良いのか…といった声もあります。そんななか、リクルートは2023年8月に『企業経営における人権セミナー』を開催しました(全5回・オンライン開催)。

約100社の参加企業担当者から届いた、抱えている課題感や今後のリクルートへの要望などを踏まえ、当日講師をご担当いただいたSDGパートナーズ CEO田瀬和夫氏と企画設計と当日運営を担当したリクルート サステナビリティ推進室 北島麻衣子が語り合いました。

今、企業経営に求められる「人権」の重要性とは

リクルート本社オフィスにて、SDGパートナーズ代表取締役CEO 田瀬和夫氏とリクルート サステナビリティ推進室 北島麻衣子が、2023年8月に開催したクライアント向け『企業経営における人権セミナー』について振り返る。

―2023年8月に開催させていただいた『企業経営における人権セミナー』担当の北島さんと、当日の講師まで伴走いただいたSDGパートナーズの田瀬さんは、対面でお会いするのは初めてとのことですね。

北島麻衣子(以下北島):田瀬さん、本日はワシントンD.C.からご帰国のタイミングでお時間をいただきありがとうございます。世界の潮流から多くの企業事例まで知見をお持ちの田瀬さんに企画から当日の講演まで伴走していただいたことで、参加者の皆様からも多くのご感想をいただきました。本当にお世話になりました。

田瀬和夫(以下田瀬):お声がけをいただけて私も勉強になりました。2020年10月に日本政府から「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」が発表され、国内企業全体に対して社内はもちろんバリューチェーンまで含め、人権を尊重する責任、人権デューディリジェンス、救済措置を求められるようになりました。

普段は比較的、グローバル展開している企業の経営ボードや人事、サステナビリティ推進ご担当などの相談にのる機会が多いのですが、今回の参加企業は事業領域も規模もさまざまで、ご担当も総務、経営企画、広報担当まで幅広いと伺っていたので、この問題をどのように伝えたら、身をもって理解していただき推進につなげていただけるのかを多角的に考えました。

リクルート本社オフィスにて、SDGパートナーズ代表取締役CEO 田瀬和夫氏とリクルート サステナビリティ推進室 北島麻衣子が、今、なぜ企業経営として人権問題に向き合うべきかを語り合った。

―昨今、業界や規模を問わず企業における人権問題への対応が重要になっていると聞きます。特に、国内企業において最初に対応するべきはどのような問題でしょうか?

田瀬:少し前までは人権問題は、主に国家と市民との間の問題や、グローバル展開している企業の問題だと捉えている方も多かったと思います。

しかし昨今、企業内の制度や社風が社内はもちろん取引先や顧客の人権侵害につながること、またそれらに無自覚であるがゆえに長期間の放置につながってしまうという問題が多数顕在化しました。より人権問題が身近な問題であり、無自覚に進行していることを実感した方も増えているように思います。

特に国内において人権問題には、日本の労働市場が抱える根深い課題も強く連関しています。この10年で働き方改革も随分と進んではいますが、まだまだ多くの日本人のなかに、「長時間労働により成果を上げた者を良し」とする価値観が根強く残っているのを感じます。

長時間労働ができる人が昇給・昇進をする一方で、家事や育児・介護を引き受け長時間労働が叶わないと賃金格差が生じるだけでなく、昇進のチャンスも得にくい仕組みになっています。2023年ノーベル経済学賞を受賞した米ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授の『賃金格差など、労働市場で生じる男女格差の要因を明らかにした研究』でも、男女の賃金格差が大きい日本についてさまざまな指摘がなされています。

しかし実際、海外の研究でも長時間労働により生産性は下がり、むしろ週休3日の方が生産性は上がることが明らかになっています。また、精神や身体の健康が害されると同時に、弱い立場に対するハラスメントを引き起こしやすくなります。慣習による無自覚な人権問題の事例も、今回のセミナーで取り上げました。クライアント企業の方々とリクルートがともに考えるきっかけとなればと考えています。

北島:当日取り上げた事例のなかで「広告の炎上事例」なども印象的でした。企業側が悪意なく無自覚に起こしてしまう人権侵害事例について、より意識を高める重要性を実感し、大変勉強になりました。参加企業からも「知らなかったでは済まされない、という重要性を理解できた」という声が多かったです。人権デューディリジェンスにどう対応するか…といった表面的なノウハウで捉えていてはこの問題は解決しない、この意識を超えて理解を進めることの必要性を深く実感しました。
田瀬さんはよく、「人権問題とは、“人の人生のリスク”を考えることだ」とおっしゃっていますね。

―人権問題とは“人の人生のリスク”を考えること…。具体的にお聞かせいただけますか。

田瀬:例えば、児童労働問題を考えてみましょう。この問題について投資家から労働訴訟が起こされるリスクにどう対応したら良いでしょうか…という相談を受けたりすることがあります。

しかし、人権問題の本質はそのような表面的なノウハウでは解決しない。根本的に解決しようと思ったら、「児童労働させられている子どもたちが、同時に教育の機会が奪われ、その人の一生分の将来の選択肢が奪われている」ということを考えなければなりません。そのように本質的に捉え、どう対応すべきかを考えることからしか、人権の問題に対峙できないと考えています。

企業活動に関わる全ての方々の「人生のリスク」を引き起こし一生涯におけるチャンスを奪った分、それは必ずまわりまわって経営リスクとして跳ね返ってきます。表面的なデューディリジェンスのノウハウを学んでも何も解決はしない。こうした根源的な問題から考え直すことで、国家、企業、市民が手を取り合い、全ての人の人生を守る社会を創っていって欲しいと願っています。

クライアント向け『企業経営における人権セミナー』検討の背景

リクルート本社オフィスにて、SDGパートナーズ代表取締役CEO 田瀬和夫氏とリクルート サステナビリティ推進室 北島麻衣子が、2023年8月に開催したクライアント向け『企業経営における人権セミナー』検討の背景について語り合った

―セミナー開催を検討した背景についてお話しいただけますか。

北島:これまでリクルートグループとして人権方針を掲げ、人権に配慮した事業運営を行うよう努力してきました。また、近年企業が取り組むべき人権の範囲が広がりつつあることを認識し、2018年から人権デューディリジェンスも実施しています。
ただ我々としては、これだけでは不十分であるということも自覚しており、社会やステークホルダーの皆様と対話をしながら、あるべき姿を日々模索してきました。
そのなかで、自社だけではなくクライアント企業の皆様とともに考える機会を作り、より幅広い視点で学び、より丁寧に真摯に向き合えるのではないかと気づき、今回のセミナー企画・開催に至りました。

―セミナー開催にあたり、リクルートのサービスを利用しているクライアント企業の方々はどのような課題感をお持ちだったのでしょうか。

北島:いくつかのクライアント企業の皆様が持つ人権課題に対する意識やニーズについてヒアリングをさせていただき、「人権について理解をしていきたいが何から進めたら良いか分からない」「リクルートや他社がどういった取り組みをしているのか知りたい」という声が多い現状を知りました。リクルートとしても世の中の状況を鑑みながら対応を進めている途中でしたので、クライアント企業の皆様も同じテーマで悩まれていることに気づきハッとさせられました。さらに深くクライアント企業各社の現状を理解させていただきながら、ともにこの課題感を深く捉え、考える機会が作れたらという思いをセミナー企画に活かしていきました。

先ほど、田瀬さんがおっしゃったように、今回の参加者の方々が所属されている企業の事業領域も職域も幅広く、人権デューディリジェンス準備のためにイチから人権問題について知りたいという方も多くいらっしゃいました。講義内容やテキストはできるだけ分かりやすい内容にしたいと思い、田瀬さんにもいろいろとご相談をさせていただきました。

田瀬:人権問題を考える上で、現場の変革が一番重要だと考えていましたので、現場に近いご担当者に多く参加いただきたいと思っていました。
グローバル企業をはじめ、サステナビリティ推進の先進企業が共通して抱える問題は、経営と現場との乖離です。海外展開をしている企業では、国際ルールや海外各国の法律に合わせ、経営サイドは先んじて意識高くガバナンス整備が進む一方、現場との乖離が大きくなる。サステナビリティ推進の一番の難しさは現場にいくほどその意識が希薄になっていってしまうことだと思っています。また同時に人権問題に取り組む背景や倫理等の情報も行き届きにくいという課題があります。

しかし、環境問題や人権問題などは現場に近ければ近いほどその一つひとつの判断や行動が人権問題につながっていきます。現場こそ意識を高めると同時に、具体的な制度整備も必要です。人権問題の体系だった知識や概念に加えて、企業の取り組み事例や何から始めれば良いかという具体策も提示していくことが重要だと考えています。

リクルートとしてクライアント企業の皆様とともに「人権」について考える意味

リクルート本社オフィスにて、SDGパートナーズ代表取締役CEO 田瀬和夫氏とリクルート サステナビリティ推進室 北島麻衣子が、リクルートとしてクライアント企業の皆様とともに「人権」について考える意味を語り合った。

―今回のセミナーを実施してみて、参加者の方からの声を含め、気づいたことはありますか。

田瀬:たくさんの気づきがありました。リクルートで長年事業経験があり現場感のある北島さんと取り組めたことや、参加者の方々と質疑応答やアンケートを通じてコミュニケーションできたことは大変意義深かったです。リクルートのようにクライアント企業と質・量両面で接点を持つ会社が、ともに人権問題を理解し、考えていくことに意味があると思います。

北島:ありがとうございます。私たちも学びながら一歩を踏み出すチャレンジでした。参加者の皆様の声から、従業員同士の人権侵害や、経営陣と現場の意識のギャップに課題感をお持ちでいることや、国内外の事例共有といった情報提供への期待が高いことも分かりました。今回、ご参加企業を担当させていただいているリクルート従業員も有志で多数加わってともに学ばせていただく機会になりました。社内の営業担当など現場に近い従業員からも、会社運営において必須の知識であることや、パートナー企業の皆様との関係性を見直す必要性を体感できた…という声も届いてきていて、こうした人権に対する知識や意識が高まっていくことの重要性も感じました。

―リクルート従業員の知識や意識向上も重要ですね。

田瀬:人権とは弱い立場の人が危険を冒しながら勝ち取ってきた権利です。強者の論理で見過ごしてはならない大切な権利。リクルートの従業員の方々はよい意味で、頑張り屋でとても強い人が多いと感じます。頑張ればなんとかなる、と成功をつかんできた人も多いかもしれませんし、あるいは効率性や経済合理性のなかで何かを切り捨てていることに気づかなくなってしまうこともある。強ければ強いほど何か大切なものを見過ごしてしまう可能性をはらんでいることを忘れてはなりません。

リクルートは経営理念に「個の尊重」を掲げ、社会における情報の非対称性を解消するためのマッチングインフラや業務支援により格差解消に取り組んでいる企業だと思っています。より多くのカスタマーとクライアント企業の皆様との対話を通じて、広い視野と深い思考、高い視座を持って社会創りに取り組んでいただけたらと思っています。

今後リクルートに期待すること、目指していきたいこと

リクルート本社オフィスにて、SDGパートナーズ代表取締役CEO 田瀬和夫氏とリクルート サステナビリティ推進室 北島麻衣子が、今後サステナビリティ推進について目指していきたいこと、リクルートに期待することなどを語った。

―今後の人権問題への取り組みについてお伺いしてもよろしいでしょうか。

北島:今回は一部のクライアント企業へのご案内となりました。リクルートとしても学びながら歩みを進めていくために、今後も機会を広げながら継続していきたいと思っています。私たちにできることは、まだまだ小さなアクションでしかありませんが、クライアント企業の方々とともに歩むことで、人権理解・人権尊重が業界・社会全体に波及していく一助となればと思っています。先ほども田瀬さんがおっしゃっていたように、表面的な議論や方法論にとどまらず、真剣に議論できる場も作っていきたいと思います。

田瀬:リクルートの皆さんと、これまで対話を重ねていくなかでも感じておりましたが、リクルートグループの人権方針は他のグローバル企業と比較しても大変進んだ指針を掲げていると感じています。「一人ひとりが輝く豊かな世界の実現」を経営理念として掲げ、「人」が個人として尊重され保護されるばかりではなく、その能力が完全に発揮されることをゴールとしていることも大事なポイントだと思います。

また、近年社会の状況を鑑みながら、自分たちが事業を通じてできることは何か、よりアップデートをしていかなければならないことは何かなど、考え方やスタンスを試行錯誤されているなとも感じています。これからも現状にとどまることなく、さらに一歩踏み込んだリーダーシップを期待したいと思います。

例えばH&M(ヘネス・アンド・マウリッツ)では、新たな枠組みで、ジェンダー・デューディリジェンスを定義して公開し始めています。社内はもちろんサプライチェーン上でも女性活躍を支援し、新たな枠組みを業界全体に広げるリーダーシップを取っているのです。そういった意味では、リクルートの取り組みは道半ばだと思います。これまでの既存の考え方や規範を超えた新たなアイデアで、新しいスタンダードを創り出していく企業が求められている時代。社会変革のリーダーシップを目指してこれからも歩みを止めずに挑戦し続けていって欲しいと思います。

SDGパートナーズ代表取締役CEO 田瀬和夫氏とリクルート サステナビリティ推進室 北島麻衣子が対談を終えて

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

田瀬和夫(たせ・かずお)
SDGパートナーズ 代表取締役CEO

1992年に外務省入省。その後国際連合に10年間勤務し、国連外交、人権、アフリカ開発、官⺠連携、人道支援、人間の安全保障を専門とする。2014年デロイトトーマツコンサルティングに入社し、執行役員としてSDGs推進室を立ち上げ、企業のSDGs戦略構築、 ESG投資対応、地方自治体のSDGs総合計画策定等を支援。2017年に独立し、新会社SDGパートナーズを設立。2023年6月、ニューヨークが本店の「think coffee」を東京・神田に初出店させた。「think coffee」は、N.Y.で弁護士をしていたJason Scherr氏が2006年に始めた「サステナビリティ追求型カフェ」で、環境や人権を守るために、コーヒー豆からコーヒー農園で働く女性や子ども、カップの素材やインクに至るまでこだわっている

北島麻衣子(きたじま・まいこ)
リクルート サステナビリティ推進室 サステナビリティ戦略企画部

総合金融サービス企業のリース部門の大手営業担当を経て、2005年6月リクルートエイブリック(現・HRエージェントDivision)に入社。キャリアアドバイザーを経て、組織長として複数領域でマネジメントを経験。22年4月サステナビリティ推進室に異動。社会貢献活動、人権領域を担当し、現在は主に、人権および環境領域を担当。小学生ふたりの子育て中

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