若さと市場規模を武器にeコマースで躍進ーートルコのスタートアップシーンは今
欧州とアジアの交差点にあるトルコに、世界の名だたるVCが注目している。ここ数年トルコのスタートアップシーンは活況を見せており、テック系の起業家の出資金も右肩上がり。人口7600万人のうち、約半数が30歳以下という若く大きなこの国が、今、大きな経済成長を期待されている。テック業界の投資家や起業家たちが、チャンスをつかむべく奮闘中のトルコのスタートアップシーン。そこで起きていることとは?
海外の投資や買収が盛んになった 2011-12年
トルコのスタートアップシーンにビッグウェーブが訪れたのは、海外企業による投資や買収が活発になった2011年のことだ。当時、eBayがオークションマーケットプレイス事業を展開するトルコのGittiGidiyorを2億ドルで買収したニュースは、トルコのスタートアップシーンに内外の注目が集まる大きなきっかけになった。GittiGidyorはeBayと同じ仕組みのサービスをトルコ市場向けにローカライゼーションして提供しており、特にファッションやコンシューマ向けの電子製品のカテゴリが大きな成長を続けていた。
GittiGidiyor以外にも、2000以上のブランドの商品を販売するファッションeコマースのTrendyolが、2011年に米国の著名VCであるKPCBが主導で2500万ドルを調達。さらに、南アフリカのメディア企業Naspers が、トルコの会員制プレミアムコマースサイトmarkafoniの株式の70パーセントを取得。Intelがオンライン花・チョコレートマーケティングのCiceksepetiに出資するというニュースもあるなど、2011年はトルコのeコマース業界が波に乗っていた年だった。
eコマースの盛り上がりは翌年にも続き、2012年にはニューヨークのプライベートエクイティファームGeneral Atlanticが、オンラインフード注文プラットフォームのYemeksepetiの株4400万ドル分を取得している。こうした大きな買収や出資が続いたことによって、トルコのスタートアップへの注目は世界へ波及していった。ドイツに拠点を置くVCであるEarlybird VenturesやブリュッセルのHummingbird Ventures、Intel Capitalがイスタンブールにオフィスを構えたのも2012年のことだ。
急成長するインターネット・モバイル浸透率
当時トルコのeコマース分野が勢いづいたのは、投資家がトルコ市場・経済の可能性を高く評価したからだ。投資家にとってのトルコの魅力を一言で言えば、「若さと大きな市場を持っており、ブロードバンド・モバイルの浸透率も急成長している」という点にある。
トルコでのモバイル所有率は9割に迫る勢いで、モバイル端末上でのショッピングも活発だ。PayPalのレポートによれば、スマートフォンを使用したショッピングにおいては、トルコは中国やアラブ首長国連邦と並ぶほどの勢いを見せているという。2011年にeBayが競合のGittiGidyorを買収したのも、当時さらにその成長が見込めると判断したからだ。
ネットインフラの成長率を見てみると、2008年から2014年にかけてブロードバンドの浸透率は500パーセント上昇している。少し前の数字ではあるが、2014年第一四半期でのブロードバンド登録者数は3500万にも及ぶ。
起業家・テック人材を輩出する大学・アクセラレータ
一方、スタートアップエコシステムの主要な構成要素である現地の起業家・テック人材の状況はどうだろう。既存の教育機関でいえば、イスタンブール工科大学やアンカラの中東工科大学などの技術大学を始め、多くの大学がエンジニア向けの教育を行っており、イノベーションや起業に関するコースも充実している。トルコにおける2012年の高等教育の学生数は435万人だが、うちエンジニア、製造、建設関連専攻の学生は46万人に上る(データ出典)。
民間のアクセラレータを見てみると、2008年にはe-Tohumがローンチ。スタートアップシーン初期に立ち上がったアクセラレータとして有名だ。また、現地の大手モバイル企業TurkcellがバックアップしているStart-Up Factoryも著名なアクセラレータの一つだ。シリコンバレーに拠点を置くFounder Instituteもまたイスタンブールでアクセラレータプログラムを展開しており、グローバルなメンターネットワークを現地の起業家に提供している。
テック系起業の勢いは政府の注目も集めている。2013年には、テック系の開発センターが集まる場所として Technoparkをオープン。95万平方メートルの屋内スペースには、3万人を収容可能で、IT系企業の R&D部門を集めることで、国内のイノベーションの加速を目指す。
このように民間だけでなく政府の支援も徐々に充実してきている中で、スタートアップへの参加や起業を志す若い人材もより増えていくのではと期待できる。
また、政府の支援という点で付け加えると、2013年にはエンジェル投資家に対する税制優遇制度が始まっており、民間の投資家に対する環境も良くなってきているようだ。人材の育成と投資の促進という両面で、政府の支援は増している。
eコマースはよりモバイルへ、トルコを超えて中東へ事業拡大を目指す
こうしたエコシステムの成長に伴って、最近ではどのようなスタートアップに勢いがあるのだろうか。まず、注目はモバイルの分野だ。トルコのeコマースは、確実にモバイルにシフトしている。Paypalが2014年に行った調査によれば、過去12ヶ月間でオンラインで買い物をした人のうち、スマートフォン上で何かを購入した人の割合は実に53パーセント。また、2013年〜2016年のモバイルコマースの成長予測率は中国・UAE・トルコの3ヶ国国平均で42パーセントと、ここにもモバイルシフトの傾向が見られる。
たとえば、オンラインフード大手のYemeksepetiを使えばスマホからレストランのメニューを注文できるし、タクシーを見つけにくい場所ではBiTaksiのアプリを使えば簡単に配車ができる。さらに、TrendyolやLidyanaといったeコマースサイトとして成長を続けてきたサービスもモバイルにシフトし始めている。市民のライフスタイルにさらにモバイルが浸透すれば、ビーコンの活用など、新たなテクノロジーが入るスペースも生まれる。
eコマース分野は成長の余地が見込まれる分、勢いがある。「トルコ版Stripe」とも呼ばれるオンライン決済サービスのIyzicoは2012年に創業したスタートアップだが、これまで900万ドルを調達し、トルコを超えて中東地域全体に事業を拡大していくことを目指している。
ムスリムの女性向けファッションを提供するeコマースのModanisaも成長中のスタートアップで、これまで複数のVCから850万ドルを調達している。2018年までには3000億ドル規模に成長すると予測されているムスリム女性向けファッション領域で、トルコのみならず、イスラム教徒の多い中東諸国や欧州にも輸出を増やしていくことで成長を目指している。
このように、トルコでスタートしたeコマース関連企業には、成長とともに中東諸国や欧州、アジアのイスラム教徒の顧客をつかむべく事業展開するケースが少なからず見られる。「イスラム」という切り口で見ると、トルコのeコマースが自国を超えてさらに大きな顧客にリーチできるポテンシャルを秘めていることが伺える。
一方、エグジットの状況を見ると、2014年にはロンドンのモバイルバンキング・決済のMonitiseがエンタープライズ向けソフトウェアを開発するPozitronを買収、南アフリカのメディア企業NaspersがeコマースのMarkafoniを買収した(100パーセントの株式取得)という案件が特に注目された。そして、2015年には ドイツのDelivery Heroがトルコの競合であるYemeksepetiを5億8900万ドルで買収。オンラインフード注文サービス業界では過去最大の買収となった。
昨年10月には、シリコンバレーの著名VC・アクセラレータの500 Startupsが、新たに1500万のファンドをトルコのスタートアップ向けに設立することを発表した。これまで500 Startupsは、オンラインコースプラットフォームUdemy、匿名チャットアプリConnected2.me、マーケットプレイスへの販売者向け広告サービスBoostable、アプリストア最適化ツールMobile Action、開発者コミュニティKodingといったスタートアップに既に出資してきたが、ローカルなパートナーと共にさらに長期的な視点で投資をしていきたいと考えている。
eコマース中心だった数年前からより多様なプロダクト・サービスへ、そして世界各国のVCの支援を元にグローバル展開へと、トルコのスタートアップシーンは今も変化、成長を続けている。
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Moyan Brenn(CC BY-SA)