クルマ移動の概念が大きく変わる? 自動運転システムが社会に与える巨大なインパクトとは
近年、世界中で加熱する自動運転システム開発。時折CMなどで見かけるのはドライバーが手を離しながらクルマが自動で走行するシーン。人の手を借りずに走るその様子は夢に描いたような世界だと話題になりつつも、こと運転しない人たちにとってはどこまで利便性があるものなのかと感じている人も少なくないだろう。しかし、いまの自動運転システムは進化の序章にすぎない。自動運転の未来は、クルマを運転することのない人たちにとっても大きなイノベーションになるといえる。
オープンソースで世界中から支持される。日本発の自動運転システム
「これからの自動運転システムは、たとえばスマートフォンにおけるiOSやAndroidのような、クルマには欠かせないプラットフォームになっていくはずです」。こう語るのは、東京大学で自動運転システムソフト「Autoware」の開発・研究をする一方で、自動運転に関連する技術開発を目的としたベンチャー「ティアフォー」を創業した加藤真平氏だ。
「Autoware」は2014年に開発がはじまった自動運転システムを構築するソフトウェア。翌年にはオープンソース化され、現在では加藤氏を中心に8つの大学が連携して開発が進められている。自動運転システムといえば、グーグルやテスラに代表されるように、クローズドの世界で開発されるのが常。技術の要ともいえるものをなぜオープンソースとして公開したのか。そこには5、10年先を見据えた加藤氏ならでの戦略があった。
加藤真平(以下、加藤) 「研究者としての立場として、国の補助金を使って開発を進めているため、広く社会に還元する必要があることからオープンソースで公開するという選択しました。一方、実業家として見ると自動運転システムそのものよりも、その先にある巨大なマーケットにビジネスチャンスがあると予想しています。ですので、まずはオープンソースで自動運転システムを世界中に普及させることを目指しています」
こう加藤氏が話すように、実際にオープンソース化を試みるとすぐに世界各国から「Autowareの使い方を教えて欲しい」、「共同研究費を払うので一緒に開発したい」、「新たな機能をつけて欲しい」と大きな反響が届いたという。そうしていまや、国内外の企業・技術者のあいだで使われるようになり、爆発的なスピードで開発が進んでいる。立ち上げからたった3年にも関わらず100社以上がAutowareを導入し、その中には大手自動車メーカーもあるという。
加藤 「Autowareは大きな勢力を持ちつつあります。ほとんどの企業は追いつくことはできないでしょう。唯一対抗できる力を持つ企業があるとすれば、グーグルとバイドゥくらいではないでしょうか。
特にグーグルが脅威なのは、純粋に高い技術力をもっていることもそうですが、エコシステム化された収益モデルがうまく作用していることですね。グーグルは開発途中の段階でも公に出し、そこから得る広告収益で膨大にかかる開発費を回収できる仕組みを取っています。グーグルマップはじめ、さまざまなサービスを作り出し、それがインフラとなって多くの人に使われてきたように、自動運転システムも競争相手としては手強いと思いますね」
広告で収益を上げ開発力を高めるグーグルと、オープンソース化によって世界規模で開発を進めるAutoware。水面下で自動運転システムにおけるシェア獲得の熾烈な争いが始まっているが、次に加藤氏の口から出たのは意外な一言だった。
加藤 「脅威とは言いつつも、実は私たちはグーグルに勝とうと思っているわけではないんですよ。先ほどもお話しましたが、自動運転システムよりもその先にあるマーケット、つまり"コンテンツ"がビジネスチャンスのカギを握っているんです」
自動運転システムを搭載した車両。ルーフの上にあるLIDARと呼ばれるレーザーを発する装置で周囲の状況を把握する遠くない未来、自動運転によりクルマはエンターテイメント化する
コンテンツとは一体どういうものなのか。その説明の前に、現状の自動運転システムの開発状況について理解を深める必要がある。いま世界的に自動運転システムは "レベル2"と呼ばれる段階で、これは「加速、操舵、制御」のうち複数を自動で行っている状態にある。次の段階となる"レベル3"は、それらのコントロールすべてを自動で行い、人間は緊急時のみの対応をする状態。"レベル4"ともなると、交通量や天候など、ある条件の制約のなかで人間が運転に関与する必要がなくなった状態のことを指す。
レベル4に到達したとき、「移動の在り方が従来とはまったく別のものになる」と加藤氏が話すように、これまで移動手段としての機能しか持ち得なかったクルマが、エンターテイメント性を孕んだ存在に変わるというのだ。
加藤 「レベル3から4にかけて、人間が運転に対して完全に意識を向ける必要性がなくなると、移動中は何をしてもいい状態になるわけです。するとどうなるのか。次に起こる現象は、移動の時間を有益に使ったサービスの登場です。ここにエンターテイメント性をもったコンテンツが求められる」
家でくつろぐように本を読んだり映画を観たりすることもできるが、加藤氏が開発しているのは、移動中の景色とリンクした、VRをつかったゲームアプリだ。人気ゲームを数々生み出している日本が世界に先がけてコンテンツを作り出していけば、自動運転におけるコンテンツ産業では世界のトップに立てると加藤氏は目論んでいる。
加藤 「自動運転システムがiOSやAndroidと同じようにプラットフォーム化し、その上にゲームアプリや何らかの機能を持ったアプリケーションが乗ってくる、つまり、自動運転車はスマートフォンと同じものと置き換えることができます。自動運転のアプリケーションはスマートフォンアプリの市場をも食えるくらいのポテンシャルを秘めていると考えています」
開発中のアプリケーション。VRを通して見える世界は現実の地形でありながら、テクスチャが仮想化されているクルマが「運転」するツールでなくなる。
自動運転システムはエンターテイメントへの発展がある一方で、地方が抱える交通格差問題にも一役買うことができる可能性がある。地方はインフラ費の確保やドライバー不足により、電車やバスなどの公共機関の矮小化が問題となっており、車を持てない人たちや運転できない高齢者の移動が困難になってきている。
そこに自動運転車を投入するだけで、それらの問題を解決できるうえに、物資を運ぶこともできるようになる。「日本の総人口の高齢者率が50%を超えてくる2025年ごろには、街を無人で走るクルマが普及している地域があってもいいのではないでしょうか」と加藤氏は説く。
ただ、それを実現するためにはいくつか解決しなければならない問題がある。「責任の所在」と「安全性の設定」だ。自動運転システムが何をもって「安全である」とするのか、その評価基準は各社バラバラで統一を目指していかなければならない。そして先日、自動運転車による事故が起きていることからも、そうなった場合に、クルマ本体に問題があったのか、乗車している人に問題があったのか、はたまた自動運転システムに問題があったのか、責任問題についても早急に整備を進めていかなければならない。
加藤 「とはいうものの、実際に自動運転システムの需要が高まれば必然的に決めざるを得ない状況になるでしょう。自動車メーカーをはじめ、タクシー業界や物流業界、保険業界など各業界が足並みを揃え、これらの課題を突破していったとき自動運転車は一気に普及するでしょう」
法整備も整い、自動運転システムとコンテンツが普及したとき、娯楽としての従来の楽しみ方をのぞいて、個人でクルマを所有する必要がない時代が到来するだろうと加藤氏は推測する。
加藤 「街中に自動走行し続けるクルマがばらまかれ、いつでも自由に呼び出せるようになるので、個人でクルマをもつ必要性がなくなってくるでしょう。すると、家やオフィス、街中の駐車場の在り方も変わり、空いたスペースを有効活用できるようになりますよね。また、移動にかかるコストも、自動運転車のなかでのコンテンツ課金や広告の収益でまかなうので無料にできるでしょう。そうして、自動運転によってこれまで制限されていたあらゆることが開放されたとき、いままでとはまったく別の、新たなクルマ社会を迎えることになるのではないでしょうか」
プロフィール/敬称略
- 加藤真平(かとう・しんぺい)
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東京大学情報理工学系研究科准教授、名古屋大学未来社会創造機構客員准教授
株式会社ティアフォー取締役兼CTO
2004年慶應義塾大学理工学部卒業。2008年慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻博士課程修了。
2009年から2011年までカーネギーメロン大学、2011年から2012年までカリフォルニア大学にて客員研究員、2012年から2016年まで名古屋大学大学院情報科学研究科の准教授。現在、東京大学大学院情報理工学系研究科の准教授としてオペレーティングシステムや並列分散システム、サイバーフィジカルシステム等の研究に従事。名古屋大学未来社会創造機構の招へい教員も兼務。