変化する保育の現場。子どもたちを社会で育てるために必要なこれからのテクノロジー。
現代日本社会で大きな課題となっている保育。環境の変化とともに進化していく保育に関するコミュニケーションをテクノロジーの視点から見る
テクノロジーの進化は、ものづくりや非IT分野においてもさまざま形でデジタルシフトを起こしている。このシリーズでは、ITによって変化を起こしているさまざま分野を掘り起こしていく。
昨年大きな話題になった保育園の問題。すでに問題に直面している人や、将来向き合うであろうこの問題に不安を募らせている人も多いだろう。保育園の少なさや、保育士の賃金の低さ、都市での待機児童の多さなど問題は山積みである。
働き方や家族のあり方の変化に伴い、保育の現場にも変化が訪れている。今回は変わりつつある保育の現場の課題をテクノロジーによって解決する4つの事例を紹介したい。
保育園を見つけることをサポートする「さっぽろ保育園マップ」
"子どもをどこに預ければいいんだろう?"という問題を解決するサービスが「さっぽろ保育園マップ」だ。
保育園や幼稚園は管轄している省庁や行政が異なるため、情報が集約されておらず、いざ探そうとすると非常にわかりづらい。さっぽろ保育園マップでは、札幌市にあるすべての認可保育園、認可外保育園、幼稚園を一元化しマッピングしてある。
このマップは、テクノロジーを活用して地域課題の解決をめざす非営利任意団体Code for Sapporoが制作した。縦割りの行政に縛られること無く、ボトムアップで当事者のニーズを直に反映できたわけである。
このマップがあれば、家のそば、職場のそば、職場から家への帰り道など、それぞれの必要な場所を起点に保育園を探すことができる。さらに、開園時間や対象年齢、延長保育の有無、などからも検索ができる。
「様々な事情により家庭外の保育を必要としている方がいますが、充分な保育園の情報が必要な人に届いていないのではと感じました。自分の町に保育園というリソースがあり、それはあなたを助けるためにあるのだということを伝えたいというのが、保育園マップを続けている理由です。」と、Code for Sapporoの久保さんは語る。
マップはオープンソース化され、各地域の有志がその地域の保育園マップを作成している。Code for Nagareyamaの「ながれやま保育園マップ」や、Code for Tokyoの「Tokyo保育園マップ」、Code for Kawasakiの「かわさき保育園マップ」などは、充実した機能を持っているほか、室蘭、千葉、浜松などでは、自治体側も積極的に協力している。
保育の問題を家庭から社会に上げて、ボトムアップで問題を解決し、他の困っている人・地域にシェアし、そこで問題を解決する。こういったことが可能になったのは、位置情報を扱うオープンソースソフトウェアやマップのサーバーとなっているGithubの無料サービスがあってこそ。このプロジェクトにおいて、テクノロジーが果たした役割は非常に大きい。
保育士と両親のコミュニケーションをスムーズにする 「 kidsly 」
次に紹介するサービスは、リクルートが展開するサービス「 kidsly(キッズリー)」だ。保育士の日々の業務をサポートしながら、保育園と保護者のコミュニケーションを深めるクラウドサービスである。忙しい朝を助けてくれる「出欠・お迎え管理」機能や、子どもの様子がより詳しくわかる「連絡帳」や「フォト」機能、非常時も安心な「個別連絡」機能などがある。こういったコミュニケーションは今まで紙や電話を使って行われていたが、不便なことも多かった。
事業責任者であるリクルートマーケティングパートナーズの森脇潤一に話を聞いた。
「一般家庭へのアンケートで、首都圏では、お父さんが朝から晩まで働いて、子どもの保育園への送り迎えの主な担当はお母さんである家族が多いことがわかりました。こういった家族は、お父さんが子どもの保育園での生活をよく理解していない。なぜなら、忙しすぎて、子どもやお母さんと密にコミュニケーションを取る時間がないからです。
よって、 新たな負荷を強いることのないサービスにする必要があると考えました。両親にとって"待っていれば情報が届く"環境を作ればよい。そういった情報がどこにあるか考えた先に、保育園があったんです」
保育園の中で閉ざされた情報。保育園から紙でしか出てこない情報を、お父さん・お母さんだけでなく、おじいさん・おばあさんにまで届けるサービスにすることを決め、kidslyの開発はスタート。まずは300園ほどの保育園を回ってボランティア体験をし、どんなことをしているのか、どんなことを考えているのかを実感していった。
「行き着いたビジョンは"子どもの情報をみんなで持ちあえる社会のほうが、子育てしやすい"ということでした。子どもが小さいうちから、自分の手元ではなく保育園に預けるというのは、不安なことです。保育園が自分の子どもをしっかり見てくれている、成長をサポートしてくれていると分かれば、保育園に関する不信感や不安はなくなっていきます。」
実際に使用してもらった保育士からは、仕事が楽しくなったという声を頻繁にもらうという。
「保護者とのコミュニケーションがとりやすくなったことで、フィードバッグが多くなります。関係性が良くなることで、仕事を肯定的に捉えることができるようになったそうです。両親だけでなく、これまで保育園に来たことがない祖父母からの反応もあります。遠くに住んでいる人にもちゃんと幸せを提供できているという実感は、これまで得られなかったものでしょう。」
また、予期せぬ反応が届いた。
「夫婦間のコミュニケーションが密になるというのは予想内の反応でしたが、子どもとのコミュニケーションも密になったという声も聞きます。例えば、まだあまり喋りがうまくない子どもが、園で何があったのかうまく説明できなくても、写真とレポートがあれば今日の出来事をイメージすることができる。親子間でのコミュニケーションがスムーズになったと。
毎日送られてくる子どもの写真を夕方以降の励みにしている人も多いそうです。その幸せのエネルギーを得られれば、子育てが楽しくなる。子どもの日常をみんなで見守る社会にしていくのが重要なのだろうと、このサービスを通じて学びました。情報を閉ざすのではなく、テクノロジーのチカラで適切に届けていくというのは、日本が元気になる大きなポイントだと感じています」
こうした成功の実感は、数字にも現れている。サービス開始からわずか1年で500園に導入が進んでおり、今まで導入後の解約はゼロ、保護者満足度97% * だそうだ。今後、保育園にkidslyは当たり前、という時代が来るかもしれない。
保育士の横のつながりをつくるインターネット番組「保育みんなでシャベルンジャー」
3つ目に紹介するのは「保育みんなでシャベルンジャー」というインターネットのトーク番組だ。保育ドリームプラン・プレゼンテーションが運営し、毎月第三月曜日の20時から1時間配信されている。放送は毎回テーマが決められており、そのテーマにそって保育士やその関係者がトークをする。出演者同士の掛け合いはもちろん、SNSを通じて、視聴者も参加できるというインタラクティブ性が魅力だ。
保育士が、自分の園以外の保育士とコミュニケーションを取れる機会は意外と少ない。「保育みんなでシャベルンジャー」では、悩みや業務上で困っていることを全国の保育士と共有し、解決の糸口を見つけることができる。いつでも、どこでも見られるネットトーク番組なら、忙しい保育士にもやさしい視聴環境だ。
これまで、梅雨時期の遊びの工夫や、男性保育士の事情、発達障がいについてなど、多様なテーマを取り上げてきた。同じ職場の保育士には聞きにくいようなことでも、インターネット上ならば、正直に話せる。自分が抱えている悩みは、他の保育士も同じように悩んでいると、分かるだけでも精神的に楽になるだろう。保育士がはじめたトーク番組だからこそ、保育士の需要にあった番組が放送できる。次の更新が楽しみだ。
保育士のナレッジの共有をサポートする「ハッピー保育ネットふくおか」
最後に紹介するのは「ハッピー保育ネットふくおか」だ。子どもとの遊びかたや、コミュニケーションのとり方、行事の盛り上げ方など、保育士の業務上の悩みは、本を読んだり、身の回りにいる保育士に聞いたりすることしかできなかった。だが、「ハッピー保育ネットふくおか」では、インターネットを使って、解決方法を提案している。
YouTubeを使った手遊びの提案動画はとても人気。本や図ではわかりづらい手遊びだが、動画を見ることでとても分かりやすい。
また、名前にもある通り福岡県内での人やサービスと連携したコンテンツもある。例えば『専門家紹介』では、福岡にある保育系のNPOや、個人経営の教室などを紹介している。これは保育士の仕事の中で、保育士でなくてもできる仕事を地域やボランティアでサポートしようとする目的がある。他にも、保育士のモチベーションのアップのために、保育に関わる人に割引やサービスをしてくれるお店の紹介もある。
「一人ひとりの保育士が子ども(親を含む)とどのようにかかわるか」を保育士の質と考えるこのサービスでは、保育士の「定着支援」を運営の目的としている。
日々の業務を軽減し、地域に必要とされている仕事であることを実感する。こういったことで、賃金アップだけでない保育士のやりがいと自信につながり、保育士の定着と安定した保育園運営が可能になる。
バーチャルとリアルを横断的につかって、保育に関わる人をサポートする『ハッピー保育ネットふくおか』は他ではあまり見ない、非常に興味深いサービスだ。
日本の人口減少は、すでに始まっている。2016年10月に発表された平成27年国勢調査によると、1920年の調査開始以来初めて、日本総人口が前回結果を下回る結果となった。そして、内閣府『人口動態について』によれば、2050年には日本の人口は1億人を割り込み、9708万人になると予測されている。
そんな社会だからこそ、子どもは大切だ。子どもは未来そのもの。子どもを生みやすく育てやすい社会にしていくため、テクノロジーが果たせる役割はもっとあるはずだ。