ド素人だからこそ実現できる! エンジニアが本気で楽しめる場作りへの挑戦
今現在、各分野においてIT化の推進が加速するなかで、重用視されているのがエンジニアの存在だ。とはいえ、彼らが実際にどんなことに興味があり、普段どんな活動しているのかを皆さんはご存じだろうか?
リクルートでは、2014年11月に『CODE FESTIVAL2014』というイベントを開催した。
今までにない、競技プログラミング+フェスティバルという形態を用いて、エンジニアに場と機会を提供。結果的に1次予選参加者700名、決勝参加者200名と盛況のうちに終了したそのイベントを取り仕切ったのは、イベント立ち上げ時には「エンジニア」でもなければ「プログラミング」の事も分からない業界素人の人材だった。
今回はその成功を裏付ける運営側の戦略と行った戦術を、サブプロジェクトリーダーとして参加した秋田毅に聞いてみた。一体非エンジニアでも成功に導くことができた、エンジニアが心から楽しめるような場作りの秘訣とは何か?(下記写真、左が秋田)
参加者全員が楽しめる、十人十色の場作り
―― 2013年12月の第1回『RECRUIT PROGRAMMING CONTEST』に続き、2回目となった『CODE FESTIVAL 2014』ですが、フェスティバル形式になった経緯を教えてください。
秋田毅(以下・秋田) 前回の参加者にインタビューさせてもらい、不満点や要望を数多く聞かせてもらいました。頂いたご要望はどれも貴重な内容でしたので、その多くを次の企画に反映させようと考えました。
一方で、それらの問題を全て解決したとしても、前回の「延長上のイベント」が出来上がるだけで、それ以上に飛躍したものは作り出せないという限界も感じていました。我々としては、全ての参加者が満足するような、これまでにないイベントを作りたいという想いがあったのですが、今の進め方では実現難易度は高いと判断したのです。
その後も、なかなか状況を打開するアイデアが生まれず、どうしたものかと頭を悩ませていました。そんな時プロジェクト任せていた松尾という社員が話した内容がヒントになりました。「友達に誘われて行った野外ロックフェスティバルがものすごく楽しかった。あれは最高のイベントですね。"美味しいご飯が食べられる" "ゲリラ的なイベントがある" "夜宿泊して楽しめる"などなど、参加者一人一人がそれぞれの好みに合わせて楽しめるような工夫がいっぱい準備されているんです。私は出演アーティストのことを全然知らない状態だったんですが、そんな私でも十分に楽しめた。あまりに楽しいから、イベントが終わったその日から、来年の開催に向けてカウントダウンしたくなるんです」と熱っぽく語る姿を見て、「これは使えるな」と直感的に感じました。分野こそ違いますが、「全ての参加者が楽しめる」という目的を素晴らしく達成している事例が見つかった。だったら、いっそのことそれをお手本にしたらどうかと。「フェスティバル形式のプロコン」というアイデアは、そんな偶然の会話から誕生したんです。雑談って大事ですね笑。
業界の知見が無かったからこそ場づくりに徹することが出来た
―― 結果的に参加人数は700名以上と、国内のプロコンでは最大規模のイベントになりましたが、どうやって集客していったのでしょうか?
秋田 主に"人"と"組織"と2つの軸で展開しました。人に関しては、プロコン業界で有名な高橋直大さん(AtCoder)や秋葉拓哉さんや国立情報学研究所の坂本先生といった方々に協力を仰ぎました。我々の実現したい世界観をお伝えしたところ、運営サポーターをお引き受け頂くことが出来ました。これは私たちにとっては本当に心強いことでした。結果として、学生の皆様から「あの人たちが運営に参加しているなら応募してみよう」という興味と信頼を得られることができました。 他にも、リクルートの内定者の皆さんに企画から運営まで全面的に協力を頂きました。「自分だったら絶対参加したい、そう思えるような最高のイベントを作ろう」と全力で企画を練りました。その結果、プログラミングコンテスト以外のコンテンツ案がたくさん生まれました。
組織に関しては、既にプロコンを主宰している団体との協力です。幸いにも、いくつかの企画へ協賛頂く機会に恵まれました。国際大学対抗プログラミングコンテスト(ACM-ICPC)のアジア地区予選や、そのコンテストのOBの人達が運営する練習会などに協賛させて頂きました。練習会の際にはリクルートのオフィスの会議スペースなどを練習場として使用してもらいました。そういった地道な活動がCODE FESTIVALの集客に与えた影響は大きかったと思います。確かに、リクルートには全く知見はなかった。しかし、作りたい世界観を明確に打ち出し、伝達することは出来た。だからこそとにかく「人の力を借りる力」を磨いて、色々な方にご協力をお願いしました。そういう意味では、僕らが素人だから出来た、という面もありますね。
―― プロコンの世界に飛び込んで、その中で必要な要素を抽出していくという。
秋田 はい。そもそも競技プログラミングのコミュニティはまだまだ規模が小さく、認知度も高くない。それゆえ、周囲からの誤解も少なからず存在していると感じています。
例えば、過去にインタビューをしたとある学生は、就職活動中に採用面接でこんなことを言われたそうです。 「競技プログラミングが強くてもそれは単なる遊びではないのか?実務経験や研究成果を持つ学生のほうが優秀では?」と。
同様の議論はWeb上でも頻繁に見かけます。あまりに頻繁に(毎月1回ぐらい)議論が巻き起こるものだから、「月刊 競技プログラミングは役に立たない」なんてタイトルがつけられて盛り上がっていたりする。笑。もちろん、コンテストの参加者の多くはそういった意見があることは把握していたうえで、純粋に自分の実力を磨いたり、互いに競い合いながらコンテストを楽しんでいる。そんな背景もあってか、競技プログラミングへの想いは驚くほど強く、素人では到底思いつかないような心躍るアイディアをたくさん持っているんです。なので、僕らは出来るだけ参加者の目線に立てるようになるまでインタビューを繰り返し、業界をとりまく背景も十分に理解した上で彼らが心から楽しめるイベントを創ろうと心がけました。知れば知るほど、応援したいという気持ちが自然と強まっていき、気が付いたら使う言葉まで似てきた(笑)
ある学生さんからは「秋田さん、いつの間にか完全に"こっち側の人間"になってますよね?笑。」なんて言われたり。そういった活動を地道に続けているうちに、コミュニティの皆さんがどんどん力を貸してくれるようになりました。僕らがイベントについてのアイデアをSNSで発信すると、数分もたたないうちに各自の意見がたくさんくれたり、頂いたアイディアをそのままコンテンツに反映させてもらったりしました。本当にすぐにコンテンツに反映していったのでその"姿勢"を信頼してもらえた面もあったのかもしれません。日本的に言えば"空気を作る"ということでしょうか。
企業側に求められる、エンジニアを活躍させる場
―― 参加者に関して、純粋に好きでやっている人と、将来的にエンジニアやプログラマーとして働きたいという人がいると思います。実際にイベントを通じて、今現在の若い世代のエンジニアはどう映りましたか?
秋田 将来の見通しという点に関して言うならば、大きく2つのタイプに分けられると感じました。一方は自分の能力に自信をもっており、国内外のどんな企業が自分の技術を必要としているのかを理解している人。もう一方は、コードを書くのは好きだし、できればコードを書き続けたい。でも日本ではエンジニアの地位が低いのでずっとエンジニアを続けるのは難しいのでは?と漠然と考えている人です。競技プログラマーの方とはたくさんお話をさせて頂きましたが、大半は後者に近い考えを持っていると感じました。そういった人たちは、企業に入ってからは、いずれマネージャーとなりコードを書く仕事から離れなければいけない、という話を知人から聞くことが多かったようですね。
―― エンジニアの想いに沿った環境を設ける必要性は、今後企業側に更に求められそうですね。
秋田 はい、業務内容と業務環境の両面での整備が必要でしょう。まず業務内容に関して言えば、彼らの知的好奇心を十分に満たすような、挑戦しがいのあるテーマに取り組むことが重要と考えています。例えば、弊社のグループ会社が運営する求人検索エンジンindeedでは、世界中に1億4000万人以上のユーザーがいて、月に10億回以上の検索が実行されます。この規模のサービスになると、「検索結果表示までの処理時間短縮」と「検索精度を高めるための複雑な処理の実行」という相反する目的を同時に満たすような品質の高いコードを書く必要があります。好奇心旺盛なエンジニア学生の皆さんにこの話をすると、「ワクワクする。もっと詳しく教えてほしい。」と目を輝かせて聞いてくれる。やはり、仕事内容というのは大切なんだな、と改めて実感をしています。
また、業務環境も非常に重要です。エンジニアがコーディングに集中できる環境や、尊敬できるエンジニアからコードレビューを受ける仕組みなどです。そういったエンジニアが活躍できる環境を企業側が設けられているか、という観点は今後より重要になってくると思います。日本でもそういう企業が増え「エンジニアの力が必要不可欠だ!」と言えるようになれば、もっと活性化していくのかなと思いますね。
世界基準に見る、エンジニアの地位の高さ
―― 2014年12月には、『CODE FESTIVAL 2014』での上位30名が、中国・上海で開催されたアジア決勝大会『CODE FESTIVAL 2014 -ASIA FINAL-』に挑みました。日本の学生が上位を独占しましたよね。
秋田 日本人は本当に強いんですよ。世界的なコンテストで上位にランクインするような学生は、中国の学生にとってもスター的な存在のようです。大会に行く前から既に名前が知れ渡っている状態で、中国現地のコンテスト会場で「○○は来ているか?もしいるなら紹介してくれないか。一緒に写真を撮りたい」と中国の学生に紹介を求められることもありました。
―― つまり、日本にも世界のトップクラスの人材が多数いる、ということですね。そういう人達が将来的にグローバルでも活躍していく一方で、日本から優秀な人材が次々と海外に行ってしまうということも起こりうるんでしょうか。
秋田 例えば中国の情報系の学生は就職先の心配は全くないと言っていました。昨年の秋にとある中国国内トップ校の就職担当教授にインタビューをする機会があったんです。そこで驚いたのが、エンジニア志望の学生に対する待遇の良さです。中国トップの北京大学、清華大学を卒業した学生の一般的な初任給は、およそ5万元(約100万円)程だそうです。ただ、コンピューターサイエンスや情報科学などを学んだ学生はその4倍の20万元(約400万円)のオファーを提示されるのが一般的だと言うんです。日本ではそこまでの違いがあることは稀ですので、いかに中国で情報系のバックグラウンドを持つ学生が評価されているのかがわかりますよね。また、アメリカ西海岸での優秀なエンジニアの初任給は10万ドル(約1200万円)とも言われていますし、そう言った魅力的な待遇を求めて、積極的に海外に出る人も増えている。そのため、中国国内の企業は、優秀な人材を確保するために、給与を引き上げざるを得ない状況とのこと。もちろん、人が働くときの動機は多種多様ですから、金銭的報酬だけを取り上げて待遇の良し悪しを議論することはできません。ただ、少なくとも金銭的報酬という観点では、まだまだ日本の環境が良い、とは言えないのが現状でしょうね。
なぜリクルートがプロコンをやるのか?
―― 本来、プロコンのようなイベントは、IT企業や専門的な団体が開催するイメージが強いのですが、そういう中で、他の企業や団体よりも知見があるようには見えないリクルートが率先してやる意味とはなんでしょうか?
秋田 日本のエンジニア学生を支援することが目的です。リクルートグループは「将来を担う人材の可能性を引き出す」ことをCSR活動における重点テーマの一つとして掲げています。その一環として今回のプロコンを開催しました。
また、これは個人的な意見ですが、"自分の関わった業界に先手で仕掛けて、新しい常識を生み出したい"という想いが強いですね。だいぶ昔の話になりますが、自分が就職活動をしていた2004年、当時のリクルートの採用関連のページを眺めていたら、 "仕掛けろ!"というメッセージが目に飛び込んできたんです。僕はそれが格好いいなと思って入社をしました。その後、ありがたいことに実際にいくつか「仕掛ける」ような仕事を経験し、いまでは自分の大事な行動指針になっています。仕掛けろ! といっても自分だけよければいいんじゃなく、みんながハッピーになるように仕掛けていきたい。そもそもリクルートという会社は、業界に新しい風穴を開けるために仕掛けて新しい常識を作っていくのが本業というか、つまりイノベーションを生むのが本業だと思っています。確かにプロコンに関しては本業ではありません。ただ、別の分野に自分達のエッセンスをミックスすることで、これまで無かった新しい価値を生み出すことができると信じていましたし、そういった仕事を体験できることが、この会社で働く醍醐味だなぁと感じています。自分から仕掛けると、不思議と仕事がとても楽しくなってくるんです。
加えて、これはいくら言っても言い足りないのですが、参加者の皆さんから非常に大きなやりがいを頂いています。というのも、『CODE FESTIVAL』の参加者がとても楽しそうに時間を過ごしてくれている姿が何より嬉しくて。閉会式の最後のムービーを見ていたら、司会をしていた私と松尾が二人とも嬉しさで泣いてしまいました。大の大人が仕事で泣くことなんてあまりないですよね。しかも200人の学生さんの前で。笑。そんな個人的な体験もあって、これからもエンジニア学生を応援できたらうれしいなと思っています。
エンジニアがワクワクするような未来を
―― では、『CODE FESTIVAL』という場を通じて、今後どんなビジョンを描いていますか?
秋田 質・量の両面で磨いていきたいですね。質の観点としての企画内容を磨き込むことはもちろんですが、量の観点でも参加者の人数をもっと増やしていきたい。過去2回のコンテストでは予選を含めのべ1000人近くの方にご参加頂きましたが、企業や世の中で今後必要となるエンジニアの数でいえば1000人では到底足りないので。
また、近い将来、グローバルに利用される魅力的なサービスが日本からどんどん生まれてくるような世の中を作ろうと思ったら、それこそ全くと言っていいほど足りていない。出来る限りポジティブな未来を想像して、その実現に向けて今できることを全力で準備しておく。そういうプロアクティブな仕事のやり方が面白いんです笑。
―― エンジニアとして活躍したい人も、優秀なエンジニアを求めている企業も、双方がハッピーになる状況を築いていく必要がありますよね。
秋田 別分野の僕らが参入して、ここまで出来るぞという姿勢を見せることで、今現在プロコンをやっている学生達がワクワクするような未来を創っていきたい、と考えています。一方で、各企業にも、「日本のプロコン参加学生のレベルは世界的に見ても非常に高い」ということを知ってもらいたい。そうすることで、様々な企業と一緒に「将来を担う学生の可能性を引きだす」取り組みが業界全体で生まれてくると考えています。もっと取り組みが広がれば、仕組みも、内容も競い合いながら磨かれていき、より良いイベントがどんどんが生まれていく。そうなれば、学生の皆さんが互いに競い合い、高めあい、学び合う機会は自然と増えるはずです。結果として日本の学生さんのレベルは更に上がり、企業側もエンジニア学生を積極的に評価するようになっていく。そのことに、価値が生まれて、評価されるようになっていく。そうなって行ったら素敵だなぁと考えています。ちょっと大げさですね。
エンジニアに限らず、実際にその職種、業界にいないと分からない事は多々ある。けれど、その業界を盛り上げ、支援していく動きはその当事者ではなくても出来る。知見や経験ある人々、団体に協力してもらい、より良いイベントになるよう、傾聴と反映を繰り返す。
そして何より、その業界、そしてその業界にいる人々の事を考えて動く事で、自然と支援してくれる人も増えていくのではないだろうか。
"場"はあくまで器に過ぎない。その中に詰まった想いや理念が外に伝わっていくこと。それこそが"場作りの極意"なのかもしれない。