「デジタル経済革命を自分たちの手で起こす」政府やベテラン起業家の支援とともに盛り上がるフランスのスタートアップシーン
欧州でスタートアップシーンが熱い場所といったら、まずベルリンやロンドンを思い浮かべる人が多いだろう。もしくは、ストックホルムやヘルシンキといった北欧の都市かもしれない。
では、フランスはどうだろう? そのスタートアップシーンは、前述の都市に比べれば地味な印象を与えるかもしれないが、フランスのスタートアップの数は急増しており、ローカルなスタートアップエコシステムが確立されつつある。政府による起業家支援も増しており、「スタートアップ国家」として注目を集める日も近いという声も聞こえてくるのだ。
今回は、そんなフランスのスタートアップシーンについてレポートしたい。
資金調達額は欧州で4位、フランスのスタートアップにとって「成長の年」となった2015年
約1年前の2015年6月、米国発の有名テックメディア VentureBeatに「フランスのスタートアップが最高の1週間を迎えたかもしれない」という見出しの記事が現れた。* フランスのいくつかのスタートアップの勢いを示すような、良いニュースであふれた1週間についてまとめた内容の記事だった。
その時、フランスのスタートアップシーンでは一体何が起きていたのか。
たとえば、ネットに接続している物体同士のコミュニケーションを可能にするIoTネットワークを開発するSigfoxは、Samsungからの投資と同社との提携が決まった。世界展開を目指すSigfoxにとっては、Samsungとの提携は非常に大きなステップを意味する。
さらに、Sigfoxと同様にコネクテッドデバイス同士をつなぐネットワークを開発する、パリ発のIoT分野のスタートアップActilityも、2500万ドルの資金調達を発表した。
資金調達のニュースは続いた。パリを拠点にインターネットを使って農家が地元の買い手に直接生産物を販売できるようにする仕組みを開発している La Ruche Qui Dit Oui というスタートアップも900万ドルを調達。
ハードウェア業界でも嬉しいニュースがあった。オーディオファンをターゲットに、ハイエンドなワイヤレススピーカー Phantom を開発するパリ拠点の Devialet が2000万ドルの資金調達を発表した。開発に10年かけ、ようやく米国での事前予約を受け付ける段階までたどり着いたタイミングだった。
さらに、高性能LEDを開発・製造するAlediaもまた3100万ドルを調達した。
昨年夏の1週間にフランスのスタートアップ業界で良いニュースが重なったのは偶然でもあるが、それはフランスのスタートアップの昨年の勢いを象徴するものでもあった。
欧州のテックメディア tech.euのレポートによれば、2015年にフランスのスタートアップによる資金調達の件数は116件で、総額9億6000万ユーロを調達している。約21億ユーロのベルリン、約17億ユーロのロンドンに比べると低くはなるが、欧州全体で見ればその規模は4位を誇る。
昨年、フランスのスタートアップにとって「飛躍と成長の年」となった背景にはなにがあるのだろう?
スタートアップを支援するフランス政府の取り組み「La French Tech」
スタートアップが成長を遂げている背景の一つに、フランス政府による支援が挙げられる。
「デジタル経済革命を自分たちの手で起こすことが、国全体の経済にとって利益になるのです」
2014年12月、パリで開催されたスタートアップイベントLe Webで、フランスのデジタル省大臣 アクセル・ルメール氏はスタートアップや起業家を支援することをの大切さを強調した。
ルメール氏は、このイベントの数日前のプレスカンファレンスで、フランス国内のスタートアップアクセラレータに出資することを目的とした2億5000万ドルのファンドを設立することを発表していた。このファンドは、フランスのスタートアップの成長を支援する公的イニシアチブ「La FrenchTech」による取り組みの一部でもある。
同年に経済大臣に就任し、38歳という若さでフランスの経済改革を牽引するエマニュエル・マクロン氏もまた、若者の起業を激励する政府関係者の一人だ。
「私の仕事は今後数年で古いビジネスに取って代わる、何千もの新しいビジネスを創出することです。(中略)また、起業する人々を守り、起業家に革新を起こし、リスクを取ってもらうことです」と、マクロン氏もまた Le Web で強調した。
フランスのスタートアップのプレゼンスを高めることも、La FrenchTechの目的の一つ。その取り組みは毎年1月にラスベガスで開催される家電ショーのCESにも表れている。
経済大臣のマクロン氏は、2015年にラスベガスのCESに自ら登場し、スタートアップ国家としてのフランスの存在感を強調した。2015年のCESで展示をしたフランス企業は120社に上り、さらに翌2016年には200社へと大きく成長した。
スタートアップによるCESの展示エリア Eureka Parkでも、フランスのスタートアップが目立った。2016年のEureka Parkでの展示は、実に3つに1つがフランスのスタートアップによるものだった。
その他、フランス国外の優秀な人材を惹きつける努力もしている。非フランス人の起業家がパリでスタートアップを創業するのを助ける支援金制度 The French Ticket や、高スキル労働者が従来よりも簡単な手続きでビザを取得できるようにする Talent Passport といった制度もつくられた。政府は毎年1万人の外国人にこの Talent Passportを付与する計画を立てている。
また、会社を新たに創業し従業員を雇う場合に、最初の数年間は法人税率が低くなったり、エンジェル投資家としてスタートアップに投資する場合に税率が低くなるといった、起業家や投資家に対する税金の優遇も行っている。
国内の連続起業家や海外投資家も支援
支援者はもちろん政府だけではない。起業家出身の投資家や海外の投資家による支援も、スタートアップエコシステムの成長において重要な役割を果たしている。
フランス国内の投資家として起業家を熱心に支援している人物の一人が連続起業家のグザビエ・ニール氏だ。低価格でインターネットを提供するISPのFreeを創業し、フランスのブロードバンド業界を揺るがしたニール氏は、10代から起業を繰り返している連続起業家だ。ネット通信業界で事業を成功させた彼は、2010年にKima Venturesを共同創業し、スタートアップへの投資を始めた。Kima Venturesは、2010年から2014年にかけて32カ国330の企業に投資している。
ニール氏は、2013年にプログラマー養成学校42も設立。授業料は完全無料、教師も教科書も存在しないこの新しいテックスクールを通じて、毎年1000名のプログラマーを生み出すことを目指している。彼は42を10年間運営するために、7000万ドルを投じた。
政府や地元の起業家による支援が増し、フランスのスタートアップエコシステムが成長するにつれて、海外の投資家からの注目も増しつつある。
たとえば、前述のLa Ruche Qui Dit Ouiの900万ドルの資金調達ラウンドに出資をした投資家の一人は、米国のVCである Union Ventures のFred Wilson氏だ。彼にとって欧州のスタートアップへの投資は2件目(最初に投資をしたのはベルリンのSoundCloud)だ。また、このラウンドを主導したのは、昨年1億2000万ドルのファンドをローンチしたロンドン拠点のVC、Felix Capitalだった。フランス政府による国内のスタートアップの海外での露出を高めるための取り組みも徐々にこうした効果につながっている。
フランスのスタートアップ業界を牽引するBlaBlaCar、SigFox
現在、フランスのスタートアップシーンで圧倒的な評価額をつけているのが、シェアリングカーサービスのBlaBlaCar、IoTネットワークのSigfoxといった企業だ。
パリに拠点を置くBlaBlaCarは、遠方の都市に行きたいときに他人の車に同乗できるライドシェアサービスを欧州で展開している。短距離のライドシェアサービスを提供するUberやLyftとは異なる市場を攻め、陸続きの都市間の移動が多い欧州で人気を集めている。同社は、2015年9月に1億6000万ドルというこれまでのフランススタートアップ業界史上最も大きな資金調達を行い、ユニコーン(評価額が10億ドルを上回ったテック企業)の仲間入りを果たした。
また、IoTネットワークを開発するSigfoxは、フランスの南西部の都市トゥールーズに拠点を置き、成長を続けている。煙探知器や冷蔵庫、信号システムなど、様々な物を通信ネットワークに接続するシステムを開発している同社は、これまでに1億5000万ドルを調達しており、Samusungや通信大手のTelefonicaといった強力な提携先も得て、事業の拡大を進めている。18カ国の700万の機器がSigfoxのネットワークに接続されているといい、現在は米国での事業展開を加速中だ。
こうした「サクセスストーリー」に鼓舞されながら、現地のスタートアップの奮闘は続いている。
政府やベテラン起業家からの支援にも後押しされながら、フランスのスタートアップシーンの盛り上がりはまだしばらく続きそうだ。
*(出典元:見出し記事 Why France's startup ecosystem may have just had its best week)
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